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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第2章 幼女、迷子になっても歩き続ける編
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第1話 新たな旅の始まり

第二章開始です。

この章で再会、できるといいなあ。




 バルツァール城砦の一室で、城主であるゼグードは渋い顔をしていた。

 長年、騎士として様々な難しい事態にも直面してきたが、ここまで失敗を重ねたことは珍しい。つい昨日、敗戦の危機に陥ったばかりだ。

 だというのに、また迂闊な判断をしてしまった。

 まさか恩人の願いを叶える機会を、むざむざと逃がしてしまうとは。


「すまぬ。あの子を行かせてしまったのは儂の責だ」


 言い訳はしないと心に定めている。ゼグードは素直に頭を下げた。

 たとえそれが、予測できない事態だったとしてもだ。


「いえ……思えば、昔からそうでした。あの子は一人で先走るんです」


 対面に座るシャロンは静かに頭を振った。

 顔には落胆が表れていたが、安堵と苦笑も混じっていた。


 昼過ぎになって、彼女はバルツァール城砦にやってきた。

 ヴィレッサを迎えに転移術で飛んできたと、部下から報告を聞いたゼグードは、最初は疑念を抱かずにはいられなかった。

 転移術の使い手は少ない。加えて、一度訪れた場所にしか転移できないというのも知られている。だから一度でも城砦を訪れた術者がいれば、城主であるゼグードは記憶しているはずだった。

 ましてやシャロンは熟達の魔術師であると、ヴィレッサから話を聞いて承知していた。それほどの者ならばゼグードが覚えていないはずがない。伊達に何十年も国境の守り手を担ってはいないのだ。


 不幸だったのは、シャロンがゼグードよりも遥かに年長だったこと。

 過去にシャロンがこの辺りを訪れたのは、帝国への侵攻軍としてだった。かつて帝国とエルフィン族が争っていた際に、遊撃部隊として猛威を振るったのだ。

 何十年よりも、もっと以前のこと―――、

 とはいえ、ゼグードには「ずっと昔に訪れた」としか告げられていないが。


「もう! お姉ちゃんったら、また無茶ばっかりして!」


 シャロンの隣では、ルヴィスがぷりぷりと頬を膨らませていた。

 それでもさすがと言うべきか、常識的と言うべきか、貴族への礼は忘れていない。


「本当に申し訳ありません。姉が、ご迷惑をおかけしました」

「いやいや、そう畏まらずともよい」


 深々と頭を下げたルヴィスに、ゼグードは苦笑いを返す。

 ある意味では子供らしくない礼儀正しさに、この非凡さはやはり姉妹だな、などとも思っていた。


 最初にルヴィスの顔を見た時は、ヴィレッサが帰ってきたのかと驚いたほどだ。纏う雰囲気はまるで違うのだが、やはり顔立ちや、ちょっとした仕草はとてもよく似ている。互いに想い合っているところも。

 そのルヴィスがいたおかげで、シャロンの言葉もすぐに信じられたのだ。


「でも本当に驚きました。まさか、魔導遺物を奪って帰ってくるなんて」

「うむ。最初は儂も、己の目を疑った。あれほど若い魔導士は、帝国でも初めてであろうな」

「あの……お姉ちゃんは、魔導士になるんですよね?」


 控えめに、ルヴィスが問いを投げた。その表情には陰が差している。

 ゼグードは僅かに首を捻ったが、すぐに幼い少女の不安を察した。

 生まれた時から貴族であったゼグードと違って、大半の庶民にとっては魔導士や貴族とは縁遠いものだ。物語の英雄のように憧れる者もいる。

 子供ならば尚更、自分の姉が”そうなってしまった”ことに戸惑うのも無理はない。


「心配せずとも、すぐに何が変わるものでもない。望めば、おぬしらとも一緒に暮らせるはずだ」

「で、でも、戦争になったら集められるんですよね?」

「それも数年は先であろう。年齢的なことを考えても、将来を期待する方がよい」


 もっとも、あの戦いぶりならば、すぐにでも最前線で活躍できる。先の戦いだけでも、名を轟かせるには充分だったが―――。

 内心の評価を隠して、ゼグードは柔和な表情を見せた。

 シャロンも察して話を移す。


「ところで、ヴィレッサは南に向かったということですが……」

「うむ。まずはビッドブルクに立ち寄るはずだ。あの街で旅装を整えればよいと、儂も告げておいたからな」

「ビッドブルク……残念ですが、場所は把握していませんね。転移できません」

「追いつくのも難しいであろうな。あの子の馬……うむ、馬だな。あれの脚は尋常ではない。共の二人も、良い馬を連れていた」


 黒き悪夢(ナイトメア)の威容を思い出して、ゼグードは複雑な表情をしてしまった。

 その黒馬のことや、ヴィレッサから聞いた旅の経緯などは、まだシャロンたちには詳しく話していない。ただでさえ驚いているというのに、さらに混乱させるのもどうかと思えたのだ。


