最終話 七宝洞 成雄と蟹井 珠子
成雄が開戦を告げるのとほぼ同時に、彼の周囲の空間が盛大に歪み始める。
かつて、彼に放たれたのと同じ銀河を巻き込んだ爆発である。
真っ赤に茹で上がる越前蟹の如き輝きとともに、盛大に成雄の存在ごと呑み込んでいく――!!
「――無論、これで終わりなどではあるまいッ!!」
かつてと同じように可愛らしく両手でこねくり回している間にも、九頭竜川を彷彿とさせる激流によって宇宙中に構築されたネットワークから発生した電磁パルス、堅牢な岩盤で構築されたフクイサウルスの顎による権能の同時行使が爆心地へと雪崩れ込む。
かつて対峙した時とは比較にならぬほどの、終焉そのものが具現化した極大の暴威が吹き荒れていく。
そんな中、カミサマは爛爛と瞳を輝かせながら捏ねていた両手を天に掲げる。
「貴様がどれほどの再生能力を有していようとも関係ない。――正真正銘今度こそ!跡形もなく消え去るがいいッ!!」
突如発生したブラックホールが、それまでの権能ごとここら一帯を消滅させる勢いでなにもかもを吸い込んでいく。
――まさに、幕引きの一撃。
例えカミサマであろうと、これほどのブラックホールを生み出すには鯖を塩漬けした後に米糠に漬け込むことで熟成させる”へしこ"の如く構築に一年はかかる権能のはずであったが、カミサマは成雄を羽二重餅にした時同様に因果律を改変することによって『ブラックホールがこの場に完成している世界線』をこの場に手繰り寄せただけでなく、それまでの時間稼ぎ程度に異なる強大な権能を三つも同時行使していたのである。
常人の理解を超えた、まさに規格外という言葉ですら陳腐になり下がるような”奇跡”としか言いようがない所業の数々。
当然の如く、全能の神たる存在に並び立てる者など存在するはずもなく――。
「待て……なんだ、これは!?」
カミサマが驚愕に目を見開く。
……彼女が見つめる先。
それは、生み出したばかりのブラックホールが自分が何も干渉をしていないにも関わらず、徐々に縮小し始めていく。
そして、その陰から姿を現したのは――無傷のまま平然としている七宝洞 成雄その人であった。
再生をした様子でもなく、この空間に現れた時と全く変わらぬ様子のまま成雄は掌に収まるくらいまで縮小したブラックホールを指先で摘まむと、ひょい、と口に入れ羽二重餅のようにもっちゃ、もっちゃ、と咀嚼していく――。
「……あり得ない、なんだそれは!?貴様のそれは、単なる耐久や再生という領分を超えている!!私に権能を同時行使させた強者は過去にもいたが、それを耐え切っただけでなく無傷で平然としてられる者など一人もいなかった!!――貴様!一体、何をしたッ!!」
前回あっけなく敗れ去ったのとは到底同一人物と思えない成雄の底知れなさを前に、思わず激昂するカミサマ。
そんな彼女に対して全く動じることなく、成雄が返答する。
「……初めてアンタと相対した時、俺はなす術もなく肉片一つ残らない形で岩盤恐竜に咀嚼されるだけだった。」
だが、と成雄は続ける。
「それで俺の意思そのものが完全に消滅したわけじゃない。のどかな自然の中で育まれてきた”越前開発力”のもと岩盤恐竜に呑み込まれた先でこの宇宙と同化し、ゆったりと時間をかけながら七宝洞 成雄という存在を再構築することに成功したんだ」
それは、すなわち――。
「……その肉体は単なる人間のものではなく、私の権能に満ちたこの宇宙そのものを媒介に構築されている、ということか!?」
そんなカミサマの問いに、成雄は意思を秘めた強いまなざしと共に頷く。
「――あぁ、そうだ。だからこそどれほどの規模や系統であろうと、それがカミサマ自身の権能を逸脱しない限り、今の俺には傷一つつけることすら出来やしないんだ」
「……ッ!!」
悠久に思える時の中で初めて出会った”福井”という概念に満たされたこの宇宙に完全適応した存在。
己が他者に求めたものをすべて内包しているにも関わらず――このときカミサマの胸中に去来したものは、”歓喜”などではない別のナニカであった。
それでも、そんなものを認めるわけにはいかぬ――と言わんばかりに、瞠目しながら告げる。
「ならば、簡単なことだ。――”未来のカタマリ”と化した我が全霊を持って、これまでの権能すら超越した”未知”を貴様に味わわせてやろうッ!!」
