第2話 頼もしい援軍……?
海賊討伐が終わると、ヴァイマー伯爵はすぐに次の行動へと移った。
帝都奪還のために軍を整えるのだ。
「帝国を守るために剣を取るのは、騎士として当然のこと。さらにヴィレッサ殿下には、我が領地のために力を貸していただきました。この御恩に報いるためにも、微力ながら働きたく存じます」
あらためて臣下の礼を取るヴァイマー伯爵は、なかなかに頼もしく見えた。
港町を治めているだけあって、陽に焼けた肌をしている。精悍な顔付きをしていて、鍛え上げられた体付きから、戦士としての技量の高さも窺える。
娘のヴェルティにも好感を抱いていたので、ヴィレッサは快く助力を歓迎した。
「シャロン先生からも話は聞いてる。あたしこそ、受けた恩は忘れないぜ」
「有り難き御言葉。必ずや侵略者どもを打ち払ってみせましょう」
武人然としたヴァイマーだが、細やかな心配りもできる男らしい。
現状、帝都奪還を目指すため、港町キールブルクには近隣領主が兵を揃えて集ってきている。しかし小領主が多く、地上部隊だけでも二万の兵を出せるヴァイマーと比べると、やはり格は一段落ちる。
そのため、軍議ではヴァイマーは主に聞き役に徹した。自分の意見によって、他の意見が潰されるのを避けるためだ。
最終的な判断は、皇女であるヴィレッサに委ねられる。西方にいるディアムントとも連絡は取れるが、やはり現場の判断は重要なのだ。
議題は、進軍してくるレミディアの聖堂騎士団に対してどう当たるか―――。
無論、戦うという前提を崩そうという者はいない。
しかし籠城するか、あるいは野戦で蹴散らすか。この二つの意見は拮抗した。
「この街の外壁は堅固に造られておる。防衛戦で確実に勝つのが良いかと」
「野戦でも確実に勝てます。聞けば、聖堂騎士団とやらは五千足らずの小勢とのこと。私一人でも蹴散らせます」
「ヴェルティルート殿の勇猛さは某も承知しておる。しかし敵は聖堂騎士団ばかりではない。三万余りの兵も引き連れておる。帝都の民を強引に駆り出したらしいが……数の力というのは侮れぬもの」
「なればこそ、野戦がよいのです。雑兵など無視して本隊さえ叩けば―――」
籠城策はゼグードが、野戦策はヴェルティが中心となって主張した。
ちなみにシャロンは軍議に参加していない。立場の違いから遠慮したのもあるが、少々、別の用件で動いているからだ。
いずれにせよ、この場はヴィレッサが決断をくださねばならない。
だが珍しく、ヴィレッサは眉根を寄せて迷っていた。
「……どちらの意見も悪くはない」
呟き、腕組みをして思案する。
正直なところ、どう戦っても負ける気はしなかった。正面から砲撃して、掃射して、トドメに指揮官を狙撃してやればいい。
そう簡単にはいかなくとも、「まあ、なんとかなるだろう」と思える。
気掛かりなのは、帝都から駆り出されたという兵のことだ。
偵察からの報告によると、働き盛りの男達が、奴隷として強引に従軍させられているらしい。装備も食事も満足に与えられず、ほとんど数合わせで集められたようだ。
構成としては、聖堂騎士団が五千、正規兵が一万足らず。そして二万ほどの奴隷兵ということになる。
前面に出てくるのは奴隷兵となるのは間違いない。
はたして、容赦無く撃ち払っていいものか―――。
「あの……」
控えめに手を挙げたのは、ファイラット領主のエリムだ。
まだ十二歳の少女は、歴戦の騎士ばかりが集まった軍議の場では異質だった。年齢に関してはヴィレッサも同様なのだが、エリムは小領主としての立場しかない。
年相応に、遠慮がちな表情を見せていた。
「意見を言っても、よろしいでしょうか?」
「当然だ。誰の意見だろうと、それが最善なら採用する」
ヴィレッサが腕組みをしながら頷く。
鋭い眼光は、エリムをやや怯ませたが、他の者を黙らせる効果もあった。
「その……わたくしが気掛かりなのは、奴隷兵とされた民のことです。どうにかして救う手段があるのではないかと」
「……エリム殿の優しさは理解できる。しかし戦場では甘さとなりますぞ」
「はい。そう仰られるのも尤もです。ですが、刃を交える前に保護できるとしたらどうでしょう?」
机を囲む一同が首を傾げる。
中には年若い少女を侮るような眼差しもあったが、エリムは構わずに続けた。
「わたくしは、父上から帝国の歴史について様々なことを教わりました。帝国領内で起こった紛争に関しても。かつて、このヴァイマー伯爵領と、小領主の連合との間に争いがあったそうですね」
「む……先々代、いや、もっと前の時代の話ではないか?」
「ずっと以前です。重要なのは、故ヴァイマー伯爵が大勝利を治めたということ。その戦いが行われた場所が……」
エリムは椅子から立ち上がると、机上に広げられた地図に手を伸ばした。キールブルクの北西にある一点を指し示す。
「ここです。当時と地形はほとんど変わっていません。ですから―――」
自信たっぷりにエリムは告げる。
その策は、野戦でありながら籠城戦を行える。上手く運べば奴隷兵の救出も叶う。
