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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第1章 幼女、悪い大人たちに好き勝手されちゃう編
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第26話 そして幼女は虚空に叫ぶ



 バルツァール城砦攻防戦から一夜が明けて、ヴィレッサは久しぶりにふかふかのベッドで眠りについていた。

 ロナやマーヤと一緒に、兵舎端の質素な部屋で眠れれば充分だった。けれど城主であるゼグードが、是非にと、城砦中央にある客間を勧めてくれたのだ。

 仮にも魔導士と認められれば、貴族と同等以上の扱いを受ける。

 それが、この世界での常識だった。

 ちなみに黒馬(メア)は馬房に預けられて、多くの軍馬に頭を下げられ、怯えきった兵士に毛繕いをしてもらっていた。


 ともあれ、柔らかなベッドで寝られるのは喜ばしい。

 ゼグードは大袈裟なくらいに感謝していたので、ヴィレッサは素直に歓待を受けることにした。

 だけど―――、


「ん……?」


 朝日が差し込んでくると、ヴィレッサはすぐに身を起こした。

 まずは枕元の魔導銃を確認する。


『おはようございます。奉仕任務を継続中です』

「ん。おはよう」


 挨拶を交わしつつ、羽織ったままだった『赤狼之加護』を一旦脱ぐ。用意されていた新しい肌着を身につけながら、自身の脇腹をそっと撫でた。

 幼女らしい瑞々しい肌、ではなくて、そこだけ赤黒く内出血を起こしていた。

 触れただけで小さな痛みが走って、ヴィレッサは細い肩をびくりと揺らした。


「っ……」

「ん……? あ! お、おはようございましゅ!」


 部屋の端から、焦り混じりの甘ったるい声が投げられた。

 どうやら彼女の眠りも浅かったらしい。疲労も残っているのか、目の下に隈が浮かんでいる。


「おはよう。まだ早いから寝てていいぜ」

「そ、そういう訳には参りません! 私は、ヴィレッサ様のお世話を任されているんですから!」

「世話って、治療術だけ掛けてくれればいいって言っただろ?」

「はい! 治療が終わるまで、誠心誠意尽くさせていただきます!」


 彼女、クリシャ・アドラマイヤは治療術師だ。怪我をしたヴィレッサの世話をするために、ゼグードが手配してくれた。国境の砦で働いている女性など珍しいが、きっと気を利かせてくれたのだろう。

 一応、貴族であるらしい。

 けれど一般的な貴族のような気取った雰囲気はなく、むしろ、おっとりとしている。ふわふわの髪は栗色で、薄桃色のローブともよく合っていた。

 敢えて言うならば、豊満な胸だけは一流貴族級だろうか。

 もっともヴィレッサは、貴族の娘なんて他には一人も知らないのだが。


「まあ、あれだ。そんなに仕事がしてえなら、他の兵士たちを治療してやれよ」

「だ、ダメですよぅ。何を置いてもヴィレッサ様の治療を優先しろと、ゼグード様も仰ってたんですから」

「だから、その優先は終わったんだよ。あたしはもう完治した」


 手早く着替え、『赤狼之加護』も羽織って傷口を隠す。

 もう最低限の治療はしてもらったのだ。魔術の効きが悪いヴィレッサのために、腕の良い治療術師を留め置く訳にはいかない。

 幸い、骨は折れていなかった。後はヴィレッサ自身でも治療できる。


「魔術の訓練にもなるし、一石二鳥ってやつだな」

「いっせき……? と、ともかく、怪我の具合を見せてください!」

「だぁから、大丈夫だって……あ、おい、引っ張るな!」


 服を脱がそうとするクリシャを、頭を掴んで押さえつける。

 けれどクリシャは諦めない。まるで獲物を見つけた飢えた狼のように、あるいは仕事を怠るのを悪業だとする狂信者のように、目を血走らせてヴィレッサの小さな身体に絡みついてくる。

 いやまあ、単純に寝不足で充血目なだけかも知れないが。


「離せって言ってんだろ! だいたいテメエ、魔力は回復したのかよ!?」

「大丈夫です! ゼグード様から、貴重な魔力回復薬もいただきましたから。一個で金貨三枚もするものもあったんですよ。ですから、お肌がつるつるの、ぷにぷにに戻るまで、しっかりじっくり治療させていただきます!」

「だぁっ! そんな貴重な物なら尚更だ! 他の連中に―――」


 なんとか説得しようとするヴィレッサだったが、やはりクリシャは離れない。

 まさかこんなことで魔導銃を抜く訳にもいかないし、強化術だって、ヴィレッサのそれは制御が難しいのだ。下手をしたら、押し退けるだけのつもりが新鮮な死体を生産―――なんてことになりかねない。


