第12話 その壁を越えて
飛翔船の甲板上で、フェリシアは膝を抱えて座り込んでいた。
時折、びくりと身体を震わせている。無数に散った『殲滅輪』から、様々な刺激が流れてくるのだ。
肉を斬る感触や、血に濡れる不快感、あるいは断末摩の叫びも伝わってくる。
自らが砕かれる感覚も味わわされて、フェリシアは荒い息を吐き、痺れるような痛みをそのまま受け入れていた。
常人であれば、正気を失っているだろう。
けれどフェリシアにとっては問題ない。むしろ心地良いほどだ。
だから戦況も把握できていたし、斜め後から掛けられた声にも反応できた。
「どうやら勝ったみたいね」
「……はい。あの二人が死んじゃったのは予定外でしたけど」
頷いたフェリシアの声には些かの痛痒も混じっていない。フレナンドとバワードの死体は無惨なもので、その醜さには眉を顰めたけれど、悲しいとは思わなかった。
ただ、ぼんやりと空中を眺めながら首を捻る。
「あの魔弾皇女さんは、噂以上の凶悪さですね」
「そうねぇ。ゾクゾクしちゃうくらい……なんなのかしらね、あの魔導銃は」
艶のある唇で笑みを作りながら、ミュリエルは自身を抱くみたいに腕を回した。小さく咽喉を鳴らしながら身を震わせる。
ゴーレムの目を介して、ミュリエルも大方の戦況は掴んでいた。
当然、自分の巨大ゴーレムが一撃で倒されたのも把握している。攻城用に急いで作ったものなので、倒されるのは想定内だった。動きの鈍さを突かれる形で、帝国兵にも何体かは破壊されている。
けれど、あれほど呆気なく倒されたのは想定外だった。
なによりも驚かされたのは、『傀儡裂鞭』まで損傷させられたことだ。無数に分かれた鞭の数本が断たれただけで、修復可能ではある。しかし『傀儡裂鞭』は、数ある魔導遺物の中でも頑強さには定評があるものだった。
「破壊力もそうだけど、あれだけ変形するのも珍しいわよね。私や貴方のも形が変わるとはいえ、伸びたり分かれたりするだけだもの」
「はい……それと、あの真っ赤な外套も」
「ああ。『赤狼之加護』って言ったっけ?」
「一度、私の『殲滅輪』が絡め取られて、暴れてみたんですけど……傷一つ付けられませんでした」
「……凄いわね、それ」
呆れた声を漏らして、ミュリエルは目を見開いた。いつも妖艶な笑みを崩さないミュリエルにしては珍しい反応だが、それも無理はない。
フェリシアが操る『殲滅輪』は、鋼鉄だろうと紙よりも容易く斬り裂ける。魔術障壁には少々弱いが、殺傷力という点では十二騎士で最高と言ってもいい。
いったい、どういう理屈で防げたのか―――。
僅かに興味を引かれたフェリシアだが、すぐに顔を伏せて思考を止めた。
驚かされはしたが、防御用の魔導遺物であればさしたる脅威にはならない。それにもう、最大の目的である帝都陥落は目前だ。
いくら魔導士が戦場を引っ繰り返すとはいえ、さすがに逆転は不可能だろう。
「……あの騎兵部隊も、気になってたんですけどね」
「言われてみれば、やけに手強かったわね」
僅か百名余りとはいえ、見事に戦場を掻き乱してくれた。
単純な精鋭部隊というだけでなく、その騎馬が纏う鎧に、フェリシアは注意を引かれていた。
「あれだけの騎馬鎧を揃えるって、かなり大変ですよね?」
「そうね。西方から駆けつけてきたにしては、疲れてもいなかったみたいだし……もしかして、あれも魔導遺物なの?」
「……分かりません、けど……有り得ませんよね?」
「ええ……そうよねぇ。二つでも規格外なのに、三つも扱えるなんて……」
ミュリエルが妖艶な笑みを歪ませる。
フェリシアも、気弱な笑みを浮かべていた頬を引き攣らせた。
まさか、有り得ない、と。
「もう勝敗は決まっています。ここから何をしたって……ぁ……!」
僅かに目を見開くと、フェリシアは戦場を見下ろしている『殲滅輪』へと意識を移した。レミディア兵が群がっている内城門が、重々しい音を立てて開かれるところだった。
これで兵が雪崩れ込めば―――、
そう思ったところに、騎兵部隊が突撃してくる。
先頭には、真っ赤な外套を羽織った幼女の姿も見えた。
