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2 荒野の戦い

「大歓迎だな……」

 レニーは岩の陰で収束光拳銃を構えながら毒づいた。

 トレパ星域唯一の恒星から注がれる原子核融合の光が、長く真っすぐな黒髪をきらきらと輝かせている。

 くっきりとした細い眉の下で、大きな黒い瞳が知的な光を湛え、彼女が聡明で、かつ少女である事を一辺に物語っている。

 白衣から覗く繊細な手と白い陶器のように滑らかな肌は、眼前に広がる赤茶けた荒野とはおよそ程遠い。

「派手なのは嫌いじゃないですけどね……」

 隣で無骨な突撃銃を抱いてディータが笑う。

 長髪を無造作に後ろで束ね、長身を黒い頑丈そうな皮の服に押し込めている。

 軽い破裂音が立て続きに響き、二人の頭上を高速の鉛玉が通過した。

「鉛じゃ食えもしない」

 軽口を叩いて、岩から僅かに視線を覗かせる。

 延々と広がる荒野に点々と大小の岩が転がり、その合間を車が踏み固めただけの道が続いている。視線を上げると、50mほど先にこんもりとした藪が見える。他にも背の低い草がそこら中に群生しているが、身を隠すには向いていない。発砲者は明らかに藪に潜んでいる。

 直ぐそばに様々な機械を乗せたトレーラーが停まっており、最後部にディータと同じ格好をした男が二人身を屈めている。

「フリック! 敵が見えるか!?」

 ディータが呼びかけると、茶髪の青年が手を横に振った。

「ダメだ! 姿は見えない!」

 返事と同時に、銃弾がディータのすぐ側の地面を抉った。慌てて顔を引っ込める。

「反撃しないと埒が明きませんよレニーさん」

 レニーはディータの銃を見つめた。重々しいプラズマライフルは、かつて銀河を巻き込んだ大戦争の遺物であり、装甲服での戦いを想定している。直撃しなくても生身の人間は吹き飛ぶ。

「殺さなければ、殺されるか」

 独り言のようにレニーが呟く。

 彼女は今まで殺し合い等した事がない。生まれ暮らした首都星は最高水準の治安を誇り、荒事とは無縁の世界だった。

 しかし、次々と撃ちかけられる明確な殺意を前に、思考を停止させるほど呑気に暮らしていた訳でもない。

「ディータ。威嚇射撃を頼む。私の銃は向いていない」

 彼女の提案にディータは同意した。

「ブッシュの手前を狙え。……三、二、一!」

 ディータは岩陰の端から素早く体を乗り出し発砲した。

 ライフルから吐き出されたプラズマ体は荒野を駆け抜け、地面に接触した瞬間熱波を撒き散らしながら四散する。盛大に土を抉って、その一部は藪へと注がれた。

 途端に、癇癪を起こしたように無数の銃弾が岩を叩き、レニーは予想が外れた事に驚いた。

「あの爆発を見て怯えないか」

「よっぽど玉が太いか、こっちの武装を知っているか……」

 ディータの推測にレニーは頷く。

「当てますか?」

 その提案に今度は首を横へ振り、岩陰から声を張り上げる。

「フリック! 青いシートを捲ってくれ!」

「青いシートだな!? 判った!」

 返事からしばらく間があり、フリックの間の抜けた驚きの声が聞こえた。

「な、なんだこりゃ!?」

 ディータが視線で説明を求めるが、レニーは無視して白衣の内側から手の平サイズの機械を取り出した。



「馬鹿が! 外しやがった!」

 藪の中で、バルタが唾を飛ばして歓喜する。

 綺麗に剃り上げた頭と、岩のようにゴツゴツとした顔に緑色の液体を塗りたくり、藪と同化を試みているようではあるが、荒野に半分はみ出しているその巨体が努力を台無しにしている。

