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穢れを移すもの

作者: TOMMY
掲載日:2026/03/03

ぶわっ。

彼女が部屋に入った瞬間、黒い気配が畳の隙間に溜まっていくのがわかった。


濃い。

去年よりも明らかに。

まるで渦を巻くように嫉妬や怨念が彼女に纏わりついている。


いったいどんな日々を過ごせば、ここまで澱ませることができるのだろう。


私は高い場所から彼女を見つめた。


袖口が少しほつれて見えた。


「安心してほしい。私が全部、受け止めてあげるからね」


刺々しい髪は無秩序に伸び続け、切られる暇もなかった時間が、そこに絡みついていた。


その穢れを受け入れる。

身体は、拒むことを知らない。

ここに在るために、そう作られている。


儀式の準備は着々と進められていく。


提灯に明かりが灯り、

白く濁った甘い香りが漂い、

捧げものが整然と並べられる。

慎ましやかな演奏が、どこか浮かれた調子で流れた。


ようやく、この場は整った。

私はただ、見守るだけで特にやることはない。

だが、それを静かに受け止める覚悟だけは持っている。

これから始まる、移し替えのための時間。


人々はこの部屋に集まってきた。

大きな桶の中にわずかに黄ばんだ米が敷かれ、その上にぬめりを帯びた切り身が鈍く光る。

さらにその上に、髪の毛のような細長い黒が静かに散らされた。


鼻をつく、甘酸っぱい匂いが立ち込める。


それは、何度見ても不気味な料理だった。


人々は、それを貪る。


むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。


……おぞましい。


いったい幾つもの命を一度に頬張れば気が済むのだろう。


一瞬、女性の視線が一度だけこちらをかすめた。


すると、それに呼応するように人に憑く穢れが宙を舞った。


目の前を漂う、焦げついた気配。


それは、ためらいもなく、真っ直ぐこちらへ忍び寄ってくる。


──身体の内側で何かが軋んだ。


私はとっさに目をそむけようとした。

けれど瞬きはしなかった。


それが、ここに座る者の役目だからだ。


これからどんな目に会うのだろう。

この穢れは人間のどんな感情なのだろう。


言葉にできなかった叫びか。

飲み込まれた涙か。

誰かを呪った夜か。


やがて、すべては静まった。


──移し替えが終わると、私は箱へ戻される。


彼女とは、一瞬しか会えない。


「ゆっくりと浄められ、軽くなってほしい」


それが私の唯一の願いだった。


手に持っていた笏が外される。

重ねられた手は、また同じ形に整えられる。


箱の中は、静かで、少しだけ息苦しい。


隣の白い顔は、闇の中でも淡く光っている。

何年も同じ角度で、微笑んだまま。


──あぁ、来年また会いましょう。

私の愛しい、お雛様。


押し入れの奥で、夜ごと小さな音がする。


きし、と。

かすかに何かが動く気配。

私は耳を澄まさない。


受け止めるのは、三月三日だけでいい。


「それまでは、ここで静かに眠らせておこう」

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