第21話 バルツァール城砦攻防戦② 空をかける幼女
レミディア軍の野営陣地には、数十名の兵士が守りに就いていた。
戦場での守りとしては少ない人員だが、見晴らしの良い平原であり、まず後背を突かれる危険も無いと判断されたのだ。
不埒な賊程度ならば撃退するに充分。不足の事態が起これば本隊に報せられる。
しかしヴィレッサにとっては恰好の獲物でしかなかった。
「狙い撃つぜ……って、これは死亡フラグらしいな」
そんな呟きを漏らしたヴィレッサは、戦場から離れた森の中に隠れていた。
草むらにうつ伏せになって、地面に設置した魔導銃は長大な銃身を持つ形態へと変形していた。
狙撃形態―――あるいは、対物、対重装甲形態と呼んでもいいかも知れない。長く太く変形した銃身は、もはや砲身と言った方が適切だ。銃本体と合わせた全長は、ヴィレッサの身長の倍はある。どういう原理なのか重量まで増していた。
そんな魔導銃に備え付けられた照準器を覗き込み、ヴィレッサは狙いを絞る。
遥か先、簡易の見張り台に立つ兵士の顔、その皺の数まではっきりと見て取れた。
『銃声及び、反動発生機能を停止させました。連射も可能です』
「はじめから外しとけよ、んな機能は」
『浪漫である、と私の知識には記録されています』
「……おまえを創った奴は、なかなか面白い性格してやがるな」
軽口を叩き、ひとつ呼吸を置いてから、ヴィレッサは引き金を弾いた。
あっさりと、照準器に映っていた兵士の頭が消し飛んだ。胸の半ばまで削り取られた、衝撃的な死体が地面に転がる。
近くにいた他の見張り兵も、次々と肉塊へと変わっていく。
あまりにも命が軽い。ちくりと胸に痛みを覚えつつも、ヴィレッサは口元を緩めて立ち上がった。
「行くぞ、メア」
魔導銃を軽量の速射形態に戻し、黒馬へと跳び乗る。背後に控えていたロナとマーヤにも目線で合図を送った。
後はもう簡単だ。野営陣地に突っ込み、黒馬を暴れさせるだけでいい。
災害級の魔物である黒馬は、瞬く間に数十名の兵士を仕留めた。巨大な蹄で蹴り飛ばし、踏み潰し、魔術によって陣地に火を放つ。
レミディア軍にとって幸運だったのは、侵攻軍をまとめる指揮官がこの場にいなかったことだろう。強力な魔導士が指揮官を務める場合が多く、必然として、戦域近くまで出張るのが常だ。
もっとも、一撃で頭を撃ち抜かれれば、結果として流れる血が少なくなる可能性もあったのだが―――。
「まずは、派手に宣戦布告といくか」
『了解。対軍用、掃射形態へと移行します』
ヴィレッサは口元を吊り上げる。新たな形態へと変形した魔導銃を構える。
殺意を込めた眼光が見据える先では、異常を察したレミディア軍の一部、数百名がこちらへと向かってきていた。
掃射形態―――異世界の言葉を借りれば、それはガトリングガンだ。
三×三連装の回転型銃身を備え、一呼吸の間に数百発の魔弾を放ち、死を撒き散らす。重量も、発射時の反動も狙撃形態以上。重力軽減の補助機能が無ければ、幼女の細腕では持ち上げることすら叶わない。
しかしその威力は、正しく対軍用と呼ぶに相応しい。
「はっ、まるで地獄のバーゲンセールだな」
『撃滅数八二六。魔導士も一名確認。生存者はゼロです』
落雷にも似た轟音が響き渡る。
向かってきたレミディア軍兵士達は、全員が人間だった物と化していく。ヴィレッサの元へ辿り着くはるか手前で、地面を赤黒く染め上げた。
いったい、何が起こったのか―――。
戦場の一角に、そんな疑問が渦巻いて静寂が生み出された。
だがヴィレッサは疑問に答えてやるつもりも、敵が立ち直るのを待つつもりもない。
「マーヤ、頼むぜ」
「あ、は、はい!」
背後、燃え盛る野営陣地の煙に隠れるようにして、マーヤとロナが控えていた。
手にしていた杖を掲げると、マーヤは一度眼鏡を上げ直し、魔術を発動するべく意識を傾ける。すでにロナも手伝って準備は整っていた。
足下に積まれた大量の魔術触媒は、これまでの旅程で集めてきたものだ。
「万物に宿りし青 炎熱と氷冷により姿を転じ すべてを白へと覆い尽くせ―――」
呪文詠唱。陣式魔術が広まっているこの世界では珍しい手法だ。
