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第7話:ドライフルーツ抜きのパン


 魔力枯渇による立ち眩みで倒れたホタルは、カカオカの自宅にあるベッドで寝かされていた。

 人間サイズの客人のために用意されていた客室のベッドだ。

 火属性の魔石を入れた袋が、氷嚢のようにホタルの額に乗せられている。


「魔力不足の状態で、魔法を使うと、こうなるのか⋯⋯」


 ホタルは溜め息を吐いた。

 これまでは、魔力が不足する状況など、ほとんど無かった。

 いざとなったら、飛翔術や次元移動で安全な場所まで逃げてしまえば良かったからだ。

 普段のホタルであれば、火耐性のあるキュマイラ相手に、魔術戦なんて仕掛けなかった。

 今回は、ライトがいたから、特別だ。


「⋯⋯名誉の負傷、というやつなのかな⋯⋯。

 そのせいで彼を守れなくなるのは、本末転倒な気もするが⋯⋯」


 ホタルはゆっくりと目を開ける。

 階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきて、客室の扉が開かれた。

 ノックも声掛けもさせなかったとは、カカオカらしい。

 ホタルは微笑みを浮かべながら、部屋の入口へ視線を向けた。


「え⋯⋯! ホ、ホタルさん!

 大丈夫なんですか、それは⋯⋯!」


 ライトが寝込んでいるホタルを見て、目を丸くする。

 ホタルは穏やかに微笑みながら、問題が無いと示すかのように体を起こした。


「大丈夫だよ。魔力が無いのを忘れてて、普段通りに魔法を使おうとしてしまってね。

 ちょっと疲れてしまっただけだよ」

「なら、良いんですけど⋯⋯」

「ふふふ。心配してくれて、ありがとう、ライト」


 ホタルの顔を見て、ライトの表情も緩む。

 ライトは手に持っていたカンテラを、ベッド横のテーブルに置いた。

 テーブルの上には、大きな水晶玉が鎮座している。

 これは「遠見の水晶」だ。特定の場所や人物の姿を映し出せる魔道具で、監視や安否確認などに使われている。

 水晶の中には、ライトの様子がリアルタイムで映されていた。


「これは⋯⋯」

「カカオカが用意してくれたんだ。急にいなくなったから心配だろう、って。

 ⋯⋯勝手に覗き見して悪かったね」

「問題ありません。ホタルさんが心配性なの、知ってますから」


 ライトが微笑む。

 部屋の外から見守っていたカカオカは、「そこは心配させてごめんなさいって言うとこじゃないんでヤンスか?」と呆れたような顔をしていた。

 ライトの脳内には、謝るという概念自体がそもそも存在してないのかもしれない。

 カカオカは肩を竦めながら、リトラシルを動かして客室の中へと入っていった。


「ホタル氏~、魔力の具合はどうでヤンスか~?」

「おかげさまで、回復してきたよ。

 このペースなら、明日の朝には魔法も使えるようになると思う」

「油断は禁物でヤンスよ? 特に、次元移動は魔力の消費が多いでヤンスから」

「わかってるよ。それより、明日からの仕事なのだが⋯⋯」

「魔石と引き換えにテスターさせるって話でヤンスね。

 データは多いほうが良いから、そっちの人間にもバリバリ手伝ってもらうでヤンス」


 カカオカがライトを指差した。

 魔道具は使用者の魔力からの影響を受けることも多いため、色んな相手に使わせたいのだろう。


「というわけで、人間さんにも、同意書にサインしてもらうでヤンスよ!」

「それっていわゆる、事故が起きても文句は言いません、ってやつ?」

「いや、もしアッシの魔道具が爆発とかして命を落としたら、魔力や魂はアッシが全取りって契約ヤンス」

「急に悪魔の顔だしてきたな⋯⋯!」


 意図的に不良品を渡して爆発させれば、カカオカが丸儲けできる契約だ。

 カカオカはケラケラと笑いながら、リトラシルの肩で足を揺らした。


「な~んて、冗談でヤンスよ、ライト殿!

