第五話 神託と御託
――七宝洞 成雄という存在がカミサマの前に颯爽と現れ、瞬く間に敗北してから数億年。
成雄が岩盤で出来たフクイサウルスに咀嚼されてから膨大な月日が流れていたが、彼女が君臨する宇宙には絶え間なく生命が産まれ続けてはより強固かつ福井に満ちた生存領域を拡大し続けていた。
その間にも歴史の必然のように、この世界の変革ないし全能の神を超えようとカミサマの領域に到達し挑む者達も出てきたが、このすべてが福井一色に染まったこの宇宙においてその権化ともいえる彼女にかなうはずもなく、皆例外なく心に一乗谷を思い描きながら斃れていく。
その中にはあの銀河規模の爆発や因果律を改ざんしての羽二重餅にする権能すらをも耐え抜いた者も何人かいたが――それでも、彼女の脳裏をよぎるのは一人の青年の姿であった。
「――七宝洞 成雄、か……」
”越前開発力”とやらを誇りながら、自分に手も足も出ないまま虚しく消えたはずの青年。
なのに、どうしてもその姿が瞼の裏から消えることなく鮮明に浮かんでいた。
「……結局あれだけ勇ましいことを言っておきながら、私の権能の前に無為無策のまま挑み、無様に消えた哀れな道化。……奴は一体、何がしたかったのやら」
そこまで口にしてから、いや……と自嘲的な笑みを漏らす。
それこそ、悠久に等しい時間を生きてきた自分が何故これほどまでにあの取るに足らない小物の――それも既に消滅させたはずの相手に執着しているのか?
――強さ?思想?嗜好?相対した時間?
どれも自分には遠く及ばず、成雄の人間的内面に関しては全く知るはずもない。
それでも、ここまで自分があの青年のことをしきりに思い出す理由があるとするなら――。
「……いや、まさかな」
全能の存在であるはずの己の中に浮かんだ思考を即座に否定するカミサマ。
そう、全ては所詮いっときの気の迷い。
これも全て、成雄という男の死に様があまりにも滑稽でおかしかったから……と、自分を納得させようとしていた――まさにそのときである。
――もりゅ……ぶりゅりゅんッ♡
まるで、そのような音がしたかのように突如カミサマの眼前の空間が下から徐々に盛り上がってきたかと思うと、そこから球状のものが勢いよく宙へと射出される。
身体を丸めていた一人の男性――カミサマは思考するよりも早く、その名を口にする。
「七宝洞…… 成雄、なのか!?」
その問いに答えるが如く、五体両手足を広げた全裸の成雄の周囲を福井の繊維技術を連想させるように星空が絡みつきながら衣服を形成していく。
越前漆器のような深い艶と福井の雪が見せる結晶のような繊細な輝きを放つその姿は、『歴史ある土地』と『宇宙の果て』が交差する瞬間を模したような力強さを宿していた。
あっけなく己の前から消滅し、自身の認識内でも”取るに足らない道化”と切り捨てたはずの七宝洞 成雄という男のあまりにも脈絡のなさすぎる復活。
自分の方に悠然とした足取りで近づいてくる成雄に対して、全能を持ってしても予測出来ず、この事実を受け入れることも出来なかったカミサマが、驚愕の表情とともに叫ぶ――!!
「貴様ァッッ!!!!……本物の七宝洞 成雄という愚者は大言壮語の果てに何も出来ぬまま、身動きも取れぬ羽二重餅 として何も遺すことなく無為にその存在を終焉ったはず!!それが、何故ここにいる!?――貴様、一体何奴ッッ!!」
それに対して、眼前の青年が不敵な笑みを共にその名を口にする――!!