「かなり乱暴だが……いけるか?」
「はい。姫様がお望みとあらば」
ヴィレッサの問いに、ヴァイマーが力強く頷く。
こうしてエリムの策が採用されて、帝都奪還軍は進軍のために準備を進めていった。
軍の方針さえ決まれば、あとはヴィレッサが関われることはほとんどない。
精々、近隣領主と会って細かな調整をしたり、大商人からの面会を受けて協力を約束させたりする程度だ。
とはいえ、キールブルクは帝国随一の交易港を持つ。そこの大商人からの協力となれば、装備や糧食を揃える負担はかなり軽減される。近隣領主と会ったり、訓練する兵を励ましたりするのも、皇女という肩書もあって大きな効果を上げていた。
海賊討伐の際に飛翔船を手に入れたのも、とりわけ商人達には大きな影響を与えていた。『魔弾』の勇名とも相まって、「まだまだ帝国は戦える」と思わせたのだ。
「殿下の助力になればと、五千本の槍を御用意いたしました」
「船の護衛のために、三百名の魔術師を揃えております。是非、お使いください」
「荷馬車でしたら、私どもの商会にお任せを。十万の糧食でも運んでみせます」
「某の息子が、今年で十歳になりましてな。姫様と御会いできれば……」
中には縁談を持ち掛けてくるような、油断ならない相手もいた。そういった者も適当にあしらいながら、ヴィレッサは出陣の日を待つ。
ただし暇を見つけると、こっそり街へ抜け出してもいた。
「よし。脱出成功、っと」
『正面から堂々と出てもよいと思うのですが』
「たまには、お目付け役抜きで気楽にいきたいんだよ」
魔導銃の小言を受け流しながら、用意しておいた地味な外套を羽織る。ヴィレッサの顔は街の住民にも知れ渡っているが、真っ赤な外套の印象が強い。そこさえ隠せればバレないだろう、と考えたのだ。
実際、大勢の人が行き交う通りを歩いても、誰にも見咎められなかった。
露店を覗いても「お嬢ちゃん、お使いかい?」とか言われる。
もっとも―――後方の物影には、ヴェルティをはじめ、幾人かの護衛がこっそりとついてきていたのだが。
「お、イカ焼きがあるぜ。魔物じゃねえのもいるんだな」
『むしろ、魔物の方が珍しいかと』
たっぷりとタレがつけられたイカ焼きを買って、もっしゃもっしゃと頬張りながら人通りの多い街路を歩いていく。
交易港を備えた街だけあって、珍しい品物も目についたが―――、
「ん……?」
ふと気づくと、ヴィレッサも見つめられていた。
すぐ隣から。ヴィレッサよりも頭ひとつ分は小さな子供が、じぃっと熱い視線を向けてくる。
幼い女の子の視線は、串に刺されたイカ焼きに注がれていた。
「……食べたいのか?」
こくこく、と女の子は頷く。
綺麗な銀髪も上下に揺れて光を反射する。随分と可愛らしい子供だ。地味な服装をしているが、もしもここが治安の悪い場所だったら、とうに誘拐されているだろう。
なによりも、特徴的な長い耳がヴィレッサの目を引いていた。
「ん~……」
エルフィン族の子供がいる。珍しい事態だが、まあそれは放っておいていい。
様々な人間が出入りする街なので、そういうこともあるだろう。
問題は、この子供の欲求に応えてしまっていいものかどうか―――。
「ま、いいか」
深く考えずに、ヴィレッサはイカ焼きを差し出した。
食べ掛けのそれを受け取ると、女の子は嬉しそうに齧りつく。口元をタレで汚しながら、瞬く間にお腹に収めていった。
「ん~、それっぽっちじゃ足りねえか?」
首を傾げるヴィレッサに、女の子はまた可愛らしく頷いた。期待のこもった眼差しで見上げてくる。
「それじゃ、二人で美味しいもの探してみるか」
女の子の手を取って、ヴィレッサは露店通りへと歩き出す。
魚や貝といった海産物の丸焼きから、なんだかよく分からない肉の串焼き、お菓子の屋台も目に留まる。以前にルヴィスが作ってくれた、大学芋を売っている屋台にも人が集まっていた。
どれも女の子には好評だった。
とりわけ大学芋を口にした時には、目を輝かせて、蕩けるような顔をしていた。
『夕御飯が食べられなくなりそうですが』
「う……育ち盛りだからいいんだよ」
唇を尖らせるヴィレッサの横で、女の子も甘い大学芋を頬張りながら頷く。
そうして二人は露店通りを抜けて―――、
「―――なかなかに楽しめたぞ。感謝してやろう」
女の子が、いきなり尊大な口調で喋り出した。
口調だけではない。全身から魔力光を溢れさせると、宙に浮かんで、腰に手を当てた偉そうな姿勢を取る。
そうして空中から、高らかに笑い声を轟かせた。
大勢の人から注目される中で、ヴィレッサを見下ろしてくる。
「我こそは超魔臣皇シルヴィエ・シルヴァーヌ!
偉大なる無限の王の臣下にして、エルフィン族の長老、そして皇である!
さあ、ひれ伏すがよい!」
誰もが唖然として、言葉を失う。
静まり返った場に、可愛らしい声が響き渡る。
ヴィレッサもしばし呆然とさせられたが―――やがて、ぼそりと呟いた。
ああ、こいつバカだ、と。
新たな幼女かと思った?
残念、ロリBKAでした!




