第8話:導かれた雪女
ポーン、と音がして、エレベーターの扉が開く。
一行は点検用の隠し通路から、迷宮の最下層へと踏み入った。
目の前に広がる光景は、トロッコの線路が引かれた坑道風の洞窟だ。
カカオカはリトラシルに持たせていた木箱を地面へと降ろした。
木箱の蓋が開けられて、中身の魔道具が露わになる。
「お二人にはコイツを試してもらうでヤンス」
「これは⋯⋯、水鉄砲かい?」
「水というか⋯⋯、粘液みたいなのが入ってるけど⋯⋯」
ホタルは一挺、宙に浮かせてみた。
半透明の銃身は、スライムゼリーに硬化剤を混ぜてから焼き上げたものだろう。
魔界の水遊びでよく見る魔道具だ。
ライトが指摘した通り、タンクにはどろりとした蜂蜜のような液体が込められている。
「この水鉄砲は、迷宮の中にある『封印の灯籠』の明かりを消すのに使うんでヤンス。
全部の灯籠にこの遮光液を掛けられたら、宝物庫への扉が開くって仕掛けなんスよ!」
「⋯⋯なるほど。魔道具が必須の仕掛けを作って、攻略したいなら金を払えって言うわけだ」
ライトは水鉄砲が何本も詰まった木箱を見下ろした。
水鉄砲の形をしているのは、恐らく、普通では手の届かないところを狙わせるため。
射撃に慣れていない冒険者は、的を外して、余分に魔道具を購入しなければならなくなる、ということなのだろう。
人間界では、まず無い方針の迷宮だ。
「少し重いけど、持てるかい、ライト?」
「⋯⋯大丈夫そうです」
ライトも水鉄砲を手に取った。
重さはそれほど問題無いが、長い銃身を支えるためには、両手で抱えなければならない。
カカオカが自慢気に撃ち方を説明してくれる。
「持ち方が逆でヤンスよ、ライト氏!
銃は杖とは違うんス!
水はこっちから出てくるから、ここを持って、こう構えるんでヤンス!」
「こう?」
「そう! それで、ここのボタンを押し込むと水が出てくるでヤンス!」
「⋯⋯ちなみに、この粘液、触ったら怪我する?」
「人間族なら怪我はしないでヤンスけど、ベタベタするから毛皮につくと不快でヤンスよ」
カカオカがリトラシルに引き金を引かせて、地面に遮光液を撃ち出す。
どろりとした液体が、ほのかに酢のような匂いをさせながら、ゆっくりと地面に伸び広がっていった。
カカオカ曰く、迷宮に掛けてある環境維持の魔法では消えづらくしてあるそうで、三日ほどは残るらしい。
ライトは水鉄砲をまじまじと見つめた。
「これだと武器が持てないな⋯⋯。
カカオカ、これって耐久はどのくらいだ? 鈍器としても使えるのか?」
「ど、鈍器!? この子は水鉄砲でヤンスよ!?
