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4 北からくるもの

 茶会のあと一同はそれぞれの部屋に通された。

 レニーにあてがわれたのは、晩餐会でも開くのかと疑うほど広い豪華な一室だった。

 家具、調度品などは荒野だと珍しい木製で統一されており、主要エネルギーを握る町がいかに強いかを思い知らされる。

 細かな意匠が施された天蓋付きのベッドに腰を下ろすと、白衣の内側から外部端末を取り出す。

 表面を何度か指でなぞり、メニューから通信を選ぶとそこで手が止まる。

 少し考えて、送信を選びなおし、メッセージを吹き込む。

「レニーだ。先ほどオッケマに到着した。道中ちょっとしたトラブルがあったけど、……おおむねは問題ない。町長は話の分かる人間だったぞ。町は浄水器を渇望していて、私たちは歓迎されている。早ければ明日からでも技術者と話をするつもりだ。詳しくはまた夜に通信を開くから、その時に話そう」

 そこまで言って、また少し考え、言葉を足す。

「リタは元気か? ここには綺麗な服を売っている店が多いから、いくつか買って帰る」

 音声送信が正常に行われたのを確認して外部端末をしまうと、レニーは窓を開いた。

 部屋は二階にあり、物言わぬ石の生き物が暮らす庭園が見下ろせる。周囲に人影がないのを確認すると、窓枠へ足をかけ、おもむろに飛び降りた。

 ウッドロックもそうだが、この地域は基本的に天井が低い。軽々と地面に着地し、門へ向かって歩く。

「子供っぽい所、あるんですね」

 門柱の影からクスクスと笑いながらディータが姿を現す。レニーは少し目を見開き、すぐに元へ戻る。

「二人は?」

 誰かが待ち構えている可能性は予測していたのだろう。何故ここに、とは聞かない。

「二人ともソファーで転がってましたよ。疲れたんでしょう」

 フリックとピルトは交代でトレーラーの運転を担当しており、ウッドロックからここまで八時間もかかる上、銃撃戦を行っている。

「ならこっそり抜け出す必要もなかったな」

 レニーが残念そうに漏らすと、ディータが肩を揺らしながら、門を押し開いた。

「でもね、レニーさん。今日命を狙われたのは確かだ。大胆もほどほどにしないと、オレたちも護衛の甲斐がないですよ」

 普段は荒事を好むディータにまで忠告され、レニーは返す言葉が見つからなかった。

門を潜ると、さきほど乗ってきた黒い車が停まっている。

「使用人に借りたんです。乗ってください」

 二人が乗り込むと、レニーが口を開いた。

「心配してくれているみんなには悪いと思っている」

 珍しくしおらしい姿に、ディータは驚いた。こんな顔もするのかとしげしげと眺めている。

「確かに、この町の事はシルバ町長に任せるのが最善なのかも知れない。だけど……」そこで口ごもり、一瞬間を空けて言葉を吐き出す。「何か出来ることがあるだろう」

 言うや、顔を窓の外へ向けた。

 ディータは子供のような仕草に微笑む。アクセルを踏み込むと、レニーの見る景色が流れ始めた。



 車道が一本しかないウッドロックと違い、オッケマの町は入り組んでいる。限られた土地に建物が密集しているせいか、道は下手な縫い目のようにあちこちへよれて、別れ道も多い。だが、ディータは迷いなく確信を持ってどこかへ向かっているようだった。

「この町は何度も来ているのか?」

「オッケマとの連絡や通商はオレが担当なんです。しょっちゅう来てますから、案内には適役ですよ」

「……そういう面倒な役回りは嫌いそうだと思ったけど、意外とまじめなんだな」

 客観的な自分への評価へ、ディータは思わず苦笑する。

「まぁ、オレにも色々あるんです。まず知りたいのは東側の状況ですよね?」

「うん」とレニーは頷く。

「じゃあ、町長の言っていた歴史から話しましょうか」

 ハンドルを握りながら、伝聞ですが、と前置きしてディータは語りだした。

オッケマの歴史は割と新しい。

 30年ほど前に、どこからかふらりと現れた一人の商人が、偶然油田を発見した時から始まる。

 商人は町を作り、労働者を募った。貧しい荒野の人々はこぞって集まり、生み出された石油は莫大な富を生む。

 しかし、その富は労働者に還元されなかった。ほんのわずかな水と食料を与えるだけで、不満を銃で抑えつけ労働を強いる。つまり、労働者を奴隷として扱った。

 十年前、元商人だった男が病死すると、その息子である現町長ラウールに実権が渡った。

 父と違い彼は労働者への圧政を解き、石油による利益を可能な限り公平に配分するように努めた。だが、その頃にはもう石油は枯渇をはじめており、シルバ自らの言うように労働者の不満は依然として存在している。

「労働者たちのシルバ町長にかける期待が大きすぎたんでしょうね。一気に何もかも良くなると思っちまった。だから、裏切られたと言ってるんです」

 レニーはなるほど、と頷いた。似たような例は歴史にいくらも存在している。

「それなら、なぜシルバは反乱が起きないと言っているんだ?」

「気概がないんですよ」ディータは一言でそう評した。「東の人間は前町長の圧制の中で暮らしてきました。でも、それを受け入れてもいたんです。荒野に放り出されるよりマシだって。少しはジモンに同調するかも知れませんけど、大半は我関せずでしょう。大体……」

