表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

第8話:導かれた雪女


 ポーン、と音がして、エレベーターの扉が開く。

 一行は点検用の隠し通路から、迷宮の最下層へと踏み入った。

 目の前に広がる光景は、トロッコの線路が引かれた坑道風の洞窟だ。

 カカオカはリトラシルに持たせていた木箱を地面へと降ろした。

 木箱の蓋が開けられて、中身の魔道具が露わになる。


「お二人にはコイツを試してもらうでヤンス」

「これは⋯⋯、水鉄砲かい?」

「水というか⋯⋯、粘液みたいなのが入ってるけど⋯⋯」


 ホタルは一挺、宙に浮かせてみた。

 半透明の銃身は、スライムゼリーに硬化剤を混ぜてから焼き上げたものだろう。

 魔界の水遊びでよく見る魔道具だ。

 ライトが指摘した通り、タンクにはどろりとした蜂蜜のような液体が込められている。


「この水鉄砲は、迷宮の中にある『封印の灯籠』の明かりを消すのに使うんでヤンス。

 全部の灯籠にこの遮光液を掛けられたら、宝物庫への扉が開くって仕掛けなんスよ!」

「⋯⋯なるほど。魔道具が必須の仕掛けを作って、攻略したいなら金を払えって言うわけだ」


 ライトは水鉄砲が何本も詰まった木箱を見下ろした。

 水鉄砲の形をしているのは、恐らく、普通では手の届かないところを狙わせるため。

 射撃に慣れていない冒険者は、的を外して、余分に魔道具を購入しなければならなくなる、ということなのだろう。

 人間界では、まず無い方針の迷宮だ。


「少し重いけど、持てるかい、ライト?」

「⋯⋯大丈夫そうです」


 ライトも水鉄砲を手に取った。

 重さはそれほど問題無いが、長い銃身を支えるためには、両手で抱えなければならない。

 カカオカが自慢気に撃ち方を説明してくれる。


「持ち方が逆でヤンスよ、ライト氏!

銃は杖とは違うんス!

 水はこっちから出てくるから、ここを持って、こう構えるんでヤンス!」

「こう?」

「そう! それで、ここのボタンを押し込むと水が出てくるでヤンス!」

「⋯⋯ちなみに、この粘液、触ったら怪我する?」

「人間族なら怪我はしないでヤンスけど、ベタベタするから毛皮につくと不快でヤンスよ」


 カカオカがリトラシルに引き金を引かせて、地面に遮光液を撃ち出す。

 どろりとした液体が、ほのかに酢のような匂いをさせながら、ゆっくりと地面に伸び広がっていった。

 カカオカ曰く、迷宮に掛けてある環境維持の魔法では消えづらくしてあるそうで、三日ほどは残るらしい。

 ライトは水鉄砲をまじまじと見つめた。


「これだと武器が持てないな⋯⋯。

 カカオカ、これって耐久はどのくらいだ? 鈍器としても使えるのか?」

「ど、鈍器!? この子は水鉄砲でヤンスよ!?

