第13話 幼女は血路を拓き、御馬番は忠義を貫いた
一万の軍勢に、百にも満たない数で突撃する。
ほとんど自殺行為のようなものだ。
しかしヴィレッサは手綱を握り直しただけで、黒馬の速度をさらに上げた。その鋭利な視線の先には、敵本陣である飛翔船がある。
つまりは、標的に迫っているということ。
『まだ阻害装置の効果は続いています。やはり、すぐには止められないようです』
「はっ、自分で仕掛けた罠に嵌まったってことか」
たとえ敵魔導士が出てきたところで、ヴィレッサには蹴散らす選択肢しかない。けれど多少は手こずるだろうことも認識している。
邪魔が入らない内に、なるべく敵本陣への距離を詰めたいところだ。
「蹴散らせ! 派手に暴れてやれ!」
声を響かせながら、ヴィレッサは速射形態の引き金を弾いた。続け様に、敵前列の数名を撃ち抜く。敵兵の頭を西瓜のように砕き散らし、胸に大きな風穴を開けた。
凄惨な死体を見せつけられて、近くにいたレミディア兵が悲鳴を上げる。
直後に、黒馬が激しく嘶いた。全身から青白い光を放つと、敵陣へ雷撃の雨を降らせる。さらに親衛騎士たちも魔術を放ち、光弾や火球を幾つも叩きつけた。
一万の軍勢からすれば、僅かな損害が出たに過ぎない。
しかしほんの一角とはいえ、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されれば、周囲にいた兵士には恐怖が生まれる。そして、恐怖は伝播していく。
レミディアから反撃として放たれた魔術の雨も、逆に士気を挫くことになった。戦術級の火炎や雷撃魔術が降り注いでも、被害を与えられないどころか、騎兵部隊は怯みもせずに迫ってくるのだ。
『抗魔形態との切り替えは、可能な限りこちらでもサポートします』
「ああ。乱戦になると、なかなか難しいからな」
魔術の撃ち合いを終えると、いよいよヴィレッサたちは敵戦列へと突撃する。
本来ならば、槍衾と大盾が待ち構えているところだ。しかし魔弾と魔術を撃ち込まれて、レミディアの戦列は乱れている。立ち直る暇も与えられない。
ヴィレッサたちは少人数の利も活かして、針の如く、乱れた戦列の穴を狙った。
最初の激突で数十名が弾き飛ばされる。
馬蹄で、剣で、槍で、そして魔弾で、次々と命が奪われていく。勢いに乗った騎兵部隊を止める術はなく、屍山血河が作られるのみ―――そう思われた。
だが、重々しい金属音が響く。
黒馬が僅かに体勢を崩して、煩わしげに嘶いた。
「っ、重装兵ってやつか!」
ヴィレッサの前に立ちはだかったのは、ほとんど鉄塊みたいな歩兵の一団だった。全員が身を覆うほど大きな盾を構えて、しかもそれを杭で地面へ打ち込んでいる。身を守る鎧も見るからに重々しい。さらに刻まれた魔術式によって鎧の重量を増し、強化術を施して尚、満足に歩くことさえ出来なくなっている。
勢いに乗った馬蹄で、一人は踏み潰せた。しかしすぐ後ろにも重装兵が隊列を組んでいて、潰れた死体まで盾として使ったのだ。
『単純な障壁ならば、抗魔形態で踏み潰せたのですが……』
「構わねえ。どうせ、いい的だ!」
右手に速射形態、左手に暗殺形態を構えて、ヴィレッサは獰猛な笑みを浮かべる。勢いは押さえられたが、重装兵はほんの数百名、全員撃ち殺してしまえばいい。
とはいえ、敵も黙って撃たれてはくれなかった。
足が止まった騎兵部隊に、左右、そして背後からも敵兵が殺到する。重装兵部隊も、鈍く光る鉄槌を振り上げた。
そして、数の圧力が襲い掛かる。
「姫様を御守りしろ!」
「あたしに構うな! 一歩でも進め!」
突き出される剣や槍が、一人、また一人と、親衛騎士の数を減らしていく。
ヴィレッサは舌打ちを漏らしながらも、次々と引き金を弾く。重装兵を撃ち抜いていった。しかしやはり歩みは遅々としたものだ。
レミディア兵の突き出した槍が、ついにヴィレッサにも届く距離へと迫る。
だが、その時―――敵本陣である飛翔船から火の手が上がった。
悲鳴が上がり、馬蹄の音も響いてくる。
ヴィレッサたちのものではない。別働隊だ。
この戦いが始まる前に分かれた親衛騎士八百余りが、帝都近くの森で息を潜めていた。そしていま、敵陣の背後へと回って襲い掛かったのだ。
近くにヴィレッサがいない状況では、『一騎当千』は完全な力を発揮できない。
それでも騎馬鎧に溜め込んだ魔力分は活動可能で―――、
本陣が襲われるという事態は、レミディア軍に少なからぬ動揺を与える。
ヴィレッサたちを囲う圧力にも、僅かだが乱れが生じた。
『どうやら間に合ったようですね』
「ああ。今の内に、こっちも突っ切る!」
もはや数名しか残っていない重装兵を睨み、ヴィレッサは引き金を弾く。
黒馬が嘶き、高々と掲げた前脚を地面へ叩きつけると、衝撃によって敵戦列を吹き飛ばした。
飛翔船が大きく傾いて、フェリシアは手近な柱にしがみついた。