「ああもう、しつけえって言ってんだろ!」


 最終手段として、ヴィレッサは『赤狼之加護』を変形させた。触手のような帯が幾本も伸びて、見る見る内にクリシャを拘束する。


「え、ちょっ、な、なんですかぁ、これ!?」

「うっせぇ! ディード、適当に動けないようにしとけ」

『了解。拘束用、尋問用、拷問用と、縛り方の種類も選べますが?』

「……とりあえず、拘束するだけで充分だ」


 ヴィレッサが溜め息を吐く間にも、真っ赤な帯がクリシャの全身に絡みついていく。すぐに手足の自由を奪って床に転がし、口も塞いだ。


「ん~! んんぅ~~~!?」


 そして何故か、その豊満な胸を強調するような縛りも加えていた。


「やたらと手が込んでるなあ、おい?」

『女性に対する効果的な拘束手法だと記録されています』

「効果的の意味がズレてるだろ……」


 まあいいか、とヴィレッサは肩をすくめる。

 ともかく顔でも洗いに行こうと、部屋の出口へ足を向けた時だ。


「ヴィレッサ殿、起きておられるか?」


 扉越しに、太い声が投げられた。


「ゼグードの爺さんか? 何かあったのか?」

「うむ。朝早くからすまぬが、少し話があってな」


 ヴィレッサが扉を開けると、ゼグードは軽く会釈しながら部屋へ入ってきた。

 最初に会った時は名乗る暇さえなかったが、昨日の戦闘後に、しっかりと挨拶を交わしていた。


「帝都への連絡を先にして、遅れてしまったが……」


 言葉を止めて、ゼグードは眉を寄せた。視線は部屋の奥へ注がれている。

 ヴィレッサは首を傾げ、一拍置いて―――気づいた。

 訝しげにゼグードが見つめる先には、淫靡な縛られ方をしたクリシャが転がされていたのだ。


「ヴィレッサ殿、そなたには多大な恩がある。クリシャを気に入ったのなら、儂の方からアドラマイヤ家に話を通してもよい。しかしやはり、女同士というのは問題があってだな。そもそも子供の内から、いや、早熟なのは分かるが……」

「勘違いしてんじゃねえ! いいか、これはなぁ―――」


 声を荒げて、ヴィレッサは懸命に説明する。

 誤解を解き、また怪我の具合を確かめようとするクリシャを説き伏せるため、朝から一苦労させられるのだった。






 ともあれ、真面目な話もあったようで―――、


「んで、何か用があったんじゃねえのか?」


 ヴィレッサはベッドに腰を降ろし、足をぶらぶらとさせる。

 ゼグードも勧められた椅子に座って、クリシャは部屋の隅に控えていた。


「まず悪い話ではない。落ち着いて聞くといい」


 元より柔和な顔を優しく緩めて、ゼグードはゆっくりと語り出した。

 けれどその言葉は、ヴィレッサに衝撃を与えるには充分だった。


「おぬしの故郷である、ウルムス村のことだ」

「っ……!」

「昨夜遅く、ヴァイマー伯爵に魔導通信を使って連絡を入れたのだ。其方から聞いた話を伝えて、それが真実だとも確認できた」

「そ、それで!?」


 村の皆はどうなったのか? 無事なのか? 何か情報は―――。

 一気に質問を浴びせたい衝動にも駆られたが、ヴィレッサは踏み留まった。理性がそうさせたのではない。

 自分でもよく分からない躊躇があった。あるいは、怯えだろうか。

 それでもゼグードの言葉は紡がれていく。


「村の住民、百二十名余りが港町キールブルクに逃れてきたそうだ。転移魔術でな。いまはヴァイマー伯爵の下、保護されながら新しい生活を始めておる」

「うん……うん、そうかぁ……」


 百二十名。村が襲撃された時、広場に集まった人数もそれくらいだった。

 元は二百名くらいの村だったので、半数近くが犠牲になったとも言える。けれどいまは、大勢の無事を喜んでもいいだろう。

 目を瞑ると、一人一人の顔が思い出される。誰も彼も大切な人ばかりだ。

 それに、転移魔術で逃れたということは―――。


「其方の名前は、ヴァイマー伯爵にも伝わっておった。シャロン殿、ルヴィス殿、この両名の無事を、是非に伝えて欲しいと言われたのだ」

「っ―――」


 まるで雷に打たれたみたいに、ヴィレッサは全身に緊張を走らせた。

 魔導銃と出逢って以来、その名前も、顔も、思い浮かべないようにしていた。

 だって、二人のことを思い返したら、何かが終わってしまいそうで―――。


 まだ、ダメだ。無事を信じていなかった訳じゃない。

 だけどまだ何も成し遂げていない。何も取り返していない。

 ちゃんと二人と会って、その顔を、温もりを確かめるまでは止まれない。

 ああ。でも。だけど―――。


「……ルヴィス……シャロン先生……っ……」


 掠れた声を漏らして、ヴィレッサは顔を伏せた。

 そのまま床を蹴る。窓から飛び出し、空中へと駆け出した。


「なっ……ヴィレッサ殿!?」


 背中にゼグードの声が当たったが、構わずに走り続けた。

 何処でもいい。人のいない場所へ―――、


 そうして城壁を越えて、砦の外、誰もいない平原へと降り立つ。

 まだ昨日の戦闘跡が残されている。少し視線を巡らせれば、いくつかの死体が転がっていて、大地には赤黒い染みも見て取れた。

 その中には、ヴィレッサの手で命を奪われた者もいただろう。

 鼻につく死臭にも気づいて、ヴィレッサはくしゃくしゃの顔をさらに複雑に歪ませた。がっくりと膝をついて、青々とした空を仰ぐ。


「そう、だよ……あたしは……」


 人を殺した。殺して、殺して、殺し尽くした。

 小さな手は、もう拭えないほどの血に染まっている。

 だけど、それでも―――みんなに会いたい。

 会って、笑い合って、抱き締めてもらいたい。


 それはきっともうじき叶う。だって、生きていてくれたのだから。

 ルヴィスも。シャロン先生も。待っていてくれるのだから。

 心が震えるほどに嬉しい。飛び跳ねて、歌い出したいほどだ。

 なのに、どうして、こんなに涙が溢れてくるのか―――。


「ぅ……ぁ……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー……」


 まるで子供みたいに、ヴィレッサは声を上げて泣いた。

 それを聞くのは一丁の魔導銃のみ。

 幼い少女の慟哭は、平原の風に紛れて消えていった。




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