 スライム樹脂だから、鉄製品くらいには硬いと思うでヤンスけど⋯⋯」

「なら、魔鳥の卵を取ってくる依頼みたいに慎重にならなくてもいいか」


 壊れにくいなら、奇襲を受けた時に盾として使ったり、武器を抜くために投げ捨てたりしても問題無い。

 水鉄砲を持ったメンバーを護衛しなくてもいいのは、気が楽だ。

 ⋯⋯最も、ホタルとの二人旅だと、護衛されるのはライトのほうだが。

 ライトは水鉄砲を空中に浮かせているホタルへ視線を向けた。

 前にいたパーティの魔法使いでも、ここまで自在に飛翔術を扱うことは出来ていなかった。


「ホタルさんの飛翔術って、同時にいくつまで飛ばせるんですか?」

「浮かせるだけなら、十個はいけるが⋯⋯。数が増えると精度は落ちるよ」

「へぇ。凄いなぁ⋯⋯」

「ふふふ。凄いだろう? 頼りにしてくれても良いよ、ライト」

「いえ、ホタルさんは病み上がりなので、魔法は少なめでお願いします」

「⋯⋯そうか。⋯⋯心配してくれてるんだね。⋯⋯ありがとう、ライト⋯⋯」


 ホタルが微笑む。

 どこか寂しそうな顔だったが、ライトには、彼女の機微などまるで気づけていなかった。

 カカオカの依頼を早く終わらせて、妖精探しに向かいたいのだ。

 ライトはリュックからロープを取り出して、水鉄砲の前後に両端を結びつけ、肩に背負えるようにした。


「それじゃあ、カカオカ。ホタルさんとボクで魔道具の試し撃ちしてくるな」

「はいでヤンス。いってらっしゃいでヤンス~!」

「行きましょう、ホタルさん。終わったら妖精さんですよ!」

「ああ。⋯⋯勿論、わかってるよ」


 ライトは水鉄砲を背負って、迷宮の奥地へと踏み出す。

 弾む足取りを追いかけるように、ホタルの静かな靴音が響いた。

 線路を踏みながら洞窟の中を進んでいくと、巨大な空洞が現れる。

 上の層とも繋がっているらしい大穴だ。ここが最下層の筈だが、下方向にも大きく地面が抉れている。

 対岸までは、魔法で浮かされた線路のレールが続いているだけだ。淡く光る半透明の魔力が枕木となって、細いレールを支えている。


「⋯⋯この上を歩くのは、無理ですね」

「私は飛べるが、キミには危険だな」


 ライトは魔力の枕木を指でつついてみる。

 実体の無い塊は、スカスカと指先をすり抜けた。

 レールのほうには触れるが、綱渡りをする気にはなれない。

 トロッコに乗って渡れ、ということなのだろう。

 ライトは大穴の中を改めて見回した。


「あそこに浮いてるのが、『封印の灯籠』かな。

 全部で五つ。移動するトロッコの上で正確に狙わせるのか⋯⋯」


 ライトは水鉄砲を構えて、一番近くの灯籠に銃口を向けてみた。

 ここから撃っても当たるなら、楽が出来そうだが、どうか。

 ライトが引き金を引くと同時に、ビュッ、と粘液が飛び出す。


「飛距離は10mってところかな⋯⋯。ここからじゃ届きそうにない」


 よく考えられた配置だ。

 カカオカはきっと、ノクタリオよりも遥かに迷宮設計のセンスが高いのだろう。

 ライトはホタルの顔を見上げた。


「ホタルさん、そこのトロッコに乗りましょう。

 飛べない冒険者はそれが正攻法のはずです」

「⋯⋯このトロッコは、少し小さいように見えるのだが、私が同乗してもいいのかい?」

「二人くらいなら入りますよ。ほら、早く来てください、ホタルさん」


 ライトはさっさとトロッコに乗り込み、ホタルへと手を差し出した。

 ホタルは楽しげに微笑んで、ライトの手のひらに手袋を重ねる。

 両腕の無い彼女は、飛翔術でひらりとトロッコの縁を越えた。


「それじゃあ、行きますよ、ホタルさん!」


 ライトはトロッコのレバーを引いて、水鉄砲を両手で構えた。

 ここのトロッコは、動力が魔法で管理されているようだ。

 線路脇にあるレバーを引くと魔法が起動し、一定の距離を走り続ける。

 速度の調整は出来ず、対岸に着くまでは停車しない。


「まず一つ目⋯⋯!」


 ライトは灯籠を狙って、遮光液を撃ち出した。

 虚空に粘液が飛んでいく。外れだ。

 ライトは慌てて狙いをつけ直し、もう一発撃ち込んだ。


「的中だ! やるな、ライト」

「はい! って、うわ! 次のやつ通り過ぎちゃった!!」


 喜んでいる隙に、トロッコが二つ目の灯籠を通過する。

 ライトは水鉄砲を構え直して、三つ目の灯籠を撃ち抜いた。

 ホタルはライトの奮闘を微笑みながら見守っている。

 ──最終的に、ライトが消せた灯籠の明かりは五個中、二個だった。


「うーん、難しい⋯⋯。水とか闇の魔石を投げて、簡易魔術で消せれば簡単なんだけど⋯⋯」

「そのくらいなら、カカオカは対策しているだろうね」


 ライトは手元の水鉄砲を見た。

 無駄撃ちが多かったので、遮光液はもう残っていない。

 射撃スキルに自信が無いなら、多めに持ち込んだほうが良さそうだ。

 しかし、水鉄砲は嵩張るため、持ち込む数を増やすことはリスクにもなる。


「なかなか面白い迷宮ですね。こちらの力を、色々と試されてるような感じがします」

「そうか。⋯⋯しかし、ここも、あまり冒険者の入りは良くないそうなんだ。

 理由は何か、思い浮かぶかい?」

「まだ断言は出来ませんけど⋯⋯。変な噂でも流れてるんじゃないですか?」


 貴重な魔獣が住み着いている迷宮などでは、資源を独占するために、情報操作がされていることも珍しくない。

 魔界の迷宮でも似たようなことがあるのかは、ライトには全然わからなかったが、可能性としてはありえるだろう。

 ホタルはライトの言葉を聞いて、眉をひそめた。


「カカオカをライバル視している職人が、悪評を流して客を奪っている、ということか⋯⋯?

