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ウンディーネは朝焼けに笑う  作者: 咲佐きさ


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第二話

「先ほどご覧いただきました大広間から直接に進んでいただけます小部屋には、それぞれにお客様の嗜好に合わせた小道具をご用意してございます。ゲスト様はパートナーでもメイドでも、お小姓でも、お好きな相手を連れ込んで楽しんでいただくことができます。悪徳の限りを尽くすのがこの館の主人の望みですので、いかなる行為も禁じられてはおりません。ただ、命を奪うことのみ禁じられておりますので、そこはご承知おきください」


 わざわざ禁じなきゃいけないってことは、それに近い行為が行われているってことだろうか。先ほど一瞬だけ目にした、裸の男女の狂乱ぷりを思い出して僕は吐き気を催す。芸能界の裏側についてはセデュより僕のほうが詳しいような気がしていたけど、まだまだだった。こんな世界があったなんて、マジで、セレブってどうしようもねえやつらだな。

 いや、乱交パーティーまではなんとなーく予想していたけど、規模のでかさにビビり散らかしている僕だ。ちょっと女の子を呼んで酒飲んでむにゃむにゃ、なんてのは僕だって一度ならず経験があって、そういう席に連れてったらセデュはどういう反応するのかなーなんて、悪戯心を起こした僕がバカだった。いやマジでバカだな。どうすんだこれ。


「ゲスト様にはパートナーとともに過ごしていただく部屋が割り振られます。そこでゲスト様には4週間、ここで過ごしていただきます。食事、洗濯、家事一切は部屋にひとりずる割り当てられたハウスメイドが執り行います。ゲスト様はパートナーとともに部屋で愛を育むなり、広間での饗宴にご参加するなり、中庭を散策なさるなり、お好きにすごしていただけます。なお、ゲスト様につきましてはパートナーのシャッフルも可能でございますので、こちらもご自由にお楽しみください。4週間後、ゲスト様とともに過ごされていたパートナーは、ゲスト様とともに退室いただけます。この場合、パートナーの滞在期間はゲスト様と同様のものとして換算いたします。部屋に割り当てられたハウスメイドは1週間ごとに入れ替わりますが、ハウスメイドは割り当てられた部屋のゲスト様を主人とし、一心にお尽くしいたします。当然こちらも、命を奪うこと以外であればどんなふうに扱おうとゲスト様の自由でございます。ハウスメイドは基本ランダムで決定いたしますが、1週間、1日も欠かさず、大広間にて参加者の皆様を愉しませる『お披露目』をされたゲスト様は、特典としてハウスメイドの指名が可能です。なお、部屋には複数盗聴器がございまして、24時間体制でのゲスト様の状態の把握が可能でございます。お身体の不調などがございました場合には、当館所属の医師が治療に当たります。逃亡や情報漏洩など、この館のゲストとして相応しからぬ行いをしたゲスト様に関しては、命の保証は致しかねますので、ご承知おきください。以上で何かご質問はございますか?」


 まともな倫理観があったらちっとも了承できないような事柄を淡々と述べて、アネットは笑顔で尋ねる。

「…てことは、ずーっと部屋にこもって4週間、まあだいたいひと月か。すごしてもいいってこと?」

「はい。当館でどのように過ごされるかは、ゲスト様の自由でございます」

 僕はちかちか輝く恒星みたいな、ちっぽけな希望を見出して、セデュを見上げる。

「ほら、やっぱり聞いてよかったろう。罰金を無駄に払わなくったって、ここでゆっくり過ごせばそれでオーケーなんだったら、楽勝じゃないか。ひと月の休暇だとでも思えばさ。…ところで君、仕事は?」

「ひと月以内の仕事はない。そういったことも把握されていたのだろう。腹立たしいことだが」

 そうか。このパーティーの主催者は著名な映画プロデューサーだから、裏から手をまわして僕らのスケジュールを把握することなんて朝飯前ってことか。

 僕の作曲仕事も締め切りはまだまだ先だし、これは本当に、ただの休暇として考えられそうだ。

「よかったねえ、盗撮されてるのは窮屈だけど、君とずーっと一緒にいられるんだから、僕はそれでいいや」

「…」

 にこにこと笑顔を貼り付けたままのアネットの前ではキスもできず、セデュは僕の掌をぎゅっと握りしめる。

「よろしいですか? ではこちらが、ゲスト様のお部屋でございます。なお、各部屋にどなたが滞在しておられるかはゲスト様には知らされません。滞在している部屋を他のゲスト様に漏らすのも、禁じられております。また、各部屋のハウスメイドは主人以外のゲスト様と言葉を交わすのを禁じられておりますので、ご理解ください」

