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3 石油の町の王

 襲撃の後、レニーは仲間へ最後に現れた女の話をし、今後の行動を相談した。

 敵の正体が何であろうと、攻撃を受けた以上は引き返すべきではあるが、フリック、ディータ、ピルトの三人はオッケマの町長を良く知っているらしく、町に入れば安全だと主張した。

 レニー自身引き返すつもりはなかったので、一同はそのまま町に進むことにした。

 それとは別に、フリックは外部端末を使って星間船のウーノへ報告を勧めたが、連絡すれば必ず引き返せと言って来るのが目に見えており、レニーは事後報告ならすると言って聞き入れなかった。

 周囲を警戒しながらトレーラーはごとごとと道を進む。

 真東へ向いていた道は二股に分かれ、鉄製の案内板に従って北へ折れ曲がる。

 やがて、ウッドロックの北部から続く山脈が見えた。山々は町によって名前が違うらしく、フリック達はただ単に山と呼び、オッケマの人々は壁と呼ぶという。

 その理由は地形にある。

 延々と続く山脈に一ヶ所だけ切れ目があり、その合間に町が存在していた。

 山に挟まれた町の真ん中に川が走っており、町並みは東西に分断されている。そして、その奥は、荒野で唯一山の向こうへ続いているという。

 オッケマの人々にとって山は壁であり、町は扉だと考えているらしい。

 レニー達は手紙の指示通り西側の町へ向かうが、先に町が現れたのは東側だった。

 立ち並ぶ家々が続き、かなり長大な町なのだと気付く。

 やがて西にも町が見えた。ウッドロックほどではないが高い壁が築かれており、立ち並ぶ町並みの上半分が見える。

 門の脇の小屋で暇そうに椅子へ座っていた男が、こちらを確認するや慌てて門の中へ走っていった。

 その行動にレニーは緊張の色をなしたが、しばらくして扉から出てきた人々に安堵する。

 露出の高い煌びやかな衣装を見にまとった女性が数人。そして身なりの良い若い男が三人。門のそばに銃を持った兵士らしき人間が見えるが、トレーラー以外の周囲に注意を配っているようだった。

 一同の前にトレーラーを停車させ、先にフリックとディータが車を降りる。

 一人の若い男が歩み出て、両手を広げて叫んだ。

「ようこそオッケマの町へ! われわれはあなた方を心から歓迎致します!」



 入門してすぐにトレーラーを広場に停めると、四人は丁寧に磨き上げられた黒塗りの車に案内された。

 三台用意してあり、レニーは若い男性と、他三人は美女たちと分乗するように提案されるが、たっぷりと後ろ髪を引かれながらフリックとディータは、護衛のためレニーを挟んで座る事にした。

 必然的に余ったピルトが美女を受け持ち、二台の車は町の奥へ進んでいく。

 レニーはまず、道路がアスファルトによって舗装されている事に気付いた。

 アスファルトは主に石油を精製する過程で生まれる。石油の町だと聞いていたが、改めて実感する。

 道路を挟む町並みは整然としており、ウッドロックと同じく土を固めた物が多いが、中には石造りの家も散見される。石油だけでなく採石場もあるのかもしれない。

 しばらくして、白い石造りの大きな建物が現れた。

 見た事もない動物の石像に挟まれた鉄製の門が重々しく開き、車は中へと入っていく。

 玄関の前で降車したレニーたちに、顔中についた口紅を服の袖で擦り落としながらピルトが合流する。

 涼しげな石畳の廊下を進むと、真っ赤な木製の門が現れる。案内役の男がうやうやしく一礼し、扉を押し開いた。

 室内から草原のような、それでいて草とは違う清涼感のある香りが漂ってきた。レニーが一歩を踏み出すと匂いは強くなり、香を焚いているのだと気付く。

 一同の足元から赤いカーペットが伸び、その先で玉座とも言うべき大きな椅子に青年が座っていた。

 ゆったりと椅子に背をもたれさせ、大仰に足を組み、一段高い場所から頬づえのままこちらを見下ろすその姿は、何者にも屈せぬといった矜持を感じさせる。

 案内役が前へ出て、カーペットの脇に立った。レニーはその位置を参考に、椅子より五歩程度の距離まで歩みを進める。

 気配を感じ、肩越しに背後を見やると、フィリック、ディータ、ピルトの三人が片膝をついている。これが町同士の慣わしなのだと理解するが、自分には関係ないとばかりに毅然と立ったまま、真っすぐに若き町長を見据える。