 アッシら、名前は人伝いに把握してるけど自己紹介とかしてないでヤンスからねぇ!

 お近づきの印に、ちょ~っと悪魔っぽいこと言っておきたかったんでヤンスよ!」

「そうなんだ。良かった、始末する必要が無さそうで」

「おっ、物騒でヤンスね。気が立ってるっスか?

 ともあれ──、アッシの名前はカカオカ・ユールーグ。

 しがない道具屋の雷獣でヤンスが、今後ともご贔屓に、でヤンス!」


 カカオカがライトに頭を下げる。

 ライトも自己紹介を返した。


「よろしく、カカオカ。ボクはライト。ホタルさんに雇われている冒険者だ」


 カカオカはじっとライトの顔を見て、問いかける。


「時に、ライト氏? ライト氏はどうして、ホタル氏にだけ敬語でヤンスか?」

「ホタルさんは、ボクの雇い主だから」

「それは違うな。君は私と出会った時から、自然と敬語で話していた」

「そうでしたっけ? ⋯⋯よく覚えてないです」


 ライトは首を傾げている。

 そういえば、どうして敬語なんだろう。謎だ。

 ⋯⋯謎ではあるが、これも、妖精とは関係が無いだろう。

 ライトには「なんとなく」以上の理由はまるで無く、深掘りしても何も出てこない。


「どうでもいいです。興味ないですし」

「そうでヤンスか? まあ、本人があんまり話題にして欲しくなさそうだし、アッシはもう触らないでヤンスよ」


 カカオカが笑いながら言う。

 実力主義で生きている悪魔の価値観からすると、誰が誰を敬っているのか、といった序列は気になってしまうものだが、そこは我慢だ。

 カカオカは、ライトの不思議なこだわり方は、そういう形のチャームポイントなのだと考えておくことにした。


「⋯⋯ところで、カカオカ。この家には、ライトが食べられる食事はあるかい?

 そろそろ日も落ちて来たから、夕飯のことを考えたいのだが⋯⋯」

「あるでヤンスよ、うってつけのが!

 ホタル氏はまだ安静でヤンスから、料理はライト氏に手伝ってもらうっス!」

「え、やだ。走りまくってて疲れてるから、今日はもう何もしたくない」


 ライトは正直に言った。

 冒険者パーティにいた頃は「疲れてるのは俺たちも同じだ!」とリーダーにどやされていたが、やりたくないものは、やりたくない。


「ライト氏~! 本当に冒険者なんでヤンスか~!!」

「休める時には休みたい」

「ワガママ言わないで欲しいでヤンス~!

 アッシの体じゃ一皿作るのも大変なんスよ~!!」


 情に訴えかけるようにカカオカがライトに泣きつくが、ライトにはそんなことどうでもいい。

 ライトからすれば、自分の言葉がワガママであるなら、相手の言葉も等しくワガママだ。

 カカオカとの間に協調性など、まだまだ無かった。


「すまない、カカオカ。報酬は後で私が払うから、ライトを休ませてやってくれないか?」

「むしろ料理とかしないで生のまま丸かじりとか出来ないの?」

「もぉ~! このコンビは~!! 本当に、仕方ないでヤンスねぇ!

 リトラシル! 町まで行ってパンとか買ってくるでヤンスよ!」


 カカオカは頭を抱えながら、リトラシルに乗って外へ向かっていった。


「リオといい、迷宮職人ってやかましいんだなぁ⋯⋯」

「ふふふ、そうかもね。⋯⋯さあ、ライト。

 カカオカが戻ってくるまで、ゆっくりしているといい」

「この家、人間サイズの部屋は他にもあるんですか?」

「無いね。横になりたいのなら、このベッドを使ってくれ」


 ホタルが体を端へと寄せる。

 ライトは小柄なので、そこまで狭くは感じないだろう。


「毛布があるんで、床に寝ますよ。

 ホタルさん、まだ病み上がりなんでしょう?

