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スマホを持って異世界転移したら、電波が悪くてギリWikiしか使えません。 ~56歳の元オタク、元カノ激似の女の子と生活改善~  作者: サンドマスター


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3/3

瞳のなかの異邦人

朝の空気は、肺の奥まで凍りつかせるほどに鋭く、透き通っていた。


「アイスルー、あまり奥まで行くんじゃないよ。アルバスティが出るからね」


母の心配そうな声を背中で受けながら、私は薬草を入れる籠を手に家を出た。 父をあの魔獣に奪われてから、この家を守れるのは私しかいない。 薬草を摘み、村の怪我人を癒やす。それが私の日常だった。


けれど、その平穏は唐突に霧に飲み込まれた。


視界が白く閉ざされ、獣の腐臭が風に乗って届く。


(……嘘、こんなに近くに?)


背後でカチカチと岩を叩く爪の音。 父を殺したあの死の気配が、すぐ後ろまで迫っている。 私は無我夢中で、光が漏れ出す丘の向こうへと駆け出した。


その時だった。


目の前で、視界を焼き尽くすような「白い光」が弾けた。


「……っ!」


訳のわからないまま、私はその光を避けるようにして、なりふり構わず走り続けた。 直後、背後で耳を貫くような強烈な衝撃音と、地面が激しく抉れる音が響いた。 恐ろしくて振り返る余裕も勇気もない。私はただ、もつれる足で必死に地を蹴った。


不意に足がもつれ、冷たい草の上に転倒した。


荒い息を吐きながら、死を覚悟して身を縮める。……けれど、追ってくるはずの足音が聞こえない。 いつの間にか、あれほど濃かった魔獣の腐臭が消え、代わりに嗅いだこともない甘く、鼻を突く不思議な香りが漂っていた。


恐る恐る逃げてきた方向を振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


さっきまで私を追い詰めていたアルバスティが、不気味な黒い粘液を流し、物質そのものが崩壊して溶け落ちるようにして絶命していたのだ。 そして、その異様な残骸の傍らに、一人の男が立っていた。


黒い皮膚のような厚手の服を纏い、鉄の兜を手に持つ奇妙な姿の男。


私は息を呑んだ。


そこにいたのは、若き日の父に、あるいは語り継がれる英雄に似た、けれど酷く戸惑ったような瞳をした異邦人だった。


光と共に現れ、一瞬で厄災を屠った存在。 私は祈るように両手を胸の前で組み、震える声で最初の言葉を絞り出した。


「……arigatoありがとう


感謝を伝えたかった。 けれど、男は呆然と私を見つめ、やがて自分の胸を指して奇妙な音を発した。


「……あ、いや……。俺は、三上。……三上修一」


彼の言葉は、まるで古い楽器が軋むような、聞いたこともない響きだった。


「ミカミ。シュウイチ」


私はその音を、必死になぞってみる。


「……シュウ?」


「まあ、そんなもんだ」


彼は短く応じると、溜息をついた。 私は自分の胸に手を当て、名を告げる。


「……Aisuluアイスルー


彼は「アイ、スル?」と不思議そうな顔をした。 私の名は「月の美しさ」という意味だけれど、彼には別の何かに聞こえたのだろうか。


日は沈みかけている。 魔獣を倒した恩人を、こんな場所に放っておくわけにはいかない。


「シュウ、……ココ、……キテ」


私は彼の袖を軽く引き、村のほうを指差した。 彼はしばらく遠くの山を見つめていたけれど、やがて諦めたように私の後に続いた。


夕闇が迫る丘を歩きながら、私は何度も隣を歩く「英雄」を盗み見る。 ふと、彼は立ち止まり、懐から「黒い鏡」を取り出した 。それは彼の手の中で、見たこともないまばゆい光を放ち始めた 。


「……チッ、やっぱりダメか。画像も無理だな」


彼が何事かをもどかしそうに呟く。私はその魔法の道具から目が離せなかった。


「……それ、なに?」


思わず顔を寄せると、彼は困ったように私を見て、再び奇妙な言葉を口にした。


「……Aisulu、これ、 すき?」


「……すき?」


意味はわからない。けれど、彼が少しだけ笑ったような気がして、私は胸の奥が熱くなるのを感じた 。


「……勘弁してくれ」


シュウは逃げるようにその鏡を隠し、再び歩き出した 。


夕闇が迫る集落に辿り着いた時、村の空気は一変した。


土と木でできた素朴な家々から男たちが現れ、得体の知れない姿のシュウを囲む。


「……何者だ、その男は」


長老たちが鋭い視線を向け、農具の切っ先を突きつける。 言葉の通じないシュウの顔が強張る。一触即発の、その時だった。


ピコン――。


静寂を裂いて、シュウの懐から透き通った音が響いた。


「……っ!」


村人たちが一斉に飛びのく。 聞いたこともない電子音に、村の空気が一瞬で凍りついた。


「……今のは、何だ!」


長老が低く鋭い声を出す。 シュウは困惑した表情で、懐から「黒い鏡」を取り出した。


ピコン――。


二度目の音が響くと同時に、その鏡がまばゆい光を放ち、見たこともない文字が浮かび上がった。


「――悪魔の道具だ!」


叫び声と共に、村人たちが一斉に武器を構える。 私は夢中で彼らの前に割って入り、叫んだ。


「待って! これは『トリ(魂の鏡)』よ!」


必死に声を張り上げる。


「彼はこの鏡で精霊の声を聴き、アルバスティを一瞬で屠ったの! 彼は、私たちの村を救いに来た英雄なのよ!」


私の必死の訴えに、村人たちの間に動揺が走る。 シュウは鏡の光を見つめたまま立ち尽くしていた。


その鏡の中に、現実世界の誰かからの、あまりに平穏な問いかけが浮かんでいることも知らずに。


『今どこ?』 『朝ごはん、いる?』


(第2話・了)

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