 ディータがレニーを向く。

「あいつにそんな求心力があると思いますか?」

 レニーは無言で肯定を示した。



 建物が切れ、車が川沿いに差し掛かると、大きな橋が現れた。西側にバリケードが築かれており、銃を持った兵士が数人配置されている。

「浄水器があれば変わるだろうか……」

 レニーは漠然とした疑問を独語する。

 綺麗な水が手に入れば農業をはじめられる。失業者の問題も解決する筈だ。しかし、同じ町を繋ぐ橋とは思えない光景に、レニーは言い知れぬ嫌な予感を感じていた。

 橋から少し進むと谷底はいよいよ狭まり、川と平地を合わせて十メートル足らず。

 そこに、壁が立っていた。川をまたいで、ぴったりと道を塞いでいる。

「これは……?」

「まぁ、折角だから上がりましょう。そこで説明しますよ」

 促されるまま階段を使って壁の上へ向かう。そこは広場のようになっていて、多数の兵士以外にも、普通の住民、それも男女のペアが多い。

「ここは元々北から来るものを塞き止める前哨基地だったんですけど、最近は若者の憩いの場にもなっているんです。それなりのスリルも味わえますしね」

「北から来るもの……」レニーは不満気に眉を吊り上げはじめる。「私は持って回った言い方は好きじゃない。そろそろはっきり教えてくれないか」

 ディータは慌てて手を振った。

「いや、ここからは実際に見た方が早いんですよ」

 そういって近くの兵士に声をかける。

「なぁあんた。あれはどのぐらいの頻度で来てる?」

 兵士はレニーの姿を見て驚き、ディータを見返すと、意味ありげにため息を漏らした。

「この時間帯ならそのうち来るよ。あんたが裸で寝転がっててくれれば、もっと早く見えるけどね」

「お勤めご苦労さん」

 やれやれと盛大なため息をつく兵士の肩を叩くと、ディータはレニーを壁の縁へ誘う。

 北側が一望出来る。川がどこまでも続き、徐々に広がる平地の所々は焼け焦げている。レニーは戦闘の跡だと推測した。

「もしかして、叫虫が来るのか?」

 ディータは首を横に振る。

「そんなもんじゃないです。まぁ待ちましょう。夕食までまだ時間がありますから」

 微笑ながら答えるディータに苛立ちが沸いたが、レニー自身他に急ぐこともないため、大人しく待つことにした。もし何も起きなかった場合、どのような報復をするか考えながら。

