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第4話:港町での落とし物


 次元移動の炎が、魔界の海岸で燃える。

 ライトには、ここが地図上のどの辺りなのかはわからない。

 ⋯⋯別に、わからなくても困らない。妖精さんに会えるのならば。


「ここに妖精さんがいるんですか、ホタルさん!」


 興奮した様子でライトがホタルを見上げると、彼女は警戒している様子で周囲を見回していた。


「いや⋯⋯。すまない、ライト。魔力干渉を受けてしまって、着地がずれた。ここは目的地じゃないよ」

「転移事故ってやつですか?」

「ああ。何らかの力が、私たちをここへ引きつけてしまったらしい」


 ライトは溜め息を吐いた。

 ただでさえ今日は、ノクタリオの横暴で予定を後回しにされたのに。


「⋯⋯大丈夫かい、ライト? そろそろご飯を食べるかい?

 朝からずっと迷宮の調査で、疲れただろう?」

「ホタルさん、食べ物なんて持ってるんですか?」

「いいや。だが、あそこに港町があるから、休みたいなら案内できるよ」


 ホタルの手袋が町を指差す。白い防壁に囲まれた町だ。

 海沿いに敷かれている街道には、魔力で光る魔式街灯が大量に設置されていた。

 町の外にまで魔道具を置ける余裕があるなんて、環境魔力が豊富な魔界らしい。

 ライトはホタルの手袋を握り直して、彼女に頼んだ。


「案内してください、ホタルさん。ボク、何か食べたいです」

「承った。それじゃあ、共に行こうか、ライト」


 二人は街道を歩いて港町へと向かい始めた。

 ホタルはライトのことを慮るように、ちらちらと視線を向けている。

 ライトは、ホタルさんのほうこそ疲れてないのかな、と思った。

 アルラウネとの戦闘や、先程の時空転移術。

 彼女にだって休息と補給は必要な筈だ。


「そう言えば⋯⋯。シルビアがホタルさんのこと『変異種』って呼んでましたけど。

 ホタルさんって、ただの人間じゃないんですか?」

「⋯⋯そう言えば、教えてなかったね。

 私の分類は、海霊族の変異種だ」

「へー。カイレイ。ふーん。そうなんだ⋯⋯」


 ライトは視線を泳がせる。

 自分から聞いておいて何だが、妖精と関わりの無い種族については、いまひとつピンと来ない。


 海霊族は、海で溺れた者の幽霊や、海の魔力から生まれた精霊などを指すカテゴリだ。

 種族的な特性として、海から離れることが難しい。

 ましてや、森に自宅を構えるなんて、特性が歪んでいる変異種にしか出来ない芸当だ。


 しかし、ライトにはそういった細かい知識はサッパリ無かった。

 ライトにわかるのは、妖精と縁遠い種族、ということだけである。

 ホタルは少し楽しげな笑みを浮かべて、ライトの顔を見る。


「⋯⋯ふふ。君が私に興味を持ってくれて嬉しいよ。

 私からも、質問させてもらっていいかな?」

「ボクに質問? 何ですか?」

「どうして君は、そんなにも妖精が好きなんだい?」


 ホタルの質問に、ライトは正直に答えた。

 幼い頃に、妖精が道案内をしてくれたこと。その時に拾った落とし物のこと。


「あの人は、ボクの手を引きながら、幾つか話をしてくれたんです。

 ちょうど今、ホタルさんとしてるみたいに」

「⋯⋯手を繋いで? 妖精は魔力の塊で、人間よりも小さい個体が多いけど⋯⋯」

「それ、父さんからも言われました。

 親切な人間の旅人を、妖精だって思い込んじゃっただけだろうって」

「⋯⋯ふむ。なかなか興味深いな。

 本当に妖精だとしたら、それは精霊へと進化した直後だったかもしれない。

 進化の自覚が無く、自己認識が妖精のままだったとしたら、ありえなくは無い⋯⋯」


 ホタルがぶつぶつと呟きながら、思索に耽る。

 本業は学者と言うだけあって、謎には惹かれるものなのだろう。

 ライトはホタルの手を握り締めたまま、心の中でそっと呟いた。


 ──デタラメだとか、つまらない話とか、言われなかったの、初めてだ。


 ライトはそっとホタルを見上げる。

 彼女はライトからの視線に気がついて、穏やかに微笑んだ。


「お腹が空いてきたのかい?

