終 章
翌日、レニーを浮遊車で星間船へ送り、オッケマの浄水器はウーノが担当した。
シルバは残念を極めた様子だが、協力を惜しむことはなく、五日で八基が設置された。
住人の喜びようは一方ではなく、下にも置かない歓待を受けたウーノは、半ば逃げるようにオッケマを後にする。
事件から一週間が経った。
ジモンの遺体はオッケマの共同墓地へ埋葬され、逃走した二人を除く部下は、石切り場の強制労働処分となった。
反乱に加担した労働者の内、長とリーダー格六人が財産没収。その他の人間はすべて無罪。
死者はジモンを除き、労働者に三人。重軽傷者は警備兵に七人、労働者側に二十二人。
以上が、事件の顛末だった。
レニーは普段と変わりなく過ごしている。それが演技なのか、吹っ切ったものなのか、少年の色を残すウーノには分からない。
とは言え、日常に戻った星間船の工作室で、ウーノはのんびり紅茶を飲んでいる。
本来、短距離航行を目的とした船には存在しない部屋だが、レニーがやたら拘り貨物室を改造させただけあって、やたらと巨大な工作機械が設置されている。
室内の半分を領土に収める文明の最先端技術が詰まった箱状の工作機は、カタログによると二百種類のアームを使い、材料と設計図がある限り無限の作業が可能だと言い張っている。
本当に何でも出来るのかは不明だが、目下工作機は科学の粋を結集して古代文明時代の作業を行っている。
キビの搾りかすから繊維を取り出し、次々とすいては乾燥を行う。こうして生まれた紙の表面へ、石油から生成されたインクが吹き付けられる。
電子音が鳴り、取り出し許可が出た。
リタが待ってましたとばかりにパネルを操作すると、大仰な音を響かせて工作機が上下に別れる。作業台にポツンと置かれた紙の束を抱えてウーノへと運ぶ。
「出来たよー!」
「うん、ありがとう」
差し出された紙を微笑んで受け取り、パラパラとめくる。
「完璧だね。一緒に先輩へ見せに行こう」
上機嫌なリタの手を引いて、ウーノはリビングルームへ向かった。
扉が開くと、いつもの白衣を着たレニーが目線を寄越し、手紙や書類が積まれたテーブルを挟んで、フリックが手を上げた。
「ようウーノ!」
「お久しぶりです。今日帰ったんですか?」
フリックは事件後、壁の補修が終わるまで、長虫対策としてオッケマに貸し出されていた。
「やっとだよ。久しぶりのウッドロックはいいねぇ」言いながら紙の束を指差す。「所で、そりゃなんだ?」
「浄水器の設計図です。シルバ町長が普及に協力を申し出てくれまして、オッケマ独力で製作出来るようにと作りました」
書類の束をテーブルに置くとフリックが覗きこみ感嘆した。
「へぇ、そりゃいいな! これで二人の負担は減るってことか」
ウーノはばつが悪そうに頬を掻く。
「それが……、無条件ではないんですよ。週に一度、先輩が技術者の指導を行う事になりまして……。まぁ、人間だけなら浮遊車で簡単に行けるから良いんですけど」
「何が良いものか。まだ懲りてないんだあの男は。本当に頭を焦がさなければ理解出来ないらしい」
憮然とするレニーは、すぐに肩を落とした。
「確かに……」ため息を一つ。「実際助かる。時間的な余裕も出来たからな」
「じゃあどっか遊びに行こうぜ」
何気なくフリックが言うと、意外にもレニーは否定しなかった。少し上を向いて呟く。
「それもいいかも知れないな」
喜んだのはリタだった。体を跳ねさせてレニーに詰め寄る。
「本当ですかレニーさま! みんなで? どこへ?」
レニーは微笑を浮かべてリタの頭を撫でた。
「落ち着け、リタ。具体的に決めた訳じゃない。大体、この辺に観光地があるのか?」
後半はフリックに向けてのものだった。
「うーん、観光なぁ……」
期待に答えようとフリックが知恵を絞り、思いついた様子で身を乗り出す。
「そうだ、東へ行かないか?」
彼は自分の言葉に疑問符を浮かべる一同へ説明した。
浄水器のフィルターに使っているコックラの木は脆く、他の木が必要なのだが、最近トレーダーが姿を見せず、交易が滞っている。