「……えっと、突撃してくるみたいなんですけど……」
「……まさか、魔弾皇女が?」
「はい……大丈夫、ですよね?」
「あ、当り前じゃない。もう帝都から出るのだって難しいわよ」
すでに帝都にはレミディア兵が雪崩を打って乗り込んでいる。南側城壁しか破れていないが、勢いは留まることを知らない。
目立つ騎兵部隊など、すぐに囲まれて鏖殺されるはずだ。
万が一、この本陣へ向かってくるとしても、守備のために一万ほどの兵が残っている。寡兵での突破など不可能に決まっているのだ。
「あの魔導銃も壊れたみたいなんでしょ? 心配なんて要らないわよ」
「そう、ですよね……でも念の為に……」
手近にいた兵を呼んで、警戒を促しておく。
いざとなれば、魔導遺物停止結界も発動させるつもりだ。
そうしてフェリシアはまた戦場へ意識を向ける。強く膝を抱えた。
勝利は決まっているはずなのに、何故だか震えが止まらなかった。
◇ ◇ ◇
内城門を出たヴィレッサと騎兵部隊は、真っ直ぐに東へと馬を走らせた。
敵本陣は、帝都東側に置かれている。そこを一気に強襲するのが狙いだ。
幅広の街路にも、すでにレミディア兵が殺到していた。しかし彼らの意識は略奪に傾いている。巨大な黒馬を先頭とした騎兵部隊の姿は目立つが、積極的に戦いを挑んで来る者はいない。
商店に押し入ろうとしていた一団が、馬蹄で肉塊へと変えられる。
女を襲おうとしていた男共が、剣で首を刎ねられ、槍で貫かれて倒れていく。
一瞬ごとに凄惨な光景を生み出しながら、百名余りの騎兵部隊は街路を駆け抜けていった。
崩された南側城壁へ向かっていたら、また違った状況になっていただろう。まだ大勢のレミディア兵が雪崩れ込んでくる最中なので、激しい抵抗を受けていたかも知れない。
しかし個々の抵抗では、勢いに乗った騎兵を止めることは出来ない。
とはいえ、足を止める必要もある。
まだ東側城壁は抵抗を続けているために、城門も閉じられたままだ。敵兵が入ってこないのは喜べる事態だが、城門を開けるには少々の時間を取られる。その後に雪崩れ込んでくる敵兵とも相対しなければならない。
敵の大半は崩れた南側城壁に向かったが、それでもまだ数千の兵は残っている。僅か百名余りで蹴散らすのは不可能と言ってもいい。
普通の騎兵部隊ならば、という話だが。
『間も無く城壁です。『一騎当千』の制御はこちらで行います』
「任せた。一気に駆け上がるぞ!」
「聞こえたな! 皆、振り落とされるな!」
ヴィレッサが声を上げると、さらに大声でゼグードが指示を飛ばす。
その間にもレミディア兵を踏み潰し、新たな血飛沫を上げさせながら、騎兵部隊は城壁へと迫った。
見上げると、城壁の守備部隊はかなり数を減らしていて、混乱しているのが分かる。突然現れた味方部隊に、どう対処していいのか困惑もしている様子だ。命じれば動くだろうが、城門を開けるにはやはり時間が掛かるだろう。
まあ、構わない。どうせ最初からやることは決まっている。
ヴィレッサたちは勢いを落とさぬまま、突き進んだ。
堅牢で高い城壁を、馬で”駆け上がって”いく。
変形可能な騎馬鎧、『一騎当千』があるからこそ可能な芸当だ。蹄鉄から伸びる突起が、しっかりと城壁に食い込み、さらに馬の身体能力も上昇させている。ほとんど地面を走るのと変わらぬ速度で、垂直に壁を駆け上がった。
「本陣の前に、軽くオヤツも喰っていくぞ」
「なかなか美味そうな前菜ですな」
城壁上へと辿り着くと、ヴィレッサは巨大ゴーレムを睨んだ。この東側城壁にも一体だけ攻撃を仕掛けてきていたのだ。
唖然とする守備兵に見つめられる中、騎兵部隊は次々と跳躍する。
巨大ゴーレムそのものを足場にして、取り付いた。同時にヴィレッサは魔導銃の引き金を弾き、騎士たちは剣や槍を振るっていく。
ヴィレッサはいま速射形態しか扱えないので、巨大ゴーレムに対しては小さな傷を与えるのが精一杯だ。剣や槍でも似たようなもので、巨大ゴーレムにとっては、爪を立てられて僅かに肉を抉られる程度の損傷でしかない。
だが、全身を爪で抉られ続ければどうなるか?
