第6話 魔弾vs聖堂騎士団③
聖堂騎士団の本陣のさらに後ろに、小さな天幕が張られていた。
木陰に隠れるように置かれた天幕は、ミュリエルが部下に命じて建てさせたものだ。戦場から離れてはいるが、すぐに参戦もできる位置になっている。
けれどミュリエルとしては、もう逃げ出してしまいたい。
劣勢なのは明らかであるし、なにより、あの魔弾皇女と戦うなど自殺行為としか思えない。すでに部下たちは退避させていた。
それでもこの場に留まっているのは、友人であるフェリシアがいるからだ。
「騎士団長はまだ無事だけど……きっと、すぐに突破されるわよ?」
「そう、ですね……その前に……殺します……」
天幕の前に立ったフェリシアは、虚ろな眼差しで離れた戦場を眺めていた。
元より細い身体つきをしていたが、帝都での戦い以来、不健康なほどに痩せてしまった。食事は取っているが、必要な時以外はほとんど動こうとしない。
魔弾皇女を殺す―――、
そんな言葉を繰り返して呟きながら、腕の『殲滅輪』を静かに撫でていた。
尋常な精神状態ではない。それは誰の目から見ても分かる。
だからといって、ミュリエルは友人を放っておけなかった。
「死ぬほどの危険を冒すなんて、一番嫌ってたことじゃないの……」
溜め息混じりに呟いて、一時だけ目蓋を伏せる。
二人が出会ったのは、とある領主貴族の屋敷だった。
当時から十二騎士だったミュリエルだが、その貴族とはさして親交があった訳ではない。教会からの”救援要請”に応じただけだ。
魔導遺物を聖遺物として管理している教会は、その操り手を探す役目も担っている。強力な魔導遺物の扱いは慎重に行われるが、中には大した脅威にならないものも含まれている。そういった種類のものに対しては、広く市井の者を集めて適合者を探す場合もあった。
さしたる力もない魔導遺物ならば、いざという時でも対処できる。
そう思われていたのだ。『殲滅輪』に対しても。
己の五感が共有され、増幅される『殲滅輪』は、扱いに危険が伴う。過去の魔導士は精々十枚の円刃を扱うのが限界で、全身を砕かれる感覚に襲われた際には、そのまま正気を失った。
だから、所謂”使えない”魔導遺物と思われていたのだが―――、
事故が起こった。
あるいは、惨劇と言った方が適切だろう。
まず魔導遺物を扱っていた教会関係者数十名が、ばらばらに斬り刻まれて殺された。殺戮劇を知らされた領主が兵を出したが、数百名の兵士とともに同じく惨殺された。
その大量虐殺を行ったのがフェリシアだ。
彼女はそのまま領主の屋敷に居座って、ミュリエルを迎え入れた。
どうして殺したのか?
対峙したミュリエルに問われて、フェリシアは儚げな笑みを浮かべて言った。
怖かったから、と。
なによりも自分の身を優先するのが、フェリシアという少女だった。
自身の安全のためなら、他人の命なんて幾らでも奪える。『殲滅輪』の反動から受ける尋常でない激痛も、本物の危機でないなら極限まで耐えられる。むしろ痛みによって生命を実感できるので、喜んで受け入れていたほどだ。
その反面、人一倍に臆病だった。ほんの少し敵意を向けられただけでも、教会関係者も憲兵も、誰彼構わずに斬り刻んでしまうほどだ。
ひたすらに、貪欲に、己の生命を賛美する。
ふとすれば当り前すぎて忘れてしまう”生きること”に、フェリシアは誰よりも熱意を注いでいて―――、
それが、ミュリエルには眩しかった。
漫然と、あるいは享楽的に生きていた自分とは、まるで違っていたから。
だから惹かれて、大切な友人だと認めた。
だというのに、いまは―――。
「……それだけ、あの魔弾皇女が危険ということなの?」
騎兵部隊が上げる土煙を眺めながら、ミュリエルは右手に力を込めた。
すでにそこには『傀儡裂鞭』が握りこまれている。百体ほどのゴーレムも作り出して、二人の盾となるよう配置してある。
けれど恐るべき『魔弾』の前には、あっさりと突破されるだろうと思えた。
自分が命を落とすことに対しては、さして恐怖を覚えない。
いっそ、どうでもいいとさえ感じられる。
どうせもう貴族としては贅沢を知り尽くして、退屈な日々を過ごすばかりだ。
それでも―――、
友人の輝きを取り戻せないまま死ぬのを想像すると、胸が苦しくなった。
「……いざとなったら、貴方を連れて逃げるわよ?」
悲観的な決意を呟きながら、虚ろな表情をした友人の横顔を窺う。
だけどやはりフェリシアは反応しない。まるで戦うためだけの人形と化してしまったようだった。
ミュリエルはまた溜め息を落として、戦場へと目を向けなおす。
「僅かだけど……勝てる可能性も、ゼロではないのよね……」
聖堂騎士団の、異端審問部隊の戦い方は、ミュリエルも承知している。
けっして賛同はできないが―――、
どちらの勢力にとっても絶望的な戦いになるのを予感して、握った鞭へ魔力を注いでいった。