 ボクのことばかり気遣ってたら、また体壊しちゃいますよ」

「おや、そうかい? 私は火属性だから、体温があって温かいぞ」

「ボクがベッドに入ったら、魔石で火傷しそうなんで」

「⋯⋯それもそうだね。私はともかく、これはキミには熱すぎるか」


 ホタルが魔石の袋を見ながら、苦笑した。

 ライトはリュックから毛布を取り出して床に広げる。

 入れた物ごとサイズが縮む「魔法の収納袋」に入っていて、持ち運びやすい便利な毛布だ。

 ライトは毛布を二つ折りにして、体を布地に挟める形で横になる。


「カカオカが戻ってきたら、起こしてください」

「わかったよ。⋯⋯子守唄は必要かい?」

「ホタルさん、歌えたんですか?」

「昔、ノクタリオに教わったんだ。ノクタリオは夜魔だから、眠りに導くのも上手くてね⋯⋯」


 くすくすとホタルが笑っている。

 ライトには、あの姦しい悪魔が、子供を寝かしつけている姿が想像できなかった。

 リオのことだから、唄に見せかけた強力な催眠術とかいうオチだろう。


「悪魔の唄は、ちょっと⋯⋯。聞きたくは無いです⋯⋯」

「そうかい? なら今日は止めておこう」


 ホタルが枕元の魔道具を手に取り、ボタンを押す。

 部屋の魔力ランプが消えて、夕日を切り取る窓の光が鮮明に見えた。


「おやすみ、ライト。良き眠りを」

「はい。おやすみなさい、ホタルさん」


 ライトは暫し、目を閉じる。

 ホタルは微笑ましそうな顔で、ライトの寝顔を見守っていた。


 ──時間は、翌朝へと進む。


 客室のテーブルで、ライトは朝食を取っていた。

 昨日、カカオカが港町で買ってきたパンだ。

 レーズンに似たドライフルーツがまばらに入っていて、飽きが来ない。

 テーブルの上では、カカオカがパン籠の中に入り込み、ドライフルーツだけほじくり出して食べていた。


「ホタル氏、体調はいかがでヤンスか?」


 カカオカが果肉を両手で抱えながら言う。

 ホタルは宙に浮かせた手袋をくるりと回して答えた。


「お陰様で、魔力は十分に戻ったよ」

「それは良かったでヤンス!

 それじゃあ、今日はアッシの人工迷宮でたっぷり働いてもらうでヤンスよ~!」


 カカオカは上機嫌に言った。

 楽しげに話している二人を横目に、ライトは新しいパンを手に取る。

 ドライフルーツは既に食い荒らされていて入っていない。

 ライトは気にせず、口に運んだ。


「ノクタリオの時と違って、平和だ⋯⋯」


 寝起きに攻撃されることもなければ、食事の途中で無理やり出勤させられることも無い。


「後は、迷宮の中に妖精さんがいたら完璧だな⋯⋯」

「妖精? なんででヤンスか?」

「なんでって⋯⋯いたら嬉しいだろ、妖精さん」

「えぇ~! あの毛玉、回路に詰まるからいないほうがいいでヤンスよ~!」

「⋯⋯詰まるってことは、出るのか?

 出るんだな? 妖精さんが、迷宮にいっぱい出るんだな!?」


 ライトの瞳が輝き始める。

 カカオカはライトの熱意にぎょっとしてホタルのほうへと駆け寄った。


「ホタル氏! なんなんでヤンスか、あれは~!

 ライト氏が急に元気になったんでヤンスけど~!?」

「ああ、あれか。ライトは妖精が好きなんだ。

 休憩時間にでも妖精がよく出るエリアを案内してやってくれ」

「そんなエリアがあったらアッシの迷宮は終わりでヤンスよ!!

