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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第2章 幼女、迷子になっても歩き続ける編
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第11話 ガーゼムの街へと迫る影


 華美を好まなかったファイラットの私室には、ほとんど装飾品が置かれていない。自らの手で描いた、芸術的とは言い難い絵画が数枚飾られているくらいだ。

 あとは机や椅子といった最低限の物と、がらんとした空間があるばかり。


 けれどいまは、部屋の中心に不釣合いなほど豪奢な箱が置かれている。

 部屋の主であるファイラットが、柩に収められていた。

 その隣に、娘であるエリムが膝をついて寄り添っている。


「お父様……」


 もう幾度呼び掛けたか分からない。その声はすでに呟きとなっている。

 けれど応える者はおらず、室内の空気は停滞するまま冷えていくばかりだ。

 危惧はしていた。けれど、もしかしたらという程度に過ぎない。

 たかが盗賊の討伐―――常識的な判断からすれば、安心の方が大きかった。


「これが現実だと……正義はないと、そう仰るのですか……」


 もしもエリムが年相応に純朴で、精霊や神の存在を信じられる少女だったなら、いま少しは気分が楽になっただろう。祈れば救われると、この残酷な運命にも意味があると、そう信じられたならば。

 あるいは、激情に身を任せて、運命すらも殺そうと思えたならば―――。


 けれど父からの教えはいつだって現実に則したものだった。女だから剣を握らなくてもよい、という常識すら、現実の前には無意味だと教えてくれた。

 かといって冷徹ではなかった。

 いつだって優しくて、理想を胸に抱けと説いてくれた。


 古くからの領地を返上し、安定すら難しい領地へと移ったのも、その理想があったからこそだ。教会勢力が混乱を招くのを、ファイラットは早くに察していた。狙われるであろう土地を自らの手で治め、帝国を守ろうとしたのだ。

 貴族として民を守る。国家に忠誠を尽くす。

 その誇りある責務につける喜びも、父は嬉しそうに語っていた。

 だから、項垂れている暇は無いのだと、エリムには理解できる。

 小勢とはいえ領主軍を屠るほどの脅威が、すぐ近くまで迫っているのだ。盗賊団とはいえ、勢いに乗れば街に攻め入ってくることも有り得る。


「わたくしが、皆の指揮を執らなくては」


 抑揚の消えた声で、呟く。

 まだ成人前であるエリムは、領地を継ぐことすら難しい。女性当主という前例もあるにはあるが、歴史と慣例を重んじる帝国内では好まれないのも確かだ。

 しかしいまは、他に兵達を束ねられる者はいないだろう。

 多少なりとも戦歴を積んでおけば、後の問題でも有利になる。

 項垂れたままでは、何もかもを失うだけ―――そう、冷徹に判断できた。


 けれどエリムは動けない。立ち上がれない。

 頭では理解していても、重く圧し掛かった悲嘆が足を縛りつけている。

 こんな悲しみは、知らない。父も教えてくれなかった。

 どうしたらいいのか? 

 どうしたら、この胸の苦しみから解放されるのか?

 もういっそ、なにもかも消え失せてしまえば―――。


「あ……」


 そう思った時、正に、なにもかもを消し飛ばせそうな光景が脳裏に浮かんだ。

 夜空を煌々と照らす爆発が幾重にも巻き起こり、そこにいた何者をも畏怖させ、驚愕させ、一瞬にしてすべてを支配した光景だ。逼迫した現実が消し飛ばされて、最良と言える、極めて望ましい結果だけが残された。