◇ ◇ ◇
空中に浮かぶ無数の円刃を睨んで、ヴィレッサは即座に声を上げた。
「ディード、拡散形態!」
『了解。敵陣への突入には、『赤狼之牙』でのサポートもします』
魔導銃も、すぐにヴィレッサの意図を察してくれた。
真っ赤な外套から幾つもの球体が飛び出して、空中で狼の形を取る。騎兵部隊の前方へ着地した赤狼の群れは、そのまま突撃の先鋒を駆けた。
『可能な限り、味方の犠牲は抑えましょう』
「ああ。そっちの制御は任せる」
ヴィレッサは頷きながら、上空の円刃に対して引き金を弾いた。
目の前で待ち構える聖堂騎士団への警戒は忘れられない。けれどもそれ以上に、『殲滅輪』の脅威度は高い。以前の戦いでも、リアルドメイガーをはじめとして、親衛騎士が幾名を命を奪われていた。
鮮血の記憶は、ヴィレッサの胸に刻まれている。
操り手であるフェリシアを仕留める自信はあるが、その殺傷能力を侮ってはいなかった。
「あの女の居場所は分かるか?」
『敵本陣よりもさらに後方のため、探知が遅れました。申し訳ありません』
「いや、それだけ分かれば充分だ」
ヴィレッサが頬を吊り上げると同時に、黒馬も力強く嘶いた。
魔導銃を励ます鳴き声のようでもあったが、直後に閃光が舞い落ちる。敵陣への雷撃魔術を放ったのだ。
左右に並ぶ親衛騎士たちも、馬の速度を保ちながら器用に魔術を放っていく。
無数の炎や光が、敵陣の障壁とぶつかり合い、悲鳴を上げさせた。
「前列は崩れてるぞ! 臆するな!」
「侵略者どもに帝国騎士の勇猛さを教えてやれ!」
騎士の声や、馬の雄叫びが響き渡り、馬蹄が盾や鎧を踏み潰す。聖堂騎士たちの抵抗もあったが、『一騎当千』に守られた騎士は容易には傷つけられない。
馬蹄に踏み躙られ、剣や槍で貫かれて、聖堂騎士団は数を減らしていく。
ヴィレッサも、拡散形態の銃身をくるりと回しては、迫り来る円刃を次々と撃ち落としていた。
「っ、一匹、いや二匹逃がしたか!?」
『ご安心を。赤狼にも警戒させています』
撃ち漏らした数枚の円刃が、上空からヴィレッサへと迫る。しかしすでに放たれていた赤狼たちが、高々と跳躍し、それを噛み砕いた。
さらには赤い円刃、『殲滅輪・模式』も幼い体を守る形で浮いている。
『この程度の攻撃ならば、私の制御能力でも余裕を持って対処可能です』
「頼もしいな。あたしは敵の殲滅に専念できるって訳だ」
『肯定。さっさと終わらせましょう』
自信たっぷりな魔導銃からの声に、ヴィレッサは小さく咽喉を鳴らす。
実際、もはや聖堂騎士団は壊滅しかけていた。元より数は少なく、戦力を奴隷兵で補っていたのだから、本隊を叩かれれば脆いのも当然だ。
同数以上の騎兵部隊に突撃されては、全滅も必至だろう。
「姫様、あちらを!」
敵兵を槍で屠りながら、ゼグードが声を上げる。指し示した先には、モゼルド教の神旗を掲げる一団が陣形を組んでいた。
中央にいる大柄な白鎧は、聖堂騎士団の団長といったところか―――、
そう判断して、ヴィレッサは眼光を鋭くする。
銃口を向けようとしたが、すでに味方の一部隊が突撃しようとしていた。
「狂信者どもの首魁だな! 貴様らの神の下へ行かせてやろう!」
敵兵は未だに整然とした隊列を組んでいたが、勢いに乗った騎兵部隊ならば押し切れるはず―――ヴィレッサもそう思った。
けれど次の瞬間、その予測は吹き飛ばされた。
突撃した騎士の体とともに。
「な……っ!?」
騎兵部隊に対して、一人の聖堂騎士が突出してきた。
その身体は白鎧ごとあっさりと槍に貫かれたが―――その直後、爆散したのだ。
まるで爆裂の魔術が放たれたように、聖堂騎士の全身は四散した。その衝撃は凄まじく、着込んだ白鎧ごと、内部から弾けて飛び散った。
白鎧だけなく、骨や肉、血液すら硬質の凶器と化して、騎兵部隊を襲ったのだ。
さらにそれは一撃で終わらない。
いきなり味方が吹き飛ばされて困惑する騎兵部隊に、次々と聖堂騎士が向かっていって―――自爆による特攻を行った。
人間が内部から弾け飛び、炸裂する奇怪な音が響き渡る。
そのたびに、味方の騎士たちがまとめて死に引き込まれていく。
『恐らくは人体に直接施された術式……マスター、あれは危険です』
「ああ……分かってる、っ!」
混乱する味方騎士の隊列を抜けて、一人の聖堂騎士が向かってきた。
ヴィレッサは即座に魔導銃を変形させる。速射形態を構えなおすと、向かってくる白鎧の頭部へ魔弾を撃ち放った。
狙い違わず、魔弾は狂信者の頭部を砕き散らす。
しかし頭の半分を失っても、白鎧の男は虚ろな笑みを浮かべたまま、地面を蹴って跳躍した。
「姫様―――っ!」
ゼグードが槍を突き出す。
狂気に支配された男を深々と貫き、空中で押し留める。
だが、直後―――、
「―――!?」
炸裂した人体が無数の凶器となり、ヴィレッサたちへと降り注いだ。