そこで、木の買い付けと、トレーダーの調査、二つを兼ねて最東端の町オーバルへ行くのはどうかと言う。
「東か」レニーは腕を組んで眉根を寄せた。「どんな所なんだ?」
フリックが困ったように頭を掻く。
「いや、実は誰も行ったことがないんだよ」
「不案内な場所にリタは連れていけないぞ」
レニーがそういうと、扉が開きアデーラが入ってきた。
「オーバルなら任せろ。私の庭だ」
風呂上りなのかショートパンツにタンクトップという姿を、フリックが唖然と見つめる。
「お前……、なんか変わってないか?」
その予想は当たっている。砂で磨いたようだった髪は、瑞々しく艶やかにウェーブして肩口で揃えられ、日に焼け乾燥していた肌は、小麦色の陶器の如くしっとりと滑らかに照明を反射している。
これが、レニーの提示した報酬だった。
レニーを追いかけてウッドロックまで来たアデーラは、その日から星間船の美容セットを使い、見事な変貌を遂げた。
髪先を指に巻きつけながらアデーラが微笑む。
「どうだい、見直しただろう」
フリックは見とれている自分に気付き顔を振ると、改めて鼻で笑った。
「見てくれは大したもんだけど、言葉遣いがなっちゃいないな」
「ほぅ、言うじゃないか青二才が」
舌戦が始まりそうな二人の間を割ってレニーが声をかける。
「アデーラ。オーバルはどういう町なんだ? 危険なのか?」
「いんや。あそこは重要な交易路だからね。あの町で何かを起こしたら、交易に関るすべての人間を敵に回す事になるのさ。だから、治安は良い。まぁ、老獪な商売人に気をつければ、見る物は多いよ」
これで決まりだと言う雰囲気が流れた。そこに、しばらく沈黙していたウーノが言う。
「でも……、またどちらかが残らなければならないんですよね」
部屋に、一瞬にして雲が落ちた。
ウーノ自身、せっかくの楽しい空気を壊したくなかったが、言わざるを得ない。
アデーラが安全を保証し、フリック達が付いて行くとしても、レニーと離れるのは嫌だった。
我侭だという羞恥心と、置いていかれる不安が混ざり、ウーノは顔を伏せた。
その肩をフリックが叩き、テーブルの積まれた書類の中から手書きの紙を取り、ウーノへ差し出した。
「心配すんな。それは今日解決したんだ」
手製なのだろう荒々しい紙はこう題されている。
『ウッドロック及び巣跡の叫虫についての調査報告 警備隊隊長カミル・バスター』
「カミルの旦那が叫虫の数を調べてくれてたんだ。結果は以前の二割! つまり、この船は無罪放免ってこった」
書類の末尾にはこう書かれている。
『以上によって、叫虫の激減が確認された。ダニロ町長の許可を持って、星間船は町の防衛から解放される』
ウーノがレニーを見た。彼女は立ち上がり、驚き覚めやらぬ少年の前に立った。
「一緒に来い、ウーノ」
返すべき言葉を捜すウーノは、少女の柔らかな笑みを見た。彼女はもう一度、ゆっくりと言った。
「一緒に行こう」
ウーノは苦笑して、一週間前に言えなかった言葉を返した。
「そんなの……。卑怯ですよ、先輩」
荒野を一台のトラックが走る。
助手席でヘルメットを被ったマティが暇そうに変化のない景色を眺め、ぽつりと呟いた。
「結局、なんだったんかね。あれは」
ハンドルを握る緑帽子のアメットは、
「そりゃあお前……」
と答えようとするが、正解が浮かんでこない。しばらく考えて、諦めた。
「なんだったんだろうな」
二人が沈黙すると、車が揺れる音だけが響く。
「ま、もうオレ達には関係ないさ」
アメットが明るく言うと、マティ気持ちを切り替えて同意する。
「そうだな! ジモンも、バルタももういない。ただ、あの子とはちょっと話してみたかったな……」
「ああ、綺麗だったもんな……」
「もう会えないのか……」
「しょうがないな」
取りとめもなく言い募らせる二人を乗せて車は進んでいく。
砂埃を巻き上げ、ごとごとと。
西から吹く風が車を追い越し去っていく。
青い空に、雲は東へ流れていた。




