第十二話
それからも僕はマチウの部屋でだらだらと過ごして、セデュの部屋には戻らなかった。
顔を見なければまだ、思いきれるような気がしていたからかもしれない。
あと、最後の1週間にも、やりまくってるだろう彼らを、見たくなかったから。
何度も日が落ちて、日が昇り、ぼんやりしているうちに時間は過ぎる。
最後の日まであと4日を切って、僕はバロットを連れて、中庭に繰り出した。
怖がりのマチウはついてこない。中庭で煙草を吸うバロットは、はちきれそうな胸板にメイド服が板についてきている。しばらく着ていたせいだろうか。僕のほうもまた、ハイヒールで走り出せそうだ。
「やっぱり外はきもちいいや、もっと早く出てくればよかった」
「そっすね、ルーシュミネさんは俺がお守りしますんで」
「ありがとーバロット。君がいてくれなかったら僕はどうなってたか…」
「全然いいっす。おれまだ全然、あんたのこと抱けるんで」
「ふふ。ありがとー。ちょっと元気になってきた」
「そすか。何よりっす」
メイド姿の男が二人、笑いあいながら中庭を歩く。なかなかシュールな光景だ。セデュが見たら、なんて思うかな。…何も思わないか。そりゃそうだ。
中庭の花壇に、糸杉に、噴水に彫刻にと見て回って、石でできた階段をぴょんぴょん飛び跳ねて、僕は久々に、開放されたような気分を味わっていた。今日は外でいちゃつく変態さんたちの姿もないし、すがすがしい気候だ。このまま夕方まで過ごそうかな、なんて考えていると、
「待ってください」
とバロットが、不意に行く手を遮る。
不審に思って見回せば、前方の東屋に、セデュがいた。
セデュとダイアナが、まるでギリシャ彫刻のような美しい姿で、ベンチに掛けていた。
ダイアナはいつもの、足元の隠れるロングスカートで瞼を伏せて黄金の櫛で髪を梳き、セデュは頬杖ついてぼんやりと、どこか遠くを見つめている。セデュの美しい鼻梁と、陰りを帯びたその横顔を見ていたら、途端に僕は、…ダメになってしまって、ぐるりと彼らに背を向ける。
「行こうバロット、邪魔しちゃわるいよ」
「ルーシュミネさん、…」
「早くいこ、…僕先に戻ってるから!」
なぜかためらうバロットに、しびれを切らした僕は駆けだす。もうこれ以上みじめな思いをするのはごめんだ。あいつに泣いて縋るのもいやだ! 忘れよう、忘れなきゃ、一秒だって生きていられやしない!
「ルー!」
懐かしい声が僕を呼ぶ。子供のころからの僕の愛称を、セデュが、セデュだけが、過去へと僕をいざなうように、呼びかける。
でも僕は足を止めない。止められなかった。今更何を言うことがあるだろう。祝福の言葉なんて、死んだって言えそうにないんだ。
けれど僕の意に反して、がくりと僕は躓いて、みっともなく、迷路みたいに高く伸びた、柘植の木の生垣に突っ込む。
堅い葉っぱがちくちくして痛い。もう散々だ。これ以上みっともない姿を、セデュに見せたくないっていうのに。
「ルー、…」
僕のそばに膝をついたセデュが僕の腕を引っ張り、生垣から助け起こす。
衝撃で枝から取れた葉っぱを頭にくっつけた僕は、セデュの美しい顔面が思いのほか近くて、ヒュウと息をのんだ。
「…痛むところはないか」
いつもみたいに彼が聞く。
僕を捨てたくせに、かわってしまったくせに、僕よりダイアナを選んだくせに。
ぼろぼろになった僕を、放り棄ててはいられないんだ。やっぱりこいつは、どうしようもない、おひとよしだから。
「いたいよ、いたいところばっかりだよ。ぼく、もういやだ、はやくかえりたいよ」
「…ルー、」
「やめてよ。その名でよばないで。ぼくみたいな、ごみかすは、屑箱にいれられるのが、おにあいなんだよ。ダイアナと、14回もやりやがったんだろう、この絶倫野郎! ぼくとは結局、ここにくるまえから――失敗ばかりで、いちどもさいごまで、できなかったのに! それ、もう、答えじゃないか。僕にはもう、勝ち目なんてないってことじゃないか。なんでだよ、なんで…ぼくだってきみが好きなのに、ダイアナにまけないくらい、きみのことが好きなのに――」
ぐしゃぐしゃになって、喚きたてる僕は完全に、手の付けられないコドモだ。セデュも呆れてる。鬱陶しいって、思ってる。もうこれ以上幻滅されたくない。セデュに、きらわれたくなんてないのに――
瞬間、ぐいと乱暴な掌が僕の顎を掴んで、むりやり上を向かされる。はっと、息をするまえに、近づいたセデュの唇が、僕の吐息を飲み込んで、めちゃくちゃに、舐めしゃぶる。
今までいちどもしたことのないような、荒っぽくて、性急なキスだ。僕の舌はセデュの舌にこねくり回され、もてあそばれて、息を継ぐこともできない。
頭がクラクラする。心臓がとまっちまいそうだ。なんで、僕たち、キスしてるんだっけ?