 魔力補給の回路設計どんだけ大変だったと思ってるでヤンスか!!」

「そうか⋯⋯。それはライトがガッカリしそうだな⋯⋯」


 ホタルがライトのほうを見やる。

 ライトは妖精のことで頭がいっぱいになっているらしく、こちらの会話など聞こえていなさそうな顔でガツガツとパンを頬張っていた。


「⋯⋯もしかして、ライト氏ってヤバい性格してるでヤンス⋯⋯?」


 カカオカはドライフルーツを両手で握り締めたまま、嫌な予感に身を震わせた。

 素早く食事を終わらせたライトが席を立つ。


「早く行きましょう、ホタルさん! 妖精が出やすい迷宮!!」

「ふふ、元気だね。⋯⋯カカオカ、行けるかい?」

「はいでヤンス⋯⋯。不安だけど頑張るでヤンス⋯⋯!」


 カカオカがテーブルの上を滑るような速さで走り、リトラシルの肩へと登る。

 ホタルは宙に浮かせた手袋で、一日ぶりにカンテラを持った。


 カカオカの管理する迷宮は、道具屋の近くにある井戸が、その入口になっている。

 枯れた井戸の底に、地下洞窟へと繋がっている横穴があるのだ。

 洞窟内には崩落防止の魔術が施されており、湿り気を帯びた土壁がぐねりぐねりと続いている。


「ライト氏は初めてでヤンスよね。

 ここがアッシの作った迷宮、『ヨルムンガンドの隠れ家』でヤンス」

「ヨルムンガンド? でかい蛇がボスなのか?」

「ネタバラシしちゃうと、蛇は一匹もいないでヤンス。

 迷宮の地図が不規則にうねった蛇のシルエットに見える、ってとこから名前をつけたんでヤンスよ」


 解説しながら、カカオカが小型の懐中電灯を点ける。

 ライトも呪文を唱えて、光の球を作っておいた。

 カカオカは迷彩魔術で隠されていた扉を開けて、点検用の通路へと二人を手招く。

 通路の先には、魔力で稼働するエレベーターが設置されていた。


「ライト氏は、悪魔たちがなぜ、迷宮を作るのか知ってるでヤンスか?」


 移動時間の暇潰しがてら、カカオカはライトに問いかけてみる。


「人間界だと、住処への侵入を防ぐためだとされているよな。

 イチイチ戦うのは面倒だから、罠を仕掛けて始末する」

「そうなんでヤンスか? それは、魔界とは違うっスね。

 魔界だと、迷宮は悪魔が技術を競う場として作られるんでヤンスよ」


 実力主義で生きている悪魔は、常に誰かより上であることを証明したがる。

 そのために、己の技術の粋を極めた迷宮を作り、あるいは攻略することで、各々の実力を示すのだ。


「例外として、冒険者から魔力を奪って、自身の力を高めたいタイプの悪魔もいるでヤンスけど⋯⋯。

 基本的には、人工迷宮は娯楽でヤンス。

 魔界は環境魔力が濃いでヤンスから、積極的に狩りなんかしなくても悪魔が飢えることは無い」


 カカオカにとっても、この迷宮は自身が作った魔道具を使わせるための舞台に過ぎない。

 悪魔としてのプライドを満たし、実力を周囲に認めさせ、更なる強者へと至るための修練場として、人工迷宮は作られている。


「⋯⋯まあ、アッシの迷宮は地味で独自性も薄いし、攻略したところで⋯⋯って感じでヤンスから、評価されなくても当然なんスけどね」


 カカオカが苦笑する。

 ライトは明後日の方向を見つめて、妖精のことを考えていた。

 カカオカの話など、まるで聞いていない。


「⋯⋯ははは。ここまで綺麗に無視されてると、逆と清々しいでヤンスね。

 悩んでるのがバカバカしいような気がするでヤンス」


 カカオカはライトの横顔を見て、少し笑った。


「⋯⋯ふふ、」


 ホタルが俯きがちに唇の端を吊り上げる。

 彼女の視線は、冷ややかに、小人の悪魔を見つめていた。

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