 大丈夫だよ。町にはもうすぐ着くからね」

「⋯⋯はい。ありがとうございます、ホタルさん」


 二人で歩いているうちに、海沿いの街道は平野の街道と合流し、旅人や行商人たちの姿がチラホラと増え始める。

 馬車を操る猫獣人に、荷車を引いている竜人。極彩色の派手な服を着た悪魔もいれば、魔獣に乗っている冒険者らしい人物も通り過ぎていく。

 やはりと言うか、実に魔界らしい風景だ。

 人間界にある町だと、エルフやドワーフがたまに訪れる程度。獣人ですら、とても珍しい種族とされている。


「こんなに色んな種族がいるのに、妖精さんはいないんだな⋯⋯」

「そうみたいだね。ご飯を食べたら、町中で妖精を探してみるかい?」


 ライトの呟きを聞いて、ホタルがそんな提案をしてきた。

 ライトは、あれ、と首を傾げる。


「元々の目的地には行かないんですか?」

「魔力干渉を受けたから、念のため調律をしておきたくてね。

 しかし、そうなると、準備が終わる頃にはまた夜になってしまうんだ」

「なるほど。それじゃあ、今日はあの港町に泊まって、出発は明日の朝なんですね⋯⋯」

「また先延ばしにしてしまって、すまない、ライト。

 だが、君を確実に案内するには、魔力調律は必要なんだ」


 ホタルが心底申し訳なさそうに謝ってくる。

 転移事故は彼女にとっても想定外の出来事だろうに、責任感の強い人だ。

 彼女はいつだって、不思議なぐらいに、ライトの心情や安全を気にしてくれていた。


「ボクとしては、あの人の居場所に繋がるのなら、どこの妖精さんでも良いんです。

 妖精探しの機会が割り込んでくるぶんには、ボクからは文句はありません」

「⋯⋯そう言ってもらえると、救われるよ。

 ありがとう、ライト」

「どういたしまして」


 ライトはホタルに微笑みを返した。

 雑談をしながら歩いているうちに、二人を取り囲む光景は町の中へと入っていた。

 ホタルはライトの手を引いて、海沿いの小さな食堂へ入る。

 年期の入った木造の店だ。

 エプロンをつけた熊獣人──恰幅の良い女将さんが「いらっしゃい!」と元気良く言う。

 女将さんは二人を席に案内しながら、興味深そうにライトの顔を見る。


「あらあら、アンタ! 人間族かいっ?

 小さくって可愛らしいねぇ!」

「アー、ウン、よく言われるナー」


 ライトは愛想笑いを浮かべた。

 体の大きな熊獣人からすればライトは小柄⋯⋯というわけではなく、人間の平均値からしても、背は低いほうだ。

 スカウトは魔術師寄りの役職のため、筋肉も戦士職ほどはついていない。

 女将さんはニコニコと笑いながら、今度はホタルのほうを見て言った。


「アンタがこの子の母親かい?

 ちゃんと手を繋いでくれてて良い子だねぇ!」

「誤解だ、女将。私と彼は家族ではない」

「あら、そうなのかい?

 アンタ、この子のことママみたいに見てたからさぁ! 間違えちゃったよ!

 お詫びに、サラダを一皿サービスさせとくれ!

 坊ちゃんはリンゴとレタス、食べれるかい?」


 女将さんがライトに問いかける。

 完全に子供だと思われてるが、ライトにとってはどうでも良かった。

 だってこの誤解、妖精探しには関係しないし。


「リンゴとレタスね。うん、食べれるよ。

 それと、ルミナス聖貨の両替ってやってる?」

「ルミナス⋯⋯って言うと、人間の国のお金だね。

 そのまま支払ってくれて大丈夫だよ。

 うちの人が人間好きでね。人間の国のお金はどれでも使えるんだ。

 レートは1魔貨につき5聖貨ってとこさね」

「ありがとう。それじゃあ、この魚のパスタをひとつ。

 ──ホタルさんは?」

「私は、魔式の懐石を」

「あいよ! パスタと懐石ね!」


 女将さんが足早に厨房のほうへと歩いていく。

 ホタルはライトのほうを見て、ばつが悪そうな顔で笑った。


「私が勝手に決めた店だから、代金は私が出すつもりだったんだが⋯⋯。

 人間の冒険者はああやって、通貨を確認するんだね」

「ボクのいたパーティは、いろんな国を巡ってたので、癖で言っちゃったんですけど。

 ホタルさん、出してくれるんですか⋯⋯?」

「もちろん、出すとも。私の注文と合わせて12魔貨。キミの財布に入れておいてくれ」


 ホタルがテーブルの上にコインを並べる。

 魔界の通貨は、魔法石製の硬貨、略して「魔貨」だ。

 国ごとに通貨が異なっている人間界とは違って、どこでもこの魔貨で取引できる。

 ライトはホタルが差し出したコインを見つめながら、首を傾げた。


「なんでボクに渡すんですか?