同じようにミュリエルも足を踏ん張る。魔導遺物が使えれば、いくらでも自身を支える手段はあった。しかしいまは自力に頼るしかない。
周囲には護衛の兵士もいるが、さして頼りになるとも思えなかった。
「敵襲……?」
疑問系で呟きながらも、フェリシアはそれしかないと理解している。
恐らく、飛翔船を支える柱が圧し折られたのだろう。大きな船体の上に立っているので直接には見えないが、吹き上がった火の手がちらりと見えた。
ミュリエルも焦りに顔を歪めながらも、事態は把握できているらしい。
船体から身を乗り出すと、声の上がった方向へ目を向けて、さらに顔色を蒼ざめさせた。
「伏兵が潜んでいたみたいね。しかも……例の甲冑をつけた騎兵部隊よ」
「……こっちが本命ってことですか?」
信じられない、とフェリシアは息を呑む。
あろうことか、魔弾皇女は自分を囮として使ったのだ。状況によっては皇帝以上に守られる立場にあるというのに、最も危険な役目を務めてみせた。
しかも、いまもこの本陣へ迫ろうとしている。
魔導銃を掲げて。獰猛な、血を求めるような笑みを浮かべながら。
「な、なんなんですか、もう! あれ、仮にも皇女様ですよね!?」
「ほんとにね。私達の陛下にも少しは見習って……いえ、やっぱり嫌よね」
あまりにも予定外の事態が続いたからだろうか。ミュリエルの口調には、却って余裕が出てきていた。
とはいえ、むざむざと敵に討たれるのを受け入れられる性格ではない。
「いずれにしても、これが最後の抵抗よ。なんとか抑え込みましょう」
「そう、ですね……あとは……」
フェリシアが頷いたところで、大きな衝撃が伝わってきた。
また激しく船体が揺らぐ。甲板も焼くほどの炎が噴き上がってくる。さらには、みしみしと音が響いてきて―――、
「崩れ、る……っ!」
咄嗟に強化術を発動させる。だが、だからといってどうにもならない。
船体の破壊に巻き込まれて、二人は空中へ投げ出された。
派手な破壊音や馬の嘶き、兵士の雄叫びや絶命する声が響く中で、地面へと転がされた。土煙に巻かれて、泥も浴びて、フェリシアとミュリエルは顔を顰める。
それでもどうにか顔を上げて振り返ると、まず破壊された飛翔船が目に入った。
残骸をさらに踏み荒らすように騎兵部隊が駆け、レミディア軍兵士を次々と討ち果たしていく。軍旗も炎に巻かれて灰になろうとしていた。
ほんの一時前まで、レミディア軍は勝者になるはずだった。
いや、いまでも状況はさして変わっていない。帝都は間違いなく陥ちるはずだ。
しかし目の前にある光景は、敗軍の様相を描いているようだった。
対転移結界装置の残骸を確認しつつ、念入りに馬蹄で踏み潰す。
最低限の役目は果たせたと、リアルドメイガーは安堵の息を吐いた。
けれどまだ油断はできない。戦場の真っ只中なのだ。ひとまず周囲の状況を確かめようと、他の騎士を従えながら馬首を巡らせた。
敵本陣でもあった飛翔船は、八百名余りの騎兵部隊が暴れたことで完全に破壊された。大きな残骸がそこかしこに転がっているが、もはや修復よりも新造した方が早いだろう。
守備についていた小数の敵兵も、ほぼ殲滅しつつある。
あとは、皇女殿下と合流できればいいのだが―――。
「このような場所に女だと……?」
残骸の端に、二人の女が立っていた。一方は先端の分かれた鞭を手にしていて、もう一方は武器も持たず、気弱そうな顔をしている。
リアルドメイガーは眉を顰める。
女でも戦場に立つ者がいるのは承知している。無論、油断はない。
慎重に槍を構えたまま問い掛けた。
「貴様ら、何者だ? その鞭はもしや『傀儡裂鞭』のミュリエルか?」
馬上から厳しい眼光を向ける。
女二人は、びくりと肩を揺らした。しかし答えようとしない。
重ねて問い掛けようとして―――直後、リアルドメイガーは槍を振るった。
金属質の音が響き渡る。
ミュリエルが振るった鞭を、リアルドメイガーの槍が弾いたのだ。
さらに同時に、鮮血も散っていた。
いきなり襲ってきた円刃に、脇に控えていた騎士の一人が腕を飛ばされていた。咄嗟に障壁を張って防御しなければ、他の騎士も斬り刻まれていただろう。
「はぁ、危なかったわ。どうにか私達の魔導遺物も回復したみたいね」
握った鞭を一振りして、ミュリエルは息を吐く。そうしてあらためてリアルドメイガーへと向き直った。
「そうね、名乗っておくわ。察しの通り、十一位、『傀儡裂鞭』のミュリエルよ」
「えっと……同じく二位、『殲滅輪』のフェリシアです」
「っ……やはり魔導士! しかも十二騎士か!」
即座に脅威を把握すると、リアルドメイガーは声を上げた。他の兵士と戦っている仲間にも注意を促しつつ、まずは自分に従う数十名の騎士で難敵と対するつもりだった。
「ヴィレッサ皇女殿下の親衛騎士、そして御馬番、リアルドメイガーである!
