第12話 無限魔力
レミディア聖教国では、魔導遺物を神の手で創られた聖なる恩寵だと唱えている。
故に、安易に触れるべからず―――と、他国へ対しても声高に叫んでいる。
しかし正しい信仰の下で、神の奇跡に近づこうとするのは許されるらしい。なんとも都合の良い二枚舌ではあるが、ともあれ、魔導遺物の研究には積極的に取り組んでいる。
聖都にある魔導研究所には、惜しみなく国費が投入され、設備も人員も充実している。大きな遺跡が発見されれば、即座に研究所支部が建設されるほどだ。そして遺跡も研究所支部も、騎士団が派遣されて厳重な警備が敷かれる。
ヴィレッサを乗せた飛翔船が降り立ったのは、そんな研究所支部のひとつだった。
鬱蒼とした森が広がる中に、大きな地割れがひとつ刻まれている。その地割れを中心に森が切り拓かれ、石造りの建物が並んでいた。地割れの底に遺跡があって、魔導具を使った昇降機が設置されている。
さらには広々とした平野が作られ、数隻の飛翔船が並んでいる光景は圧巻だった。
石造りの建物に入ると、ローブを纏った男達が廊下を行き来していた。魔術師や聖職者といった格好をした者が大半だったが、各所に全身甲冑を着込んだ兵士も立っている。
「この遺跡が発見されたのは三年前でねえ」
ヴィレッサが連れて来られたのは建物の三階、広々とした研究室だった。
数十名が剣の稽古をできそうな空間に、大きな机や、よく分からない装置などが幾つも置かれている。さらにどの机の上にも書類が散乱し、雑然とした様相を呈していた。
第一研究所と呼ばれるこの部屋は、目の前にいる男に与えられた専用の研究室らしい。魔導研究所第十三支部長、オルェン・ムーティニアス―――、
そう名乗って、勝手にぺらぺらと喋ってくれた。
「場所柄、発見し難い上に探索も手こずって、支部長に任命された私も当時は頭を抱えたものだよ。発掘される魔導遺物の数こそ多いものの、大した物はほとんど見つからなかった。まあ、通信用の遺物が多かったのは救いだが、上は戦力を求めるものでね」
自己主張の強い性格なのは一目で分かった。話を聞くまでもない。
なにせ、黄金色のローブを羽織っているのだ。肩や襟首に羽毛を使った派手な装飾も施されていて、華奢な体を隠し、痩せた顔を妙に小さく見せている。
この趣味はないだろう、と。
無表情を固めていたヴィレッサも、つい頬を引き攣らせそうになった。
「しかし無用と思える魔導遺物の中にも、天才的な閃きさえあれば驚くほど有用に変わる物がある。ただの玩具のような円盤から巨大な空飛ぶ船が生まれたようにね。そう、あの時の閃きは正に天才的だったと言えよう。くくっ、自画自賛になってしまうがな。しかし想像できるかね? エルフィンでさえ極一部の者しか扱えないという浮遊魔術を―――」
「あ、あの、ムーティニアス卿!」
ヴィレッサの後ろにいた兵士が声を上げて制止した。
この研究室に来るまでに、ヴィレッサの身柄は研究所に引き渡されていた。飛翔船に同乗していた兵士は、すでに別の場所へ向かっている。
下っ端兵士の同行など、ヴィレッサも興味はなかったが―――、
背後に立つ白鎧の兵士二名の視線は気になっていた。どうにも刺々しい。これまでの見張りの兵士も友好的ではなかったが、また一段と剣呑な気配を纏っている。
ともあれ、無駄話を遮ってくれたのは感謝するべきだろうか。
「ふむ、そうであったな。いまはこの少女についての検証が先か」
黄金色のローブを翻すと、オルェンは首を傾げつつ顎先をなぞった。やたらと演技じみた動作を見せつけながら、ヴィレッサの顔を覗き込む。
「君が無限魔力を持っているというのは本当かね?」
「……? 魔力量には自信がある。でも無限かどうかは確かめようがない」
「ほう。なかなかに聡明な返答だな。あくまで無限とは概念でしかなく、その存在を現実に証明するのは不可能と言っていい。うむ、分かっているではないか」
腕組みをして頷くオルェンは、なにやら満足げであった。
しかしヴィレッサは眉を顰める。自己陶酔型の変態を喜ばせる趣味はない。
「不可能への挑戦は研究者として望むところだが、あまり意欲をそそられる内容でもないのでね。いまは可能な限りの検証を試みるとしよう」
粘っこい口調を垂れ流しつつ、オルェンは机の書類を数枚払い除けて、その下にあった指先ほどの石を取り上げた。
その半透明の灰色石を、ヴィレッサへと突きつける。
「ここへ魔力を注いでみたまえ。可能な限り、大量にな」
「……」