「ともあれ……先回りするのが良いのではないか?」

「先回り、ですか? しかし私達では……」

「なにも直接に待っている必要は無い。適当な街に伝言を残しておくのだ。見張りの兵士にでも頼めば……」


 助力を申し出ようとしたゼグードだが、言葉を止めて首を捻った。

 部屋の外から足音が響いてくる。

 すぐに扉がノックされて、一人の兵士が部屋へ入ってきた。


「し、失礼します、閣下。帝都から、その……」

「帝都から通信か? 構わん、話せ」


 シャロンとルヴィスを一瞥してから、ゼグードは兵士に続きを促す。伝令兵から口頭で伝えられる程度の内容であれば、秘密にするまでもないと判断した。

 重要な内容であれば、魔導通信であっても直接に遣り取りをする。

 それが常識だが―――今回は、少々事情が違っていた。


「はい……帝都から、迎えの転移魔術師が参られました」

「……なんだと?」


 ゼグードは眉を顰める。客人の前だというのに動揺を抑えきれなかった。

 希少な転移魔術師だが、幾名かは帝都に控えている。それは不測の事態への備えだ。隣国による侵攻などが起こった際、何千何万という兵士は無理でも、魔導士ならば数名でも大きな戦力として対応させられる。

 逆に、帝都への召還も可能なのだが―――。


「この状況で、儂に帝都へ帰れと言うのか? まだレミディア軍は近くにいるやも知れぬのだぞ?」

「わ、私もそう思うのですが、詳しいことは閣下に直接話すと……」


 恐縮した伝令兵の態度に、ゼグードは冷静さを取り戻す。目の前の兵士に怒りをぶつけても事態は変わらないのだ。


「……少々、待っていてもらえるか? どうやら事情が変わったようだ」


 ゼグードが神妙な声で告げると、シャロンとルヴィスも静かに頷く。

 何かがおかしい―――、

 そんな気配を感じても、この場の誰もが事態に流されていくしかなかった。




 ◇ ◇ ◇




 街道を行くヴィレッサは、黒馬の上でぼんやりと風景を見渡していた。

 自分達の背後、つまり東側には南北にジュニール山脈が連なっている。間には、なだらかな丘陵や森もあって、さすがにもうバルツァール城砦も見えない。

 南側へ目を向けると、広々とした平原が続いている。目的地である港町キールブルクはそちらの方向なのだが、最短距離を突っ切ろうとすると深い渓谷やら森やら断崖絶壁やらを越えなくてはいけない。

 空中を走れるヴィレッサと黒馬だけならば、なんとかなるかも知れない。けれど確実ではないし、ロナとマーヤも置いてはいけない。


 急がば回れ。

 そんな異世界の諺も思い出して、ヴィレッサは安全な街道を行くことにした。

 真っ直ぐに西へ伸びる街道は、ビッドブルクの街へと繋がっている。そこそこに発展している街で治安も良いと、ゼグードから聞かされていた。

 すでに城砦を出てから三日目。

 聞いた話の通りならば、もうじき街が見えてくるはずだ。


「安心して街道をいけると、旅も楽しいものだニャぁ」

「まあね。捕まる心配が無いだけでも気が休まるわ」


 並んで馬を進ませているロナとマーヤも、のんびりと風景を見渡していた。

 これが整備されていない街道なら、盗賊や魔物の襲撃にも警戒しなくてはならない。しかし城砦に近いこの地域では、不埒な輩はすぐに駆逐されるのだろう。

 ヴィレッサも安心して、黒馬の上でなかば寝そべるようにしていた。


「そういや、レミディアにいた時は風景を楽しむ余裕もなかったな」


 有り触れた風景かも知れないが、二度と訪れない旅のものだと思うと心が躍る。

 ルヴィスやシャロン先生にも見せてあげたい。

 いつか一緒に、もっと安全な旅をできたら―――。


「転移魔術でも使えたらなあ。あたしも、魔力だけはあるんだから……」


 そう呟いて、気づいた。


「あ……ああぁぁぁ!」

「ど、どうしたの?」

「ボス、いったい何事ニャ!?」


 ロナとマーヤが目を見張る。黒馬も嘶いて首を捻った。

 ヴィレッサは頭を抱えて、うがぁっ、と悔恨の叫びを上げる。


「馬鹿だ、あたしは! そうだよ、シャロン先生なら転移術が使えるじゃねえか! あの城砦で待ってれば……戻るか? いや、でも飛べるとは限らないし……」

『推測。御自分の黒歴史でも思い出されましたか?』

「ちげぇよ! むしろ、現在進行中だ!」


 怒鳴り、頭を掻き毟るヴィレッサだったが、やがて項垂れて大人しくなる。

 なんだか、どっと疲れた。ちくしょう。

 そういえば、金貨の時も早とちりで失敗したっけ。

 自分は意外とドジっ娘なのか? いや、認めたくない―――。


「……ボス、何処か調子でも悪いのかニャ?」

「うっせえ。なんでもねえよ。とにかく街へ急ぐぞ」

「何もないならいいけど……あ、あれが街かしらね?」


 マーヤの言葉に、ヴィレッサも顔を上げる。

 やや陽が落ちてきたので西側の景色は見難いが、街らしき影が小さく浮かんでいた。

 馬の足を速めて近づくと、その姿は徐々にはっきりとしてくる。

 けれど、なにかがおかしい。


「なんだ……? 火の手が上がってる?」

「火事かしら? それにしても、随分と騒がしいような……」

「違うニャ! ボス、あれは魔物の襲撃ニャ!」


 目の良いロナが真っ先に答えに辿り着き、ヴィレッサは眉を顰める。

 どうやら平穏な旅は、早くも終わりを告げたようだった。




「読めなかった……このゼグードの目をもってしても! 一生の不覚!」

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