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ウンディーネは朝焼けに笑う  作者: 咲佐きさ


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第一話

 ブーローニュの森の入り口で車を返すと、待ち構えていた黒服が僕らに目隠しを渡す。紫紺のベルベットのそれを頭の後ろで結び、手を引かれるまま進めば、硬い足場があって、そのまま狭い車内? に詰め込まれる。

 手探りでふれたセデュの手はすぐそばにあって、僕はやっとほっとして、そのまま彼に凭れ掛かろうとして、ぐらりと身体が揺れるのを感じる。

 内臓が浮くような、独特の浮遊感、これはあれだ。空を飛んでいるときの感覚だ。

 バタバタと頭上で風を切るようなやかましい音がしていると思ったら、僕らはヘリにでも乗せられたらしい。傾いた身体がまた逆方向に揺れ、掴むところもなくて、覚束ない。ただセデュの掌をぎゅっと握りしめて、僕はこれから始まる展開にドキドキ胸を躍らせていた。

 飛行時間がどれくらいだったかは、目隠しをされていたのでよくわからない。

 ここがパリ郊外なのか、もっと別の場所なのかも、わからない。ゆっくりと下降したヘリコプターはようやっと停止し、がらりと開けられたドアから冷たい風が吹き込む。

 目隠しを外そうと動いた僕の手はおそらくは黒服に制止され、恭しく手を引かれヘリから降ろされる。やっと地に足をついたと思ったのもつかの間、今度はふかふかのソファに座らされ、バタンと扉を閉じる音がして、今度は車で出発する。

 いやどれだけ厳重なんだよ。さすがの僕もなんだか心細くなってきたぞ。

 そわそわと車内で手を彷徨わせても、セデュの掌は見つからない。

 それだけ車内が広いってことだろう。彼のダージリンティーのような香水のにおいが微かに香り、たしかに彼がいることを確信できたので、僕は手を下す。

 車はまたしばらく舗装されていない道をがたごとと走り、ようやっと目的地に到着し目隠しを外されたときは、既に日も落ちてぼんやりした月が空に浮かんでいた。


そこは中世に建てられた城のようだった。ごつごつした石造りで、堅牢で、豪奢さとはかけ離れた要塞みたいに見える。僕たちが通されたのは既に門を超えた城塞の内側で、まわりをぐるりと高い塀に囲まれている。

 石畳が敷き詰められた広大な敷地の、はるか遠くに見える門前には中世騎士の扮装を纏った門番がふたり立っている。その扮装に似合わない、腰に差した猟銃に僕はちょっとぞっとして、15メートルか20メートルはありそうな堂々と聳える城塞に向き直る。

 入口の前には白襟のついた黒のドレスにフリルのエプロンをつけたメイドが3人、ピンと伸ばした姿勢でにこやかに僕らを待っている。

 黒服に無言で促され、セデュと僕は一点の綻びもない完璧な笑顔を湛えたメイドさんに近づいた。

「ようこそいらっしゃいました。ゲスト様は本日3番目、通算126番目のお客様です。私はアネット、この城のメイド長を務めております。以後お見知りおきを。邸内には私がご案内いたします。それからここでのルールも、ご説明いたします」

 すらすらと透き通るような美声で並べられスルーしそうになってしまうが、何か不穏な単語があったような気がして、僕はセデュと顔を見合わせる。

「ルールとは何だ。先に説明してくれないか」

 咳払いして滔々と流れる説明に割って入るセデュに、アネットは笑顔を崩さないまま、

「邸内ではまずボディーチェックを行い、身長・体重・靴のサイズを申告していただきます。ご持参の衣類、財布、刃物、ライター、酒、たばこ、薬物、すべてお客様が退室になるときまでこちらで保管いたします。お客様が嗜好品をお望みの場合には、各部屋に配されましたハウスメイドにご要望をお伝えください。当管理者が精査して、ご配給いたします。明日からの衣類・下着一式も、お部屋にご用意いたします」

「部屋って何? 今夜限りのパーティーじゃあないの?」

「詳しくは邸内でお話いたします。ではどうぞ」

 アネットは重厚な木製の扉を押し開き、僕らを招き入れる。

 邸内は外観の荘厳さとは裏腹、艶やかなシャンデリアが輝き、哀切なヴァイオリンが響いている。広間では既にパーティーが始まっているのか、がやがやとした人の声もする。

 厳重なボディーチェックで黒服に口紅とピアスを没収され、呆気にとられたまま広間へと誘導される。

「まずは大広間にご案内いたします。今宵に限らず、最も多くのお客様がお愉しみになっておられる広間です。酒、食事はご自由に。見知った顔があっても、どうぞご内密に。ここは異界です。くれぐれも俗世間に、今宵の記憶を持ち込まれませぬよう」

 意味深な言葉を吐いてアネットが扉を開ける。

 そこに広がる風景に、「ひえッ」と思わず声が出た。

 ――と思ったら、セデュがものすごい勢いで扉を閉めた。

「帰らせてもらう。やはり来るのではなかった。行くぞ、ルー」

「ええええ、あ、うん…」

「お待ちください。邸内に足を踏み入れたからには、当方のルールに従っていただきます。途中退室は許されていません」

「知ったことか」

「ゲスト様は、招待状をお持ちのはず。そこにもはっきりと書かれております」

「え? なにが?」

「ご覧ください、こちらに」

 アネットが僕らから回収した招待状を広げ、白魚のような指先で該当箇所を指さす。

「ゲスト様はこのパーティーへのご出席を表明されたからには、俗世間での立場を捨て、身一つとなって宴にご参加くださいますよう。なお、滞在中のあらゆる権利一切は当屋敷の主人に帰属するものとし、不備不具合、ご不満等のあった場合にも一切の要求は通らぬものとして、ご承知おきください。これに違反した場合には、罰金刑となります」

「どこ? え? ちっっっっちゃ! まるで詐欺じゃないか!?」

「罰金で済むのなら払おう。いくらだ」

「10億フランにございます」

「げえっ」

「…わかった。払おう。小切手でいいか」

「うええ!?」

「ありがとうございます。ではこちらで書類を書いていただきます」

「ああ」

「待て待て待てって! は!? 10億!? そんな金どこから出てくるのさ、コルシカマフィアでもあるまいし!? え、君ってマフィアだったの!? 君のパパってマフィアだったの!??」

「落ち着け。マフィアではない。馬車馬のように働けばいずれは返せる額だ…」

「いやこんなとこでそんな決意しないでよ!? それにそもそも、参加しようって言ったのは僕なんだし、君にそんな負債追わせられないよ!!」

「ではゲスト様はこちらにサインを…」

「だめだめだめ、絶対ダメだって!! 君は借金のこわさをわかってない!!」

 アネットがしずしずと差し出す万年筆を奪って放り棄て、僕はセデュに向き直った。

「とにかく、ルールとやらを全部聞こう。罰金を払わなくったって、済む方法があるかもしれない」

「…」

 セデュは眉間に皺を寄せた仏頂面で、しぶしぶと、僕の言葉に従った。


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