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ウンディーネは朝焼けに笑う  作者: 咲佐きさ


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第十四話

「お、芝居…?」

「そうよ。無償労働なんて本来ならお断わりだけど、イヤらしい男どもに手を出されるくらいならセデュイールと戯れあうほうがよっぽどいいもの。4週間もあんな腐った場所に滞在するなんてウンザリ!」

「でも、毎日、二人で出かけてたのは…」

「館内と外の様子を探りにね。忌々しいことに、監視カメラの数を把握できたくらいで、脱出経路は見つからなかったけど」

「二人でシャワーに入ったりとか…」

「打ち合わせのためにね。部屋には紙もペンもなかったから、洗面所の鏡を使ったりして」

「……」

「あんたほんとに気づいてなかったの? 観たって言ってなかった? 『嵐が丘』」

「え?」

「既視感なかったかって聞いてるの。私たちのお芝居に」

 夫婦みたいに息がぴったりの、セデュとダイアナ、そばにいて、全部何もかも、通じ合っているように見えるふたり。セデュはいつもみたいな、僕を甘やかしてくれる紳士的な彼じゃあなくて、何かを渇望する獣みたいに、野性的で、刺激的で、荒々しくて、傲慢で――彼はすっかり、変わってしまっていたんだと僕は思っていたのだけど、それも全部、お芝居で――

「…ヒースクリフだ」

 『嵐が丘』の主人公で、愛する女に裏切られて復讐を誓い、周囲の人間を利用して傍若無人にふるまう、苛烈な男。数年前にセデュはヒースクリフを、ダイアナは、彼の愛するただ一人の女性、キャサリンを演じていたのだ。

 僕の隣に座ったまま、何も言わないセデュをまじまじと見返すと、疲労の残る目元でゆっくり瞬いて、彼はつぶやく。

「四六時中、芝居をするのは、さすがに疲れる。もう二度と、やりたくないな」

 ふわりとほほ笑む彼が、いつもの、僕の知るセデュで、僕は彼の掌を握りしめたまま、こみ上げてくる感情を堪えた。

 必死で涙を我慢する僕の真隣りで膝に頬杖ついたダイアナは、怒り心頭といった様子でさらに言葉を続ける。…あんまり真っ当な怒りなので、やはり僕は、何も言えない。

「私が趣味でもないあんなロングスカート履いてたのも、全部そのためよ。ほんと、人に関心ないんだから。これだから芸術家なんて人種は…」

「あ、そっか、あそこを隠すためか…」

「わざわざ口にするんじゃない! セデュイールと私があれだけ努力して、演技して、あんたを指名したってのに、あんたは他の男の部屋に入り浸るし…セデュイールがかわいそうよ」

 聞き捨てならないダイアナの言葉に、僕は瞬く。一方セデュは、これ以上聞きたくないとでもいうように、ダイアナを制止する。

「ダイアナ、もうそのあたりで…」

「『ルーシュミネ・リーヴェはこの24時間中4時間12分8秒、401号室のゲスト様とお過ごしになりました』『ルーシュミネ・リーヴェは24時間中2時間52分32秒、401号室のゲスト様とお過ごしになりました』『ルーシュミネ・リーヴェは24時間中、24時間、401号室のゲスト様とお過ごしになりました。そのうち6時間34分35秒401号のゲスト様と言葉を交わし、402号室のハウスメイドとしての任務を放棄し、401号室では19時間42分6秒、ベッドを使用されました。鞭打ちの回数は何回にされますか? ゲスト様』、毎日毎日、ご丁寧なメイド長に報告されたわよ。それで、あんた鞭打ちは何回されたの? 言ってみなさいよ」

「…0回、だけど…」

「そうよ、セデュイールがそう申告したの! 全部つつぬけだってのに、あんたが遊び歩いていることも知ってたのに! セデュイールが何も感じないとでも思っていたの!? あんたいい加減にしなさいよ!?」

「もういい、ダイアナ、もう済んだことだ」

「だめよセデュイール、こういう手合いはハッキリ言わないとわからないんだから! セデュイールに執着してるみたいなフリして、401室のゲストと二股かけて! あんた、愛されてるからって調子に乗りすぎなのよ! セデュイールが許しても、私が許さないんだから!」