 ホタルさんがそのまま支払えばいいのに」

「それは、あの女将が、聖貨の話を嬉しそうにしてたからさ。

 君さえ良ければ、聖貨を渡してあげて欲しいんだ」

「⋯⋯わかりました。それじゃあ、これは受け取っておきます」


 ライトはリュックから空の革袋を取り出して、魔貨をしまった。

 程なくして、女将が料理を運んでくる。

 ライトが頼んだ魚のパスタと、サービスのサラダ。

 どちらも綺麗に盛り付けられていて、美味しそうだ。

 魚は恐らく、サーモンに近い品種だろう。ピンクがかったオレンジ色の刺身と、角切りにされた緑色の果実らしきものが並んでいる。


「こっちは、嬢ちゃんの懐石ね! 魔力たっぷり、熱々だよ!」


 ガシャン!と鋼鉄製の黒いバケツがテーブルに置かれる。

 魔式の懐石は、炎属性の魔力を備蓄できる魔道具だ。

 人間界では、石炭の代わりに使用されることが多い。

 しかし、この魔界では、炎属性の種族が魔力を「食べる」ための品らしい。


「それじゃあ、いただくとしようか、ライト」

「はい。──いただきます」


 ライトはフォークを手に取って、魚のパスタを食べ始めた。

 ホタルの手袋がバケツから懐石を取り出して、お腹に触れさせながら抱える。

 ホタルは椅子の背もたれに体重を預けて、魔力の流れを確かめるように目を閉じていた。

 

「あ、このパスタ、美味しい」

「そいつは良かった! うちの人がね、人間族ならソースは薄めだってこだわってて!

 ゆっくり味わっていきな!」

「いや、この後は妖精さんを探しに行くから、ゆっくりなんてしてられないよ」

「あれま! 坊ちゃん、いい食べっぷり!」


 ガツガツとパスタを平らげていくライトの姿に、女将さんが朗らかに笑う。

 料理人への礼儀がどうだ、とか、こまごまとした説教をされなかったのはありがたい。

 ライトにとっては、妖精以外は二の次だ。

 あっという間にサラダまで食べ終わり、ライトはホタルのほうを見る。


「⋯⋯おや。もういいのかい? デザートやおかわりは?」

「いりません。それより早く、妖精を探しに行きましょう!」

「了解。──女将さん、お勘定を」


 ホタルが懐石をバケツに戻して、席を立つ。

 ライトは女将に聖貨を手渡し、ばたばたと店外へ飛び出した。


「ホタルさん! 早く行きましょう!」

「⋯⋯本当に君は、妖精が好きだね。

 いや、好きなのは、あの人だけかな⋯⋯」


 ホタルが微笑ましそうな顔で呟きながら、ライトの後を追う。

 妖精を求めて、直感のままに道を突き進む人間を、彼女は楽しげに見つめていた。


 港町バーバラは、白壁の建物がずらりと並んだ美しい景観が特徴だ。

 どこもかしこも真っ白で、曲がりくねった道も多いため、とても道に迷いやすい。

 しかし、そんなこと、ライトにとってはどうでも良かった。

 現在地点がどこであろうと、行き先に妖精が居さえすれば、それでいいのだ。

 ライトは適当に角を曲がって、細い小道を覗き込む。


「⋯⋯いませんね、妖精さん」

「魔界は人間界と違って、魔力が混ざりやすいからね。

 属性がすぐに混沌としてきて、悪魔化することも珍しくない」


 妖精は魔力の塊だが、純度が下がれば別の存在に成り果ててしまう。

 こういった現象を「魔力汚染」と呼称するが、そういった講義はライトには不要だ。

 ライトは少しガッカリしたような顔で言う。


「魔界の妖精は、個体数がとても少ないってことですか?」

「そうだよ。けれど、町中で見つかる可能性はゼロじゃない」

「そうなんですか! それじゃあ、次はあっちのほうを探してみましょう!」


 ライトが路地裏へと走っていく。

 地元民でも迷子になってしまいそうなほどに入り組んでいる細道を、迷い無く曲がって、視線を走らせる。

 偵察術でも魔力を探り、それらしい気配に突進しては、ただの竜人や魔獣に行き着いて溜め息を吐く。

 そして、またすぐに走り出す。

 魔界へ来る前と同じように、こんな行動を、ライトは何度も繰り返していた。


「ライト、待って。一端ストップ」


 ライトの手首を、ホタルの手袋が掴む。

 妖精探しに夢中になっているうちに、辺りは夕暮れに染まっていた。

 宙に浮かされたカンテラが、暗くなってきた路地を照らす。


「そろそろ宿を取ったほうがいい。可能ならば、夕食も」

「⋯⋯まだ、大丈夫だよ。あと少しだけ。

 そこの路地裏を見たら止めるから」

「本当だね? 約束だよ?

