0040 イベントと水のダンジョン 1
「おー……これは中々探索が難しそうなダンジョンでござるな」
紬たちが入ったダンジョンは、水のダンジョン(初級)。
湖の真ん中の洞窟から入ることのできるダンジョンで、中に大きな湖があることが特徴である。このダンジョンは水中から部屋が繋がっている。
そのため、地上を歩いて探索することより、泳いで水中を探索していくことの方が多い、不思議なダンジョンだった。
「主人?どうしたでござるか?顔が真っ青でござるよ?」
「ええと……その……僕、泳げないんだけど」
「えっ?それはまことでござるか?」
紬はうん、と頷いた。
紬はそれはもう見事なほどのカナヅチであった。
小学校の頃、プールの授業で一人だけ腰の高さほどの場所で溺れたことがある。それだけでは終わらず、海に行ってみれば流され、流れるプールに行けば流されて出られなくなる……というように、水によるトラウマがかなりあった。
そのため、今でも紬は泳ぐことができない。
そんな紬にとって、このダンジョンは地獄そのものであった。
「どうしたものでござろうか……。やはり引き返すでござるか?このダンジョンを探索できないなら、それこそ時間の無駄でござるよ」
マサムネの言う通り、ここで泳げずに時間をロスするぐらいなら、確実に攻略できる翠のダンジョンに引き返す方がいい。別に無理する必要はない。
そうわかっていた紬だったが、攻略すると決意した手前、なんだか引き返すことに気が引けていた。それに、いつまでも泳げないから、と水を避けていてはいけないような気がしていた。
「いや、行こう。僕だって少しぐらい泳げるはずだよ」
「そういうなら、頑張ってみるでござるよ」
◇ ◇ ◇
「ゴボボボ……。マサムネ……助けて……溺れる……」
「やっぱりそうなるでござるよね……」
泳ぐと決意した10分後。
紬は早速溺れかけていた。
元気よく水に飛び込んだはいいものの、泳ぎ方がわからず、水の中でバシャバシャと手足を動かした結果、だんだんと体が沈んでいっているのである。
マサムネは助けるために水の中に飛び込んだ。
重い甲冑を着ているにも関わらず、スイスイと泳いでいく。
マサムネは溺れかけている紬の体を掴み、岸の上に引きずり上げた。
「主人……やはり諦めた方がいいでござるよ。流石に戦闘中に溺れられたら、吾輩も助けられないでござる」
「そうだよね……」
紬は濡れた自分の服を絞りながら、ため息をついた。
いくら引き返したくないとはいえ、戦いの足手纏いになるようでは攻略するのは難しい。そのことをよくわかった紬は、このダンジョンの攻略を諦めることにした。大人しく、引き返して翠のダンジョンを攻略しようという訳である。
「あれ……?もしかして……あの時のダンジョンの方ですか?」
「えっ?」
紬は突然声のした後ろを振り向いた。
そこにいたのは、魔晶ゴーレムの時に見逃したプレイヤーたちだった。
「あっ、あの時の……!ってなんで僕のことわかったの?」
「いやいや……あれって隠しているつもりだったんですか?」
「えっ?隠せてないの?」
このプレイヤーたち3人は、紬に見逃してもらってから色んなダンジョンを攻略していた。惜しくもトップ15には入れなかったものの、上位を狙える場所にずっと入り続けている。
そんな彼らは、あの時見逃してくれたダンジョンのボス、紬が、プレイヤーであることを分かっていた。
「逆に隠していたことに驚きです。魔法職の初期装備のローブ着てましたし、プレイヤーってすぐわかりますよ」
「あっ……確かに……。ちょっと待って……じゃあ他の人にもバレてるってこと?」
「いや、わかっている人がいたらスレになると思うので……ギリバレていないとは思います」
紬は安堵のため息をついた。
もしプレイヤーがダンジョンマスターをやっていることがバレたら、一大事になりかねない。それこそ、運営から申し訳なさそうに、アカウントが削除されてもおかしくないレベルだ。
「じゃあ君たちはスレに載せてないってことか……。良かった、教えてくれてありがとう」
「私たちはあれがきっかけで、もっと悪いプレイヤーをただせるような注目を浴びるプレイヤーになる、っていう目標ができたんです。私たちの方が感謝するべきです、あの時はありがとうございました」
そう言ってリーダーであろう女性が深々と頭を下げる。
遅れて残りの二人のプレイヤーも頭を下げた。
紬は頭を上げるように言い、気になったことを口にした。
「そういえば一人いなくなってるよね?何かあったの?」
「あぁ……彼はあの出来事をきっかけに私たちのパーティを抜けたんです。前から口の悪いリーダーでしたし……。今もどこかで暴言を吐いているでしょうね」
「そっか……」
空気が少し重くなったのを感じ取ってか、リーダーの女性はそれより、と話を切り替えた。
「何かお困りの様子ですよね?私たちにできることがあれば、お手伝いしますよ!」
「ほ、本当に?」
「ええ、なんでも言ってください」
紬にとってこれは最高の提案だった。
自分が攻略できないところをこの人たちに協力してもらえれば、攻略してもらうことができる。そうすれば、わざわざ引き返す必要がなくなる。
しかし本当に頼んでいいのか、という申し訳なさが込み上がってきた。
頼めばきっとこの人たちはやってくれるだろう。だがそれはこの人たちがやりたかったことの時間が足りなくなってしまうんじゃないだろうか……。
色々と考えていると、マサムネが紬の肩を叩いた。
「せっかくだし、お願いしたらいいのではないでござるか?色々考えていても、吾輩たちにも、彼女たちのも迷惑になるだけでござるよ」
「そうだね。申し訳ないけど、このダンジョンの攻略を手伝ってもらえる?」
3人は顔を見合わせて、小さく頷いた。
そして紬の方を向き、再び大きく頷いた。
「わかりました。お手伝いさせていただきます!」
「ありがとう、よろしく頼むね」
リーダーの女性と紬は固い握手をした。
「それじゃ、行こう!」
紬のかけ声で水のダンジョン攻略は再び幕を開けた。