 魔界なら、そういった駆け引きもよくあることだが⋯⋯」

「⋯⋯ボクには、あんまり、興味ないですね。

 早く仕事を終わらせましょう。次はホタルさんの番ですよ!」

「ああ。わかったよ。それじゃあ、少し待っていてくれ」


 ホタルがトロッコから降りて、大穴のほうへと向き直る。

 飛翔術で浮かされた水鉄砲が灯籠のそばへと飛んでいき、銃口を直接触れさせた。

 魔法で引き金が引かれ、灯籠の明かりがひとつ消える。


 ──彼女には、トロッコなんて必要無い。


 ホタルは、ひらりと大穴の中へと飛び込んで、空中を泳ぐように滑っていった。

 灯籠の真上で停止して、悠々と狙いをつけてやる。

 明かりが消えて、大穴が暗さを増していく。

 ゆらり、と青白く燃える炎が、暗闇の中で静かに飛んだ。


「終わったよ、ライト」


 戻ってきたホタルが、微笑みながら着地する。

 無駄撃ちはゼロ。流石はホタルだ。


「これで宝物庫に入れるんですよね」

「そうだね。とは言え、カカオカからの依頼は魔道具のテストだ。

 宝物庫まで見る必要は無い」

「そうですね。それじゃあ、入口に戻りましょうか」


 ライトはトロッコからホタルを手招く。

 彼女が乗り込んだのを確認してから、ライトは起動のレバーを引いた。


「⋯⋯動きませんね」

「動いていないな」


 トロッコはぴたりと静止したまま、何の反応も返さない。

 ライトは何度かレバーを操作してみたが、うんともすんとも言わなかった。


「こっちの装置は故障してるのか⋯⋯。困ったな⋯⋯。ホタルさん、これ、直せます?」

「うーん⋯⋯。恐らくは、魔力回路の不備なのだろうが⋯⋯。

 電気系統の魔術式はよくわからないな⋯⋯」


 ホタルがトロッコから降りて、じっと装置を見つめている。

 ライトは溜め息を吐いて、虚空に向かって呼び掛けてみた。


「カカオカー! ここ壊れてるんだけどー!」

「⋯⋯残念だが、ライト。この迷宮には、情報錯乱の魔術が施されている。

 迷宮の内部を監視するような魔法は、どれも機能しないんだ。

 カカオカが私たちの声に気がつくことも、無いだろう」


 ホタルが冷静に言った。ライトはがっくりと肩を落とす。


「⋯⋯それじゃあ、カカオカが異変に気づいて助けに来るまで、ここから出られないってことですか?」

「そうだな。⋯⋯だが、カカオカのことだから、宝物庫の中に脱出装置がある筈だ。

 他の階層を見せてもらった時に、自慢そうにしていたからな」


 脱出装置は、空間転移の魔法を用いた魔道具だ。

 主に侵入者避けの罠として設置されており、掛かった相手を強制的に迷宮の入口へと移動させる。

 攻略完了後にわざと罠を踏み抜いて、帰還の手間を省くのは冒険者たちの常識だ。


「それじゃあ、宝物庫まで行って、脱出装置で帰りましょうか」


 ライトは空っぽの水鉄砲をトロッコに置いて、洞窟の奥へと目を向けた。

 念のため、偵察術を起動してみるが、魔道具によるノイズがキツくて、周囲の様子がよくわからない。

 ライトは腰の短剣に手を掛けて、慎重に迷宮を歩き始めた。


「⋯⋯こっち側は、なんか妙に寒いですね」

「そうなのかい? 氷属性の魔力が散布されてるみたいだから、そのせいかな⋯⋯」

「氷の魔力? 地熱の対策か何かですか?」

