第十三話
それから3日間、僕とセデュとダイアナは、ほとんど部屋から出ないで過ごした。
息の合ったダイアナとセデュは淡々としていて、なんだか結婚した後の彼らの家庭風景を見ているみたいだ。
ハウスメイドとして復帰した僕だが部屋から出ることはセデュに固く禁じられたので、配膳や洗濯はバロットに手伝ってもらって、なんとかこなすことができた。
部屋に閉じこもっていると、ぐちゃぐちゃどろどろの外の世界から隔絶されたようで、身体の中を、すうと冷たい水が通り抜けていったような、凪の海のような、静かで、穏やかな気分になれる。
結婚した後の彼らの家庭に、ハウスメイドとして雇ってもらえないかな、なんてことも考える。
掃除も洗濯も料理もうまくできない僕だけど、ダイアナのことも、セデュのことも、僕は好きだから、彼らのために働くことも、練習すれば、できるようになるかもしれない。
それでたまに、ご褒美をもらえれば――お金なんかよりもっと貴重な、セデュのキスがもらえたら、それでもう僕は満足だ。
…でもやっぱりダイアナは、嫌がるかな。
――そうして僕らの4週間は幕を閉じた。
退室する日の朝である。
支給されたメイド服を脱ぎ棄てホワイトプリムも捥ぎ取り、返品された正装に身を包むのはなんとなく嫌だったので、バロットの荷物に入っていたらしいくたびれたTシャツとマチウの荷物の中の短パンに着替える。
いつものスーツ姿のマチウと、黒革のライダースジャケットのバロットが待つ廊下に、僕はダイアナの荷物をもって出る。
セデュも正装を解いたストライプのシャツとベージュのスラックスを履いて(こいつもマチウの私物だ)、マイクロミニの白いスカートに着替えたダイアナの手を取り部屋から出る。
メイド長のアネットに先導され、赤い絨毯の延々と布かれた廊下を渡り柱廊を抜け、大広間には目を向けずに玄関ホールの扉を押して外に出る。
まだ薄青い日が昇る前の空は静かに澄んで清潔だが、城門へとつながるアプローチに待機した、100人近い仮面の男女に、僕らはびくりと一瞬かたまる。
「このたびは、当館にご滞在いただき、ありがとうございました。ゲスト様のご披露なさった戯れは、非常に素晴らしいものでした。当館に滞在のお客様方も皆様、ゲスト様に感謝を込めてお見送りをしたいと申されまして」
にこやかな笑顔を貼り付けたアネットが淡々と説明する。冷ややかに説明を聞くセデュとダイアナは、揃って無表情だ。ウンザリ顔の僕は彼らを追い越してマチウとバロットと一緒に、荷物を車に積み込む。
膨大な量の荷物は、ほとんどダイアナの私物だ。新作のプロモーションだと偽って連れてこられた彼女は、中性の城塞での仕事兼優雅な旅行といった心持ちでいたのだろう。うん、自らここに飛び込んだ僕とは違って、同情に値する。
「ご挨拶が遅れてすまないね。今回はありがとう。セデュイール君、ダイアナ君、じつに素晴らしいものが観られたよ。当館を代表して、お礼を言うよ。また定期的に招待状を送ろう。次に会うときは、そうだね、君たちの結婚披露パーティーかな?」
セデュとダイアナに握手を求めて進み出たのは僕たちを招待した張本人の、著名な映画プロデューサーだ。今までどこに隠れていやがったんだこいつは。それとも大広間にずっといたのかな? 趣味のいいことだ。
「ご招待、ありがとうございます。おかげで私も、素晴らしい時間が過ごせましたわ」
営業用みたいな笑顔のダイアナが優雅に言って、掌を差し出す。助平なプロデューサーはこれ幸いとダイアナの手を取り口づけをしようとして――
パアン、と破裂するような音が響いた。つづけて肉の埋まるような鈍い音と、「ぐえ」という男のうめき声。
プロデューサーに平手打ちをお見舞いして、ついでにちんちんを思いっきり蹴り上げたダイアナは、
「二度と来るかこのクソ野郎!!!」
と啖呵を切って、唖然とする観覧者の間を縫い、颯爽と車に乗り込んだ。
がたごとと、揺れる車は海岸線を目指す。そこには『退室』する僕らのためのモーターボートが用意されているらしい。
運転席は咥え煙草のバロット、助手席はマチウ、後部座席にはマイクロミニのスカートから覗く脚を組んで頬杖ついたダイアナと、僕と、窓の外をぼんやり見ているセデュがいる。
…出発してから、誰も一言も発さない。果てしなく気まずい。どうしよう。今後のこととか、いろいろ話さないといけないことは、あるはずなんだけど。
「…さっきあいつも言っていたけどさ、結婚式はいつにするんだい? 予定あけておくからさ、決まったらすぐ知らせてくれよ。君たちは売れっ子だから、そうそう時間がとれないかもしれないけど、やっぱり披露する場って大事だと思うんだ。決意表明をみんなの前でしたら、後には引けなくなるだろう? 俳優同士のカップルってうまくいかないってジンクス、聞いたことあるけど、君たちならきっと大丈夫だよ。なにしろ14回もみんなの前でできたんだからさ。もう何があっても大丈夫だって。あ、ダイアナは僕のこと呼ぶの嫌かな? へーきだよ、式の最中に泣き出してお祝いの席をめちゃくちゃにしたりしないから…」
「黙りなさい」
ぴしゃりとダイアナに言われてしまう。僕はへらへらした笑顔を貼り付けたままで、彼女にぐるりと向き直った。
「なに怒ってるのさ? あんなところでその、初めてセデュとする羽目になったのは、同情するけど、僕に比べたら君なんて、どれだけ恵まれてると思ってるのさ! なんせ僕なんか、1週間も一緒にいて、1回もしてもらえなかったんだぜ、笑っちゃうよなあ!」
「黙れって言ってるの。あんたたちの性事情なんて聞きたくないの!」
「まあそう怒るなよ、もうセデュは君のものなんだからさ、恨み言くらい言わせてくれよ…」
はあ、とダイアナが、呆れたようなため息を吐く。僕をちらりとハシバミ色の目で睨みつけて、
「あんた、ほんっっっとにバカ。セデュイールに守られてるのも知らないで、ピーピーギャーギャー喚き立てて。だからガキだって言うのよ、まったく」
と吐き捨てる。
「…心外だな、僕がガキなのはその通りだけど…」
「私たちの職業、忘れたの? 言ってごらんなさい」
「…え、映画俳優…?」
「そうよ。ハリウッドで主演を張る映画俳優よ。私たちにしたら衆人環視の前でのセックスのお芝居なんて、造作もないって言ってるの!」
彼女は、僕の目をまっすぐに見て、そう威厳をもって言い放った。