 業火の下で、一人の幼い少女だけが笑っていたのだ。

 鮮烈な記憶として、エリムの脳裏に焼きついている。


 正確には、決着をつけたのは別の人間だった。けれど結果としては同じであっただろうし、なにより、彼女の存在は衝撃的に過ぎた。

 あんな子供が、戦火の中に飛び込んで、どうして笑っていられるのか―――。

 自分よりも年下の少女が、とてつもなく頼もしく見えた。


「あれが、魔導士の、魔導遺物の力……? ううん、きっと違うのでしょう……」


 エリムは静かに首を振ると、自分の内面を見つめなおした。

 求めるべきは単純な力ではないはずだ、と。


「……わたくしには、あのような真似はできません」


 でも、だけど―――、

 ほんの少し現実を変えるくらいはできるかも知れない。

 そう思うと、自然と身体は動いていた。

 寄り掛かっていた柩から手を離して、顔を上げる。二度と動かない父に礼をしてから、エリムは立ち上がって背を向けた。


「わたくしは……わたくしが、ファイラット家当主なのですから」


 失ってはいけない。大切なものは、ここにある。

 小さな胸に手を当てて、エリムは一歩を踏み出した。




 ◇ ◇ ◇




 領主屋敷の応接室に通されて、シャロンは神妙な態度を取ったまま席に着いた。

 真ん中に座ったヴィレッサを、ルヴィスとシャロンが挟む形になる。呼ばれたのは魔導士であるヴィレッサだけなので、同席するのは無礼かも知れない。だが家族であり、魔術師としての実力も示しておいたので、多少の融通は利かせて貰えると思えた。

 それに、対面に座ったエリムには、形式に拘っている余裕はなさそうだった。


「……不安が当たってしまいました」


 掠れた声で、辛うじてそう告げる。

 まだ直接的な死を意味する言葉は選べないのだろう。十二歳の子供とは思えない憔悴が、その顔には濃く表れていた。

 背筋を伸ばしているだけでも、大した胆力だと誉めるべきだろう。


 ファイラット男爵の遺体を、シャロンたちは直接には見ていない。すでに屋敷の奥へ運ばれた後で、丁重に弔う準備をしているところだ。

 けれど切迫した状況は察せられた。


 遺体とともに帰ってきた領主軍は、散々な有り様だった。

 百名余りいた兵士は、大半が何かしらの負傷をして、二十名ほどが帰って来られなかった。領地に混乱を招いたとはいえ、ファイラットが領民に慕われていたのも事実で、屋敷の前で膝を折って嘆く者もいた。

 重傷だった者はシャロンが治療術を施したが、人数が多かったので、治療院に運ばれた者も多い。ロナとマーヤも手伝いに当たっている。


「それで……賊の戦力はどれくらいなんでしょう?」


 お悔やみの言葉をひとしきり述べてから、シャロンが話を切り出した。

 同情はする。親しい者を失う悲しみは理解できる。

 けれど脅威が近くにあるならば、急いで抵抗できる態勢を整える必要がある。

 それに―――面倒なことになった、と冷酷に眉を顰める気持ちも、シャロンの内には存在していた。


 盗賊団程度ならば、千や二千は容易く打ち払える自信がある。桁がひとつ増えてもなんとかなるだろう。あまり気乗りはしないが、ヴィレッサにも戦って貰えば、不測の事態への備えにもなる。