「かもしれないね。凍えないように、これを羽織っておきなさい」


 ホタルのマントが飛翔術で宙を移動し、ライトの体を包み込む。

 彼女の魔力が染み込んだ布地はほんのりと温かく、微かに潮風の香りを感じた。


「ホタルさんは大丈夫なんですか?」

「ああ。私には、こちらのほうが良いからな」


 ホタルの手袋が指を鳴らすような仕草を取って、小さな怪火が現れる。

 魔力生命体であるホタルには、物理的な温かさよりも、環境魔力の属性のほうが重要だ。

 ホタルは怪火で周囲の冷気を遠ざけながら、洞窟の奥へと足を進めた。


「うわ、凄い⋯⋯! 完全に凍りついてる⋯⋯!」

「これは⋯⋯、冷却機関の暴走か?」


 迷宮の最新部、宝物庫の扉の前は、真っ白な霜で覆われていた。

 地熱対策で置かれているらしい装置が、氷の粒を含んだ風をゴウゴウと吹き出し続けている。

 この一帯だけ、まるで雪山のように寒い。

 ホタルは怪火の数を増やして、ライトの周囲を暖めてやった。


「宝物庫の扉も、氷で開きそうにないな⋯⋯。

 仕方ない。冷却機関を壊すぞ、ライト」

「はい! やっちゃってください、ホタルさん!」


 ホタルがカンテラを持った手袋を高く掲げる。「── Brulu!」

 発火の呪文と共に、青白い炎がカンテラの中から一気に吹き出した。

 炎は装置を焼き尽くさんと、一直線に宙を駆ける。


「──だめ、」


 誰かの声がして、氷の魔力が渦巻いた。

 炎を追い返すかのように、雪風が突然、吹き荒ぶ。

 激しく牙を剥いた冷気が二人の体へと打ちつけて、周囲の温度が急激に下がった。


「な、なんだ⋯⋯!?」


 ライトはマントを握り締め、吹雪の始点に目を凝らす。

 氷の結晶がちらつく風の中心に、先程までは無かった筈の人影が見えた。

 黒髪の女だ。人間のようにも見えるが、体は薄く透けている。

 吹雪の中に佇みながらも、長く真っ直ぐな髪は、風に揺れてはいなかった。


「あれって⋯⋯、雪女⋯⋯!?」

「しかも、幽霊じゃなくて精霊のようだね。

 冷却装置で散布されていた氷の魔力が、拡散されずに凝固して、魔法生物に転化したんだ」


 ホタルはカンテラを構え直して、雪女を睨みつけた。

 敵の目的は、冷却装置の守護らしい。新しく作られた氷の壁が、装置を何重にも覆っていく。


「ライト、キミは温かいところまで戻れ。この環境は、キミには毒だ」


 ホタルの言葉に、ライトは視線を揺らがせた。

 この寒い中に居続けるのがどれだけ危険かは、ライトにもわかる。

 こちらを温めるための火の玉と、戦闘用の爆炎を同時に操るのだって、そう簡単では無いだろう。

 ⋯⋯でも、ここで、彼女を一人置いていくのは。

 キュマイラと出くわした時のことが、ライトの脳裏によぎってしまった。


「ホタルさん⋯⋯」

「⋯⋯そんな泣きそうな顔をしないで。

 大丈夫。あれを焼き尽くしたら、必ずキミを迎えにくるよ」


 ホタルの手袋が、ライトの頭を優しく撫でる。

 まるで、子供に接するみたいな優しさだ。

 ライトはホタルが被せてくれたマントをぎゅっと握り締め、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「約束、ですよ⋯⋯。ちゃんと、迎えに来てくださいね⋯⋯!」


