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1 ウーノの憂鬱

 惑星ラグファリア。

 テレフィス連邦において最も辺遇とされる、ライ国トレパ星域唯一の有人惑星。

 三百年前にライ共和国(現ライ国)によって惑星改造を受けたが、入植直後アンタリウム航路戦争の勃発により放棄され、それから調査隊が再発見するまで二百年以上存在を知られていなかった。

 それだけ長く文明が隔離された惑星の例は三つしかなく、非常に貴重な文化的資料である事や、連邦経済圏から離れすぎている等の理由によって、連邦の特定惑星保護法により保護指定惑星、通称ロストプラネットに認定されている。

 かつては非常に多くの科学者や研究家が調査を希望したが、先の法律によってロストプラネットへは如何なる干渉も許されておらず、現在ラグファリアの人々がどのような文化を形成しているかは一切不明である。

「まぁ、つまり……」

 ウーノはモニターから顔を上げ、苦笑いを浮かべて適当な言葉を捜した。

 同星域内航行を目的として建造された星間船の一室。

 長期間の滞在を想定していない為、船の内部は広くない。一人用にしても少々手狭な部屋に置かれた机とコンピューターは、無表情なプラスチックの壁と共に人工物の冷たさを漂わせている。

 その中で彼は極めて人間的な感情を保つよう勤めたが、やがて肩をすくめてため息混じりに答えた。

「……何にも判らないって事だね」

 金細工のように光沢あるブロンドはしばらく散髪していないせいかやや長く、目にかからないように前髪をピンで留めている。その為、大きめの瞳と相まって少女のような印象も受けるが、少年期を過ぎてやや引き締まった顔貌は、かろうじて彼を男性だと主張している。

「ふーん……」

 ウーノの隣で、リタが高めに調整した椅子に座り、ミルクティーをすすりながら相槌を打った。

 彼女は十歳程度の完全な少女で、栗毛を綺麗に肩口で切り揃えている。愛らしいクリクリとした瞳だが、付属する眉は隠しきれない不満を表しわずかにしかめられている。

「仕方ないんだよ。ロストプラネットは秘匿事項だからね。広星間ネットワークが使えたらもう少し詳しく判るかも知れないんだけど」

 ウーノは弁解するが、リタは納得出来ない様子で口を尖らせる。そして思いついた質問を口にした。

「レニーさまの故郷はどんな星なのかな?」

「首都星か……」

 ウーノはつい最近まで暮らしていた惑星を思い出そうとしたが、彼女を喜ばせるような話は思いつかず、曖昧な笑みを浮かべる。

「僕はあの星の生まれじゃないから、あまり良く知らないんだよ」

「帰りたい……?」

 リタが寂しげな表情を見せた。

 ラグファリアに劣らない辺境惑星出身の彼は、首都星の近代技術の粋を集めた強化プラスチックの町並みが好きではなかった。

 どこを歩いても同じ表情しか見せない世界。貧しくも自然豊かな星で育った彼には、その空気に最後までなじむ事が出来なかった。

 ウーノは大学の先輩であり、研究所の上司でもあった少女レニーと首都星を追い出された時、不安も大きかったが、密かに安堵していたのも事実だった。

 そしてラグファリアへ降り立ち、叫虫と呼ばれる原生生物からリタを助けて一ヶ月経つ。

 レニーはどういうつもりか彼女を雑用係として雇い、首都星における初等学生向けの教育を施している。もっとも、勉強を教えるのはもっぱらウーノの為、リタは彼を兄同然に慕うようになり、彼もまたリタを妹のように扱った。

