第7話 手放したくないもの
「……助かった」
最初にそう言ったのはミロだった。へたり込んだまま、胸を押さえている。
「ほんとに死ぬかと思った……」
リオはまだ警戒を解いていなかった。倒れた灰喉鳥の一羽を短剣でつつき、完全に動かないことを確かめてから、ようやく息を吐く。
「巣だな。少なくとも四羽。行商人が襲われたって話も本当らしい」
それから、リオはイレナを見た。
昨日のように、距離を測る目ではなかった。まだ警戒はある。迷いもある。だが、それだけではない。
「お前、魔力は見えないのに、何でそこまでわかる」
イレナは少しだけ迷ってから答えた。
「身体の動きです。喉が膨らむ前に首の筋肉が固くなる。跳ぶ前は脚に先に力が入る。魔法を使う時も、人も魔獣も、何かをする前に必ず身体が動くので」
ミロが目を丸くした。
「そこを見てたの? 僕なんて、魔法が来るとわかった時点で頭が真っ白だったのに」
「私は、その前触れが見えないから」
その言葉のあとに少しだけ沈黙が落ちた。
色なき民。
その事実はやはり空気を変える。隠せばよかったのかもしれない。だが今さら遅い。
リオは石壁にもたれ、しばらく黙っていた。やがて言った。
「……怖くないわけじゃない」
イレナは黙って聞いた。
「色なき民のこと、俺は噂でしか知らなかった。関わるなって、そういう話ばかり聞いてきた。だから昨日も、正直どうすればいいかわからなかった」
リオはそこで視線を逸らし、倒れた灰喉鳥の死骸を見た。
「でも、さっき俺らのことを助けてくれたのは、お前だ」
言葉はそれだけだった。けれど、それ以上に必要なものもなかった。
イレナは小さく息を吐いた。
「……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしてない」
リオはぶっきらぼうに返して、腰のポーチを探った。その中から、小さな石を一つ取り出す。
淡い青色の色石だった。
「これはやらない。まだお前には使えないだろうしな」
そう言ってから、石をまた戻す。
「ただ、色石の投げ方くらいは、今度教える」
イレナは目を瞬いた。
それはつまり、次も一緒に行く前提の言い方だった。
ミロがにやりと笑う。
「お、リオが珍しく親切」
「うるさい。報告に戻るぞ」
リオはそう言って歩き出した。
だが今度は、荷物を持てとも、そこにいろとも言わなかった。ただ自然に、三人の歩幅が揃う位置にイレナがいた。
帰り道、旧水路を抜けたあたりで風が吹いた。
灰草が揺れ、乾いた匂いが鼻を掠める。
イレナはその中を歩きながら、何度か胸の奥の感覚を確かめた。
名前を呼ばれた。
役に立った。
それだけのことなのに、胸の奥に小さな火が灯ったようだった。
自由都市の門が見えてくる。
灰色の石壁。灰色の空。何も変わっていないはずの景色が、ほんの少しだけ違って見えた。
ギルドで報酬を受け取ったあと、別れ際にリオが足を止めた。
「明後日、また依頼板を見る」
イレナは顔を上げる。
「来るなら遅れるな」
短い言葉。
だが今度は、はっきりと名前が続いた。
「イレナ」
リオはそれだけ言って、先にギルドを出ていった。
ミロがイレナにひらひらと手を振って、その後を追った。
イレナはひとり、その場に立ち尽くした。
首に下がる銅の札は相変わらず軽い。けれど昨日までとは違う重みが、確かにそこにあった。
最底辺の札。色なき民の少女。
それでも、この街のどこかに、自分の立つ場所がほんの少しだけ生まれた気がした。
まだ小さい、消えそうな場所だ。
けれどイレナは、そのかすかな熱を手放したくないと思った。
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