 谷底だけに風が強い。北から、荒野とは違い涼しげな空気が肌を滑っていく。

 レニーは無性に壁の先へ行きたくなった。山脈を越えれば気候も変わる筈で、もっと色々な景色が見えるかも知れない。そう思うと、湧き出す好奇心が胸を焦がした。

「よう、レニー。奇遇じゃないか」

 親しげな声に、レニーは何気なく振り向いた。

 女が立っている。昼間彼女を襲撃した一人だった。反射的に手が腰の収束光拳銃に伸びる。

「待ちなよ。こっちはやりあうつもりじゃない。殺すなら声なんか掛けやしないさ」

 女が両手を掲げて見せた。状況を察したディータが二人の間に滑り込む。

「どいてくれ男前。私はレニーと話がしたいだけだ」

「彼女はオレが先に誘ったんだ。まだキスも出来てない。他を当たりな」

 女が嬉しそうに笑う。口元に小じわが浮き上がり、見た目ほど若くはないと分かる。三十は超えているだろう。

「芋ばかりかと思ったけど、西にも色々と居るもんだね」

「お前は何者だ? ジモンの部下じゃないだろう」

 ディータの脇から前で出て、レニーが訊ねると、女はあっさりと頷いた。

「私はアデーラ。あんたらが言う東から来た人間さ」

「傭兵だな。それも特殊な」間髪いれずディータが問う。

「そうさ。戦いには自信があったんだけどね、お嬢ちゃんに負けて大金がパーだ」

「勝った覚えはないけど、意趣返しに来たのか」

 レニーの言葉に、アデーラは眉をひそめる。

「まぁ、信じろって方が難しいだろうけど、たまたまあんたを見つけて、話でもしようと思っただけだ。そう身構えるな」

「ジモンはどこにいる?」レニーが問う。

「まるで尋問だね……」アデーラは苦笑を漏らす。「東のどこか、と言っておくよ。まだ稼げそうだからね」

 レニーは質問を重ねる。

「なぜ私を狙う? 私を殺してもローリールは返ってこない。無意味じゃないか」

「その辺のいきさつは知らないけどね、レニー。理屈じゃないんだろうよ。理屈なんか感情の後付けだって考えもある。むしろそういう雇い主の方が稼ぎやすいのさ」

 アデーラの言葉は納得出来るものだった。レニー自身、感情が先立つ事は多々ある。

「じゃあ私からの質問だ」

 声に緊張感は感じられない。だが、それが罠かどうか彼女には判別が付かず、一挙手一投足を見つめるしかない。

「あんたはここら一帯の町に浄水器を配っているらしいね。それは、天上人の施しって訳かい?」

 その言い方には非難の影が見られた。レニーにはその理由が分からない。

「してはいけないような言い方だな」

「まさか。ご立派だよ。私には逆立ちしたって無理な話さ。けど、理由ぐらいは聞いて置きたいだろう? なんでそんな事をするのかって」

 レニーは逆になぜそんな事を聞くのか知りたかった。自分のする事がすべて正しいとは思わないが、間違った事をしているつもりもない。

 彼女は思うままに答えた。

「自分に出来る事がある。私はそれから逃げたくない」

 アデーラは、自分より一回りも幼い少女の挑戦的な瞳を見つめ返した。奥底まで覗くように、ただ見つめ続ける。

 やがて、肩をすくめて体の力を抜いた。

「綺麗な目だね。こっちの目が潰れちまいそうだ」

「さっきから何が言いたいんだ」

 いい加減腹が立った。遠まわしに攻め立てるようなやり方はレニーに合わない。

「さぁね。私にも分からない。でも、あんたを認める気にはなれないってだけさ」

 アデーラは唇の端を上げて笑った。レニーは何かを言い返そうとしたが、言葉は出てこなかった。その表情が、皮肉気に見えて、とても寂しそうだったのだ。

 鐘が鳴った。低く、重く、山々に反響してどこまでも広がって行く。

 途端に、散らばっていた住民たちがレニーたちと同じ縁へ集まってきた。みなはしゃぎながら、今から起きる事を楽しみにしているようだった。

「私はこれを見に来たんだ!」

 アデーラが少し離れた所で縁へ飛び上り、足を投げ出して座った。表情はすでに元へ戻り、吹き付ける風を心地よく受けている。

 押せば落ちる。何もしないと身をもって示したのだろう。そこまでされてはレニーも前方に注視するしかない。

 彼方に砂埃が見える。近づく速度から車かと思ったが、視認出来る距離まで接近すると、全く違うものだと分かる。

 大きさは確かに車ほどだが、真っ黒なずんぐりとした頭と胴体の下で無数の足が動いている。

 甲殻を持つ生物は基本的に足が速くない。硬い殻で身を守る為に逃げる必要がないからだ。だが、大型の甲虫に多足類の足を合わせたような異様な生物は、自分の重量を忘れているかのように爆走してくる。その数五匹。

「あれが北からくるもの。長虫ですよ」

 ディータが言うが、レニーは振り向けない。

「迎撃用意!」

 どこからか声が上がり、筒状の重火器を携帯した守備兵が一部突き出している縁へ配置についた。

「一斉に放て!」

 筒からシュポンと音がして、飛び出した銀色の塊が谷間を翔る。

 着弾の瞬間、長虫の群れが爆発した。雷鳴のような炸裂音が木霊し、黒々とした煙が吹き上がる。

 だが、煙が晴れると、煤だらけになった長虫がもぞもぞと動き始める。

「生きているのか、あれで……」

 爆発したのは恐らく炸裂弾の類だと予測がついた。叫虫と呼ばれる大型の蟻を四散させる威力をまともに食らって、その甲殻はわずかに抉れて白い体液を流すに留まっている。

 先頭の長虫が踵を返した。残りもそれに倣い、道を引き返しはじめる。

 だが、一匹だけが前進を続けた。守備兵は次弾を装填しており、迎撃は間に合いそうにない。

 短距離で高加速した長虫が壁に激突する。振動がレニーの足へ伝わり、思わずしゃがみ込んだ。あちこちで悲鳴が上がった。一瞬アデーラを心配したが、縁に座ったまま手を叩いて喜んでいる。

 下を見ると、壁の一部が崩れていた。さすがに石造りの壁を破壊するには至らないが、相当な衝撃だと分かる。

 長虫がよろよろとうごめく。短い無数の足が、壁の石に引っかかる。

「無理だ……」

 レニーが寂しげに呟いた。あの巨体ではどうやっても壁は登れない。長虫は健気に足を動かすが、石を剥ぐだけで巨体は持ち上がらない。

 兵士が壁の上から液体をかけはじめた。そして炸裂弾が打ち込まれると、長虫の体は業火に包まれた。

 だが、そこから長虫は驚異的な生命力を見せた。右へ左へと暴れ周り、突然思い出したかのように来た道を戻っていった。

 レニーは光景を冷静に眺めているように見えるが、瞳は好奇心に輝いている。

「いつもは北の大地を走り回っているらしいんですけど、群れから外れた一部が定期的に谷へ迷い込むんだそうです」

 ディータが言うと、手を口にやり細かくなんども首を縦に振った。

「この星は、あんなのがいるのか……」

 放心したまま呟くレニーは、ハッと隣を向いた。アデーラの姿はもうない。

 撃退した事を告げているのか、先ほどとは違う種類の鐘が、カランカランと鳴っていた。


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