「二股なんてかけてない! 僕はセデュひとすじだもん!」

「どの口が言うのよどの口が! 最後の1週間なんて、あんたほとんど部屋に戻ってこなかったじゃない!」

「君たちがお芝居してたなんて知らなかったんだから、しかたないだろ!? 僕の入る隙間なんて全然ないみたいだった! なんで言ってくれなかったのさ!」

「言えるわけないじゃないバカなの!? 盗聴されてたんだから、あんたに教えたら私たちの努力が水の泡になるってのに!」

「それはごめん!」

「私に謝るんじゃない、まずセデュイールに謝りなさい! 二股かけてごめんなさいって!!」

「だから二股なんてかけてないって!!! 僕がいたのはマチウの部屋なんだから!!!」

 がばりと身を起こしたセデュイールが、ものすごい力で後ろから、僕を抱き寄せる。

 唐突な展開に頭がついていかない。彼の体温が背中に触れてどくどくと、早鐘を打つ彼の鼓動が伝わる。

 はあ、と彼の大きな吐息が僕の耳にかかって、くすぐったい。

「…よかった。お前が、見知らぬ男にいたぶられているのかと思うと、私は、狂いそうだった…」

 前に回された彼の腕が、震えているのが見えて、僕は胸がいっぱいになる。

「ごめん。もっと早く、僕も言えばよかった。…こんなことに巻き込んで、ごめん。無理させて、ごめん。ごめんね」

「もういいんだ。すべて終わった。またお前をこうして、抱いていられる」

「…なんで、僕を追い出したの」

「…悋気だよ、お前が…何度も、隣室に向かうお前が、…お前の気持ちが、わからなくなって、…私が愚かだった。すまなかった」

「…なんで部屋では、ふれてくれなかったのか、聞いてもいい?」

 首をまわして、僕をきつく抱く彼を振り返ると、近くにいつもの、溶けそうに甘く見つめる瞳があった。

「不安にさせて、すまなかった。…私の、身勝手な、エゴのせいで、…」

 女の子なら誰でも、骨抜きになってしまいそうな、セクシーな声で、セデュは囁いた。

「…最中のおまえの、煽情的な声を、ほかの男に聞かせたくなかったんだ」

 真剣に、目を見て言われて、なんだか車内の温度が急に上がったみたいだ。

「……」

「……」

「……」

「……」

「あーもう耐えられない。ここで下ろして! こんなゴミクズ男に愛を囁くセデュイールなんてこれ以上見てられない!」

「ご、ごみくず!? ごみくずはちょっと、ひどいんじゃないか!? たしかに僕はごみくずだけど、君には迷惑かけたけど、僕だって人間なんだぞ!? 自称するのはいいけど、ひとに言われると傷つくんだぞ!?」

「もうすぐ着きますから、辛抱っすよ。姐さん」

「辛抱って何!?」

「誰が姐さんだ!」

 息ぴったりの僕とダイアナに助手席でずっと畏まっていたマチウが苦笑を返す。そしてふと、思いついたとでもいうようにダイアナに尋ねる。

「そういえば、マドモワゼル・ローズのマネージャーは、今どちらに…?」

「置いてきたわ、あのカス男。事務所と組んで私を嵌めて、絶対に許さないんだから。うちのクソ社長もね!」

「でも、大丈夫なんでしょうか。プロデューサーにあんなことをして…業界から干されたりは…」

「それならそれで、願ったりよ! 私は私の実力で勝負してやるわ!」

 清々しいくらいに自信たっぷりに言い放つダイアナだ。うーん、やっぱり強い女の子だ。

「もし今の事務所に居辛くなったら、うちに来るといい。…それで今回のことの、礼になるとは思えないが。君には本当に、世話になった。感謝している」

「ま、まあ、セデュイールがそこまで言うのなら? 行ってあげないこともないけど?」

「そんなこといって、うれしいくせにい」

「何なのよあんたは!」

「いや、それにしても見事でしたねー姐さんの金的。姐さんがうちの事務所に来るなら、俺も大歓迎っす。あ、ちなみに俺の主人、姐さんのマネージャーでしたよ」

「そうなんだ! いやあ、世間はせまいねえ!」

「ウス。あいつ俺の言いなりだったんで、都合よく使わせてもらいました」

「都合よく…? バロットお前、何を…?」

「タバコとかライターとか、違法薬物とか、諸々」

「違法薬物…」

「聞かなかったことにしよう! ほら、海岸線が見えてきたぞう!」

 僕がフロントガラスを指さした瞬間、ドオン、と腹の底まで響くような音がした。

 ぐらぐらと地面が揺れて、慌てて振り返ると、木々で隠れた丘の上に、濛々と上がる黒煙が見える。

「なになになに!? 何事!?」

「落ち着いてください姐さん。手製の爆弾なんで、たいした威力はないっす」

「ば、爆弾!? バロットお前まさか…」

「点火は姐さんのマネージャーにやらせました。殺傷能力はないっすけど、当分あそこを閉めるくらいの効果はあるでしょ」

 咥え煙草を窓外にぽいと投げ捨て、無精髭の口元をゆがめて、バロットはニヒルに笑った。



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