スライム樹脂だから、鉄製品くらいには硬いと思うでヤンスけど⋯⋯」
「なら、魔鳥の卵を取ってくる依頼みたいに慎重にならなくてもいいか」
壊れにくいなら、奇襲を受けた時に盾として使ったり、武器を抜くために投げ捨てたりしても問題無い。
水鉄砲を持ったメンバーを護衛しなくてもいいのは、気が楽だ。
⋯⋯最も、ホタルとの二人旅だと、護衛されるのはライトのほうだが。
ライトは水鉄砲を空中に浮かせているホタルへ視線を向けた。
前にいたパーティの魔法使いでも、ここまで自在に飛翔術を扱うことは出来ていなかった。
「ホタルさんの飛翔術って、同時にいくつまで飛ばせるんですか?」
「浮かせるだけなら、十個はいけるが⋯⋯。数が増えると精度は落ちるよ」
「へぇ。凄いなぁ⋯⋯」
「ふふふ。凄いだろう? 頼りにしてくれても良いよ、ライト」
「いえ、ホタルさんは病み上がりなので、魔法は少なめでお願いします」
「⋯⋯そうか。⋯⋯心配してくれてるんだね。⋯⋯ありがとう、ライト⋯⋯」
ホタルが微笑む。
どこか寂しそうな顔だったが、ライトには、彼女の機微などまるで気づけていなかった。
カカオカの依頼を早く終わらせて、妖精探しに向かいたいのだ。
ライトはリュックからロープを取り出して、水鉄砲の前後に両端を結びつけ、肩に背負えるようにした。
「それじゃあ、カカオカ。ホタルさんとボクで魔道具の試し撃ちしてくるな」
「はいでヤンス。いってらっしゃいでヤンス~!」
「行きましょう、ホタルさん。終わったら妖精さんですよ!」
「ああ。⋯⋯勿論、わかってるよ」
ライトは水鉄砲を背負って、迷宮の奥地へと踏み出す。
弾む足取りを追いかけるように、ホタルの静かな靴音が響いた。
線路を踏みながら洞窟の中を進んでいくと、巨大な空洞が現れる。
上の層とも繋がっているらしい大穴だ。ここが最下層の筈だが、下方向にも大きく地面が抉れている。
対岸までは、魔法で浮かされた線路のレールが続いているだけだ。淡く光る半透明の魔力が枕木となって、細いレールを支えている。
「⋯⋯この上を歩くのは、無理ですね」
「私は飛べるが、キミには危険だな」
ライトは魔力の枕木を指でつついてみる。
実体の無い塊は、スカスカと指先をすり抜けた。
レールのほうには触れるが、綱渡りをする気にはなれない。
トロッコに乗って渡れ、ということなのだろう。
ライトは大穴の中を改めて見回した。
「あそこに浮いてるのが、『封印の灯籠』かな。
全部で五つ。移動するトロッコの上で正確に狙わせるのか⋯⋯」
ライトは水鉄砲を構えて、一番近くの灯籠に銃口を向けてみた。
ここから撃っても当たるなら、楽が出来そうだが、どうか。
ライトが引き金を引くと同時に、ビュッ、と粘液が飛び出す。
「飛距離は10mってところかな⋯⋯。ここからじゃ届きそうにない」
よく考えられた配置だ。
カカオカはきっと、ノクタリオよりも遥かに迷宮設計のセンスが高いのだろう。
ライトはホタルの顔を見上げた。
「ホタルさん、そこのトロッコに乗りましょう。
飛べない冒険者はそれが正攻法のはずです」
「⋯⋯このトロッコは、少し小さいように見えるのだが、私が同乗してもいいのかい?」
「二人くらいなら入りますよ。ほら、早く来てください、ホタルさん」
ライトはさっさとトロッコに乗り込み、ホタルへと手を差し出した。
ホタルは楽しげに微笑んで、ライトの手のひらに手袋を重ねる。
両腕の無い彼女は、飛翔術でひらりとトロッコの縁を越えた。
「それじゃあ、行きますよ、ホタルさん!」
ライトはトロッコのレバーを引いて、水鉄砲を両手で構えた。
ここのトロッコは、動力が魔法で管理されているようだ。
線路脇にあるレバーを引くと魔法が起動し、一定の距離を走り続ける。
速度の調整は出来ず、対岸に着くまでは停車しない。
「まず一つ目⋯⋯!」
ライトは灯籠を狙って、遮光液を撃ち出した。
虚空に粘液が飛んでいく。外れだ。
ライトは慌てて狙いをつけ直し、もう一発撃ち込んだ。
「的中だ! やるな、ライト」
「はい! って、うわ! 次のやつ通り過ぎちゃった!!」
喜んでいる隙に、トロッコが二つ目の灯籠を通過する。
ライトは水鉄砲を構え直して、三つ目の灯籠を撃ち抜いた。
ホタルはライトの奮闘を微笑みながら見守っている。
──最終的に、ライトが消せた灯籠の明かりは五個中、二個だった。
「うーん、難しい⋯⋯。水とか闇の魔石を投げて、簡易魔術で消せれば簡単なんだけど⋯⋯」
「そのくらいなら、カカオカは対策しているだろうね」
ライトは手元の水鉄砲を見た。
無駄撃ちが多かったので、遮光液はもう残っていない。
射撃スキルに自信が無いなら、多めに持ち込んだほうが良さそうだ。
しかし、水鉄砲は嵩張るため、持ち込む数を増やすことはリスクにもなる。
「なかなか面白い迷宮ですね。こちらの力を、色々と試されてるような感じがします」
「そうか。⋯⋯しかし、ここも、あまり冒険者の入りは良くないそうなんだ。
理由は何か、思い浮かぶかい?」
「まだ断言は出来ませんけど⋯⋯。変な噂でも流れてるんじゃないですか?」
貴重な魔獣が住み着いている迷宮などでは、資源を独占するために、情報操作がされていることも珍しくない。
魔界の迷宮でも似たようなことがあるのかは、ライトには全然わからなかったが、可能性としてはありえるだろう。
ホタルはライトの言葉を聞いて、眉をひそめた。
「カカオカをライバル視している職人が、悪評を流して客を奪っている、ということか⋯⋯?
