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11 レニーの覚悟

 長虫の怖さは初速にある。

 無数の足を最大限に利用し、岩のような体を零から最大まで一瞬で加速させる。逆に弱点は、小回りが利かない事だ。ほとんど直進しか出来ず、方向を転換するには停止しなければならない。

 パターンさえ分かれば、アデーラの敵ではない。

 だが、有効な攻撃手段がないのも確かだった。ダニロから奪った銃ではとても致命傷を与えることが出来ない上、とうに弾が切れている。

 彼女は幾度目かの突進をかわし、周囲を見回す。

 労働者たちは姿を消し、無人の空間を取り囲むフェンスは、長虫によって殆ど倒れている。

 早く片付けてレニーの元へ行きたいが、その手段がない。

「いっそ町へ突っ込ませるか……?」

 アデーラの頭をそんな考えがちらりと過ぎった。レニーのために思わず自分が引き受けてしまったが、町の住人を命がけで守るほど彼女は殊勝な人間でもない。

 そうしている内に長虫がアデーラを向いた。

 腰を落とし、突進に備えた瞬間、銃声が鳴り長虫の甲殻を鉛球が叩いた。驚いてそちらを見やると、いつの間に戻ってきたのか少年が単発式歩兵銃を構えている。

 長虫が反応したらしく、再び方向転換をはじめ、少年が狂ったように銃を撃つが、効果はない。

「馬鹿野郎!」

 吼えながら、アデーラの動きは俊敏だった。先ほどの考えとは裏腹に駆け出し、元は木箱だったらしい木片を拾い上げる。

 少年が銃を捨て逃げ出し、その背に長虫が狙いをつけた。アデーラは跳躍し、甲殻に取り付くと傷口に左手を突っ込む。

 長虫が走り出した。猛スピードに体が後ろへ引っ張られるが、左手が割けた甲殻に引っかかり、辛うじて転落を免れる。

 一気に迫る少年の後姿を見て、アデーラは右手で木片を掲げ、雄叫びを上げた。

「止まれぇ!」

 木片が白い体液の泉へ、アデーラ腕ごと沈んだ。

 長虫は痛みを感じたのか、それともただ神経が反応したのか、砂煙を上げて急停止した。

 彼女の体が投げ出され、少年を追い越し、地面を転がった。必死に後頭部を守ったために、受身に使った腕と足が悲鳴を上げている。

「ばかが。逃げるんだ」

 少年が駆け寄ってくるのを止めようとするが、殆ど声になっていない。

 長虫が二人を見ている。赤い宝石に詰まった数万の複眼と目が合う。

 だが、長虫は動かない。

 アデーラは一瞬、それが長虫から生えたのかと錯覚した。彼女の胴体ほどの光の柱が漆黒の胴体を貫いている。

 そして、傷口から、甲殻の隙間から、眩い光が溢れたと思った瞬間、長虫の体が爆発した。

 体液や殻の欠片が周囲に降り注ぐ中、アデーラは上を見た。

 空中に銀色の筒が浮かんでいる。その側面が開き、男が顔を出した。

 いや、男かどうか微妙ではある。繊細な髪と、美しい顔立ち。レニーの白衣から覗いたものと同じ服。どう考えてもこの星の人間じゃない。

 彼女は上半身を起こし、痛みに顔をしかめながら独語した。

「あー、馬鹿馬鹿しい」



 ウーノが浮遊船を着地させ、地面に降りると、銃を持った少年と精悍そうな女性が出迎えてくれた。

「レニーの仲間だね。恋人かい?」

 ウーノは苦笑して答える。

「残念ですけど違います。彼女はどこですか?」

 女性は近くの建物を指差した。

「あっちだよ。敵に追われてる。早く行ってやってくれ」

 ウーノは頷いた。だが、言葉の端々に苦悶が浮かんでいるのを無視する事も出来ない。

「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫。これで報酬上乗せだ」