十二騎士、その首、貰い受ける!」
手綱を握り込み、すぐさま馬を突撃させる。
魔導士相手に受けに回るのは愚策でしかない。ほとんどの魔導遺物には、容易く人の命を奪える力が備わっているのだ。
だから一気に首を狙う。その判断は、けっして間違っていなかった。
けれど―――。
「騎兵はもう、見たくもないわ」
ミュリエルが鞭を振るう。無数に分かれた伸縮自在の鞭は、さながら壁のように束なって突撃する親衛騎士を迎え撃った。
鎧に守られた騎馬達だが、それでも全身を打ち据えられ、前進を阻まれてしまう。けれど騎士の方はそれだけで済まない。鎧ごと引き裂かれ、無数の裂傷を刻まれて、鮮血で霧を生み出しながら弾き飛ばされた。
辛うじて鞭から身を守った者も、次々と赤い飛沫を上げて倒れていった。高速で宙を舞う『殲滅輪』は、鞭に気を取られた騎士たちを容赦無く斬り刻んだ。剣や槍で弾こうとしても、刃部分にぶつかれば武器ごと斬られてしまう。魔術障壁で止められるのも、ほんの一呼吸の時間にも満たない。
「が、はぁ……っ!」
瞬く間に部下の命を奪われて、リアルドメイガー自身も鞭で弾き飛ばされた。
地面を転げ回り、それでも槍を握って投げつける。しかしその投槍も、円刃で斬り裂かれ、残った穂先も鞭で弾かれた。
「くっ……傷一つ付けられぬとは……」
屈辱に歯噛みしながらも、リアルドメイガーは腰の剣を抜いて立ち上がる。まだ周囲には動ける騎士が数名残っていて、誰も諦めてはいなかった。
血に濡れながらも、戦意を滾らせて敵将を睨む。
「この者らは危険だ! ヴィレッサ殿下の御為にも、なんとしても討ち取れ!」
騎士たちが雄叫びを上げ、一斉に地面を蹴る。
鬼気迫る決意を感じさせる突撃だったが、フェリシアもミュリエルも表情ひとつ変えなかった。
「はぁ。こう暑苦しい騎士って苦手なのよねぇ」
「そう、ですね……怖いです……」
再び鞭が、円刃が、次々と死を撒き散らしていく。
魔術を放つ者もいたが、そちらも『傀儡裂鞭』の魔力吸収によって霧散させられてしまう。剣や槍を投げる者もいたが、やはり届きはしなかった。
ほんの十数歩の距離が詰められず、騎士たちは一人また一人と倒れ伏した。
「ぐ……っ!」
リアルドメイガーの眼前にも、高速回転する円刃が迫る。どうにか障壁で防ぎ、その隙に剣で弾いたが、次に襲ってきた鞭によって剣を圧し折られてしまった。
さらに、首にも鞭は絡みつく。
咄嗟に鞭を握ったが、それで何ができるという訳でもなかった。
呼吸する間もなく、首に掛かる圧力は強まって―――、
「……姫様、恩返しもできず、申し訳……」
諦めかけた時、首に絡んでいた鞭がいきなり断ち切られた。
いや、撃ち抜かれたのだ。
地面に転がったリアルドメイガーは、大きく見開いた目をそちらへ向ける。
聞き慣れた黒馬の嘶き声が響いてくる。
そして―――、
「おっさん、まだ死ぬのは許しちゃいねえぞ」
三日月型の笑みを浮かべた幼女が、魔導銃を構えていた。