「ひ、ヒヤヒヤしましたよホントに!」

 すぐ近くで彼の部下リッテェが、短く刈り上げた赤髪から垂れる汗を小刻みに震える指で拭った。

 その隣には部下がもう一人。大きな緑色の帽子を深く被って伏せており、つばから覗く口元に安堵の表情を浮かべながら降り注いだ土を払っている。

 滅多に帽子を取らない為、長い付き合いのバルタもアメットと言う名前以外はほとんど知らない。

「とんだ間抜けどもだ。超兵器だかなんだか知らんが、当たらなければ意味がないわな」

 バルタが嘲笑を上げ、二人の部下に怒鳴った。

「一気に接近して叩くぞ! いいな!?」

「さ、さすがに次は当てるんじゃ……」

 リッテェが不安を口にするが、バルタに睨まれ口ごもる。

「第二射がこんと言うことは、もう撃てんと言うことだ!」

 それほど確固な根拠ではないが、バルタは確信を持って答えた。リッテェはしばらく唖然として、諦めきれないように別の質問を返した。

「……で、でも、あの女はどうするんです?」

「知るか!」とバルタは一蹴する。「勝手な行動をしたのは奴だ。放っておけ」

「ちょっと待って下さい!」

 バルタが身を乗り出そうとした瞬間、アメットがほとんど叫ぶように制止した。

「ありゃぁ……、なんだ……?」

 帽子のつばを上げ、目を見開いたまま絶句している。

 バルタはその異常な姿に身を屈め直し、視線の先を追った。草の合間から道の先にトラックと岩が見える。問題はその間。

 人影がこちらへ歩いている。銃を構える訳でも、走る訳でもない。ゆっくりと一歩づつ近づいてくる。

 バルタはその人影を一言で形容する言葉を知らなかった。

 全身をピッチリと覆う白い物体は、体の動きに合わせ滑らかに伸縮しており柔軟性が窺える。

 赤い宝石の埋まった胸や、黒い線の入った間接部は薄く盛り上がっており、全体的な印象から鎧を連想させたが、彼の固定概念はそれを強く否定している。

 目に当たる部分は黒い線で隠され顔を窺うことは出来ない。

 一同はしばらく呆然と見つめていたが、その人型が距離を半分まで詰めた所で、バルタが我に返った。

「何してる! 撃て!」

 号令に反応して藪から次々と銃弾が飛び出し人型に迫るが、着弾の瞬間青白い光を放ち、後には何も残らない。

「銃がきかねぇ!」

 リッテェの怯えた声にバルタは怒号を返す。

「炸裂弾だ! 吹き飛ばせ!」

 バルタ自身も腰のポーチから手のひらサイズの黒い塊を取り出し、刺さっているピンを引き抜くと全力で放り投げた。

 合計三つの炸裂弾はそれぞれ放物線を描き、二つは人型の足元で、もう一つが右肩付近で炸裂する。爆炎と共に肉を引き裂く金属片がばら撒かれ、衝撃が藪を大きく揺らす。

 砂埃と煙がもうもうと立ちこめ、やや間があって風に流された。

地面には爆心地から放射状に爪あとが描かれ、暴力の通った道を色濃く残している。

 しかし、人型はまるで何もなかったかのように屹立していた。至近距離で爆発を浴びた筈だが、表面には傷どころか煤ひとつ付いていない。

 首と両手を動かし体を確認するような仕草を見せた後、再びゆっくりと歩き出した。

 ただただ唖然と成り行きと見守っていたバルタは、弾かれたように一歩下がると、二人の仲間を見た。

 二人とも怯えきった目で、銃を胸に抱き中腰でジリジリと下がっている。

「情けない顔をするな! こうなりゃ接近戦だ!」

 バルタの言葉に、リッテェは必死の形相で説得を試みた。

「無茶です隊長! 炸裂弾食らってピンピンしてるんですよ!? 一旦戻りましょう!」

 間を与えずアメットも進言した。

「そもそも今回は偵察の予定だったじゃないですか! 町に戻ればチャンスはいくらでもありますよ!」

 バルタは部下の弱腰に怒りを覚えたが、意見に一理ある事も認めざるを得なかった。

「確かに、そうだな……」

 彼は唸りながら行き場を失った拳を宙に彷徨わせ、結局リッテェの頭上に振り下ろして号令をかけた。

「よし、退却だ! 町を奴らの墓標にしてやれ!」



 低いエンジン音が聞こえ、レニーが岩陰から覗くと藪の後方から一台のトラックが飛び出し、土煙を上げて去っていくのが見えた。

 一息ついて、手元の星間船携帯用外部端末に視線を落とす。ディスプレイに指を何度か滑らせると、通信回線が開きフリックの震える声が再生される。

『……レニーさんを信じちゃいるけど、今回ばかりは肝が冷えたぜ』

「船外活動服は音速の数十倍で飛来する鉱物の直撃を想定している。火薬の爆発程度じゃ揺れも感じなかっただろう?」

『ああ、全く何も感じなかった。凄い頑丈さだな』

「いや、別に頑丈という訳じゃない。胸に赤い玉が明滅している筈だ。そこから放射されるMaCフィールドが、外部からの干渉を遮断したんだ」

『マック……、何だって?』

 MaCフィールドは、人類の宇宙進出時期に生まれ、文明社会へ革命的な変化をもたらした単一方向性力場の事で、一方からの干渉を最大素粒子レベルまで遮断し、もう一方からの干渉はすべて通過させる特性を持っている。

 この技術がなければ人類が最初の太陽系から飛び出す事はなかったと言われており、現在では家庭の調理器具から星間ミサイルまであらゆる分野に活用されている。

 しかし、文明社会から二百年孤立したラグファリアの住民は、親の教育によって個人差はあるが、基本的な物理学すら学んでいない者が多い。その功績や仕組みを話すには、フリックには予備知識がなさ過ぎた。

