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旅立ちは風と共に

作者: チリドック




 風はとても高く、澄み切っていて天空へ向かってどこまでも吹いていた。


獣のなき声のようにも聞こえる風の音は私の精神を研磨し、


その勢いが強烈であればあるほど私の感性は研ぎ澄まされる。


風に支えられるように巨大な樹海の中で、一際高く切り立った


 崖の上で両手をかざして立つ私は


 この世界すべてを見下ろしているのではないかと大層な想像をしてしまう。


私は少しはにかんで自分に対して笑った。


人は時にどうしようもないことを考えてそれを大層心地よく感じるときがある。


そう常々思う自分がそう考えたことに苦笑したのだ。


永遠とも言える緑の地平線が紅く滲んできた。


夢の終わりを告げようとしているのだ。


不意に聞こえる狼の雄叫びがそれを予感させる。


「貴様はなぜいつもそんなことをしているのだ?」

 

唐突に私の背中に投げかけられた、訝しげな問い。


数分前から私の後ろで佇む声の主。


居ることは知っていたが、誰なのかはおよそ検討は付いたので確認はしなかった。


私と声の主に挨拶という習慣はなかった。


別に私は気にもとめなかったしそもそもこいつらにそんなものがあったら気味が悪い。



 彼との出会いはここ一週間ほど前、いまのように私がくつろいでいると、


 突然声の主である彼が旅の休憩に使わせてくれと言い出したのだった。


 人間を避けてなのか巨大な岩がごろごろしたこんな断崖でよければとまるで


 土地の主のような態度で私は許可した。


それから彼は時折こんなように差し障りのない話題を私にしてきたのだ。

 

 私は風に夢中で聞き流そうと再び風に意識をゆだねようとしたが、


 声の主は退屈げにあからさまに息を強く吐いたので眉を寄せながら振り返った。


 自分の十倍はある体躯、金色の鱗、紅い爬虫類特有の冷たい瞳、


 岩さえ砕く強靱な牙。


日の光を反射するほどの輝きを持つ、天空を駆ける世界最大の翼。


永遠の命を有すると語り継がれ、謎が多いが皆が知っている生物ドラゴン。


名をゴルタ、私の友人だ。


「眺めが好きなんだよ。風も気持ちいいし」


 ゴルタは少し目を細めて不思議だと言わんばかりに首をかしげた。


「そうか? もっと高い方が私は好きだが」


 私はあっさりと肯定した。以前、高い山に登って雲の上を


 見たときの感動は忘れられない。


 あの白い大地と真っ青な大気に囲まれて生きられたらどんなに幸せだろう。


「風は誰にでも平等に、行くに行けない場所の面影を温度と香りで教えてくれるから」


「・・・・・・そうか、風は好きか?」


「あぁ好きだよ嫌なことも一緒に吹き飛ばしてくれるしね。お前達はいいなぁ」


「羨ましいか?」


「そうだね風に抱かれてどこまでも飛んでいける。

 

けっしていまの環境から逃げたいと言うわけではないんだよ。


 単純に色んな世界を見てみたい、それだけさ」


「そうか」


 ゴルタはいつの間にか紅く染まっている空を見上げた。


パンくずのように小さな雲が黒い影となって紅い空の中をまばらに浮かんでいる。


「一つ、聞いていいかい?」


 ゴルタは視線を変えずに勝手にしろと呟いた。


「世界は、広いかい?」


「広い」


「どのくらい?」


「貴様が一生かかっても見ることができないくらいだ」


「それじゃぁずっと森が続いてるんだね。まだ僕が見たことが


 ない生き物に出会えるだろうね」


「森はそれほど多くはないがすべて見ることはできないだろう。


 だが、お前もまだ知らない生物や同類に会えるのは容易だろうな」


「ほんとかい?」


「私に会えたのだ。難しくはない」


 私は、笑顔をうかべてゆっくり頷いた。


ゴルタの目が鋭敏に開かれた。ゴルタの鬣が金色の光を放つ。


彼が言うには、旅立ちの合図を示すらしい。


簡単な話、飛ぶには最も適した風が吹くという前触れだそうだ。


「じゃぁね、また会えるかい?」


 ゴルタはようやく顔を朱から茜色に変わり始めた空から私に移した。


「お前が好きな風に聞け」


 翼をゆっくりと動かす。生暖かい強風が周囲で発生する。


ゆっくりと動かしたのは私を丘から落とさない彼な


りの親切なのだろう。


かぎ爪で地面を強く掴んで飛翔体制に入る。


「バイバイ」


 私の言葉を待っていたかのように、ゴルタは飛びだつ。


キーンという甲高い風の音が私の耳をつんざいた。


高く飛び上がったと思ったときには、ゴルタは金色に滲んだ


 地平線に向かって飛んでいた。


生暖かい、少し焦げ臭い風が私を包む。


おそらくゴルタと風の摩擦の関係だろう、昨日


乗せようか?


とゴルタに誘われたのだが断って良かった。


危うく真っ黒焦げになるところだった。


私は再び崖の最上段に立ち、両手を広げて風を感じた。


黄昏の光を浴びて、旅立つ友の影を見送りながら私は嘆息した。


「さて、どこまでいけるかな」


 たしかに、限界はあるだろうけど少しでも頑張れば普通よりも


 もっと素敵な出会いがある。


 彼は空から舞い落ちる彼が落としていった金色の羽に包まれながら



 いつまでも地平線を見つめていた。





昔はやったライトノベル「カイルロッドの苦難」を

ふと思い出して浮かんだイメージを書いたものです。

題名も大好きだったのでお借りしました^^;

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