 ホタルが微笑みながら頷く。

 ライトはその場から踵を返して、走り始めた。


「どこ行くの⋯⋯?」


 雪女の声が響く。抑揚の無い小さな声が、吹雪に乗ってライトを追い越す。

 獣が腭門を閉じるかのように、巨大な氷柱が洞窟の天井から鋭く伸びた。

 ライトの足が、反射で跳び退く。

 ガブリ、と牙のように輝く氷柱が道を塞いで閉じ込める。

 雪女はライトを見つめて、静かに呟いた。


「道は、無いよ⋯⋯。まっしろ、だもの⋯⋯」


 精霊は、魔力の塊である妖精が、明確な意思や知能を持った存在だとされている。

 この雪女は、恐らくはまだ精霊に進化したばかり。人格が曖昧で、本能的だ。


「すべて、まっしろに、なるべきなの⋯⋯」


 雪女の周囲で再び風が渦巻く。

 ホタルは炎の壁を生み出して、敵の吹雪を拒絶した。

 火属性と氷属性の魔力が互いに衝突し合う。


「しろく、しろく⋯⋯、もっと、しろく⋯⋯」


 雪女は薄気味悪く笑いながら、ライトの頭上を指差した。──氷柱の攻撃。

 ホタルの手袋が、ライトの体を抱き寄せる。ホタルの意識が炎から逸れる。

 その一瞬の揺らぎに、冷たい氷は容赦が無かった。

 氷の粒をはらんだ風が、炎の壁を貫いて、ライトを冷たく包み込む。


 ──絶息の吹雪。全てが、白く凍結される。


 ライトの体に霜が降り、冷えた氷像へと変わり始める。

 息を呑んだ喉から凍えて、全身がパキパキと凍りついていった。


「ライト!」


 ホタルの叫び声が聞こえる。

 返事をしたい、助けを求めたい、そんな意識は薄氷を踏まれたように割れて消えた。

 氷漬けにされてしまったライトを目の当たりにして、ホタルがきつく奥歯を噛んだ。


「貴様、よくも⋯⋯!」


 ホタルは敵を睨みつける。

 無数の怪火が彼女の周囲で燃え上がり、吹雪の中に火の粉を散らした。


 ⋯⋯ホタルだって、覚悟はしていた。

 人間であるライトの命の灯火は、自身のそれより儚く、短い。

 共にいられる時間は、海霊族である己からすれば、それほど長くない。

 彼は、いずれ、いなくなる。

 だからこそ、こんな中途半端なところで、終わる可能性が許せなかった。


「── konfuzita.」


 ホタルの詠唱が響く。

 青白く燃える炎の熱が、大気を揺るがす。

 吹き荒んでいた氷の魔力が屈折し、足元に薄く積もった雪がドロドロと形を失っていく。


「なに⋯⋯? なにを、しているの⋯⋯?」


 雪女は吹雪を自身の周囲へと引き戻し、不快そうに顔をしかめた。

 彼女の目に映るホタルの姿は、陽炎で不気味に揺らいでいる。

 怪火を宿したカンテラが、ゆらり、ゆらり、と近づいてくる。


「冥府と虚空、どちらへ行きたい?」


 ホタルの声が問い掛ける。

 陽炎で形が歪んだ顔は、まるで表情が読めない。

 ジグザグと曲がった唇の両端は、敵を嘲笑うかのように、高く吊り上がって見えた。


「選びたまえよ。案内してやる。

 ここにはちょうど、海もある──」


 ホタルが放つ炎の熱が、強まっていく。

 雪女の纏う吹雪ですらも溶け始め、足元に雫が落ちていく。


「や、やめて⋯⋯! 燃やさないで⋯⋯!」


 雪女が怯えた顔でへたりこむ。

 案内人のカンテラが、もう目前に迫っている。

 床に広がっていく水に、青白い光が波打っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