 その少女に悲しい瞳をされて誤魔化せるほどウーノは大人ではない。

 たまらず少女の頭を優しく撫でる。

「僕も先輩も帰る気はないよ。……そもそも帰れないしね」

 レニーは故郷惑星を離れる前に、連邦でもっとも過激な政党のテロを阻止するついでに、かなりの大金を騙し取っている。今も彼らは血眼で二人を捜しているだろう。

「でも、お船が直ればこの星を出て行っちゃうんでしょ?」

 リタの質問にウーノは困惑の表情を浮かべた。少し迷って、正直に答える。

「それは……、判らない。先輩が判断する事だから」

 当初の目的では、ほとぼりを冷ます為の一時避難としてラグファリアにやってきた。

 しかし、彼らはリタを初めとして、この星の人間と多くの事で関わりを持ってしまっている。

 乗ってきた星間船は着陸時のトラブルで航行能力を失っており、修理には一年以上かかる見通しだが、何れは直るだろう。

 その時にどうするのか、ウーノはレニーの真意を聞けないでいる。

「……でも、いまさらリタをほったらかしにする人じゃないからね。少なくとも、急にお別れする事はないよ」

 それでも瞳を潤ませ始めた少女を、ウーノはそっと抱き寄せた。

 軽い電子音が鳴り響く。机に立てかけている時計が正午を告げたのだ。

「もうお昼か。ご飯食べたら町に行くんだけど、リタも着いてくるかい?」

 レニーはリタを“乾ききったサボテン”と評した。

 学校の無い町に生まれ、ただただ生きるだけの変わりない生活の中で、目新しい事柄に飢えている。その為、彼女は勉強を苦にしない。文明社会の知識をどんどん吸収し、自分の物にしてしまう。その成長の著しさは、故郷惑星で神童と呼ばれたウーノを超えている。

 しかし、やはり子供らしく部屋に篭って勉強するよりは外に出る事を好むのだろう、リタはあっという間に機嫌を直し、元気いっぱいに頷いた。



 ラグファリアの川や雨は汚染が激しく、人体や作物に強い悪影響を及ぼす。

 そもそも雨が少なく乾いた荒野が広がる地域で、唯一清潔な地下水は貴重だった。安全な水や作物は、ごく一部の人間にしか口にする事が出来ない。

 その現状を見かねたレニーは、偶然発見した浄水用バクテリアを、凶暴な叫虫の巣から命がけで採取した。

 ウッドロックの町は、ついに念願の完全なる浄水設備を手に入れ、川のほとりにはすでに四基が設置されている。

 ウーノはそのうちの一つ、三号タンクの蛇口を捻った。

 木製の器に水が注がれるが、わずかに緑色の藻に似た物体が漂っている。

「これは、フィルターが破れていますね」

 振り返ってそう告げると、ウッドロックの町長ダニロは低く唸った。

「……やはりコックラではいかんか」

 日に焼け皺だらけの顔からかなりの高齢を思わせるが、背筋はしっかりと伸びており、濁りの無い眼光は衰えを感じさせない。

 浄水器の構造はシンプルで、大まかに言えば浄水槽と、フィルター、蛇口だけで構成されている。細 菌や微生物、その他人体に有害な物質を根こそぎ食らうバクテリアの槽へ川の水を入れ、フィルターを通し浄化された水だけを取り出す。

 しかし、フィルターに使用したコックラという木は繊維が脆く、すぐに破れてしまう。この問題は今回で三度目となる。

「バクテリアは少量なら人間が飲んでも問題ないですけど、出来れば早めに新しい素材を見つけた方が良いです」

「しかし、まともに草も生えない地域だからな。コックラ以外の木となるとかなり東にいかなければならない」

「そんなに遠方なんですか?」

 ダニロは髭のない顎をつるりと撫でる。

「そうだな……。車で四つの町を経由して四日ぐらいか」

 ウーノは頭の中で距離を軽く計算し、すぐに結論を出した。

「浮遊車じゃ無理ですね」

 浄水タンクの傍らに停めてある筒状の乗り物に視線を移す。

 文字通り宙に浮かんで走る車だが、莫大な消費電力を星間船の核融合発電に依存している。火力発電しか持たないこの地域では充電がままならず、遠出が出来ないのが欠点だった。