 良く分からないが、本当に嬉しそうに笑うので、ウーノは大丈夫だろうと判断する。

「じゃあ僕は行きます。君、後は頼んだよ」

 ウーノより幾つか年下であろう少年は、元気良く「はい!」と答え敬礼した。

「奴らは銃を持ってる。気をつけな」

 そう女性が教えてくれたが、今のウーノには歩みを躊躇する理由にも成らず、迷いなく製油所へ向かう。

 彼はウッドロックからオッケマまでの道中、ずっと一つの事を考えていた。

 ――先輩と会って、なんて言おうか。

 彼女の暴走は今に始まった事ではない。ラグファリアに来る前から、ずっと命がけの挑戦を続けてきた。敢えて悪く言えば、暴挙の数々を。

 それが彼女を構成する重要な要件である事は疑いないが、少しは自重して欲しいと言うのがウーノの望みである。

 彼は、自分にレニーを抑制する権利はないと思っている。危険の度に苦言を呈したりはするが、最後は彼女の判断に任せてきた。何故なら、ウーノは勝手に着いて来ただけで、保護者でも恋人でもないからだ。

 故に、悩む。会って、何を言えばいいのか。

 最悪の状況は、敢えて考えなかった。さすがに、それを耐えられるとは思えなかったからだ。

 整理の付かない思考は、次第にレニーへの怒り、というよりは愚痴へと変わっていった。

「そもそも、不公平じゃないか。確かに僕が勝手にしている事だけどさ」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら収束光拳銃の威力設定を確認し、腰のホルスターへ戻す。

「もういい加減頭に来た。大体僕の気持ちを知っているのに、この仕打ちはあんまりだ。会ったらハッキリ言ってやる」

 何を言うのか本人にも分からなかったが、声に出して少し落ち着いた。

 気持ちを引き締め、製油所の中へ入ると、剃髪の巨漢が倒れた棚に腰かけていた。

 男はウーノを見やり、鼻を鳴らす。

「あの売女の仲間だな。女みたいな顔をしているが、お前も男を相手に商売してるのか」

 ウーノはその男がレニーの敵だと即座に理解した。精々凄んで質問を返す。

「彼女はどこですか?」

 男はどこで拾ったのか、ウーノの腕ほどはある鉄パイプを持って立ち上がった。

「銃がないんでな。すぐには死なんかも知れんが、なるべく一瞬でやってやる」

 距離にして七歩。それでも剃髪の男がウーノより頭二つは高いと分かる。胴回りや腕に至っては倍ほど違う。

 だが、ウーノは怯まない。銃を使わないのなら好都合と考え、挑発を返す事にした。

「一人でお留守番とは立派ですね。悪いですが、ママに代わって頂けますか?」

 効果は抜群だった。男は頭の先まで真っ赤に染めて、猛然と突撃してきた。

 ウーノはその反応に少し驚いたが、冷静に前へ飛び出した。向かってくるとは思わなかった男は慌てて鉄パイプを振り下ろすが、空しく宙を切った。

 前傾姿勢が極まったと悟り、ウーノは男の脇をすり抜けながら足を引っ掛けた。

 悲鳴を上げながら派手に倒れる姿を見て、我ながら余計な事を、と思いつつ声をかける。

「安心しましたよ。この程度なら、先輩は負けない」

「ぶっ殺す! 絶対に!」

 男は勢い良く立ち上がると、鉄パイプを構えなおした。怒気を撒き散らす巨体は、噴火寸前の火山とも形容出来そうだったが、ウーノは口を止めない。

「僕の星じゃ、兄弟喧嘩でビルが吹っ飛びます。貴方に出来ますか?」

 もはや言葉にならない雄叫びを上げて男は突進する。ウーノはその場で飛び上がると、剃髪に手をついて背後に着地する。振り返りざまに薙ぎ払われた鉄パイプを屈んで避けると、二人は至近距離で睨み合う格好となった。

