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ウンディーネは朝焼けに笑う  作者: 咲佐きさ


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第七話

 あっという間に時間はすぎ、バロットは一度部屋に戻り、昼飯を届けて、すぐにまた戻ってきた。

 食べ終えた後の皿をまた厨房まで戻しに行くのも、ハウスメイドの仕事だ。ちなみにバロットが部屋に戻ったのはほんの10分くらいだったので、その時間内で主人の胃に料理をすべて詰め込んだのだろうか。まあバロットの主人がドエムなら、喜ぶのかもしれないけど…深く詮索しないでおこう。

 バロットと二人で無駄話しながら、からからとワゴンを押して厨房に向かう。厨房には空のワゴンを届けたハウスメイドが集まって、なにやらきゃあきゃあ歓談中だった。

 女の子たちの浮ついた歓声を心地よく聞きながらシェフにワゴンを渡した僕は、そこで、聞いてしまったのだった。


「それでね、大広間に行ったレジーナが、見たんですってよ」

「ほんとう? どんなだったの?」

「もうすっごいの。映画を観てるみたいで、素敵だったの」

「そりゃそうよ、あんなお似合いの美男美女、そうそういるもんじゃないわ」

「そうよねえ、はあ、思い出しただけでドキドキしちゃう」

「セデュイール様もパートナーが決まっちゃったかあ。ちょっと残念」

「残念たって、あんたなんか相手にされるわけないでしょ?」

「そうだけどさ、やっぱり、心構えがちがうっていうか…」


 きゃはきゃはと笑う女の子たちの声が不意に遠のく。

 しばらく茫然としていた僕は我に返って、心配そうにのぞき込むバロットに視線を向けた。

「僕、いま、寝てた? ごめん、ちょっと、変な夢、みたかも…」

「…ルーシュミネさん、戻りましょう」

「うん、そうだね。いやあ、おかしいなあ、立って寝るなんて、何年ぶりかなー」

 あははは、と乾いた声で笑って、僕は踵を返す。

 頭の中はごちゃごちゃに乱れて、全然何も考えられない。

 セデュにパートナーが決まったって? それってつまり、衆人環視のもとで、いわゆるその、あれを披露したってこと? ダイアナと? 嘘だろそんな、あのセデュが、そんなことするわけない。百歩譲って、その、部屋の中でそういうことがあったにしても、そんな、あの大広間で、裸の男女が縺れ合う阿鼻叫喚の渦の中で、神経質で潔癖症なセデュが、ダイアナとなんて、そんな、そんなこと――

「ありえないんだけど!!!!」

 マチウの部屋に戻って僕は叫んだ。心の限り叫んだ。これは何かの間違いだ、そうに違いない。人違いとか…同姓同名の別人とか…そういうあれだ。そうに決まってる!

「どうしたんですか、ムッシュ・リーヴェ…?」

 うろうろと檻の中の狼みたいに歩き回る僕におそるおそるマチウが声をかける。

 バロットにちょいちょいと呼び出されたマチウは壁際で何かこそこそ呟いて、

「えっ」とか「はあー」とか言っていた。

「…いちおう、俺が行って確認してきます。ルーシュミネさんは部屋から出ないように」

「うん、頼むよバロット。ムッシュ・レヴォネによろしく…」

 マチウに見送られ、バロットは部屋を出て行った。その足で、セデュの部屋に向かったのだろうか。

 ふらふらとバロットの後を追いかけようとする僕を、マチウの腕が留める。

「ちょっと、待ってください。今、事情を確認していますから」

「え? 確認って何。僕が行くよ、そのほうが話が早いだろう?」

「今は駄目です、今は駄目です、辛抱してください、ムッシュ・リーヴェ!」

「なんでダメなの? なんでセデュと話させてくれないのさ。僕の主人は君だろ? 君なら僕に鞭打ち刑なんて課さないだろう?」

「それはそうですが! そういうことではなく…ああダメです、ムッシュ・リーヴェ、少し落ち着いて…」

「落ち着いてるよ。僕は落ち着いてる! 興奮してるのは君のほうじゃないか!」

 マチウの腕を捥ぎ離し、扉を開けて廊下に飛び出し駆けだした僕は、大広間へとつづく長い長い柱廊の向こうに、彼らを見つけた。

 足元まで隠す長いシュミーズに身を包み、汗ばんで頬を赤く染めたダイアナと、胸元をだらしなく開けたまま、髪をかき上げ壮絶な色気を纏ったセデュを。

 顔を見たら、声をかけることなんてできなかった。

 僕の足は縫い留められたように動かせず、僕に気付かないまま彼らは遠ざかっていった。

 バカな僕がしでかした顛末の、結果がコレだ。いわゆる、自業自得ってやつ。バカすぎて涙も出てこねえ。ほんとに僕は、何をやってるんだろう?


「あーあーあーあーあー」

「ムッシュ・リーヴェ、シャワーでも浴びませんか。それで今夜は早く寝ることです。今夜の私の夕食は必要ないと、メイド長に伝えておきましたから、バロットが…」

「ううううう、ぐうううう」

 声にならない。返事もできない。枕に突っ伏した僕は踏みつぶされた蛙みたいな声を上げ、ベッドの上をごろごろ転がりまわる。

 もう何も考えたくない。考えたくないのに、僕に気付かず通り過ぎた二人の横顔が、なんどもなんども僕を襲って、メタメタにぶちのめす。

「何かの間違い、だったのかもしれませんし。ね? 人違いとか、同姓同名の別人とか…」

 バロットに報告を受けているのだろうに、僕を慰めるように。マチウは言を重ねる。

 僕は無表情のまま、むくりと起き上がった。

 …ここで転がってても仕方ない。過ぎたことは過ぎたことだ。だいたい、女の子相手にした経験は僕にだってある。セデュと付き合う前のことだけど。二股も三股もかけたし、けっこう際どい行為もした。セデュが女の子としたからって一方的に怒るのは、筋違いってもんだ。こうなる原因を作ったのは僕だし。セデュは巻き込まれただけなんだ。そうだ僕だ、僕が全部悪いんだよ。畜生め。

「ふろはいってくる…」

「は、はい、ごゆっくり…」

 マチウの部屋の風呂も、セデュの部屋同様ガラス張りだった。狭い部屋なので、何もかも全部まるみえだ。けど別にマチウ相手に、羞恥心とかそんなもんはない。クソしてるとこ見られても平気だ。どうにでもしろって感じだ。

 ぼんやりとシャワーを浴びて、気づいたら浴槽からお湯があふれ出し、洗面所は水浸しになっていた。

 慌ててバスタオルを敷きつめるマチウを眺めながら、僕はまた、何やってんだろ、とおもった。


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