 人間の体は、あまり無理が効かないからね」


 ホタルの問いに、ライトは頷く。

 なんだか、本当に「お母さん」みたいなセリフだったな。

 ライトは珍しく、妖精探しには関係しない考えを抱いたまま歩き始めた。

 妖精がいるかいないかの答えはすぐにわかるので、探索術は起動しなかった。

 ホタルはカンテラの炎で辺りを照らしながら、静かにライトの隣を歩く。

 約束の裏路地を覗き込み、ライトは思わず息を呑んだ。


「なっ⋯⋯! これは⋯⋯!」

「キュマイラ⋯⋯!? なんで、こんな町中に⋯⋯!」


 ホタルがライトを庇うように前へ出て、手袋の指先に怪火を灯す。

 路地裏の白い石畳には、一匹のキュマイラが踞っていた。

 獅子の体に、サソリの尾、頭部はウサギで、鳥の翼が生えている。気づきたくは無かったが、右足は人型の腕だ。 

 魔術的な儀式を用いて、生物をツギハギした存在──キュマイラ。

 その歪な体を動かすために、正常な思考は魔法で破壊し尽くされ、一切の知性を持たないとされる。

 彼らは、本能的に目の前の生き物を仕留めるだけの魔術兵器だ。


「ガルァァア!」


 キュマイラが吠えて、ホタルに飛びかかる。

 ホタルは怪火をキュマイラの顔面に投げつけた。

 彼女が避ければ、キュマイラからの攻撃は全てライトに当たってしまう。

 撃墜するしか選択肢が無い。

 しかし、怪火が直撃しても、敵はものともせずに突っ込んでくる。

 知性が無いので、ダメージを受けても怯まないのだ。それに、そもそも炎に耐性があったのか、毛皮がほとんど焦げていない。

 キュマイラの爪がホタルのマントを切り裂いた。ホタルの顔が苦痛で歪む。


「くっ⋯⋯!」


 ホタルがカンテラを思いっきり振りかぶって、キュマイラの腹を殴り飛ばす。

 自身の足で蹴飛ばすよりも、飛翔術で操る無機物で攻撃するほうが強いらしい。

 キュマイラは建物の壁にぶっ飛んで、メキリ、と片方の翼が折れた。


「逃げるぞ、ライト!」


 ホタルの手袋がライトの手を掴み、路地裏の外へと引っ張った。

 ライトは彼女に手を引かれるまま、脇目も振らずに駆けていく。

 大通りまで出られれば、冒険者たちに助けを求められるだろうし、この考え方は魔界的だが、キュマイラの興味が他人へと移ればホタルは戦わないで済む。

 しかし、この町の道は複雑で、なかなか大通りへは辿り着かない。

 ホタルは道に迷わない能力があるはずなのに、キュマイラからの追跡を避けるべく、わざとジグザグに逃げているのか。


「ホタルさん──、」


 走りながら、ライトは後方を振り返った。

 彼女の手袋は、足を止めるなとでも言うように、ライトの腕を引き続けている。

 けれど、ライトの背後には、後を追うホタルの姿は無かった。


「ホタルさん!? どこ!? まさか、キュマイラの追撃で⋯⋯!?

 そんな⋯⋯、ホタルさん! ホタルさん!」


 ライトは思わず足を止め、ホタルの名前を何度も叫ぶ。

 ごめんよ、少し遅れてしまった、と、曲がり角から彼女がひょっこり出てくることは、決して無かった。

 逃げろ、と示すかのように、手袋がライトの腕を引っ張る。

 ライトは拳を握り締め、思わず悪態を吐いた。


「ホタルさんの、ばか⋯⋯ッ!」


 走ってきた道を思い出しながら、狭い路地を駆けていく。

 一人で逃げて、一人で助かるなんて、嫌だった。

 だって、ホタルさんがいなくなったら、妖精さんが──。


「──妖精探しが、つまらなくなるだろ!」


 ライトは偵察術を起動して、周囲の魔力を感じ取る。

 町中は魔道具によるノイズが多くて、いまいち気配が掴みづらい。

 複雑に入り組んでいる路地は、どこも似たような景色が続いて、正しい帰り道がわからない。

 ライトは手首に絡みついてるままのホタルの手袋を涙目で睨んだ。


「案内してよ、ホタルさん! 貴女のところに!