 レニーは、普段何気なくしているこのまなざしが挑戦的であると知っている。幼い頃からいつも周囲の大人に叱られていたからだ。だが、どれだけ注意されても、父に罰として度々暗く冷たい倉庫に押し込まれても、彼女は改めなかった。

 自身の流儀にのっとり、胸に手を当て恭しく頭を垂れ、視線を戻し、口を開く。

「ここまでの歓迎に感謝を。シルバ町長」

 幼くも、ガラスの鈴ほどに凛とした声が石壁に木霊する。

 やや間があって、シルバの表情にかすかな笑みが浮かんだ。

 立ち上がり、段をおりるとレニーの前まで歩み寄る。香とは違った甘い匂いが彼女の鼻孔をくすぐる。

「ようこそ美しき救世主」

 言うなり、レニーの腕を取り手の甲に唇をつけた。挨拶のキスは文明社会にも存在しているのだが、故郷惑星ではめったに行わない。思わずレニーの背筋に悪寒が走るが、払いのける訳にもいかず硬直していると、シルバは顔を上げ、先ほどまでとは一転して屈託のない笑みを浮かべた。

「本当に美しいな。ダニロから聞いてはいたが、これほどまでとは思ってなかった」

 突然の砕けた態度にレニーはあっけに取られるが、シルバはにこにこと笑顔で言葉を続ける。

「肌も、髪も、瞳も、いかな職人の掘り出した彫刻すら敵わない。まるで二百年前に閉ざされた空より舞い降りた天使。オレの胸は高鳴りっぱなしだ」

 詩を歌い上げるように朗々と語ったあと、レニーが掴まれた手を少し引いている事に気付き、慌てて手を離した。

「これは失礼。どうもオレたちは東の人間に比べて作法がなっちゃいない。悪気はないんだ、許してくれ」

「構わない。それより、浄水器を見せたいのだけど……」

 自分のペースを取り戻すため話を変えたが、シルバは首を横に振る。

「浄水器が本物だって事ぐらい分かっている。茶でも飲みながら今後の話をしよう。バルコニーに用意してある」

 言いたいだけ言うと、シルバは侍女を伴ってカーテンをくぐっていった。

 レニーが振り返ると、三人は片膝をついたまま俯き、肩を震わせている。

「知っていたな?」

 彼女がそれだけ問うと、三人からくぐもった笑い声が上がった。立ち上がりながらピルトが弁解をまくし立てる。

「ぼくは言うべきだって言ったんですよ! 町長は女たらしだから気をつけろって!」

「オレも、いきなり抱き付いてレニーさんが投げ飛ばしたらどうするんだ、って主張したんだぜ」とフリック。

「お前らも、どんな反応をするか見たいって言ってただろ」ディータが反論する。

 醜い責任転嫁を始めた男たちにレニーは氷のような一瞥を与えると、無言でカーテンの奥へ去り、三人は慌てて後を追った。



 バルコニーに出ると、対岸の町が見えた。

 川沿いの平地に無数の家が乱立しており、西側の規則的な町並みより少し雑多に思えた。

 山の斜面には掘削機械と思われる機械が鎮座し、周囲に大小のタンクと、四方八方に伸びるパイプが見える。

「あっちで石油を採るんだ。言わば工業地帯だな」

 すでにテーブルについたシルバが説明をしながら、手で対面への着座を促した。

 対面といってもわずかに椅子がシルバへ近づけてある。相手を緊張させないための気配りなのだろうが、下心を感じずには居られない。

 どちらにせよ、レニーは深く気にする事もなく木製の椅子へ腰を下ろした。

 シルバの後ろには侍女が控え、レニーの後ろにはウッドロックの三人が立ち、ほどなく話し合いがはじまった。

「地下水の沸かないこの町じゃ、綺麗な水は買うしかない。だけど、最近は石油の出が悪くてな、本当に困っていた」

 シルバはあけすけに町の弱みから話し出した。レニーは相手が信頼を示している以上、下手な駆け引きは無意味だと考え、本題から入る。

「浄水器は材料さえあればどこでも設置出来る。そちらが必要な分作らせて貰うが、条件がある」

 条件という言葉に反応して、シルバの目に鋭さが宿る。

「ひとつは、設置にあたって必要な材料、人材をそちらに用意して頂く。足りない場合はこちらで負担するが、その場合は同等の対価を支払って貰いたい」

「対価とは?」

「なんでも構わない。前に設置した村には何もなかったから、設置後に生産した作物を分けて貰うことにした。ここには石油があるから、それで支払ってくれるのが一番だと思う」