 鍵穴に時代がかった金の鍵を差し込み、がちゃりと回す。


 扉を開くと、淡いベージュと赤で統一されたマットレスとソファカバー、カーテンの開いた窓が見えた。快適そうな部屋は三間あって、応接間からカーテンで区切られた寝室と、小さなベッドの置かれたハウスメイドの部屋のそばにはガラス張りのバストイレがついている。

「こちらが当部屋の鍵にございます。ではゲスト様、どうぞよいご滞在を」

 膝を折って裾を持ち上げ、中世ふうのお辞儀をすると、メイド長のアネットはあっさり去っていった。

 そして彼女と入れ替わるように、僕らを迎えたのは小柄なハウスメイドだった。


「アンフェリータと申します。ゲスト様、どうぞよろしくお願いします」

 褐色肌に黒髪の、瞳の大きなアンフェリータは、アネットと全く同じ白襟の黒服に、フリルのついたエプロン姿だ。

「よろしくね。僕はルーシュミネ、こっちはセデュイール。長い滞在になるけど…あ、君と過ごせるのは一週間だけだっけ」

 アンフェリータはにこにこと首を傾げ、命令を待つような姿勢だ。

「これから世話になる。無体なことはしないから、仕事のない間は部屋で休んでいるといい」

「はい。ゲスト様、ありがとうございます!」

 アンフェリータは先ほどのアネットのように膝を折ってお辞儀し、ぴょんぴょんと部屋に去っていった。

 彼女の部屋のそばで裸になってシャワーを浴びるのは、なんというか、とても気まずいので、風呂トイレの間は部屋を出てもらったほうがいいだろうか。

「どう思う? セデュ」

「この部屋から出して彼女がほかの滞在客に捕まるのも不憫だ。シャワールームを使う際には、客間にいてもらおう」

「…そうだね、うん、賛成」

 窓に近づき閉まったままのレースカーテンを開けば、中庭が見下ろせる。

 均等に配された緑の木々や、黄色や白のポピーを植えた花壇、女神像が抱えた意趣の花鉢には、紫色のアネモネや、白や黄色のチューリップが咲いている。

 僕らがいるのは4階で、2階から繋がるバルコニーには階段が広がり、豊満なオッパイをむき出しにしたスフィンクスの像や、みだらに絡み合う男女の彫像おそらくはダフニスとクロエなどなど、ギリシャ彫刻が荘厳な沈黙を保っている。

 ぼんやりとよく整頓された中庭を眺めていた僕は「うわっ」と声を挙げてレースカーテンを閉めた。

「ルー、どうした」

「中庭の、女神像のとこ、三人いた」

「…」

「ラオコーンみたいに、絡み合ってた」

「………」

「もうやだあ、僕はもう部屋から出ないぞー! ひとのセックス見たってなにもおもしろくない!」

「……同感だ」

 はあ、と重いため息を吐いたセデュが深い皺の刻まれた眉間をつまむ。向こう見ずな僕のやらかしのせいで、とんでもないところに連れ込まれたセデュである。そりゃあ頭痛もするだろう。

「ごめんね、撫でてあげるからこっちおいで」

「……やめておく」

「なんでだよ! いい感じになる流れだろう今のは!」

「…監視されて、いるのだろう。抑えが利かなくなると、まずい」

 隣室には彼女もいるし、とセデュは口籠りながら言って、僕も黙り込む。

 …そうか。じゃあ僕たち、そばにいるけどキスもできないってこと?

 いやキスぐらい、いいんじゃないか? 見られたって恥ずかしいことは…ちょっとはあるけど…。

 ………。

「今日はもう寝ようか」

「そうだな」

 考えることを放棄した僕らは、ぐったりとした身体を年代物のベッドに沈めたのだった。


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