 妖精さんのところに連れていくって約束も、ちゃんと果たしてよ!!」


 ライトの叫びに、手袋は反応してくれない。

 太陽はすっかり沈みきり、路地は闇に包まれている。

 いくつもの分岐路を覗き込んでも、青白い怪火の光は見えない。

 それでもライトは懸命に走った。

 耳を澄ませて、気配を探って、視線を巡らせ、彼女を探した。

 あの人以外で、こんなにも、会いたいと思ったのは初めてだ。


「ホタルさん! どこ! ホタルさん!」


 ライトが大声で叫ぶ。

 それに呼応するように、魔獣の遠吠えが路地に響いた。

 キュマイラの声だ。

 ライトは声がしたほうへ向かって、全速力で駆け出した。

 幾つかの路地を越えたところで、偵察術がキュマイラを捉える。

 ここまで来れば、もう迷わない。

 ライトは最後の角を曲がった。


「ホタルさん!」

「グルゥァァアア!!」


 キュマイラが威嚇するように吠える。

 街灯ひとつ無い路地裏に、光るキュマイラの羽根が散らばって、辺りを明るく照らしていた。

 ライトの足元には、魔法使いの三角帽子の残骸と、火の消えたカンテラが転がっている。


 ──海霊ってのは、魔力が切れたら消滅するんだ。


 いつか、誰かから、聞かされた話が思い出される。

 妖精探しには関係無いと切り捨てていた情報。

 ホタルは、きっともう、いない。

 ライトの手から、ずっと握り締めていたホタルの手袋が滑り落ちた。


「そ、そんな⋯⋯!」


 その場に崩れ落ちたライトに、キュマイラが飛び掛かってくる。

 ライトはハッとして、短剣を抜いた。

 焼け焦げたキュマイラの爪を、短剣でどうにか受け流す。 

 このキュマイラは、許しておけない。

 キュマイラなんて大抵は、狂った魔術師の被害者だけど。

 どんな背景があるのかなんて、今のライトにはどうでもいい。


「こいつの弱点は、尾の付け根──」


 ライトは短剣を構え、自分からキュマイラに飛び掛かった。

 ホタルを探すため、限界いっぱいまで重ねがけされた偵察術が、キュマイラの魔力構造をライトの脳内に伝えてくる。

 尾の下に埋め込まれている魔道具が、このバケモノを動かす「核」だ。

 ライトには、戦士職ほどの戦闘能力は無いが、ホタルに焼かれてヘロヘロの獣相手ならどうとでもなる。


「もらった──!」


 ライトの短剣が、核を貫く。

 キュマイラは凄絶な悲鳴を上げて、そのまま動かなくなった。


「あぁ、はは⋯⋯。さすが、魔界だな⋯⋯。

 こんな事件が起こっても、誰も騒ぎやしないんだ⋯⋯」


 ライトは短剣を鞘に戻して、キュマイラの死骸を見下ろした。

 ツギハギの合成術が砕けていって、パーツがボロボロと外れていく。

 魔力を失ったキュマイラの体が土くれに変わって、胃の中に飲み込まれていた何かが路地裏に転がった。


 針の無い、小さな方位磁針。


 ライトは冷めた目で見下ろしたまま、乾いた声で呟いた。


「ああ、なんだ。そこに、いたんだ。

 ホタルさんは、ちゃんと案内してくれたんだね⋯⋯」


 ライトの首もとで、円盤の無い方位磁針の針が揺れる。

 幼い頃にライトを優しく導いてくれた、あの人の手が、キュマイラの崩壊と共に土くれの山へと変わっていく。

 やっぱり、人間だったんだ。

 悪い魔術師に捕まって、キュマイラのパーツとして使われて。

 ⋯⋯感動するかと思ってたけど、今は何もかも、どうでもいいや。


「⋯⋯遅くなったけど、これは返すよ」


 ライトはキュマイラの残骸に、魔法の磁針を突き刺した。

 じゃあね、と呟いて立ち上がる。

 ライトは路地裏に残されていたホタルの落とし物を拾って、静かにその場から去った。


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