“某所にて”
冷房の効いた広いサーバルームの中に、三人の男たちの足音だけが響いている。薄暗い部屋の片隅に設置された古い大型コンピュータの前で彼らは足を止め、束の間、空調と機械の稼働音だけがその場を支配した。
薄い水色の作業着を着た男性が機械に近付き、手に持っていた鍵を正面パネルの鍵穴に差し込む。鍵を回してパネルを横に開くと、彼は体を横にずらし、後ろに立つふたりの方を向いた。
「各務教授、こちらがウチで保有している対話用インタフェースです」
「……ふむ。残っているのはこのマシンだけ、ということですか」
白髪の交じった細身の中年男性──各務美良は、機械の状態を遠目に確かめながら尋ねる。
「ええ。ウチが引き継いだときには二台あったんですが、前橋にあった一台は壊れてしまいまして」
「状態表示用の小さな液晶パネルと発光ダイオードだけ、他の入出力装置は外部接続のみ。となると“枯渇世界”との対話は難しいのさ」
各務教授の横から同じく機械を眺めていた長身の青年、院生の佐々木は、腕を組んで言った。
彼の言葉に、作業着の男は硬い表情で頷きを返す。
「おっしゃる通りで。定点観測だけならこいつでも問題ありませんが、リアルタイムの対話は不可能です。我々は、百倍の早さで進んでいく“向こう側”を見ていることしかできませんでした」
各務教授は右手を顎に当て、肘を左手で支えるようにしながら目を閉じた。そして、ゆっくりと口を開く。
「一度設定したアカウントは、対話用インタフェースを変更することができない。慎重に扱わなければならない“枯渇世界”サーバは未解明な部分が多く、今のところ新規のアカウントを追加することも不可能である」
作業着の男と佐々木は黙ったまま、彼の言葉の続きを待っている。
「それ故に、未設定のアカウントがまだ残っていることに期待して、その利用者が即時対話機能を使用可能なインタフェースを指定することに賭けていた、と」
「研究機関に提供される携帯用端末全般に仕掛けを施すのには少し苦労しましたが、結果的には正解だったと言えるでしょうね」
「軽く言うけど、相当分の悪い賭けだったと思うのさ。鏡花君がたまたま“枯渇世界”を見つけたから良かったものの……」
佐々木はそう言って、呆れた顔になった。各務教授は目を開くと、再び作業着の男に話しかける。
「こうして状況を説明して下さるのはありがたいのですが、御社からの要望をまだお聞きしていません」
「……“枯渇世界”に関する情報を、公表するつもりは無いんですよね」
「ええ。現状では余りにも情報が少なすぎます」
少しの間、沈黙したまま思案していた作業着の男は、意を決したように話し始める。
「それなら、これまで通り、そちらの情報さえ頂ければ。携帯電話は正式に各務研究室に貸与されたものですし、アカウントは元々教授のものです」
「だとすると、館野社長。あなたがなぜ、そうまでして“枯渇世界”にこだわっているのか、という疑問が残ります」
各務教授の言葉に、館野と呼ばれた作業着の男は微笑みを返す。
「理由は……そうですね、純粋に学術的な興味から、というのもあります。復興の兆しを見せている“向こう側”が、一体どんなエネルギー源を手に入れたのか、それは果たして“こちら側”でも再現可能なのか」
「それを解明できるなら、確かに見返りは小さくありませんな」
「ええ。そういった意味では、いま行われているという飛行実験も、なかなか興味深いですね」
館野はそこまで言うと、真面目な表情に戻って大型コンピュータの方に顔を向けた。
「それにこいつは、“私には無理だ”と言って放り投げられるような代物ではないですから」