そんなカミサマに対して、成雄は不敵な笑みで答える。
「俺の行き着く先は、『未知の領域や"恋愛"や"闘争"や"青春"に満ちた矮小な世界ですらない正真正銘の完全な”無”』……ってヤツじゃなかったのよ?」
激昂するかと思われた成雄の軽口であったが、カミサマはそれこそ愚問だと言わんばかりに鼻で笑う。
「無駄に過去の発言に囚われることなく、己の発言を翻してなお余りある余裕を見せることこそ、圧倒的な強者、絶対的な神としての特権よ!……そうだ、貴様ごとすべてを超えて今度こそ私は本当に――」
そこまで言いかけてから、何かに気づいたかのように停止するカミサマ。
だがそれも一瞬のことであり、すぐに気迫に満ちた表情で成雄に対峙する。
「――これぞ、我が覇道の行き着く先ッ!!全身全霊で受けきってみせよ!我が運命の宿敵、七宝洞 成雄ッッ!!!!」
そこからは怒涛の連続であった。
宇宙規模で繰り出される爆発、凍結、旋風、雷撃、岩盤、極光、暗黒……そして、それらすべてを束ねた七色を帯びた虹。
絶え間なく降り注ぐ権能が同時かつ超速で繰り出されていく。
……そこから、どれほどの時間が流れたのであろうか。
あまりにも苛烈な蹂躙のあとに残っていたのは――。
「……これが、”未知”の領域ってヤツか」
そう呟きながら、成雄が虚空を見つめながら呟く。
何もない空間で成雄とカミサマが仰向けになりながら、手足を投げ切った状態で宙に浮かんでいた。
成雄の発言に対して、ことさら感情的になるでもなく、疲労感を滲ませながらカミサマが答える。
「貴様からすれば不足だろうが、私にとっては紛れもなく”未知”の体験だったよ。……結局のところ私の権能は既存の”福井”という枠を超えられはしなかったが、この悠久にも似た時の中でここまで全力を出し切り、なおも届かぬがそれでも挑み続けた先に敗れ去る。それが悔しくもあるが、心地よくもあり――人であった頃にも、神の座についてからも感じたことのない充足感に私は満たされている」
そこまで言ってから、ムクリ、と上半身をわずかに起こして成雄の方へと視線を向ける。
「それにしても成雄よ、この宇宙すべてが私を起点にした”福井”という概念に満たされているとはいえ、私に反逆する意思を持つ貴様ならこの身を討滅し得る権能も作り出せたはず。……にも関わらず、なんらロクに反撃すらせずに私の力が枯渇するまで黙って攻撃を耐え続けたのは何故だ?」
そんなカミサマの問いに、成雄も上体を起こしながら彼女の方を見つめて返答する。
「前にも言っただろう?俺の”越前開発力”はその名の通り、のどかな自然の風景が広がる越前開発駅の力を宿すことによって、相手のありのままを受けきる能力。……相手がどれほど東尋坊染みた荒々しい能力を有していようと耐え切ってみせるが、こっちから相手を攻撃するような手段を持たないあまりにも大らかな性質なのさ」
「……今となっては蹂躙ともいえぬ一方的な錯乱の只中でも薄々予感していたことだったが、やはり私は何の攻撃手段も持たぬ相手にむやみに力を乱用し勝手に自滅した、ということか……」
自嘲めいた口調ながらも、どこか清々しさを感じさせる笑みを浮かべる。
それと同時に”カミサマ”としての時が終焉を告げるが如く、胸部を中心に”未来のカタマリ”と化した神体にミシ……ッ!と亀裂が生じ始めていく。
「……どうやら、ここが私の覇道の行きつく先、未知の領域、そしてすべての終着点だったようだな。――七宝洞 成雄よ。お前が攻撃の権能を持っていなくても、今の私なら少し手を加えるだけで容易くこの身を崩すことも……なんならこのまま自壊を待つだけで、次なる神の座はお前のものとなる。その力を用いて、お前が望むような真の未来を――」
そこまで口にしてから、言葉を途切れさせる少女。
見れば、いつの間にか成雄が自分の近くまで来ていた。
そのまま彼は、崩れ行く彼女を支えるかのようにそっ……と、抱きかかえる。
「――もうこんな誰もいないところでひとりぼっちで”カミサマ”なんて名乗らなくたっていいんだ。俺達は何者でもない人間のままでも……どこへだって行けるんだ」
だから、と告げる。
「何の特別さや壮大さとも無縁な人間として、のどかな自然広がる福井に帰ろう。――そこでなら、これまでずっと気を張り詰め続けてきたアンタが見たことのない”未知”の景色ってヤツが必ず広がっているはずだから」
