第八話
縦長の窓に格子はない。カーテンを開けて、桟を掴んでからからとガラスを上にもちあげると、人ひとりが上体を出すくらいの隙間ができる。
風が気持ちよくて僕はしばらく半身を窓にもたせ掛け、流れる雲を見ていた。
あれから外には出ていない。バロットには悪いけれど、配膳は彼にお任せして、マチウとふたりで部屋にこもっている。セデュの近況が、気にならないこともないけど、聞いたら今よりもっと落ち込みそうで、こわくて、部屋から出られないのだ。
ちなみに今、マチウはベッドでお昼寝中だ。ベッドサイドに置かれた時計は14時を指している。いわゆる、午睡の時間だ。
優しく頬を撫でる風に目を閉じていると、からからと、隣で窓の開く音がした。
横を見ると、にゅっと伸びた腕が、花瓶をひっくり返し、中の水を捨てている。
あまりに無造作なしぐさに、すらりとした長い腕は、間違いのない、セデュのものだった。
僕は途端に息が詰まって、どくどくと脈打つ鼓動が早くなっていくのを聞く。
できるだけ、いつも通りを意識して、僕は息を吸いこんで。彼に話しかける。
「いけないんだ。そんなことしたら、下にいる人が、汚い水を被っちまうよ」
「…」
僕のいる部屋よりも大きい、セデュの部屋の窓から、こちらを無表情に見つめるセデュがかすかに見える。
いやだなあ、そんな顔で見ないでくれよ。まるで僕が君の周りを飛ぶ、鬱陶しい羽虫にでもなった気分だ。
「元気にしてる? 僕はげんきだよ。おかげさまで、三食昼寝つきの優雅な生活さ。君はどう? …ちゃんと寝られているかい?」
「…お前と話すことは何もない」
映画のセリフみたいにぽつんとセデュは言って、無情にも、からからと窓が閉じられる。
いつもと違うセデュに僕は戸惑う。なんだか、怒っていた、のかな? 彼が僕に怒るところなんて、はじめてみた、かもしれない。
叱られることはよくあったし、小言もお説教も慣れるくらい聞かされたけど、あんなふうに、冷たい顔と言葉を向けられたのは、初めてだった。
まあそれも、当然か。こんなことに巻き込んだのは完全に僕が悪いのだし。離れているあいだに、僕への想いも、冷めちゃったのかもしれないし。そうだよ、人の想いなんて簡単に消えちゃうもんなんだ。だから大切にしないといけないんだった。
…。
………。
ごめんなさいも、僕はもうセデュに、伝えられないのかな?
1週間は、ぼんやりしているうちに終わっていた。
バロットに付き添われてハウスメイドの控室に向かった僕は、メイド長のアネットから、また、耳を疑うような宣告をされた。
「ルーシュミネ・リーヴェさん、あなたは指名されました。あなたは今日から1週間、402号室のハウスメイドとして働いていただきます。こちらは部屋の鍵です。場所はもう、おわかりですね?」
「…指名?」
なんだか、そんな制度が、あったような、なかったような…?
渡された鍵はセデュの部屋の鍵だった。そうか、僕はまたセデュに会えるのか、それは正直、喜ばしい。もう二度と、顔を合わせてくれないかもしれないって思っていたから、なおさらだ。
ふわふわとした心地の僕と裏腹に、さっと表情を変えたバロットが、僕の肩を掴んでささやく。
「ルーシュミネさん、早く行きましょう。これ以上説明を聞く必要は――」
「ええ、402号室のゲスト様は、観覧者の皆様のご期待に応え、1週間、1日も休まず『お披露目』をしてくださいました。皆様とってもお喜びです。あなたも、素晴らしいゲスト様に、誠心誠意尽くしていただきます、よろしいですね?」
僕の掌から落ちた鍵が、からんとむなしい音を立てた。




