第一話 放送延期とカニタマ
――2025年・11月5日
その日、世界中に衝撃が走る!!
なんと、あろうことか『今期の覇権アニメ!』として注目されていたはずの青春アニメ『チラムネ』が2クール確定していたにも関わらず、6話目にして放送ならびに配信が延期されるというニュースが発表されたからである。
制作上における作品のクオリティ維持のためとのことだが……この知らせを受けて多くの者達が悲嘆に暮れていた。
その中でも他と比べてとりわけ影響が大きかった地域がある――そう、福井県である。
福井県は『チラムネ』の作中の舞台であり、アニメが放送し続けていれば聖地巡礼!として全国屈指の観光地になることが確実視されていた。
それだけに、この放送延期の報が福井の人々に与えた影響は尋常ならざるものとなっていた。
「福井期待の新星である『チラムネ』がこんなことになるなんてあ、あんまりだ!!……もはやこの地は、『ちはやふる』の栄光におすがりするより他に手はないのか……!?」
「ウォォォォォォォォォォッ!!――こうなったら、一話目本編終了後にやっていた出演声優さん達による福井の見どころ紹介コーナーを放送再開するその日まで毎回こなしてもらうことによって、話題性持続型循環社会を構築することこそが最善と見たり!」
「ゲギヒヒヒ♡……こうなったらすべてを終焉らせるには、うってつけの夜でガンス~~~!」
失意に沈む者、狂奔に走る者、自棄を起こす者。
形は違えど皆が皆、破滅へと向かおうとしていた――まさにそのときであった。
「――者共、諦めるな!!福井には、この"私"がいるッッ!!!!」
――刹那、その声のする方へ俯いていた福井県民達が顔を上げて振り向く。
「なんだテメェは!?……チラムネブームの流れが途絶えてみんなが意気消沈してるところにいきなりしゃしゃり出やがって!!」
「適当なこと言って人心を誑かすこと絶ゆる気なしなおためごかしならタダじゃ許さねぇぞ!!薄っぺらでも許されるのは味がじっくり染み込んだ福井魂溢れるソースカツのみと心得よ!」
「見ての通り、俺達による群集心理の暴発はもはや間近♡そんな中、勢いよく名乗りを上げたどこぞの馬の骨とも知れん貴様は一体、何奴ッ!?」
そんな大衆の怒号や罵声に対して、臆することなく堂々と声の主は答える。
「冷奴、ってね。……私の名前は蟹井 珠子、人呼んで"カニタマ"と呼ばれる越前ガニを彷彿とさせるだけのしがない女子高生さ……!!」
その名乗りを聞いた瞬間、一同に衝撃が走る――!!
「な、名乗っただけにも関わらず、なんたる覇気に満ちたカリスマ!!コイツはタダ者じゃないぜ~~~!!」
「自分のことを自認:越前ガニとか言ってるが、このガキの瞳の奥底に宿りしは東尋坊に押し寄せる荒波が如き激情と断崖絶壁を想起させる凄絶な覚悟!!……その勇姿、しかと見届けましたぞ~~~♡」
「マ、マジかよぉぉぉ~~~!?この蟹井 珠子という真性×神聖×新生の綺羅星は"ふくい革命殺戯団"を名乗りながら、一体俺達をどんな未来へと誘うつもりなんだぜぇぇぇ!?」
誰もそこまで言ってないにも関わらず熱狂し始める者もいる中、珠子は十代の少女とは思えないある種の威厳を纏いながら話を続ける。
「……確かにチラムネが放送延期になったことで福井を聖地巡礼にする機運に暗雲が立ち込めたことは否めない。中にはこの知らせを聞いたときに、20時前でありながら暗くなり始めていく新幹線開通前の福井駅前の大通りの光景を思い出した者もいたのかもしれない」
珠子の発言を受けてしんみりとする聴衆。
中には演説を聴いている内に堪えきれなくなったのか、密かに嗚咽する者さえいた。
そのように皆が静まり返ったタイミングを見計らったかのように「だが」と彼女は力強く告げる。
「これからは違うッ!!我々はチラムネに頼ることなく我々自身の"けんけら"が如く強固な意思と力で!北陸新幹線を開通させた時を超える熱狂と歓喜のもと、新たな未来を切り開くのだッッ!!!!」
――"けんけら"。
名前の由来は諸説あるものの、きなこや水飴やごまをもとに作られる歯応えバツグンかつ甘さが際立つ福井県大野市を発祥とした伝統的な銘菓。
これに例えられて奮い立たぬ福井県民など、この場には一人もいなかった。
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!』
今しがたの消沈ぶりが嘘のように、珠子に呼応するかのように一気に沸き立つ聴衆達。
……とはいえ、そんな中にも一部不安そうな者達もいた。
「……でも、主力である"チラムネ"がない状態で、俺達がいきなり何かとんでもなくビッグなことなんて出来んのかよ?」
そんな意見がまばらに出始めたが、それにも珠子は余裕の笑みと共に答えを返す。
「それならば、なんら臆することはない!!――何故なら、私の掌中には"コレ"があるからだ!」
「――は、はぅあ!?それは!!」
皆がいっせいに驚愕の声を上げる。
珠子が天高く掲げた右手には、若狭湾の水面を映したかのような透き通った水晶が握られていた。
「これは人呼んで"未来のカケラ"。所有者が望んだ結末を引き寄せる効果を持つ代物である。――これが私の手にある以上、我が大望の成就は約束されたも同然である!!」
珠子の発言を受けて、聴衆の間から「オォ……!!」と、ざわめきが起こる。
「それを踏まえたうえで、ここに宣言する!!――私はこの未来のカケラを用いて人類すべてを、"恋愛"や"闘争"や"青春"といったあらゆる既存の安易な価値観を超越した未知の領域へと引き上げることを!……そう、すべてはこの福井という地から新時代が始まるのだ!!」
蟹井 珠子のそれはもはや天啓の域に達していた。
『ほやほや!福井はいーとこやざーッ!!』
自身の演説を前に最高潮のテンションとなった聴衆を見やりながら、これからの未来を思い描くかのように珠子は王者の風格を纏いながら満足げに頷いていた。




