第四話
今は、地下にあるメイド専用の控室で、メイド長のアネットからハウスメイドの心得を叩きこまれている最中だ。
最初はかなり、というか果てしがないほどに驚いたけれども、よく考えたら、かわいいハウスメイドたちのなかに180ちかい男が紛れたとして、ここの男たちがソノ気になるとはやっぱり到底思えない。そういう嗜好のある男もいるにはいるだろうけど、そういうやつが主人になるとは限らないし、セデュみたいに、ハウスメイドに指一本ふれない、紳士かもしれない。こいつはあたってみたけりゃわからないけど、一種のギャンブルみたいで、考えようによっては、面白いといえなくもない。ちなみに僕は貞操を守れるに賭ける! 僕のへんちくりんなメイド姿みたら、ちんちんも萎れて役に立ちやしないはずだ、うん!
「いいですね、ハウスメイドにとって主人のいいつけは絶対です。逆らってはなりません。他の部屋のゲスト様と話してもいけません。話した場合には罰則があります」
「罰則って、たとえば?」
「大広間にて全裸になり、観覧者さまに見守られながら鞭打ちの刑を受けるのです。鞭打ちの回数は、それぞれの主人の申告制となります。食事は三回、厨房からハウスメイドが主人の部屋へとお届けします。主人の要望があれば、この回数は増やしても減らしてもかまいません。主人から特別な薬の使用を求められた場合には、私に通達するように」
何度も何度もハウスメイドに伝えてきたのだろう説明を、すらすらと述べるアネットだ。言葉に何の感慨も乗っていない。彼女にとっては、ただの仕事にすぎないんだろう。クールな美女は嫌いじゃないけど時と場合によりすぎる。
僕は支給された白襟のついた黒いドレスに着替え、フリルのエプロンを腰の後ろで縛る。控室にある姿見をのぞき込めば、そこまで見苦しくもない女装男子が映ってる。肩幅が狭くてよかった。厚みのない胸も中性的な顔立ちも、ひとりでいる分には申し分ない外見だ。かわいらしい女の子たちの間に立つと、やっぱりでかすぎて浮くんだけど。
…いや、浮いたほうがいいのか。別にこの姿をセデュに見せるわけじゃあないし、性的魅力を放ってしまっては困るわけだし。
「あの子が、セデュイール様の元・パートナー候補ですってよ」
「かわいい顔してるじゃない」
「え、セデュイール様って、男の子もいけるの? 意外~」
「意外でもないでしょう。あれだけの美形だもの、きっと男も女も、入れ食い状態なのよ」
「やあだ、やっらしい」
「でもホントにそうなら、メイドになんかなってないんじゃない?」
「あ、そうか。じゃあただの同僚ね」
「そうよ。セデュイール様は紳士だから、騙して連れ込まれたクチに違いないわ」
「そうよねえ、セデュイール様なら、騙してでも連れ込みたくなるわよねえ」
「アンフェリータはうまくやったわね。ふたりをじょうずに引き離せたご褒美に、今週からSSSクラスのお相手ですって」
「ふーん。でも私なら、セデュイール様のお世話のほうがいいなあ」
小鳥のように、部屋の隅で姦しく囀るほかのメイドさんたちの声を、力強く踏み鳴らすアネットのヒールの音が黙らせる。
「よろしいですね、あなたの担当する部屋はこちらです。では健闘を祈ります」
アネットに握らされた鍵には、部屋番号が書いてある。
何の因果か、僕の担当ルームはセデュのいる、ちょうど隣の部屋だった。
ハウスメイドに支給されるのは制服だけじゃない。かわいらしいリボンのついたホワイトプリムと、やたらに踵の高い靴がそれだ。履きなれない僕は何もないところで何度も躓きながら4階を目指す。つかつかと背筋を伸ばして歩いているほかのメイドさんたちが信じられない。女の子ってすごい。こんな靴じゃあ、全力疾走なんてできそうにない。
――それが目的なのか。イヤらしいフェティシズムと、あとは、女の子を縛り付ける、いわゆる纏足ってやつだ。
しかし僕の靴のサイズにぴったり合うハイヒールがあるなんて。案外、男のハウスメイドも、数は少なくないのかもしれない。
なんてことを考えながら螺旋階段を上っていた僕は、ホールに響き渡るような絶叫に、思わず飛び上がった。
「なんなのよ、新作のプロモーションなんて嘘じゃない、あのクソ社長! どこまで私をバカにすれば気が済むわけ!? 冗談じゃないわ、早く車を手配して! こんなところに、一秒だっていられるもんですか!!!」
聞き覚えのある毒舌と、言葉に目を瞑ればさわやかな風のような美声。
ああダイアナだ。なつかしいなあ。彼女は騙されてここに連れてこられた口か。かわいそうに。気高い彼女にとっては、この腐った場所はさぞや耐えがたいことだろう。
慰めてあげようかな、と思って角を曲がろうとして、僕はくるりと身を翻す。
まあまあと彼女を宥める男は、彼女のマネージャーだろうか。彼が鍵を差し込んだのは僕が今朝までいた部屋だ。
「ちょっと聞いてるの!? やめなさいって言ってるのよ、私は絶対にこんなところに――きゃあああああ!? セデュイール!?」
がちゃりと扉が開いて、中にいるセデュを確認したらしいダイアナが再び絶叫を挙げるのを、僕は茫然として聞いていた。