魔界なら、そういった駆け引きもよくあることだが⋯⋯」
「⋯⋯ボクには、あんまり、興味ないですね。
早く仕事を終わらせましょう。次はホタルさんの番ですよ!」
「ああ。わかったよ。それじゃあ、少し待っていてくれ」
ホタルがトロッコから降りて、大穴のほうへと向き直る。
飛翔術で浮かされた水鉄砲が灯籠のそばへと飛んでいき、銃口を直接触れさせた。
魔法で引き金が引かれ、灯籠の明かりがひとつ消える。
──彼女には、トロッコなんて必要無い。
ホタルは、ひらりと大穴の中へと飛び込んで、空中を泳ぐように滑っていった。
灯籠の真上で停止して、悠々と狙いをつけてやる。
明かりが消えて、大穴が暗さを増していく。
ゆらり、と青白く燃える炎が、暗闇の中で静かに飛んだ。
「終わったよ、ライト」
戻ってきたホタルが、微笑みながら着地する。
無駄撃ちはゼロ。流石はホタルだ。
「これで宝物庫に入れるんですよね」
「そうだね。とは言え、カカオカからの依頼は魔道具のテストだ。
宝物庫まで見る必要は無い」
「そうですね。それじゃあ、入口に戻りましょうか」
ライトはトロッコからホタルを手招く。
彼女が乗り込んだのを確認してから、ライトは起動のレバーを引いた。
「⋯⋯動きませんね」
「動いていないな」
トロッコはぴたりと静止したまま、何の反応も返さない。
ライトは何度かレバーを操作してみたが、うんともすんとも言わなかった。
「こっちの装置は故障してるのか⋯⋯。困ったな⋯⋯。ホタルさん、これ、直せます?」
「うーん⋯⋯。恐らくは、魔力回路の不備なのだろうが⋯⋯。
電気系統の魔術式はよくわからないな⋯⋯」
ホタルがトロッコから降りて、じっと装置を見つめている。
ライトは溜め息を吐いて、虚空に向かって呼び掛けてみた。
「カカオカー! ここ壊れてるんだけどー!」
「⋯⋯残念だが、ライト。この迷宮には、情報錯乱の魔術が施されている。
迷宮の内部を監視するような魔法は、どれも機能しないんだ。
カカオカが私たちの声に気がつくことも、無いだろう」
ホタルが冷静に言った。ライトはがっくりと肩を落とす。
「⋯⋯それじゃあ、カカオカが異変に気づいて助けに来るまで、ここから出られないってことですか?」
「そうだな。⋯⋯だが、カカオカのことだから、宝物庫の中に脱出装置がある筈だ。
他の階層を見せてもらった時に、自慢そうにしていたからな」
脱出装置は、空間転移の魔法を用いた魔道具だ。
主に侵入者避けの罠として設置されており、掛かった相手を強制的に迷宮の入口へと移動させる。
攻略完了後にわざと罠を踏み抜いて、帰還の手間を省くのは冒険者たちの常識だ。
「それじゃあ、宝物庫まで行って、脱出装置で帰りましょうか」
ライトは空っぽの水鉄砲をトロッコに置いて、洞窟の奥へと目を向けた。
念のため、偵察術を起動してみるが、魔道具によるノイズがキツくて、周囲の様子がよくわからない。
ライトは腰の短剣に手を掛けて、慎重に迷宮を歩き始めた。
「⋯⋯こっち側は、なんか妙に寒いですね」
「そうなのかい? 氷属性の魔力が散布されてるみたいだから、そのせいかな⋯⋯」
「氷の魔力? 地熱の対策か何かですか?」
