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魔力ゼロの色なき少女は、魔法を解きながら居場所を探す  作者: 稲野翔


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第4話 最底辺の冒険者

訓練が始まって二週間が経った朝、エルドが唐突に言った。


「お前、冒険者ギルドに登録しろ」


イレナは手に持っていたパンの耳を落としそうになった。


「……何ですか、いきなり」


「お前に生活費を渡す余裕は、俺にはない。だが日雇いの仕事では足りないだろう。ギルドの依頼をこなせば、銅貨の稼ぎは安定する」


それは事実だった。午前中の日雇い仕事で得られる銅貨は一日二枚がせいぜい。パン一つで消える額だ。エルドの部屋で訓練する午後の時間を確保するためにも、効率よく稼ぐ手段は必要だった。


「でも、私は魔法が使えません」


「使えなくても登録はできる。自由都市のギルドは実力制だ。魔法の有無は問われない。腕力も問われない。依頼をこなして戻ってくれば、それでいい」


「魔法が使えない冒険者なんて、聞いたことがないんですが」


エルドは肩をすくめた。


「いないわけじゃない。荷物持ち、見張り、料理、薬草採取。戦闘以外の依頼はいくらでもある。最底辺だがな」


最底辺。その言葉に、不思議と抵抗はなかった。底辺なら慣れている。


「……感知石は」


「ギルドの受付に感知石はない。自由都市のギルドは、冒険者の素性を詮索しないのが原則だ。名前と顔だけで登録できる」


エルドはそこで一拍置いた。


「ただし、パーティを組んだ相手にはいずれ気づかれる。魔法が使えないことは隠せない」


「色なき民だと知られる、ということですか」


「可能性は高い。だが、お前は二週間で魔法の予備動作を読めるようになった。それは依頼の中で確実に役に立つ。使えると証明すれば、素性は二の次になる。冒険者ってのは、そういう連中だ」


イレナは黙って考えた。


隠れて、逃げて、耐える。それだけの日々に、エルドの訓練という異物が入り込んだ。それが今度は、ギルドという未知の場所に広がろうとしている。


怖い。だが、怖いだけなら、エルドの部屋の扉を叩いた時と同じだ。


「……わかりました」


エルドは頷いた。無表情のまま、机の上の紙くずの山から一枚の地図を引っ張り出す。


「ギルドは商業区の中央広場の東側だ。受付で登録すれば、銅の冒険者札がもらえる。最低ランクの証だ。依頼板から自分で選んで受ける」


地図を受け取り、立ち上がりかけた時、エルドが引き出しから何かを取り出した。


小さなナイフだった。刃渡りは手のひらほど。武器というより道具に近い。


「それと、これを持っていけ」


「……護身用ですか」


「使い方は自分で考えろ」


それだけ言って、エルドはもう本に目を落としていた。


ナイフを腰帯に差し、イレナはエルドの部屋を出た。


---


自由都市の冒険者ギルドは、イレナが想像していたものとはだいぶ違った。


商業区の中央、石造りの大きな建物。入口は開け放たれていて、中からは酒場のような喧騒が聞こえる。朝から酒を飲んでいる者もいれば、壁に張り出された羊皮紙の前で依頼を吟味している者もいる。


冒険者たちの装備はまちまちだった。革鎧に剣を佩いた者、杖を抱えた魔導士風の者、何も持たず身軽な格好の者。共通しているのは、全員が首から札を下げていること。銀、銅、時折鉄。ランクの証だ。


受付は建物の奥にあった。木のカウンターの向こうに、中年の女性が座っている。


「登録希望?」


「はい」


女性はイレナを一瞥した。


「若いね。名前は」


「イレナ」


「姓は」


「ありません」


女性は眉一つ動かさず、羊皮紙に名前を書き込んだ。自由都市では姓を持たない者は珍しくない。


「得意な武器は」


「ありません」


「魔法は」


「使えません」


ペンが一瞬止まった。女性がイレナの顔を見た。


「……何もないの?」


「観察が得意です」


女性は何か言いかけたが、やめた。代わりに羊皮紙の一番下に「非戦闘」と書き加え、カウンターの下から小さな銅の札を取り出した。


「はい、銅の八等。最低ランク。依頼板は入口の右側。銅札で受けられるのは下の三段だけ。報酬は依頼完了後にこのカウンターで受け取る。死んでも自己責任。以上」


銅の札を首にかけた。薄くて軽い。ほとんど何の重みもない。


これが冒険者の証。最底辺の。


---


依頼板の前に立った。


木の板に羊皮紙が何枚も貼り付けられている。上の方には「魔獣討伐」「遺跡探索」「護衛任務」といった大きな文字が並ぶ。銀や鉄の札でなければ受けられない依頼だ。


下の三段に目を落とす。


「薬草採取——報酬:銅貨五枚」


「荷物運搬——報酬:銅貨三枚」


「下水道のネズミ駆除——報酬:銅貨四枚」


日雇いの倍は稼げる。だが、どれも一人で完結する単純作業だ。


その中に、一枚だけ毛色の違う依頼があった。


「灰燼地帯縁辺の魔獣調査——パーティ募集(残り一名)——報酬:銀貨一枚」


銀貨一枚。銅貨十枚分。五日分の食費だ。


だが「魔獣調査」。戦闘の可能性がある依頼に、非戦闘の銅札が参加できるのか。


依頼の隅に小さく書いてある。「雑用係可」。


荷物持ちでもいいから頭数が欲しいということだ。それほど人が集まっていないのか、あるいは報酬が割に合わないほど危険なのか。


考えていると、背後から声がした。


「おい、そこの。その依頼、見てるのか?」


振り返ると、イレナより頭二つ分は高い少年が立っていた。


赤みがかった茶髪を短く刈り上げ、使い込んだ革鎧を着ている。腰に短剣、背中に小さな丸盾。首から下がっているのは銅の札だが、イレナのものよりわずかに厚い。銅の五等か六等。最低ではないが、低ランクには変わりない。


年は十七か十八。目つきは鋭いが、険しいというより真っ直ぐだった。


「見てました」


「受けるのか」


「考えてました」


少年はイレナの銅札を見た。八等。最低ランク。そしてその横に書かれた「非戦闘」の文字。


「……非戦闘? お前、何ができるんだ」


「荷物は持てます。あと、周囲の観察」


少年は露骨に眉をひそめた。


「観察って……。まあいい、人手がいないんだ。俺はリオ。パーティリーダーだ。といっても、俺ともう一人の二人だけだが」


「イレナです」


リオはイレナをもう一度見た。上から下まで。小柄な身体、武器なし、防具なし。何の変哲もない貧民街の少女にしか見えないだろう。


「報酬は三等分だ。雑用係でも同じ。ただし、足を引っ張ったら次はない」


「わかりました」


「明日の朝、南門の前に集合。日の出と同時に出る。遅れるなよ」


そう言って、リオは依頼の羊皮紙を板から剝がし、受付に持っていった。

読んでいただきありがとうございます。

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