「交換の基準は?」

「トレーダーに決めて貰う」

「分かった。いいだろう」シルバは即答した。「で、もうひとつは?」

「浄化した水は誰にでも無料で提供すること。具体的には、人口に応じた数、公共の浄水器を設置して欲しい」

「ほう……」と息をついて、シルバはレニーを見つめた。「本当にダニロの言う通りなんだな」

 思わず笑みを漏らし、侍女に茶を注がせると、ゆっくりと口に含む。カップをテーブルに置き、少し身を前へ傾けると、すぅっと目を細めた。

「心清き乙女よ、謹んで承ろう」

 レニーは自身を善人だとは思っていないが、あえて否定もしない。ただ頷いた。

 細かい取り決めがなされたあと、シルバがレニーと後ろの三人に向かって言った。

「今夜はこの館に泊まるといい。全員分の部屋は用意してある。夕食までは時間があるから好きにして構わないが、一つ注意がある」

 シルバは不快な出来事を思い出すかのように眉間にしわを寄せた。

「ジモンという男を知っているな?」

「うん。ローリールの元町長だ」

「こないだ奴がオレの所に来た。かなりレニーを恨んでいる」

 レニーは思わず後ろをみやった。三人ともさもありなんとばかりに頷いている。

「実はここへ来る途中、賊に襲われた。正体は分からないけど、ジモンで間違いないと思う」

 シルバは驚き、小声で何かを毒づくと渋面を作って詫びた。

「すまない。オレが予測しておくべきだった。あの小物がそこまで大胆な行動に出るとは思わなかった」

「気にしなくていい。奴の所在は分からないか?」

「西側には居ない。だが、東は分からん」

 レニーが詳細を目で問うと、シルバは少しいい辛そうに答えた。

「正直に言うと、この町の東側は労働者たちが住んでいて、治安が良くない。採油量の減少で働けない人間が不満を募らせ、最近も警備兵と小競り合いを起こしたばかりだ」

「その中に紛れているかも知れないということか」

 レニーの推測にシルバは首肯した。

「探し出してタールに漬けてやるのが一番だが、東側は広い。捜索には時間がかかる。橋は兵士が監視しているから、こちらにいれば安全だとは思うが、奴が見つかるまでは館に居た方が無難だ。なんなら私の寝室にベッドを運ばしてもいいだろう」

「うん。だけど」シルバの本気が冗談か分からない提案を無視して質問を返した。「東側に浄水器の存在を教えていないのか?」

 シルバはうんざりした様子で肩をすくめる。

「奴らに理屈を理解する知性はない。敢えて蔑む訳じゃないが、これは事実だ。このタイミングで浄水器が見つかったと言っても信じないさ」

「だけど……」レニーは突然湧き上がった自分の考えを口にした。「ジモンは武器を持っているぞ」

 急速に一つの絵が脳裏に描かれていく。

「労働者たちにジモンが武器を渡せばどうなる?」

 シルバは町の東を眺めながら、指で木製のテーブルを叩いた。

「奴がこのオッケマを狙い、労働者と結託する事はあり得ない話じゃないな」

 レニーの危惧を認めるが、シルバはそれを鼻で笑って一蹴する。

「だが、それが何ほどの事もない。奴の武器など多寡が知れている。それに、労働者たちは立たんよ。反乱などと言う華やかな獰猛さは一片だって持ち合わせていない」

 レニーの眉根が上がる。

「町長は労働者たちを低く評価しているけど、その根拠は何だ?」

「歴史さ」

 そう言い捨てて、シルバは立ち上がった。話はここで終わりと言うことだろう。

「夕食まで時間がある。風呂を用意してあるから旅の汚れを落としてくつろぐと良い」

「……判った」

 レニーは承諾して立ち上がる。しかしその頭の中は、晴れない疑念を払拭すべく、くつろぎとは迂遠の世界に入っていった。


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