「かもしれないね。凍えないように、これを羽織っておきなさい」
ホタルのマントが飛翔術で宙を移動し、ライトの体を包み込む。
彼女の魔力が染み込んだ布地はほんのりと温かく、微かに潮風の香りを感じた。
「ホタルさんは大丈夫なんですか?」
「ああ。私には、こちらのほうが良いからな」
ホタルの手袋が指を鳴らすような仕草を取って、小さな怪火が現れる。
魔力生命体であるホタルには、物理的な温かさよりも、環境魔力の属性のほうが重要だ。
ホタルは怪火で周囲の冷気を遠ざけながら、洞窟の奥へと足を進めた。
「うわ、凄い⋯⋯! 完全に凍りついてる⋯⋯!」
「これは⋯⋯、冷却機関の暴走か?」
迷宮の最新部、宝物庫の扉の前は、真っ白な霜で覆われていた。
地熱対策で置かれているらしい装置が、氷の粒を含んだ風をゴウゴウと吹き出し続けている。
この一帯だけ、まるで雪山のように寒い。
ホタルは怪火の数を増やして、ライトの周囲を暖めてやった。
「宝物庫の扉も、氷で開きそうにないな⋯⋯。
仕方ない。冷却機関を壊すぞ、ライト」
「はい! やっちゃってください、ホタルさん!」
ホタルがカンテラを持った手袋を高く掲げる。「── Brulu!」
発火の呪文と共に、青白い炎がカンテラの中から一気に吹き出した。
炎は装置を焼き尽くさんと、一直線に宙を駆ける。
「──だめ、」
誰かの声がして、氷の魔力が渦巻いた。
炎を追い返すかのように、雪風が突然、吹き荒ぶ。
激しく牙を剥いた冷気が二人の体へと打ちつけて、周囲の温度が急激に下がった。
「な、なんだ⋯⋯!?」
ライトはマントを握り締め、吹雪の始点に目を凝らす。
氷の結晶がちらつく風の中心に、先程までは無かった筈の人影が見えた。
黒髪の女だ。人間のようにも見えるが、体は薄く透けている。
吹雪の中に佇みながらも、長く真っ直ぐな髪は、風に揺れてはいなかった。
「あれって⋯⋯、雪女⋯⋯!?」
「しかも、幽霊じゃなくて精霊のようだね。
冷却装置で散布されていた氷の魔力が、拡散されずに凝固して、魔法生物に転化したんだ」
ホタルはカンテラを構え直して、雪女を睨みつけた。
敵の目的は、冷却装置の守護らしい。新しく作られた氷の壁が、装置を何重にも覆っていく。
「ライト、キミは温かいところまで戻れ。この環境は、キミには毒だ」
ホタルの言葉に、ライトは視線を揺らがせた。
この寒い中に居続けるのがどれだけ危険かは、ライトにもわかる。
こちらを温めるための火の玉と、戦闘用の爆炎を同時に操るのだって、そう簡単では無いだろう。
⋯⋯でも、ここで、彼女を一人置いていくのは。
キュマイラと出くわした時のことが、ライトの脳裏によぎってしまった。
「ホタルさん⋯⋯」
「⋯⋯そんな泣きそうな顔をしないで。
大丈夫。あれを焼き尽くしたら、必ずキミを迎えにくるよ」
ホタルの手袋が、ライトの頭を優しく撫でる。
まるで、子供に接するみたいな優しさだ。
ライトはホタルが被せてくれたマントをぎゅっと握り締め、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「約束、ですよ⋯⋯。ちゃんと、迎えに来てくださいね⋯⋯!」