「……いつか話そう」説明を諦め、指示に切り替える。「念の為に藪の周りを確認しておいてくれ」

『お、馬鹿にしたな? 今度レニーさんの知らないあれこれを教えてやるさ』

 言葉には棘がなく冗談だと判る。そもそもフリックは無知を気にするタイプではない。

「遠慮する」とレニーが返すと、フリックが藪へと歩きながら後方に手を振るのが見えた。

「フリックよりオレの方が断然詳しいですよ」

 隣で話を聞いていたディータが立ち上がり、意地の悪そうな表情を見せた。

「それならフリックに教えてやれ」

 レニーも立ち上がりながらそう返すと、ディータは何かを想像したらしく、表情をそのままに頬を引きつらせる。

「トレーラーの確認を。パンクしているかも知れない」

「了解」肩をすくめて承諾すると、岩影から抜け出しトレーラーに向かって叫ぶ。「ピルト! いつまで震えてやがる! 車の確認だ!」

 岩陰で一人になったレニーは、まず外部端末にインストールされている生体センサーを起動させた。

 周囲の生物を探知する機能だが、警察や軍が使用する物と違い、広星間ネットワークに有志が無料公開しているレクリエーション用のもので精度は低い。具体的には、対象者が動かなかったり、呼吸を最小限に抑えたりすれば小動物と認識してしまう程度である。

「こんなことなら専用の機器を買っておけばよかったな」

 自分の想定不足を独語しながら、レーダー画面に目をやる。

 生体を指す光点が一つ。中心点、つまりレニー自身のすぐそば。

 うなじにゾッとするほどの冷たさを感じ、光点の示す方向へ顔を上げた。

 荒涼とした赤土の海。平面に見えて所々が波打っている。そのほんの僅かな死角。

まるで地中から沸いたかのように人影が飛び出し、レニーが輪郭を認識する僅かな間に地面を疾走し、眼前で跳ねあがると白刃を煌かせ滑空してくる。

 レニーは咄嗟に思考を遮断した。体が反射的に左へ飛ぶ。一瞬遅く着地した人影へ、転がりながら収束光拳銃を向ける。

 静かな死闘の余韻もあわらに、荒野を吹き抜ける風の音が響く。

「さすがだね宇宙人。どんな反射神経してるんだい?」

 女性の声だった。油分の少ない乾燥した黒髪をなびかせ、しなやかな動きで腰を浮かし、大型のナイフを片手にこちらへ振り向く。

 所々が擦り切れた服の上からでも、引き締まった無駄のない筋肉が伺える。大きく盛り上がった胸には土が付着し、這いずって接近して来たのだと判った。

 日に焼けた顔は堀が深く、切れ長な瞳と相まって、ウッドロックやローリールでは見られないエキゾチックな雰囲気を醸し出していた。

 レニーは僅かに視線を動かし周囲を確認する。彼女の背丈ほどの岩が視界を遮り、ディータ達の姿は見えない。

 声を上げようか。そう思った途端、襲撃者はナイフを持つ手をだらりと下げた。

「最初の一撃で勝負は決したんだ。あんたの勝ちさレニー」

 名前を呼ばれた事に気が向くが、彼女の名はすでに一部では知られている。すぐに頭から締め出して、女に意識を集中させる。

「なら、誰の差し金か教えてくれるんだろうな」

 拳銃を持つ手に力を込め、レニーは精一杯凄んでみせたが、相手は薄く笑みを浮かべるだけだった。

「別に隠すほどじゃないけど、あっさりばらしちゃ私も顔がないじゃないか」

「シルバ町長か?」

 そこが一番の気がかりだった。シルバはこれから向かうオッケマの町を治めている。返答次第では行き先を変えなければならない。

 だが、レニーはその可能性は低いと見ていた。シルバとは何度か手紙をやりとりしており、歓迎の意思を確認している。それらがすべて周到な罠だとすると、襲撃の人数が少なすぎる。

「ご褒美にそれだけは教えてあげるよ。ノーさ」

 敢えて正解を外し答えやすいように仕向けたのだが、女はこちらの意思を読み取り楽しげに答えた。そして、世間話でもするように話を続ける。

「代わりに教えてくれない? この荒野でその肌はどうやって維持してるんだい? 髪も、枝毛一本ないじゃないか」

 レニーは言動が理解出来ず一歩下がった。その姿を見て女は息を吐いた。

「まぁいいさ。そろそろ時間もない。オッケラに来るんだろ? その時にでもまた聞くさ」

 女が微かに身を屈めた。レニーは収束光拳銃の威力を下げ、動いた瞬間に撃つ覚悟を決めた。当たり所が悪ければ死ぬ。

 だが、女は薄笑いを浮かべて動かない。右手に下げたナイフだけがゆらゆらと揺れ、白刃が太陽を受けて輝く。

 レニーの脳が危険を告げた。瞼を閉じよ、と命令を受けて筋肉が伸縮する前に、ナイフで反射された太陽光が眼球を直撃する。

 真っ白になった視界の中で、後方へ強く飛んだ。

 すぐに視力は回復するが、周囲を見回した時、女の姿はすでになく、頬を伝う冷や汗だけが、襲撃の事実を物語っていた。


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