第三話
※アンフェリータがルーの名前を間違えて呼んでいますが、仕様です
朝ごはんはアンフェリータがワゴンを押して、厨房から運んでくれる。
クロワッサンにチョコレートの入ったパイ、バゲットにキッシュ、オレンジジュースにミルクにコーヒー、ベーコンにスクランブルエッグ、籠に崩れるくらいに盛られた洋梨やリンゴの山。
朝からずいぶん豪勢だ。そいえば参加費用とか、いらなかったんだっけ? 昨夜はなにも説明がなかった気がする。罰金のでかさにびびって、お金の話を避けてたせいもあるけど。
「君、この仕事は長いの?」
クロワッサンを摘まみながら傍らに控えたアンフェリータに聞くと、笑顔のまま彼女は首を傾げる。
「この城ではいつから働いているんだ」
「はい。もうすぐ三か月です」
「ひゃあ、三か月。嫌にならない? 君たちって、何されても文句言えないんだろう?」
「…人権侵害も甚だしいな」
「それがお仕事にございますので。それに、お給金もきちんといただいておりますし」
「そりゃあ無給じゃやってられないよ! あたりまえだよそんなのは! チップとかはもらってる? うんとふんだくってやりなよ」
「そういえば財布も取られたままだったな」
「そっか、じゃあチップは渡せないのか」
「ゲスト様の私物は、退室される際にすべてお返しいたします」
機械的に、決められたことのみを答えるロボットみたいに、彼女は淡々としている。年の頃は、僕と同い年か、もっと下か。25より上にはとても見えない。
なんだか腹の底がむかむかしてきて、クロワッサンを嚙み千切りながら、僕は呻ってしまう。
「ここを燃やしてやりたくなってきた。ひでえ所だ」
「同感だ。ライターを調達してこよう。どこから火をつけようか」
「いやいや、本気にするなよ!? 君を前科者にするわけにはいかないんだって!」
「…そうか。残念だ」
「ご配慮、ありがとうございます。でも私は、こちらのお給金で、家族を養っておりますので」
にこにこと笑顔を絶やさぬままぶっこまれて、僕らは黙ってしまう。それにしたってだ。こんなところに娘をよこすような親がいるもんだろうか、騙されて連れてこられたんじゃないだろうかとか、詮無い事を考えてしまう。僕にはどうにもできないけれど。
「そういえばあのプロデューサー、セレブだとは思っていたけど、少なくとも3か月はこのパーティーをつづけてるってことだよね? 資金源とかどうなってんの? やっぱりマフィアがらみ?」
「黒い噂も聞いたことはあるが…」
「こちらのパーティーには、巨大なスポンサー様がついておりますので。普段はVIP室におられますが、広間においでになることもございます。お会いになることもできるはずですよ」
「そうなんだ。一人二人の話じゃなさそう、だね…」
「莫大な金を稼いでやることがこれか。くだらない人間は考えも低俗だな」
苦々し気に口にして、コーヒーカップを持ち上げるセデュはいつになく毒舌だ。まあそういう気分になるのもわかる。僕だって鬱々として仕方がない。
「あーピアノが弾きたくなってきた。弾いて発散したい。どこかにないかなア」
「この館にピアノはあるのか?」
「はい。大広間にグランドピアノが一台、ございます」
「………」
昨夜に見た、大広間の乱痴気騒ぎを想起してしまって、食欲のなくなる僕とセデュだった。
一週間は、あっという間に過ぎた。
ずっとラジオもテレビもない部屋にいたから、外部で何が起こっているのかさっぱりわからなかったけど、セデュと一緒にいられたから、なんだかんだ、充実した日々だった。
アンフェリータとも今日でお別れだ。次に彼女の主人になるのが、ひでえ男じゃないといいな、なんて思いながら、いつもと同じ淡々とした笑顔のまま部屋を出ていく彼女を見守り――
「それでは、ご一緒に参りましょう。ルーシュミナ様」
「え?」
ごくごく自然に手を取られて、僕はきょとんとしてしまった。
「当館のルールにございますので、共に来ていただかないと」
「え? え? 何、何のルール?」
「パートナー候補様は私と来ていただき、着替えをしていただく必要があるのです。違反すれば、私はメイド長から、鞭打ち刑を科されます」
切々といった様子で訴えるアンフェリータに、僕は顔を上げ、セデュと目を見合わせる。
「私もついていくわけにはいかないのか」
「はい、ゲスト様は、こちらで今後1週間のお世話係となる新しいメイドを迎えていただきます。新しいハウスメイドは鍵をもっておりませんので、ゲスト様がいていただかないと、…」
廊下に放置された新しいハウスメイドが、どんな目に遭うかわからないってことか。眉間を寄せて黙り込むセデュを見上げ、僕はへらりと笑って見せる。
「だいじょうぶ、ちゃちゃっと行ったら、すぐ帰ってくるよ。僕これでも成人男子だぜ、道中で万一襲われそうになったら、ちんちん蹴っ飛ばして逃げてやるって。まあ僕に食指を動かすようなものずきは、君くらいのもんだろうから、心配はないと思うけど…」
「しかし、…」
「むしろ、新しいハウスメイドのほうが心配だ。女の子は守らなくっちゃ。僕のかわりに、頼んだぜ、色男」
ポンポンと軽く肩を叩いてやるとしぶしぶといった様子でセデュは頷く。
「すぐに戻って来い。10分経っても戻らないようなら、探しに行く」
「いや早いって。30分経ったらでいいよ。じゃあ行こう、アンフェリータ。着替えってなんだろう、コスチュームプレイでもさせられるのかな?」
ひらひらと手を振って、内側にセデュを残し、パタンとドアを閉める。
名残惜し気に見つめてくるセデュのまなざしを、しばらく失うことになるなんて、その時の僕は想像もしなかった。
赤い絨毯が敷き詰められた廊下を、アンフェリータと共に行く。従業員用の裏通路なのか、縺れ絡み合うイカレたやつらの姿はなく、狭い道は薄暗く、シンとしている。
「君は、今日の仕事はこれで終わり? 僕らの部屋のハウスメイドではなくなったんだよね?」
「はい、午後には新しいゲスト様がご到着になりますので、そちらに移動いたします」
「げ。働きづめじゃあないか。労働環境改善のデモ起こしたほうがいいぜ。でないと、搾取される一方だ」
「わたくしどもは、お給金をいただいておりますので」
一点の曇りもない笑顔で言ってのける、うら若い彼女が痛ましい。
「それにしたってさ…こんなのは奴隷と同じじゃないか…」
「お気遣い、ありがとうございます、ルーシュミナ様。…デモは、おやめくださいませ。以前そう企て、森に埋められた娘がおりました」
「……最悪だね、治外法権もいいとこだ」
「わたしどもは満足しております。そしてあなたも、きっと満足なさるはずです。たとえゲスト様と離れ離れになられても、悪徳は、馴染めば馴染むほどに甘い蜜となりましょう」
「…え? 今なんて、」
アンフェリータは振り返り、憐れむような目で僕を見る。
まるで何も知らない哀れな子供に、ABCを教えこむように。
「ハウスメイドの規則にございます。1週間、大広間で『お披露目』のされなかったパートナー候補様は、ゲスト様のお部屋から退室していただき、新たなパートナー候補様と交代していただきます」
ご存じなかったのですか、とアンフェリータは言葉を重ね、
「退室したパートナー候補様は、ハウスメイドに降格となるのです」
と、弩級の爆弾をぶっこんだ。




