0032 イベントと「スライム」ナイト
「うそっ、もうこんな時間か!」
管理部屋で一息つこうとした紬が時間を確認すると、すでに時間は23:30になっている。とうとうイベントの2日目も終わろうとしていた。
「やばいやばい……!まだやらなきゃいけないこと終わってないよ……」
紬は焦りながら、召喚の準備を始めた。
残り30分。2日目が終わるまでのその時間の間に、すぐに外に出られるように準備しておく必要があるのである。
「よっし……なんとか間に合いそうだね」
1分もかからずに召喚するための準備を終え、ウィンドウから召喚するモンスターを選択する。
「召喚!ナイト!」
紬の声に応じて召喚陣が光り、モンスターが姿を現した。
そのモンスターは鉄の鎧を纏っていて、右手には光を反射して光り輝いている剣、左手には大盾を携えている。
「ナイト、ようこそ!…………あれ?」
歓迎を込めて紬は大きく手を広げた。
しかし、ナイトはピクリとも反応せずにその場に立ち尽くしている。
何かがおかしいと異変を感じた紬は、ナイトに少し命令をしてみることにした。
「ナイト!防御!…………やっぱりおかしいよね……?」
命令を受けても尚、ナイトはピクリとも動かない。
本来、ダンジョンのモンスターはマスターの命令ならなんでもこなすはずである。しかし、ナイトはその範疇には収まっていないようだった。
「……もしかしてだけど……」
紬は何かに気付いたのか、ナイトに近づいていく。
近づくなり紬は、ナイトの鎧の中を覗き込んだ。
「あーっ!!ナイトって独立して動かないタイプのモンスターだったのかー!」
紬はまじかぁ、と嘆きその場に座り込んだ。
ナイト。
鉄の鎧が特徴的な騎士のモンスターである。
このモンスターの最大の特徴は、《《意思》》がないこと。意思がないだけなら大した問題はなさそうに感じるが、実際は命令も聞かず、動くこともできない。ただの置物と化す、ということである。
ではどうやって動くのか。それは…………。
「うわぁ……DPがギリギリ足りないかぁ……」
紬はウィンドウの残りDPを見ていた。
残りDPは約10万。ダンジョンの外に出るために必要な10万DPは取っておかなくてはいけない。つまり、紬のしたいことをするDPは残っていないということである。
「ミスったー……ゴースト必要系のやつかー……」
そう、ゴーレムを動かすために必要なのは、ゴースト系統の「レイス」というモンスターである。そしてそのレイスを召喚するために必要なDPが、5000DPなのだ。ものすごくギリギリ足りないのである!
「どうしよ……一人で行くの確定かなぁ……カオルつれていく?…………いや目立つよね、得策じゃない」
どうしよう、と紬は一人で頭を抱えた。
そんな時だった。
「主人!とうとう吾輩の出番がやってきたようですな!」
「えーと……誰?」
紬が声のした方を振り返ると、そこには実際はやっていないものの、手を腰に当ててえっへんとでも言いそうな立ち方で紬を見つめるスライムがいた。
「失礼、そういえば主人と話すのは初めてでしたな。吾輩はレッドスライ……失礼。バルと同じく、スポナーから誕生した2体目の特異モンスターでござる!」
「えっ!?」
紬は目の前にいる小さなスライムがそうだとは到底思えなかった。
見た目は普通のスライムと何も違わない。本当に喋っていること以外は普通のスライムだった。
「まあ、とりあえずいいや。それでごめんね、吾輩の出番って、どういうこと?」
「ふっふっふっ……。吾輩は主人のナイトとなるスライムですぞ?この鎧の中に入って吾輩が動かせばいい話!」
「ちょっ……」
紬が止めようとする手を避けて、吾輩スライムはナイトの中へと入っていく。
「主人!今から動かしてみせますぞ!安心してみててくだされ!」
「えーっ……?」
紬はどうしても心配だったが、吾輩スライムのことを信じて動かせるのかどうかみてあげることにした。
「えっほえっほえっほ」
「う、動いた……」
吾輩スライムは、えっほえっほと言いながら、器用にナイトの体を動かし、紬の周りを走り回った。さらには、右手の剣を振り回し、左手の盾を頭上で回転させたり、と多くのことをやってみせた。
「マジですか……」
「すごいよね、この子。なんかよくわからないけど、いつの間にか居たんだよね」
走り回ってるナイトの姿を見て、気になって来たのか、シルトが紬のところにやってきた。実はシルトはこの吾輩スライムがいることを少し前から知っていた。
しかし、そんなシルトでもいつからいたのかはさっぱりである。
「主人ー!どうですか、これで認めていただけるでござるか?」
「う、うん。だって動かせてるし……」
「やったでござる!話は聞いているでござる!吾輩は主人の冒険の護衛をさせていただきたい!」
「いいんじゃない?マスターの役にきっと立つと思うよ」
別に断る理由もないし、助かるよ……ね?
そう思い、紬は吾輩スライムを連れていくことにした。
連れていくにあたって、名前がないと呼びにくいということで、急遽、吾輩スライムにはマサムネという名前がつけられた。
これは別に深い意味はなく、吾輩スライムが好きな武将と紬の頭に浮かんだ武将の名前が一致したからというだけである。
「まさ、準備はいい?」
「もちろんでございます!」
マサムネは呼びにくいので、紬は、まさと呼ぶことにした。
これにも全く深い意味はない。要するに吾輩スライムは適当に名前をつけられたわけである。しかし、本人は名前にとても喜んでいるので、そんなこともないのかもしれない。
『イベントの2日目が終了しました。イベント終了まで残り24時間となりました。これより、現時点の上位プレイヤーを発表します』
「さあ、3日目のスタートだ!」




