第11話 幼女を乗せて
反撃開始は「明日から」だと言った……
だが、「次回から」とは言っていない……!
破壊し尽くされた村で一晩を過ごした後、ガラディスが率いる騎兵部隊は南へと出立した。引き返す形になるのだが、どうやら仮の拠点を築いてあったらしい。
食料などを乗せた荷馬車に、ヴィレッサも一緒に放り込まれた。
正しく物と同じ、ぞんざいな扱いだったが、ヴィレッサは文句も言わずに従った。敵国で捕らえられた平民など、鞭を打たれないだけでも幸運と言える。
昨晩もガラディスに呼び出されたが、いくつかの質問をされただけだった。膨大な魔力量については月を浮かべて実演してみせた。他の質問には適当に答えて、まともな魔術を使えないことは曖昧に誤魔化した。
多少の暴力はヴィレッサも覚悟していた。けれどもしも倒錯した性的嗜好を持った兵士に襲われでもしたら、組み伏せられた瞬間に咽喉笛を噛み千切ってやるつもりだった。
ロリコン死すべし。慈悲は無い。
そんな真剣な決意も固めていたのだが、杞憂に終わった。
硬いパンと水だけという食事には不満があったが、とりたてて問題もなく、ヴィレッサは目的地まで運ばれた。そして―――、
「これは……!」
荷馬車から降ろされたヴィレッサは、思わず驚嘆を漏らしてしまった。
初めての子供らしい表情を見て、横に立っていたガラディスが得意気に口元を歪める。
「貴様でも驚くか。だが、当然だな」
村から馬を走らせて南へ半日ほど。生い茂る森の影に隠れるようにして、それは停泊していた。
地面の上だというのに、大きな船が錨を下ろしている。数百人、詰め込めば千人以上は乗り込めそうな大きな帆船だ。そのまま航海もできそうだが、なによりの特徴は、僅かながらも空中に浮かんでいるということ。
「飛空艇……」
この世界には存在しない言葉を、ヴィレッサはつい呟いてしまった。
「ほう。それも悪くない呼び方だな。しかし我らは飛翔船と名付けた。魔導遺物の技術を研究し、解明した、聖教国の新たなる力だ」
やはりガラディスは上機嫌に語る。調子に乗らせれば色々と情報も漏らしてくれそうだったが、そんな暇は与えられなかった。
船底が開いて、ヴィレッサはそこから船内へと連れ込まれた。騎兵部隊も乗り込むのかと思われたが、乗船したのは数名の兵士のみだった。
そうしてヴィレッサは、小さな船室に閉じ込められる。
「……まあ、快適な空の旅を期待してた訳じゃないけど」
何も無い倉庫みたいな部屋の端に腰を降ろし、膝を抱える。
やがて小刻みな震動とともに浮遊感が訪れた。飛翔船が出発したのだ。目的地はレミディア聖教国の領内にある魔導研究所で、夜までには到着するらしい。
ガラディスと兵士達の会話で、なんとなく事情は掴めていた。
国境の砦も海も越えず、帝国領内への突然の襲来―――。
普通なら有り得ない事態だが、この飛翔船を使えば険しい山脈も容易く越えられる。まだ航続距離は短く、運べる兵士の数にも限りがあるため、辺境地への小規模な襲撃に留まったのだ。
飛翔船を動かすには大量の魔力が必要とされる。適性のある魔術師が、十数名掛かりで浮力を生み出す『魔導具』を動かしているらしい。
古代遺跡から発掘されるだけの魔導遺物と違って、現在の人の手で作られる魔導具は、物によっては量産可能だ。けれど飛翔船は運用できる人員の確保が難しい。さらに補給の問題もある。下手に敵国深くへ兵士を送り込めば、孤立した部隊は包囲され、殲滅されるだけで終わってしまう。
そういった問題を含めて実験的な襲撃作戦だったのだろう。
「でも……失敗かな。シャロン先生のおかげで」
大よその事情を見抜いて、ヴィレッサは乾いた笑声を漏らした。
ガラディスの部隊は壊滅、控えめに見ても半壊状態と言っていい。しかし何の成果も得られないのを良しとせず、ガラディスは数名の兵士のみを連絡のために帰還させた。
ヴィレッサが見た限りでは、飛翔船は一隻しか用意されていなかった。他の場所に隠しているというのも考え難い。恐らくは侵入時には数隻で兵士を運んで、緊急時の脱出用に一隻だけ残しておいたのだろう。
謂わば新型の極秘兵器なのだから、扱いが慎重になるのも頷ける。
しかしそうなると、残されたガラディスたちはどうするつもりなのか―――。
「自棄になって突撃、って雰囲気でもなかった。救援を待つのか……?」
一応の戦果であるヴィレッサを本国へ送り、事情を伝えて追加の兵士を要請する。飛翔船の速度があれば、数日以内での援軍派遣も可能だろう。その程度の時間なら敵国領内でも隠れていられる―――悪くない策に思える。
ヴィレッサとしては早々に全滅して欲しいところだが、自分の手で仇を討ちたいという想いもあった。
「だけど……私に、何ができるんだろう」
抱えた膝に顔を埋める。急に不安が込み上げてきて胸が締めつけられた。
努めて冷静に行動するよう心掛けてきた。抵抗せずに捕まったのも、ともかく状況を把握して、反撃の機会を窺うためだ。
もしも一人で戦っていれば、兵士の数名くらいは道連れにできたかも知れない。だけど自分も間違いなく殺されていた。囲まれて、嬲り殺しにされて終わりだ。
魔導遺物の力すら無効化できるヴィレッサだが、単純に剣で斬りつけられれば傷を負う。魔力で剣と盾を作り、強化術に頼っても、真っ当な訓練をした兵士には敵わない。それはシャロンとガラディスの戦いを見て確信した。
強化術の錬度でも、剣技でも、自分では足元にも及ばない。偶然とはいえ魔物相手に生き残れて、少しは力を手に入れたつもりになっていた。
だけど本物の暴力に対しては抵抗すら叶わず―――誰一人、守れなかった。
「……ルヴィス、シャロン先生……カミル……」
無惨に殺された友人の姿が脳裏に浮かぶ。
死体すら消し潰された。村の家も、畑も、楽しい思い出がたくさん詰まった修道院も―――なにもかも奪われてしまった。
「……絶対に、許さない……」
表情を消したヴィレッサは、小さな掌を見つめる。
そっと魔力を流して固めると、細い剣が作られた。まだ首輪も手枷もはめられたままだが壊すことは難しくない。ヴィレッサが持つ魔力の特性までは知られていないのだ。上手く暴れれば、この飛翔船だって落とせるかも知れない。
だけど、まだだ―――。
「待つんだ……あいつらを、皆殺しにできる力を手に入れるまで……」
魔力の流れを止めて、拳を握る。
霧散していく青白い光を見つめながら、ヴィレッサは強く唇を噛んだ。
ようじょは、さらに ちからを ためている!
そして次回こそ、です。