「冷奴、ってね。――正真正銘、俺は俺!……越前開発駅のせせらぎと天の川に共鳴を響かせる者、七宝洞 成雄だッ!!」
決して声を荒げた訳ではない。
だが、宇宙全域に響くような確かな意思を感じさせるその名乗りを前に、カミサマが驚愕に目を見開く。
「馬鹿な……それこそ貴様は文字通り喉に詰まる余地すらなく、岩盤で出来た巨竜にすり潰されながら宇宙の塵にすらなることなく消滅したはず!?それが、何故平然と存在を保っていられる!!」
「――俺の越前開発力はその名の通り、のどかな自然の風景が広がる越前開発駅の力を宿すことによって、相手のありのままを受けきる能力。……確かにアンタの権能を受けたことで俺の肉体は一度損壊したかもしれない。だが!!」
「己のありのままを受け止める意思がある限り、俺は何度でも!そこが宇宙の果てだろうと!!豆腐の角に頭をぶつけようと!!……絶対に、蘇ってみせるッッ!!!!」
裂帛の気合と共に告げられるあまりにも馬鹿馬鹿しくも、決して揺らぐことも途切れることもない越前開発を彷彿とさせる成雄の叫び。
その気迫を前に、わずかに後退しながらカミサマが険しい顔で眼前の”敵”を睨みつける。
「……馬鹿げた理屈だ。到底許容できない。例えどれほどの再生能力を持っていようと、粒子レベルで存在をすり潰されたうえに、この膨大な宇宙の中から己という存在を再構築するだと?――そんなことが!人の身で出来るはずがないッッ!!!!」
宇宙そのものを震わせるような極大の神威を纏いながら告げられるカミサマによる全力の否定。
だが、それすらも――今のこの場においては、決して”絶対”などではない。
「――アンタがどれほど拒絶しようと、今ここに俺がいるそれが揺らぐことのない”真実”ってヤツだ。……かつてアンタが言った通り、互いにとって最大の演目は現在進行形で継続中!!なら今度こそ、俺の大言壮語とアンタの天啓のどちらがこの世界の礎となるべき意思か、白黒はっきり決着をつけようかッッ!!!!」
「……いいだろう、七宝洞 成雄。私も認識を改めるとしよう。……貴様は、取るに足らぬ小物でもなければ、決して哀れな道化という括りに入れていい存在ではなかった」
だからこそ、とカミサマは続ける。
「”未来のカケラ”を取り込むことによって人類すべてを、"恋愛"や"闘争"や"青春"といったあらゆる既存の安易な価値観を超越した未知の領域へと引き上げる責務が私にはあり、それは”未来のカタマリ”と呼ばれるこの全能の存在になり膨大な年月が経過した現在となってもなんら変わることはない。――だからこそわかるッ!!貴様はそんな人類すべての幸福な未来を食い破る紛れもない”脅威”に他ならぬとなッ!!」
その言葉とともに、かつて対峙した時と同様に――いや、それ以上に彼女の周囲の空間が権能から生じる極大の福井力によって歪み始めていく。
「……敵対した者はもちろん、その域に届くことなくただ失意に飲まれ絶望の内に『こんな世界に納得出来ぬ』と怨嗟の声を上げながら生を終える者達すらも私にとってはすべて、この福井という宇宙に生まれた愛し子である。……だからこそ許せぬ。七宝洞 成雄、貴様だけは!どれほど復活出来ようが意識そのものを己で放棄するまで何度でも!!我が権能で消し潰してくれるわァッッ!!――貴様の行き着く先は、我がすべての者達に約束した未知の領域や"恋愛"や"闘争"や"青春"に満ちた矮小な世界ですらない正真正銘の完全な”無”であると知るがいいッ!!」
宇宙全域を支配する全能の存在から告げられる、絶対的なまでの存在そのものを否定する純然たる殺意の宣告。
その言葉一つでこれから生まれ出ずる銀河の可能性がいくつも消滅したが、成雄は動じることなく強い意志を込めた瞳でカミサマと対峙する。
「へへっ、”カミサマ”なんて名乗っちゃいても、今ので語るに落ちたってヤツだな。ナニモノでもないお嬢さん!!……神託ですらない御託を述べる段階はとっくに過ぎてる!!あとはお互い、”あの日の続き”をやるために」
スゥ……ッと、前回同様に川のせせらぎを体内に巡らせながら、自転車置き場の構えを行うことで急激に――けれど、静かに越前開発力を高めた成雄が告げる。
「いざ尋常に!!――勝負しようかァッッ!!!!」