 無法者を実力で排除する、というだけならばシャロンも受け入れられる。

 エリムに義理は感じていないが、人の道を説く修道女として力を貸してもいい。


 だが、いまはマズイ。

 ヴィレッサの心を揺るがしてしまう。


 望んでいた再会が叶って、ほっと一息を吐いたばかりだ。村の復興を見据え始めていれば、また違っただろうが、いまは目的意識が曖昧になっている。

 ここでの揺らぎは、”大きな選択”になりかねない。


「人数は、三十名ほどだったそうです。ですが、恐ろしく腕の立つ黒甲冑の剣士がいたと聞きましたわ。その者が戦列を破り、お父様も討ち取られたと……」

「黒甲冑の剣士、ね……魔導士である可能性は?」

「分かりません。魔導遺物には特有の魔力反応があるそうですが、兵士の中には、それを判別できる者がいなかったものですから」

「そう……でも、生き残った者も多いのだから、脅威としては低いのかもね」


 シャロンは冷徹な口調を重ねつつ、エリムから話を引き出していく。

 なるべくヴィレッサには事態から遠ざかっていて欲しかった。かといって完全に蚊帳の外に置いては、また無茶な行動を取りかねない。

 本当に手の掛かる子なんだから、とシャロンは内心で苦笑する。


「こちらの兵は、街の治安維持に努めさせた方がいいわね。昨夜の一件から、まだ不安に思ってる住民も多いはずよ」

「先生、あたしが―――」

「私が出るわ。ついでに、ここら一帯の見回りもしてきましょう」


 ヴィレッサの言葉を遮って、シャロンは立ち上がった。

 有無を言わさず、さらに指示を重ねる。


「貴方はルヴィスを守っていなさい。いいわね?」

「で、でも……」

「お姉ちゃん、一緒に居て!」


 声を上げたルヴィスが、ヴィレッサの服の裾をしっかりと掴み止める。

 細かな理由は分からなくとも、シャロンの意図を察したのだろう。可愛らしく濡れた瞳で訴えられては、ヴィレッサも断れるはずがない。

 その隙に、シャロンはさっさと話を進めてしまう。


「力になりたいとは思いますが、私達も故郷へ帰るという目的があります。あまり長く滞在はしていられないので……三日で、ひとまずの区切りとしましょう」

「三日だけ……いえ、否やを言える立場ではありませんわね」


 ですが、と。不意にエリムが立ち上がった。

 ヴィレッサとシャロン、そして最後にルヴィスにも目を向けると、その場で膝をついて深々と頭を下げた。


「エリム・ファイラットとして、領主として、すべてを賭しての懇願でございます。この街を守るため、どうか力をお貸しくださいませ」


 帝国に於いて、貴族が膝を折るのは皇帝陛下に対してのみとされている。エリムとて、それは承知しているだろう。

 だからこそ、その行動には意味があった。

 すべてを賭して、その言葉に偽りが無いのだと、身をもって示してみせた。


 まだ子供とも言える貴族のお嬢様が、出会ったばかりの平民に、何でもするからと救いを求めたのだ。どれほどの覚悟なのか、推し量るまでもなくひしひしと伝わってくる。

 そこまで追い詰められた者を、ヴィレッサが見捨てられるはずがない。


「先生……」

「……ええ。分かってるわ。三日というのは無しね。事件が決着して、安心できるまで、この街に滞在することにしましょう。ただし、ヴィレッサは矢面に立たないこと。ルヴィスを守るのを第一に考えなさい」


 こくこくと嬉しそうに頷くヴィレッサに、シャロンは渋い顔をしてしまう。

 ああもう。本当に手が掛かる。

 どうしてこの子は、こんなにも他人ばかりを守ろうとするのか。

 このままでは「帝国を守る」とか、本当に言い出しかねない―――。


「でもね、三日でも充分だとも思えるのよ。ただの盗賊団が相手なら、時間が余るくらい。慎重に領内の安全を確かめても、さほど時間は掛からないわ」


 盗賊退治で厄介なのは、相手が隠れたり逃げたりすることだ。

 その点、シャロンには上空からの探索魔術がある。よほど深い森にでも隠れていない限り、アジトは簡単に発見できるし、不意打ちや相手の逃走にも対応できる。

 狭い領地内ならば、探索鳥たちに見回らせるのに一日も掛からない。

 もしも街に攻め込んでくるような相手ならば、もっと早く片付けられる。


「気になるのは、黒甲冑の剣士だけど……」


 腕が立つ、というだけでは情報不足だ。実際に見てみるしかないだろう。

 ともかくも周囲の探索を、と。

 魔術を発動させようとしたシャロンだが、ぴくりと耳を揺らした。

 なにやら荒々しい音が近づいてきて―――。


「んなっ……!」


 壁が叩き壊された。大きな破片が室内に散らばる。

 轟音とともに、けたたましい嘶き声が響き渡った。


「め、メア……? いきなりどうしたんだ?」


 乱入してきた巨大な黒馬の姿に、主であるヴィレッサも含めて、その場の全員が瞬きを繰り返す。シャロンに至っては、攻性魔術を発動し掛けていた。

 けれどそんな場を宥めるように、黒馬は柔らかく一鳴きした。

 そうして馬首を巡らし、屋敷の外を示してみせる。


「ん……? あっちの方に、何かあるのか?」

「……ヴィレッサ、言った通りにルヴィスを守りなさい」


 シャロンは素早く探索鳥を飛ばすと、壁の穴から外へと駆け出した。戦場にある独特の殺意混じりの気配は感じられない。

 だが、微かに肌を引っ掻かれるような、不穏な空気は漂っていた。


「っ……これは、なに……?」


 街の外へと飛んだ探索鳥は、すぐに映像を送ってきた。そこには盗賊団や軍隊といった姿は確認できない。数の暴力は存在しなかった。

 あったのはひとつだけ。巨大で、不可思議な脅威。

 魔物にも似た、禍々しい影が、ゆっくりと街へと向かってくる。


「まさか、骸狂戦士(デス・バーサーカー)……?」


 自分の口から漏れた不吉な名に、シャロンは眉を顰めずにはいられなかった。




黒馬「出番よこせー!(ズガーン!」



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