「先輩に対する侮辱。取り消したら許して上げます」

 男は言葉の意味を理解するのに時間がかかった。やがて、勝ち誇るように声を上げて笑う。

「あれはお前の女か! 残念だったな、あの女は今頃、裸に引ん剥かれ……」

 言葉は最後まで紡げなかった。男の分厚い腹筋に、ウーノの拳が突き刺さっている。さっきまで持てば折れそうだったその腕は、手から肩にかけて異常に肥大化していた。

「なんだ……、そりゃ……」

 膝を付き、苦悶を堪える顔を見下ろして、ウーノは全身に命令した。

 力を込めるのとは違う。自らの設計図に刻まれた符号の連なりを呼び覚まし、細胞単位で肉体を活性化させる、ウーノの故郷にのみ存在する感覚。

 かつて奴隷星と呼ばれ、労働の名の本に施された遺伝子改造。

 パイロットスーツがはち切れんばかりに膨らんだ。通常の数倍で伸縮する心臓が大量の血液を送り出し、ウーノの顔には血管が浮き上がる。

 その光景を、口を空け唖然と見ていた男は、攻撃というよりは恐怖から逃げるために立ち上がり、全力で鉄パイプを振り下ろした。

 ウーノは落ち着いてその手を掴むと、鉄パイプごと握り潰した。骨の折れる音が響き、男が絶叫する。しかし、叫びは長く続かない。振り上げられたウーノの拳が顎を捉え、巨体が宙に浮く。

 今度はもう立ち上がらなかった。完全に伸びている。

「やな奴だな、僕は」

 自省しつつ、体を元に戻す。疲労感が一気に吹き出たが、それほど無理はしなかった為、走る程度には支障ない。しかし、

「先輩にばれたら怒られるな……」

 その時の為、気の利いた言い訳を考えながら、ウーノは奥へと進んだ。



 レニーが足を踏み入れたのは、どうやら倉庫のようだった。

 彼女の倍ほどはある天井に、故郷では博物館行きの白熱電球がぶら下がり、広くもない部屋を照らしている。

 雑然と置かれている大小様々な機械部品や木箱の間を進み、十歩ほどで壁に備え付けられた棚に突き当たった。

 その中から鋏を見つけると、ドレスの裾を膝上でばっさりと切る。

 動きやすさを重視したのだが、流石にはしたないと思い、「別に、見られて困る下着は履いていない」と誰にでもなく言い訳をする。

 他に扉は見当たらない。彼女はここで敵を迎え撃つ覚悟をした。

 鉄製の機械の影で息を潜め、慣れない拳銃を握り締めていると、足音が聞こえる。慎重さの欠片もない大股の動きから剃髪の巨体とも考えられるが、それにしては歩幅が大きい。とにかく相手が一人である事に胸を撫で下ろし、半ば願望を込めてジモンだと検討をつけた。