しかし細かな魔力制御を補助する効果があり、戦術級以上の魔術師には修得している者が多い。
マーヤを中心に青白い光が浮かぶ。多層構造の魔法陣が描き出され、弾けた。
直後、白い霧が広がっていく。まるで雲海が降って沸いたように、戦場の外周を囲っていく。ヴィレッサたちの姿も瞬く間に覆い隠された。
そうしてヴィレッサは素早く黒馬に跳び乗る。予定通りの行動だった、が、
レミディア軍も黙って見ているばかりではなかった。
「―――逃がすかよぉっ!」
唖然とする兵士の中から、一人の騎士が抜け出した。
黒髪の若い男で、鉢金や胸当てなど、動き易さを優先した装備しか付けていない。
彼は味方の死体を蹴散らしながら馬を走らせる。ヴィレッサが隠れた場所の手前で、空中高くへ跳び上がった。
手甲をはめた拳を頭上へと掲げる。
その拳から、魔導遺物特有の強い輝きが放たれた。
輝きを纏った拳が突き下ろされ、直後、轟音が響き渡った。
空気が震え、霧が弾け飛ぶ。まるで巨大な魔物が駆け抜けたように、地面まで抉られていた。
凄まじい破壊力を見せつけ、地面に降り立つと、得意気な笑みを浮かべて男は身構えた。
「俺の名は、『崩甲拳』バワード・ジルモンド! 近衛十二騎士の八位だ! なかなかの魔導士と見たぜ、さあ正々堂々と勝負を……」
高々と名乗りを上げたバワードだが、その声は尻すぼみになった。
きょろきょろと周囲を見回す。誰もいない。
霧が立ち込める中で、広けた一角にぽつんとバワードが立っているだけ。
「に、逃げただとぉ!? この卑怯者が―――」
身勝手な叫びに対して、返答は上空からもたらされた。
太い光が降り注ぐ。バワードも包み込んで、直後、巨大な爆発が広がった。
戦術級の火焔魔術のような爆発に、またもレミディア軍は唖然とさせられる。
『命中。ですが、生体反応は衰えていません』
「防いだってことか? 十二騎士ってのは、馬鹿にできないみてえだな」
ヴィレッサは空にいた。黒馬に乗り、その足下には魔力を固めた板を浮かべている。
自分の足下ではなく、黒馬の歩みに合わせて魔力を固めるのはなかなかに難しかった。しかし乗馬自体は利口な黒馬のおかげで簡単だったので、旅をする内に練習して、ゆっくりと駆ける程度の速度には合わせられるようになっていた。
霧の目眩ましに合わせて、上空へと逃れたのだ。空からであればレミディア軍を越えて一気に城砦まで近づける。
いきなり突撃してきた魔導士は予想外だったが―――、
「ま、いまは相手してる場合じゃねえな」
『肯定。警戒は残しつつも、戦術目標を優先すべきです』
「難しい言い回ししてんじゃねえ。要するに……」
また変形した魔導銃を構えながら、ヴィレッサは言い捨てた。
「殺しまくれ、ってことだろ?」
砲撃形態―――二又に分かれた銃身の間に、回転する光の輪が重なって浮かんでいる。威力は極上。飛翔船すら一〇%の出力で破壊できた。しかし辛うじて片手で持てるくらいの大きさで、取り回しが悪く、熱を持つので連射にも制限がある。
とはいえ、上空から一方的に攻撃するには問題ない。
爆発という分かり易い脅威も示せるので、大軍を混乱させるには最適だった。
「ついでに、騎兵部隊の道も開いてやるか」
軽く言って、戦場を俯瞰しながら、ヴィレッサは引き金を弾く。
一発撃つごとに光の柱が叩きつけられる。爆発が巻き起こり、衝撃と炎熱、そして死が広がっていく。
無数の断末摩の悲鳴が上がり、しかしすぐに轟音に掻き消された。
上空を悠然と駆けていく黒馬は、レミディア軍からは悪魔の使いに見えただろう。
それでも一部の指揮官は、辛うじて冷静さを残していた。
砲撃を受けていなかった部隊の一角から、いくつかの影が飛び立った。
『敵、航空戦力を確認。脅威は未知数です』
「あれは……天馬騎士ってやつか」
魔物が多いレミディアならではの兵種だ。『黒き悪夢』に対するような白馬の魔物は、その背中に生やした翼で天を駆ける。戦闘能力そのものは普通の馬と変わらないらしいが、空中での機動力は侮れない。
騎乗する人間の戦力も加わる。
ほんの十数騎だが、どの騎士も目に戦意を滾らせている。突然の爆撃に対しても、怯むよりも怒りの方が大きかったようだ。
