0030 イベントとバル
「ふぅ……時間がかかりすぎたかもな……」
紬はあれから5時間後。再びゲームの世界へと戻ってきた。
レッドスライムが進化して、フレイムスライムとなったことで、名前をつけることになったのだが……。
紬は案の定、持ち前の壊滅ネーミングセンスによって多くの時間を要していた。
これも違う、あれも違う……。一人で誰かの力を借りる訳でもなく、名前を考える作業は紬にとっては、相当の労力と時間を要する作業であった。
そして、5時間という長時間の長考の末、ようやくフレイムスライムの名前を決める事ができた。そしてゲームの世界に戻ってきたという訳である。
「さて……と、早速名前を伝えにいこっと!」
いい名前を思いついて大満足の紬は、軽い足取りで管理部屋を出た。
「あ、マスターおかえりー。名前決まったんだ?」
「うん。シルト、フレイムスライムがどこにいるか知らない?」
「うーん……この時間なら……管理部屋だと思うけど」
「えっ?」
紬はシルトから帰ってきた驚きの答えを聞き、後ろを振り向いた。
するとそこには、管理部屋の隅っこからこっちを見ている、フレイムスライムの姿があった。
「ますたー、きたぁー」
「うん、名前決めたから伝えにきたよ」
「ほんと?やったー」
フレイムスライムは嬉しそうにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
そして跳ね終わったかと思うと、紬の方へと跳ねながら近づいてきた。
「名前、名前教えてー」
「よーし、名前発表するよー!」
紬は自慢げに宣言すると、コホンと軽く咳払いをした。
「フレイムスライムの名前はー……?」
「ドコドコドコドコ……」
空気を読むようにシルトが手で地面を叩き、発表の前のドラムロール、ゴーレムロールが始まった。
ゴーレムロールが終わると、紬は大きく息を吸った。
「バル!!」
「わぁー!」
フレイムスライム、バルは紬と一緒に飛び跳ねながら喜んだ。
バルにとって名前をつけてもらえるという事自体が嬉しい事なのに、こうも自分のマスターが嬉しそうにしながら、名前を発表してくれたという事が、さらに嬉しいという気持ちを加速させていた。
バル。
ドイツ語で噴火の意味を持つ、vulkan。そのヴァルの部分から、そのままだと呼びにくいという理由で、紬がヴァルからバルに変えたことでこの名前は誕生した。
この名前には、紬の「僕らの希望の炎として、噴火をしている富士山ぐらいすごい頼れる、象徴的な子になってほしい」という想いが込められている。
この思いはネーミングセンスのない紬が、絶対に、絶対に名前に込めようとしたものである。ネーミングセンスがないのにそういうことをしようとするから、時間がかかっていたのであった。
紬のネーミングセンスはだんだんとよくなっているのだが……。
そんなこと、本人は気づくはずもなかった。
「あっ!やばい、もうこんな時間!?」
紬がふと時刻を見ると、時刻はすでに20:00となっている。
あと4時間で紬はようやく、ダンジョンから出れるようになる。
必要な10万DPはとうにたまり、それどころか、20万DPというダブルスコアを叩き出していた。
とはいえ、何かしら3日目に向けて準備が必要である。
紬は何が必要かを確認するため、事前にメモしておいたメモを取り出し、一つずつ準備を始めた。
◇ ◇ ◇
「えーっと……大きくやらなきゃいけないのは3つかぁ……」
紬が事前に準備しておかなくてはいけないこと。それは大きく分けると3つある。
1つ目。
紬とダンジョンマスターが同一人物であるとバレないこと。
もしこれがバレてしまうと、このダンジョンに来るプレイヤーが減ってしまうかもしれない。さらには最悪の事態、運営に連絡がいってやめさせられる……なんてこともありえない話ではなかった。
そうならないためにも、これは徹底する必要があった。
とはいえ、狐のお面はすでに使ってしまっているし、厄介プレイヤーということで素顔も水晶ゴーレムのくだりで使ってしまっている。人前に出れる変装の種は尽きていた。
「いや……!素顔を知ってるのあの人たちだけだし……そもそも厄介プレイヤーっていう認識なら、ダンジョンマスターとはバレないはず……!」
紬はそう言って、素顔のまま出ることにした。
紬はこう言っているが、あの時居合わせていた紬によって見逃されたプレイヤーたちは薄々、プレイヤーがダンジョンマスターをしていることに気づいていた。まあ、彼らはバラすようなことをする性格ではないため、心配することはなかったのだが。
2つ目。
ダンジョンを攻略されないようにすること。
3日目、紬はダンジョンの外で限定ダンジョンを含む、他のダンジョンの攻略を主に進めることになる。それは、ダンジョンマスターの不在、戦力の大幅な減少が起こるということだ。
今のままでは、いくらシルトやバル、ウルフたちが強いとはいえ、最強プレイヤーたちや三十人近くのプレイヤーが攻めてきた時に対応し切れるとは限らない。
そのため、新たな戦力を加え、紬がいなくてもどうにかなるようにしなくてはいけないのである。
3つ目。
紬のお供を新しく呼び出すこと。
ダンジョンから出ると、ダンジョンマスターの加護、すなわち仲間のモンスターたちのステータスの1割補正がなくなる。
そうなってしまえば、紬はそこら辺のプレイヤーより弱い。当たり前だが、そんな状態でダンジョン攻略などできるはずもない。
かといって、クラスメイトの3人に頼もうにも、当日に紬は別のことを頼んでいるため、一緒に行動できることはほぼない。
そうなってくると、紬にお供するモンスターが必要になるわけである。
しかし、特定のモンスターしかダンジョンから出ることはできない。そして、その特定のモンスターに当てはまるモンスターは、今ダンジョン内にいないのである。
「うーん……新しく召喚するのは2体だね。DPには余裕があるけど……どうしたものか……」
「ゆっくり考えたらいいと思うよ。今日はそんなにプレイヤー来てないし、まだ時間はあるしさ」
「そうだね……考えてくるよ!」
シルトのアドバイスを受けて、紬は管理部屋へ戻り、ゆっくり誰を召喚するのか考えることにした。
「選択肢が多すぎる……」
大量のDPによる、多くの選択肢を見て、紬は一人、頭を回転させ始めた。
◇ ◇ ◇
「ぷるぷる僕は悪いスライムじゃないよ」
「うん……?君は誰だい?」
「吾輩は将来、主人のナイトとなるスライムである!」
「あっ、普段の一人称は吾輩なんだね……」
「うむ!」
紬のいないところで、キャラの濃い子がこっそりと動き始めていた。