 その望みはすぐに叶う。

「ここだな! ここに居るんだろう!」

 喜悦が混じったその声は、疑いようもなくジモンの物だった。

「出て来い! 私が怖いのか!」

 レニーは息を呑んだ。声は真っすぐに近づいている。

 すぐに気付いた。足元は土を固めて整地されているが、わずかに彼女の足跡が残っている。

 元々荒事に慣れていないとは言え、らしくもないミスだった。舌打ちを飲み込み、必死に頭を回転させる。

「私はすべてを奪われた! その代償を今度は貴様が払う番だ!」

 レニーは覚悟を決めた。ネックレスの宝石を握り締め、敢然と言い返す。

「金も武器も部下も持っていただろう。いくらでも再起が出来た筈だ」

 少しの間、静寂が訪れた。そして、銃声が鳴り、彼女の隠れている機械に当たって金属音を響かせた。

「黙れ! 貴様に何が解る! この苦しみと怒りが私を焼くのだ!」

 一発、二発。今度はすぐ近くの棚へ命中し、工具や細かい部品が地面へこぼれる。

「出てこい! いたぶり殺してやるわ!」

「なら、出て行ってやる!」

 レニーは声の限り叫んだ。

「何?」と間の抜けたジモンの声。

 一瞬怒りを忘れた意識の狭間に、レニーは飛び出した。銃は構えず、赤く頬を染めてただ立っている。

 ジモンは虚を突かれたが、すぐに残忍な笑みを浮かべて拳銃を向けた。

「どうした? 諦めて命乞いか?」

 圧倒的優位に立った為か、恍惚すら含めてジモンが笑う。

 レニーは真っすぐジモンの目を見つめて言った。

「お前に最後のチャンスだ。銃を捨てれば命まで取らない」

 恨みに濁ったジモンの瞳は、一瞬恐怖に落ちたが、黒い炎を巻き上げて燃え盛る。

「その態度が許せんのだ!」ジモンの声は怒りで震えていた。「自愛の女神を気取る小娘が! そんなに人に好かれたいか!」

 少女の体に帯電していた激情が、烈火の如く吹き上がる。

「神を気取っているのはどっちだ! お前は人を騙して、力で抑えつけて、それでも自分一人支配出来ない。ただの愚か者だ!」

 ジモンが何かを叫ぶが、轟く銃声に掻き消された。火薬の爆発が薬莢内の弾丸を怒涛の勢いで押し出す。破壊を纏った鉛の弾頭が回転しながら少女の胸へ飛んで行き、青白い光を放って消滅した。

 笑顔をそのままに、ジモンが凍りつく。

「無駄だ、ジモン。そんなもの私には効かない」

 レニーが寂しげに忠告した。

 だが、現実を否定するように、狂乱に身を委ねるように、ジモンは立て続けに発砲した。

 そのすべてがレニーには触れもせず光となる。

 カチカチとハンマーの音が、残弾零を告げている。

 ジモンが膝から崩れ、両手を地面につけた。

「何故だ……。何故こうも私に逆らう……」

 それは目の前の少女に向けてだったのか。それとも彼女の与り知らぬ何かにだったのか。神ならぬレニーには知りようがなかった。

 ただ、首からぶら下がる宝石を握り締めて安堵する。

 ――ギリギリだった。

 赤く明滅するそれは、厳密には宝石ではなく、MaCフィールド発生器という。船外活動服から外しバッテリーと切り離されている為、機能は十秒も持たない。その前にジモンが撃ち尽くすか、銃を手放さなければ危険だったのだ。

 ウーノが知ったら怒るだろうな。そう思うと、聞きなれた声が聞こえた。

「先輩!」

 部屋の入り口にそのウーノが立っている。実際一日も離れて居ないのに、随分懐かしい思いがした。

 なんて返事をしようか。色んな思いや感情が先立って言葉が浮かばない。

 そして自分の格好を思い出し、気恥ずかしさを感じたが、ウーノの瞳は彼女から外れている。

 レニーの本能が、無意識下で危険を告げた。視線を追うまでもない。

 ジモンが、右手に黒い塊を掲げ持っている。

 炸裂弾。その威力は何度も目にした。

 ジモンの左手と、彼女の右手がシンクロするかのように上がる。だが、レニーが一瞬早かった。

 炸裂弾のピンに指が入る寸前に、彼女は引き金を引いた。

 胴体を狙った射線は、発砲の衝撃でずれた。火薬銃の荒々しい衝撃を、彼女は知らなかったのだ。

 銃弾はやや上向きに逸れ、一直線に空間を奔った。

 ジモンが倒れた。頭部の周囲が、あっという間に赤く染まっていく。

 レニーは銃を持つ手がぶれて見えた。それが震えだと気付くと、銃を離そうと試みる。

 だが、手は強張って彼女の意思を拒否する。

 ヒューヒューと、自分の呼吸が遠くに聞こえた。

 銃を誰かが掴んだ。かろうじて目線を動かすと、いつの間にかウーノが傍に立っている。

 彼女の指を銃から剥がし取り上げると、手は自然に下がった。

「ウーノ……」

 そう呼ぶと、レニーはウーノに抱き寄せられた。身長の差で、彼女の頭は頬に当てられる。

「大丈夫だウーノ……。私は、大丈夫だ……」

 彼女は泣く訳でもなく、抵抗する訳でもなく、ただされるがまま動かない。

 華奢な肩を抱きしめて、ウーノは優しく言った。

「帰りましょう。僕らの船へ」

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