冷蔵庫の悲劇
夏休みのある日、冷蔵庫を開けて愕然とした。プリンが、無い。昨日買っておいたはずのプリンが無い。
「誰、だ?」
僕は、唸った。昨日までは確かにあった。正確には昨日僕が寝る前に冷えた麦茶を飲もうと冷蔵庫を開けた午後十一時までは、あった。
「む」
顎をさすって、考える。
時計を見た。午後六時。昨夜午後十一時までにはすでに僕を除いた家族全員が夢の中だった。つまり、事件は今日の朝から今この瞬間までの十数時間の間に起こったということだ。この時間内に犯行可能な人物は、三人。小学生の弟、大学生の姉、そして母だ。父はまず無い。昨夜午後十時に帰ってきた後、風呂に入ってご飯食べ、ソファにバタンキューして朝まで爆睡。そして午前七時に起床してバタバタ仕事に行っていた。その一部始終を僕は見ている。
「む」
僕はゴミ箱を探った。そして見つけた。プリンの残骸。姉が昼食時に食べていたカップラーメン(塩)のカラよりも下の位置にあるところから見て、犯行は午後一時前。弟が朝食時に食べていた納豆(カラシつき)のカラよりも上の位置にあるところから見て、犯行は午後八時以降。
「ふ」
僕は、笑った。謎は解けた。
「姉さん。犯人は、貴女だ」
僕は床に転がっている姉を指差した。弟は朝ご飯を食べた後すぐに友達と遊びに行き、午後一時時三十分まで帰ってこなかった。母も朝ご飯を食べた後仕事へ出かけ、まだ帰ってきていない。と、なると、朝ご飯の後もずっと家でゴロゴロと読書をしていた姉しか犯人は考えられない。
僕の推理をぼんやりと聞いていた姉はフッと笑い、何やらゴソゴソし始め、
「ふがっ」
次の瞬間、僕の鼻に紙ヒコーキが突き刺さった。文句を言おうとすると姉はクイクイと包みを開けるようなジェスチャーをしている。ヒコーキを開いてみろということだろうか。僕はムズムズする鼻を押さえてそれを広げ、書かれている文字を読み、眉をひそめた。
『果たしてそうかな?』
筆ペンで、ぶっとく、そう書かれていた。
「うおっ!」
突然第二射が左の眼球めがけて飛んできた。慌ててはたき、姉を睨みつけながらそれを広げる。
『私はこう考える。犯人は父だ、と』
僕が何か言おうとする前に第三射が飛んできた。床に叩き落とすとパラリと開いた。
『父は、夜中にプリンを食したのだ』
さらに飛んできた第四射をまた叩き落とす。
『朝起きた時の父の頭の方向は東、だが昨日バタンキューした時の父は西を向いていた。あれは父が夜中に起きたという証拠』
なるほど。
「じゃあ姉さん」
僕は第五射を飛ばそうと構えている姉を手で制した。
「ゴミはどう説明してくれるんですか?」
フッと姉は笑い、持っていたそれをそのまま飛ばしてきた。僕は空中でバシッと掴み取り、広げた。
『食べ終わったカップ麺をゴミ箱に捨てようとした時、私は空のプリンの容器に気付いた。そしてそれを拾い上げ、心の底からアンタに同情した後でゴミ箱に戻し、その上に自分のゴミを置いた。そういうわけだ』
「む」
なるほど。そういうわけか。犯人は父だったのか。チクショウ。帰ってきたら覚えてろよ。
ギリギリと歯ぎしりしながら僕が自室へ戻ろうとすると、後ろで溜息をつくのが聞こえた。どうしたのかと思って振り返ると、姉は一人でニヤリと笑って口元をぬぐい、唇だけで、言った。
『あぶなかったぜ……』
僕は姉の飛ばした紙ヒコーキ五機を丁寧に折りなおし、その後頭部に思いっきり叩きつけることにした。