「あと3日、あと3日だ」
咀嚼するようなキスを解いて、ぎりぎりと僕の肩を握りしめて、血を吐くような声が言う。
「戻ってこい、ルー。もうこれ以上、誰にもお前を嬲らせない。俺がお前を、ここから連れ出す」
そんな声で、誓うみたいに、言うなんてずるい。
どうしたってきみから離れられないぼくは、信じてしまいたくなるじゃないか。
膝を立て、跪いたセデュが僕の手を取る。まるで中世の騎士様みたいなそのしぐさに反し、ぎらぎらと燃えるような目がふつりあいで、僕はまたドキドキする。
抱き寄せるようにして僕を立たせてくれようと手を引くセデュだが、残念なことに、すっかり腰が抜けてしまった僕は立ち上がれなかった。
だって、ほとんど3週間ぶりにセデュにキスされて、平然とできるわけがないだろう! 僕はわるくない! どっちかっていうとこいつが悪い! 何考えてるんだかさっぱりわからない!
「立てないのか」
「……きみのせいだぞ」
「…」
黙り込んだセデュは再び膝をつき、ぐるりと僕の膝裏と背中に手をまわして、一息にもちあげた。お姫様だっこってやつだ。さすがに、短くもない僕の25年の生涯で初めてされた。
そのまま躊躇いもなく歩き出すセデュに僕は金魚みたいに口をぱくぱくさせて、慌てて彼の肩を叩いた。
「やめろよ、おろせよ! なんなんだよ、もうわかんないよ、」
「黙れ、お前の言うことはもう聞かない」
ぴしゃりと言い放つセデュの威圧的な雰囲気に僕は何も言えなくなって、真っ赤な顔を彼の胸元に擦りつける。
みっつほどボタンの空いた彼のシャツの隙間から健康的な肌の色が見え、彼の甘いにおいが僕を酔わせる。
こんなふうに、また彼が触れてくれるのなら、僕はセフレでもいいかな、なんて考える。…こいつは僕を抱かないんだから、セフレともまた違うか。
たまに呼び出して、さっきみたいなキスをくれるだけなら、ダイアナだって、大目に見てくれるんじゃないか?
だらしがなくてクズ寄りの思考の僕は、自分本位にそんなことまで考えて、ぴったりと寄り添うように彼の熱を感じていた。
セデュが向かった東屋では、バロットがダイアナを守るように腕組みして待ち構えていた。
ぽいと咥え煙草を芝生に捨てて、無造作にハイヒールですり潰すバロットの後ろで、ダイアナはベンチから立ち上がる。
「戻るぞ、このはねっかえりを部屋に閉じ込める」
「…それがいいわね。そうなさい」
あっさりとダイアナは言って、僕のほうは見ないまま、すらりとした足運びで僕らを先導する。
バロットは無言のまま、僕らにしずしずとついてきた。