そう言うのと同時に、抱擁を通じて成雄を構成していた存在力が崩れかかった少女の身体に流れ込んでいく――。
自身の中を満たしていく確かな温もりを感じながら、少女が成雄の背中を恐る恐る両手を回しながら涙目で呟く。
「この私に、"恋愛"や"闘争"や"青春"に満ちている矮小な世界に戻れというのか?……全能の神としての座を捨ててまで?」
「そんなもの、最初からいらない。この宇宙の未来は、ただ一人の存在なんかじゃなくてそこで生きるみんなで作っていくべきものなんだ。――それに俺にとっては神様なんていう堅苦しい肩書なんかよりも、目の前で泣いている女の子の涙を拭う方が大事なことなんだよ」
「――なっ……!?」
これまで見せたどの表情とも異なる、心からの動揺を少女が見せる。
それに対して、してやったりと成雄が笑う。
「なんだ、アレだけ言ってたわりにしっかり俺にも”未知”ってヤツを見せてくれるんだな!……正直言うと権能のスケールとかはともかく、今までずっとダブスタばっかだな~……と、思っていただけに、初めて神様らしく有言実行する姿を拝むことが出来て、ここまで数億年近く付き合ってきた甲斐があるってもんだな!!」
「~~~~~ッ!?貴様、茶化すな!大体復活だけならいざ知らず、そこから数億年もかけている時点で、あの時の勝負は私が宣言した通り完全にこっちの勝利だろう!?適当を抜かすな!!」
「おわっ!?今、力を与えてる最中なんだからそんな急に掴みかかってくんな!!」
……そんなやり取りをしながらも、多少落ち着きを取り戻した少女が俯きながら成雄へと再度問いかける。
「……これまで私は福井の素晴らしさを世界全土に広げるのが使命だと信じていた。しかしそれも、”人の可能性”そのものをラムネ瓶のなかに閉じ込めるが如き所業だったのだろうか……?」
それは質問というよりも、不安を帯びた確認の呟き。
それに対して成雄は、真摯な眼差しを向けながら答えを返す。
「……正しかった、とは言えない。そんなアンタの支配に納得出来なかったからこそ、俺は立ち上がった訳だしな」
「………………………」
「それでも、そんな閉ざされた世界でもまだ終わったりなんかしちゃいない。存続し続ける限り、可能性はどこまでだって色鮮やかに広がっているんだ。――そして、どんな形であろうと人間社会を滅ぼすことなく、宇宙に進出するほどまで発展させたというアンタの功績だけは、何があっても決して間違いなんかじゃない!!」
「……ッ!?成、雄ッ……!」
「まぁ、こんな風に思えるようになったのも、肉体を失ってから再構築する間に色々この宇宙全体を近くしたり思案する時間があったからこそ、なんだけどさ。……確かにはじまりは”カミサマ”であるアンタへの反発だった。越前開発ののどかな景色と違ってなにもかもが押しつけがましいこの世界そのものを否定したいと思うことさえあった。でもそういう反発があったからこそ、俺は強大な権能にも立ち向かえる”越前開発力”に目覚めた訳だし……そういう特別な体験をするきっかけを与えてくれたアンタに出会うことが出来た。かけがえのない日常ってヤツが大切だって考えは今も変わってないけど、それと同じくらい人生にはこのくらい馬鹿げた壮大さや特別感とか未知への衝動ってヤツも大事なんだって気づけたんだ。――そこは、素直にアンタに感謝してる」
そこまで告げてから、成雄がスッ……と手を少女に向けて差し出す。
「――今度は、俺がこれまで”特別”だったアンタをなんてことはない”日常”ってヤツに連れていくよ。……まぁ、"恋愛"は無理強い出来ないし、俺が"闘争"なんてガラじゃないのはもうバレてるだろうけど……それでも、こんだけの死闘を乗り越えて俺達二人なら最高の”青春”ってヤツは過ごせると思うんだ」
少女は反応しない。
差し出された手には目もくれず、ただ成雄の顔をじっ……と見つめていた。
流石にいたたまれなくなった成雄が己の右手をどうすべきかチラリと、視線を逸らした――そのときである。
「……マコ」
それはあまりにもか細い声だった。
思わず、「えっ?」と聞き返す成雄に対して「だ・か・ら!」と突如声を張り上げて少女が告げる。
「私の名前は!”カミサマ”とか”アンタ”ではなく、蟹井 珠子だ!――そう呼ばないと絶対に許さないからな……成雄」