ホタルが微笑みながら頷く。
ライトはその場から踵を返して、走り始めた。
「どこ行くの⋯⋯?」
雪女の声が響く。抑揚の無い小さな声が、吹雪に乗ってライトを追い越す。
獣が腭門を閉じるかのように、巨大な氷柱が洞窟の天井から鋭く伸びた。
ライトの足が、反射で跳び退く。
ガブリ、と牙のように輝く氷柱が道を塞いで閉じ込める。
雪女はライトを見つめて、静かに呟いた。
「道は、無いよ⋯⋯。まっしろ、だもの⋯⋯」
精霊は、魔力の塊である妖精が、明確な意思や知能を持った存在だとされている。
この雪女は、恐らくはまだ精霊に進化したばかり。人格が曖昧で、本能的だ。
「すべて、まっしろに、なるべきなの⋯⋯」
雪女の周囲で再び風が渦巻く。
ホタルは炎の壁を生み出して、敵の吹雪を拒絶した。
火属性と氷属性の魔力が互いに衝突し合う。
「しろく、しろく⋯⋯、もっと、しろく⋯⋯」
雪女は薄気味悪く笑いながら、ライトの頭上を指差した。──氷柱の攻撃。
ホタルの手袋が、ライトの体を抱き寄せる。ホタルの意識が炎から逸れる。
その一瞬の揺らぎに、冷たい氷は容赦が無かった。
氷の粒をはらんだ風が、炎の壁を貫いて、ライトを冷たく包み込む。
──絶息の吹雪。全てが、白く凍結される。
ライトの体に霜が降り、冷えた氷像へと変わり始める。
息を呑んだ喉から凍えて、全身がパキパキと凍りついていった。
「ライト!」
ホタルの叫び声が聞こえる。
返事をしたい、助けを求めたい、そんな意識は薄氷を踏まれたように割れて消えた。
氷漬けにされてしまったライトを目の当たりにして、ホタルがきつく奥歯を噛んだ。
「貴様、よくも⋯⋯!」
ホタルは敵を睨みつける。
無数の怪火が彼女の周囲で燃え上がり、吹雪の中に火の粉を散らした。
⋯⋯ホタルだって、覚悟はしていた。
人間であるライトの命の灯火は、自身のそれより儚く、短い。
共にいられる時間は、海霊族である己からすれば、それほど長くない。
彼は、いずれ、いなくなる。
だからこそ、こんな中途半端なところで、終わる可能性が許せなかった。
「── konfuzita.」
ホタルの詠唱が響く。
青白く燃える炎の熱が、大気を揺るがす。
吹き荒んでいた氷の魔力が屈折し、足元に薄く積もった雪がドロドロと形を失っていく。
「なに⋯⋯? なにを、しているの⋯⋯?」
雪女は吹雪を自身の周囲へと引き戻し、不快そうに顔をしかめた。
彼女の目に映るホタルの姿は、陽炎で不気味に揺らいでいる。
怪火を宿したカンテラが、ゆらり、ゆらり、と近づいてくる。
「冥府と虚空、どちらへ行きたい?」
ホタルの声が問い掛ける。
陽炎で形が歪んだ顔は、まるで表情が読めない。
ジグザグと曲がった唇の両端は、敵を嘲笑うかのように、高く吊り上がって見えた。
「選びたまえよ。案内してやる。
ここにはちょうど、海もある──」
ホタルが放つ炎の熱が、強まっていく。
雪女の纏う吹雪ですらも溶け始め、足元に雫が落ちていく。
「や、やめて⋯⋯! 燃やさないで⋯⋯!」
雪女が怯えた顔でへたりこむ。
案内人のカンテラが、もう目前に迫っている。
床に広がっていく水に、青白い光が波打っていた。