しかも苛烈に、一方的に、反撃の暇も与えずに。
巨大ゴーレムは瞬く間に削り取られ、弱点である内部を巡る『傀儡裂鞭』も魔弾によって破壊された。僅かに巨体を揺らして抵抗したが、それで振り落とされた者もいなかった。
巨大な土塊が倒れるとともに、ヴィレッサたち騎兵部隊も地面へ降り立つ。
城壁に群がっていたレミディア兵も、かなりの数が巻き添えで潰されていた。その混乱の隙を突いて、一気に駆け抜ける目算だった。
けれどさすがに、敵も無抵抗でやられ続けてはくれないらしい。
『前方、敵小型ゴーレム部隊です。警戒を』
「構うな! 突き破れ!」
数百体の人間大ゴーレムが、槍を持って陣形を組んでいた。
混乱しているとはいえ、まだ周囲には敵兵が溢れている。僅かでも足を止めればたちまちの内に囲まれるだろう。
足止めという目的には、恐怖を覚えないゴーレム兵は最適だった。
強気な声を上げたヴィレッサも、多少の警戒はしていたのだが―――。
「な、にっ……!」
騎兵部隊とゴーレム部隊が激突する。
構えられた槍を物ともせず、堅い蹄鉄がゴーレムどもを踏み潰した。しかしその直後、幾つもの影が騎兵部隊を目掛けて跳躍した。
馬上にいる騎士よりも高く跳んだゴーレムたちが、身を投げ出してきたのだ。
騎士を直接狙うだけでなく、馬の脚にも組み付いて動きを止めようとする。騎馬鎧には鋭利な刃が付いているのだが、ゴーレムどもは構わずに向かってくる。
人間であれば死兵、といったところだろう。
犠牲を省みず、数に物を言わせた攻撃によって、十名ほどの騎士が馬上から引き摺り落とされた。それでも諦める騎士はいなかったが、群がるレミディア兵によって命を奪われていく。
ヴィレッサも危うく落馬させられるところだった。跳びかかってきたゴーレムに魔弾を撃ち込み、難を逃れたが、黒馬の脚にも数体のゴーレムが組み付いていた。
さすがに勢いを落とさざるを得ない。
その様子を見て取ったレミディア兵が、ようやく混乱から立ち直って群がってくる。
「こいつらっ、掃射形態で一気に……っ」
『申し訳ありません。現状では……』
変形機能が封じられていることを思い出して、ヴィレッサは舌打ちしながら速射形態の引き金を弾いた。手近なレミディア兵から次々と撃ち殺し、どうにか突破を図ろうとする。
この時点で、ほとんどのゴーレム兵は倒されていた。
しかしそれ以上に大勢の兵士によって囲まれてしまった。数の圧力に阻まれて、強靭な黒き悪夢の脚力を以ってしても駆け出すことすら難しい。辛うじて前進は続けるが、下手をすれば馬体ごと押し倒されそうだった。
そして―――、
レミディア軍の指揮官は、ここで確実に決着をつけようとしたのだろう。
魔導士であるヴィレッサを確実に排除することによって。
ぞわり、と。
ヴィレッサの背筋に悪寒が走る。妙な魔力の流れが感じ取れた。
「なんだ、いまのは……?」
『魔力信号を確認。解析……これは、魔導遺物の機能が阻害されます』
冷静に告げられた直後、黒馬の脚に組み付いていたゴーレムがずるりと崩れ落ちた。完全に力を失い、ただの土塊と化している。
「『断傲剣』を封じたってヤツか!」
忌々しげなヴィレッサの声に、周囲で剣を振るっていた騎士たちが息を呑む。
現状、数の圧力に抗えているのは、『一騎当千』の力によるところが大きい。騎馬の全身を守る鎧と、身体強化によって、どうにか押し潰されずに済んでいた。
だが、その力が失われれば―――なんて心配はまったくの無用だった。
『我々にはまったく意味を成しませんね』
「そうだな。よっぽど焦ったのか、いい具合に悪手を打ってくれたぜ」
”極式”魔導遺物の名は伊達ではない。
他の魔導遺物とは、その基本構造からして違う。
手近な敵兵に魔弾を撃ち込みながら、ヴィレッサは凶悪な笑みを浮かべる。
黒馬も同意するように嘶くと、力強く両前脚を高々と上げて仰け反った。厄介なゴーレムがいなくなったことで、僅かながら隙が生じたのだ。
「ぶちかませ、メア!」
重々しく前脚を打ち下ろし、敵兵をまとめて叩き潰す。凄まじい衝撃も広がって、十数名の兵士が小石みたいに吹き飛ばされていった。
「姫様が道を開かれたぞ! 続けぇっ!」
おおぉっ!、と勇ましい叫びが響き渡る。
そこには敵兵の悲鳴も混じり、立ち塞がろうとする圧力を失わせた。
再び勢いを得た騎兵部隊は、城壁前の敵を蹂躙しつつ、一気に突破する。
「爺さん、合図を送れ」
「はっ、直ちに」
短い遣り取りをすると、ゼグードが手元に魔法陣を浮かべた。そうして上空へと光を放つ。
赤い閃光がひとつ、一拍置いてみっつ。事前に決めておいたものだ。
それを確認してから、ヴィレッサはあらためて前方を見据えた。
「残すは敵本陣のみ! 喰らい尽くしてやれ!」
騎兵部隊は速度を増し、砂塵を巻き上げて突き進む。
すでに味方の数は百を下回っている。
けれど一万を越える敵を前にしても、怯えた顔をする者は一人もおらず、全員が雄叫びを上げて戦意を溢れさせていた。