最初はあっけに取られながらも、すぐに意図を察して成雄が笑みとともに答える。
「あぁ、わかったよ。――珠子」
「……フン、いきなり呼び捨てとはいい御身分だな。――わかっていると思うが、私を神から引きずり降ろして矮小な世界に押し込めようとする以上、何があろうともお前だけは絶……ッ対に私を特別扱いしないと許さないからな?」
そう言いながらも、活力に満ちた笑みとともに成雄の手を取り立ち上がる珠子。
神の座を巡り宇宙全域を巻き込む死闘を繰り広げていた両者が、何の能力も持たない人間として対等に向き合う。
新たな時代の到来を告げる”奇跡”の象徴ともいえるこの光景を祝福するかのように、全能の神を失った空間に亀裂が入り周囲の景色が崩壊していく……。
新世界へと流出していく概念激流の中、離すまいと強く自身の身体を抱きしめる成雄の腕の中で、珠子が語り掛ける。
「それにしても、よくよく考えてみれば今の成雄は私の理に満ちた宇宙から存在を再構成したわけだから、実質的に成雄は私の息子みたいな形になるのか。……母親同然の相手に最高の青春を過ごすことを提案するとか、お前の言うなんてことのない日常から早くも逸脱した行為ではないか?」
「アレ!?えっ、コレってそうなるのか!?……あぁ、クソッ!!どこまで行っても”普通”からは程遠い人生になりそうだな、チクショー!!」
全能であった自分を崩壊寸前まで追いやった青年の顔を見ながら、珠子がクスリ、と笑いながらもふと思案する。
かつて成雄に執着していた時の自身の内省をしていた時に考えていた強さや思想や嗜好や相対した時間とも異なる価値観――。
「……あぁ、無駄に顔がいいんだ。コイツ」
「ちょっと、珠子さん!?母親うんぬん言った矢先に、息子扱いした相手の情緒を乱すのやめてくれませんかね!?俺はその言葉をどう受け止めたらいいんだよ!!」
「フン、私はあくまで事実を言ったまでだ。それに『はじまりがどんなものであっても構わない』という旨の発言をしたのは成雄の方だろう。……それに納得出来ぬというなら、これまで同様に己の生き様で私の認識を覆して見せろ」
「えっ……た、珠子さん!!それって!?」
「……成雄は私を神の座から引きずり下ろし人の身に貶めた唯一無二の存在なんだ。私に『最高の青春』とやらを教えると言った以上、その程度の事が出来んとは言わせんぞ?」
「……あぁ、もちろんだッ!!」
歓喜に満ちた様子で、珠子をこれまで以上に強く抱きしめる成雄。
反発しながらも珠子の口からも自然と笑みがこぼれる。
到底何もかもが普通とは程遠い関係の二人だったが――これから二人が織りなす色彩は、ラムネ瓶のなかのビー玉のように鮮やかなきらめきを放つ予感に満ちていた。
――全能の”カミサマ”の空位から幾星霜の月日が流れ。
未だに福井という理の影響は色濃く残るものの、世界各地でこれまでとは異なる潮流を目指す動きが活発化するようになっていた。
その中には、自身の所属するコミュニティに大きな損失を起こす試みや時には悲惨な武力衝突を引き起こす事例も多々あった。
そのような過程を経て、全てが”カミサマ”のもとに統一され、まったく齟齬や諍いが起こることのなかった停滞しつつも平等で平和だった時代を懐かしむ声も少なくはなかった。
それでも人々は、何が正しいのかもわからず答えが見えない自由の中でも前を向いて挑戦し続けている。
最近ではそんな彼らの意思に呼応するかのように、”カミサマ”以前の旧世界の他文化の遺物が恐竜の化石の如く出土する事例も確認されるようになっていた。
「見ろよコレ!?あの伝説と思われていた”クロベダム”は間違いなく実在したんだ!!――確かにここを拠点に国連軍が常駐していたと言われたらぐうの音も出ずにひたすら納得するしかないズェ~~~ッ!!」
「は、はぅあ!!……これはまごうことなき”ケンロクエン”を象徴するが如き灯篭なるものと見たり!!歴史的価値を前に、平服するより他になしッッ!!!!」
未知の文化との触れ合いを通じて、多くの者達が賑わいを見せる。
この”カミサマ”不在の世界を取り巻く情勢は、決して明るいことばかりではない。
それでも彼らの可能性は、成雄と珠子が目指した多彩で自由な明日へと繋がっているに違いなかった――。
『秋覇権超克神話カニタマ ―すべては”F”に収束せり―』 ~完~