「次にトレーダーが来たら幾つかの木を注文しておこう。一ヶ月以内には仕入れてくるだろう」

 トレーダーとは、町から町へ様々な品物を売り歩く交易者達の事で、世界中を旅しているという。この荒野に存在しない果物や魚、電化製品等は彼らから購入するしかない。

「それまではコックラを使うしかないですね。明日までには新しいフィルターを作っておきます」

「判った。ひとまず三号は使用禁止にしておこう」

 話が纏まった所に、タイミングよくリタが駆け寄ってきた。両手に稲を抱えている。

「それ、どうしたの?」

 ウーノが尋ねると、リタは稲をウーノに差し出した。モロと呼ばれるキビの一種で、乾燥に強く雨の少ないこの地域では最もポピュラーな作物の一つとされる。

「お母さんに貰ったの! ウーノくんに渡してって!」

「ああ、検査希望だね」

 リタの母親イルザは浄水器設置に併せて拡張された畑の一つを担当している。

ウーノ達は作物と汚染の関係を調べる為に無償で作物の検査を行っており、イルザは娘を助け教育まで施している彼らに非常に協力的だった。

「お母さんにお礼を言っておいてね」

「うん!」

 二つ返事で再び駆け出したリタを、ダニロは微笑みながら見つめている。

「良い子でしょう?」

 我が子を自慢するかのようにウーノが言うと、ダニロはさらに口元を緩めた。

「なにより、元気だ。子供が元気な町は、未来がある」

 リタの姿が見えなくなると、ダニロはウーノへ真っ直ぐに振り向き頭を下げた。

「改めて感謝する。二人のおかげだ」

 ウーノは驚き、すぐに手を振った。

「僕は先輩に着いて来ただけですよ」

 ダニロは下手な謙遜に笑い声を上げた。

 衝動が収まると、懐かしむように空を見上げる。透き通るような晴天が広がっていた。

「本当に不思議な娘だ。宇宙の彼方から突然やってきて、我々の問題を一手に収めてしまった。危険を顧みず、信じれば真っ直ぐに向かっていく。おとぎ話に出てくる勇者のようだな」

 ウーノが頷くと、ダニロは一転不安げに目を細める。

「しかし、あの娘はやはり少女でしかない。どれほどその身に烈火の魂を秘めようとも、肉体はか弱く儚い」

 ダニロはウーノの目を見つめた。

「いつかあの性格があの娘を滅ぼすだろう。奇跡は何度も起こらん」

 同じ危惧をウーノも持っていた。現に、レニーはこの一ヶ月で何度も死線に出会っている。

「分かっています。でも、言って聞く人じゃありませんから」

 ウーノの表情に数年の苦労が浮かんでいた。ダニロは気を吐き表情を緩めると、視線を外し再び空へ目を向ける。

「今、嬢ちゃんはオッケマの町に向かっているのだったな。お前さんも着いて行ければ良いのだが」

「……女王を倒したとはいえ、まだ叫虫の姿は散見されますからね。隊員も借りている事ですから、しばらくは星間船にどちらかが残っていないと」

 町を集団で襲う叫虫に対してウッドロックは守備隊を組織しているが、レニーは他の町へ浄水設備を設置する道中に数人の隊員を同行させていた。その補填として星間船は町の西側の防衛を担当している。

 とはいえ、元々隊員の同行はダニロや守備隊員の強い希望によるものであり、結果的に残らざる得ないウーノにダニロは少なからず負い目を感じているらしく、軽く頭を下げた。

「すまんの」

 ウーノは勤めて明るく振舞う。

「大丈夫ですよ。今回行く町は前みたいな危険はありません」

 レニーは二週間ほど前に訪れたローリールの町で暴動に巻き込まれかけている。地下水の利権を独占する管理者と、浄水器を熱望する両者の間で激しい対立があり、一歩間違えれば銃撃戦が起こっていたかも知れない。

 結果、管理者達が町を捨てて逃げ出した事で事態は収まったが、誰もが浄水器の存在を手放しで喜ぶわけではないと思い知らされた一件だった。

「オッケマは前々から何度も浄水器を熱望する手紙を送って来ていますし、そもそも向こうの町長はダニロさんも良く知っている人なんでしょう?」

「まぁ、良く知っているよ。若いが相当な切れ者だ。益のない事はせん。それに……」少し躊躇った後、慎重派で鳴らすダニロにしてははっきりと断言した。「間違いなくレニーさんを気に入るだろう」

 ウーノは肩をすくめて遠い空を見やった。雲はゆったりと流れ、東へと進んでいる。

 不安は消えない。少女が手の届く範囲に居ないことが、彼には苦痛だった。

 だが、敢えて明るい表情を作り、自分に聞かせるように言った。

「先輩は頑張り過ぎますからね。たまにはゆっくり歓迎を受けるのも良いですよ」


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