ちょうど十発目になる砲撃を撃ち下ろしてから、ヴィレッサは魔導銃を構え直した。
「先に片付けてやる。ディード、掃射形態」
『了解。初めての空中戦です、ご注意を』
頷きながらも、ハッ、とヴィレッサは吐き捨てた。
焼き鳥か馬刺しか分からなくしてやる―――、
そう息巻きながら引き金を弾く。閃光とともに、無数の魔弾がばら撒かれる。
だが、一発も命中しなかった。
「ちっ……!」
思わず、女の子らしくない舌打ちを漏らしてしまう。
まあ戦場に入った時点で、自分が子供であることは忘れている。同時に弱気も捨てるよう心掛けているのだが、つい顔を歪めてしまった。
それほどに、天馬騎士の動きは厄介だった。
音速を越える魔弾が作り出す広域の殲滅空間から、まるで未来を予測しているみたいに逃れていく。優雅に旋回し、時には急角度を描き、的を絞らせない。
翼の力だけでなく、風の魔術によって急激な動きを可能にしているのだ。
恐らくは、強化された視覚で引き金が弾かれる瞬間を見て取っている。そこから射線を予測し、さらに野生の勘も活かしているのだろう。
おまけに、黒馬は強引に空中を跳ねているだけだ。機動力では敵わない。
『敵、接近。掃射形態では不利と判断します』
「だったら、速射か近接で……ッ!」
魔導銃の変形には一呼吸も掛からない。しかしその一瞬の隙を突いて、天馬騎士たちは攻撃魔術を発動させた。
炎弾や氷槍、風の刃などが四方八方から殺到する。
ヴィレッサには魔術は通用しない。だが状況はそう簡単ではなかった。
小さな的よりも大きな的。敵がそう考えたかどうかは知らないが、明らかに黒馬の方を狙ってくる攻撃もあった。
「やらせるかよっ!」
ヴィレッサは全身から魔力を溢れさせて、周囲の魔術をすべて霧散させる。青白い光の奔流に、天馬騎士たちは揃って驚愕に目を見開いた。
けれど同時に、ヴィレッサは姿勢を崩していた。
無効化魔力の放出に意識を傾けたために、黒馬が踏むはずだった足場を維持できなかったのだ。
空中を漂う形になった黒馬の上で、ヴィレッサは懸命に手綱を握る。
それでもすぐに新たな魔力板を作り、体勢を立て直した。多少の自由落下くらいならば、強靭な脚力を誇る黒馬にとっては何でもない。
だが減速は避けられず、天馬騎士たちが距離を詰めてくる。
一騎の天馬騎士が、頭上から苛烈なまでの勢いで迫り、野太い長槍を突き出す。
ヴィレッサは咄嗟に身を守ろうとした、が―――、
『援護、来ます』
斜め下から飛んできた光槍が、天馬騎士を貫き、弾き飛ばした。
目を丸くするヴィレッサを守るように、さらに十数発の光槍が飛来する。レミディア軍のばらばらな魔術攻撃とは違って、一種類の、統制されたものだ。
首を回すと、その援護魔術は城砦から放たれたのだと分かった。
どうやら天馬騎士の相手は、城壁上にいる魔術師部隊がしてくれるらしい。
「物分りのいい奴がいるみてえだな」
『同意します。今の内に作戦の続行を』
ヴィレッサは頷くと、手綱を引いて馬首を巡らせる。眼下のレミディア軍に砲撃を浴びせながら、南へ迂回する進路を取った。
天馬騎士の機動力は予想外だったが、追撃自体は予測の内だった。むしろ目立ち、敵意を集めるよう、ヴィレッサは派手な攻撃を見せたのだ。
自分が囮になるために―――。
『対象の魔力反応を確認。視界にマーカーを表示します』
「見えたぜ。いい具合に近づいてるじゃねえか」
戦場を囲う霧に紛れて、ロナとマーヤが城砦へと向かっていた。
馬を走らせる二人を確認して、ヴィレッサは素早く地上へと降りる。
このために、レミディア軍を離れさせるよう砲撃位置にも気を配っていた。
「二人とも、乗れ!」
「り、了解ニャ!」
「簡単に言ってくれるわ、ね!」
上擦った声を上げながらも、二人とも黒馬の背に跳び乗る。ロナは足を滑らせ、しがみつく形になってしまったが、黒馬は構わずに空中へと駆け出した。
もはや城砦は目の前だ。
障壁も上空から越えて、三人と一頭は城壁へと降り立つ。
帝国兵が警戒の目を向けながら駆け寄ってきたが、
「まあ、お茶でも一杯ってことにはならねえよな」
ヴィレッサは三日月型に口元を吊り上げて、正面に立つ老騎士と向き合った。
ガドリングガンは浪漫!