魔晶石という物だろう。シャロンから聞いた覚えがあった。単純に言えば魔力を溜めておける宝石だが、高価な割りに使い勝手はよろしくない。溜めた魔力は数日で霧散してしまう上に、魔素の変質も起こりやすい。
しかしいまのヴィレッサにとっては、高価というのは悪くない要素だった。
容赦無く、内側から破裂させる勢いで魔力を注ぐ。
「っ、うおぉっ!」
狙い通り、魔晶石は青白い輝きを放って砕け散った。
オルェンは派手に飛び退き、横で様子を見守っていた兵士二名も目を見開く。
「ほほう……これは確かに、無限魔力と言っても過言ではなさそうだな」
心なしか頬を引き攣らせながら、オルェンは姿勢を正し、今度は研究室の奥へと向かった。積まれていた書類を掻き分け、ひとつの箱を持ってくる。
それは綺麗な銀色をした金属の箱だった。
この世界で作られたとは思えないような造りをしている。ヴィレッサの知識によれば、ジュラルミンケースと言うのが近い。
オルェンは箱を机の上に置くと、指先で錠を弾き、開いた。
収められていた物体に、ヴィレッサは目を奪われる。
「これは……拳銃?」
「ふむ? 魔導銃の一種には違いないがな。歴史知識もあるとは、やはり君はなかなかに面白い子供だな。どのような教育を受けたのかも興味深い」
オルェンの無駄に長い語りに、ヴィレッサはまたうんざりしながらも耳を傾ける。
魔導銃―――その単語は初めて聞いた。
「無用の武器と言われて久しいが、かつて多大なる戦果を挙げたのは間違いない。ブランダ商工連合とミルドレイア魔導国が、一度は帝国に降伏を迫るほど戦場を蹂躙したのだ。防護術式の簡略化によって形勢は逆転したが、魔導銃の可能性は侮れない。量産化された魔導銃は、本来の性能には及ばなかったという話もある」
どうやら機能的には、ヴィレッサが知る拳銃と大差無いらしい。違うのは、鉛弾の代わりに魔弾を放つといったところか。
しかし見た目は随分と異なっている。
基本は拳銃に見えるのだが、銃身部分は歪んだ長方形をしている。回転式弾倉が備わっているが、銃口と繋がっているのかは不明。全体的に淡く光る線がいくつも走っていて、ふとすれば玩具のようにも見える。
「魔導遺物の一種……?」
「うむ。その認識は正しいな。しかしコイツは少々変わっていてね。当然ながら、過去に発掘された魔導銃とはまるで違う。『無限魔力の保持者を探せ』と言い出したのも、実は彼女なのだよ。だから高い魔力量を持つ者を探していたのだが……、いや、期待はしていなかったのだが、楽しみになってきた。彼女に聞きたいことは山ほどあるのだ」
嬉しそうに言葉を弾ませて、オルェンは魔導銃が収められている箱を差し出した。
「さあ、手に取ってみたまえ」
「ムーティニアス卿、お待ちを! 聖遺物をこのような異教徒の子供に―――」
声を差し挟んできたのは白鎧の兵士だ。
どうやら彼らは教会の兵士らしい。彼らの教義からすると、そもそも『魔導遺物』と呼ぶのが間違いで、それは神の奇跡たる『聖遺物』なのだ。
ヴィレッサに向けられた刺々しい視線も、異教徒に対する侮蔑が込められていたという訳だ。
「また、それかい? 教会はよほど私の研究を邪魔したいようだね」
「そのようなつもりはありません。しかし聖遺物の扱いは、正しい教義の下でこそ……」
「だから、それが邪魔だと言っている。新しい遺物が見つかるたびに、やれ祈りだの儀式だのと言って無駄な時間を掛けさせおって。そもそもこれを神が創ったと言うのなら、その要求に応じるのが信徒の務めではないのかね?」
「本当に言葉を発したのであれば従いましょう。しかし、いまも聖遺物は沈黙しているのでは―――」
悪趣味で身勝手な研究者と、子供すら迫害対象とする狂信者。どちらも傍迷惑な存在だ。潰し合えとしか、ヴィレッサには思えない。
だから両者の口論は聞き流して、目の前に置かれた箱へ手を伸ばす。
その途端、兵士が目を血走らせて駆け寄ってきた。
「薄汚い手で聖遺物に触れるな!」
怒号とともに蹴りつけられ、小さな身体が跳ね飛ばされた。机を倒し、書類を散乱させながら、壁に叩きつけられて止まる。
咄嗟に身を丸めたものの、ヴィレッサは苦悶に顔を歪めて蹲った。
それでも―――手にした魔導銃は離さなかった。
切れた唇から血を零しながらも、鈍く輝いている鉄の塊へ魔力を流す。
そして、胸に浮かんだ微かな期待に応えるように―――、
『―――おはようございます。奉仕任務を遂行します』
無機質な声が、魔導銃から発せられた。
ようやくタイトル回収へ向かえそうです。
これで書き溜め半分くらいなんですけどね。
次回、魔弾幼女、始まります。




