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第3話:落とし穴のアルラウネ


 蔦の穴底へと降り立ったライトは、興奮した様子で周囲を見回した。

 冒険者パーティにいた頃は、こういった身勝手で無計画な行動を問題視されていたが、改める気などまるで無い。

 穴の底には、暗闇の魔法は掛けられておらず、光の球が辺りを照らした。


「妖精さんはいるかなぁ⋯⋯!」


 ライトは周囲を歩き回る。

 アルラウネの蔦は、本来ならば、床の中央にいる本体のところへと繋がっている。

 しかし、ここを根城にしていたアルラウネは、移動済みだ。

 ぷっつりと切り離された蔦の端が、そこかしこに転がっていた。

 断面は古く、乾いている。


「魔力はほとんど残ってないな⋯⋯。

 これじゃあ、妖精さんはもういないかも⋯⋯」


 ライトは絡まっている蔦の隙間を覗き込んで、妖精を探した。

 妖精は、魔力の塊が生物化して意識を持った存在であり、魔力の濃い場所を好む。

 アルラウネの蔦跡は絶好の魔力補給スポットであり、ここで休んでいる妖精さんたちも多いのだ。

 しかし、枯れて魔力を失った蔦には、妖精さんがいることは少ない。

 ライトはがっくりと肩を落とした。


「妖精さんも見当たらないし、宝箱のひとつも無いし。

 本当に何なんだよ、この迷宮⋯⋯」


 入口を封鎖して攻略しきるまで出られない仕掛けというものも、ありはしている。

 冒険者たちの選択肢を削ぎ、精神を疲弊させるタイプのダンジョンだ。

 溜まった鬱憤を魔獣にぶつけることも出来ず、謎解きなどでの達成感も無く、パーティの指揮が下がり続ける一方の嫌な構造。 


「あーあ、つまんない! リオのばーか!!」


 ライトは石製の床に大の字で寝転がった。

 憂さ晴らしに愚痴を叫んでも、返事は無い。

 虚空からリオが「なんですって~!」と飛び出してくるなんてこともない。

 ライトは駄々っ子のように、ばたばたと手足を動かした。


「⋯⋯ライト、それは何をしてるんだい?」


 上空から降りてきたホタルが、不思議そうに問いかける。


「なんかムカつくから、暴れてる。

 リーダーがいたら喧嘩で発散できたんだけど⋯⋯」

「そういう行為は、チームの仲違いに繋がりそうな気もするが⋯⋯」

「叫び声で魔獣が寄ってきたら、喧嘩してる場合じゃなくなるから大丈夫だよ」


 大丈夫では無い。協調性の無いライトの行動に、リーダーはいつも胃痛がしていた。

 魔獣の奇襲を感知するのが役目のスカウトが、仕事をサボって駄々をこねるのだ。

 リーダーがライトのご機嫌取りに疲れて、解雇するのも当然と言える。

 しかし、それを知る者は、この場にはいなかった。


「ちなみに、ライト。今の大声で魔獣は寄ってきたのかい?」


 ホタルは楽しげに微笑んで問う。

 彼女も彼女で、危機感や不安といったものを感じている気配は無い。

 ライトは床から体を起こして、偵察術を起動してみた。

 この落とし穴の底は、通路と繋がっているらしく、前のほうから何かが近づいてくる気配があった。

 速度はあまり早くなく、のっし、のっし、とこちらに向かって進んでいる。


「敵性反応あり、解析します。──天界におわす神々よ、我に敵意ある者あらば、その真相をお伝えください⋯⋯!」


 ライトは魔法の詠唱を重ねて、偵察術を強化した。

 この気配は、魔獣というよりは悪魔に近そうだ。しかし、リオのものではない。

 甘い花蜜の香りが通路の先から漂い始める。


「まさか、アルラウネ!? 寝床のローテーションで戻ってきたのか!」


 ライトが叫ぶと同時に、悪魔がその姿を現した。

 伸ばした蔦を足の代わりにして歩く植物悪魔、アルラウネ。

 ウツボカズラを思わせる袋状の消化器官は、バスタブのように横長の形へと進化している。

 シャワーホースのように伸びた蔦には、バスタブの蓋にもなる大きな葉が、傘のように開いている。


「さぁて、どうする、ライト? 戦うのかい?」

「無理です。あれって、ハニーポット・アルラウネですよね。

 今は氷の魔石が無いので戦えません」


 アルラウネの弱点は氷だ。

 氷の魔石を投げつければ動きが鈍り、こちらが優位に戦える。

 だが、氷属性の攻撃が出来なければ、自在に動き回る複数の蔦に絡め取られて終わりだろう。

 消化液を兼ねた甘い花蜜でいっぱいのバスタブの中へと投げ込まれ、美味しく食べられてしまう。


「逃げるかい?」

「ホタルさんがボクを抱えて飛べるなら、それも手でしたけれど⋯⋯」


 ライトとホタルの背後は壁だ。逃げ道は無い。


「⋯⋯ホタルさん。ダンジョンでの危機には、パーティ全員で当たるのが鉄則です。

 あのアルラウネを燃やして倒すとか、他の次元に送り込むとか、出来ますか?」

「出来るよ。勝てば良いんだね?」

「やった! それじゃあ、お願いします!」


 ライトは戦闘の邪魔にならないように下がる。


「あらぁ⋯⋯。アタシの寝床に、誰かいるわぁ⋯⋯!

 ご飯かしら⋯⋯、ご飯かしら⋯⋯!」


 アルラウネが、バスタブの中で立ち上がる。

 人間の女性を模した姿だ。緑色の体表からぬるりと花蜜が滴っている。

 アルラウネはライトを見つめて舌舐りをした。


「うふふ、とっても美味しそぉ⋯⋯♡」

「⋯⋯私のことは無視か。これだから人間喰らいの連中は⋯⋯」


 ホタルの手袋がカンテラを取り出して構える。「── Brulu!」

 短い呪文と共に、青白い火の玉が彼女の周囲に作られていく。


「悪いが、彼との契約は私が先約だ。

 喰らいたいなら、奪い取ってみろ⋯⋯!」


 怪火が一気に燃え上がり、炎の壁を作り出す。

 アルラウネからライトの姿を隠すかのように、青白い炎が広がった。

 ライトはホタルの戦闘能力をまだ知らないが、迷宮を簡単に攻略できたせいでアドバイザーの仕事が出来ない、と言っていた辺り、強いのだろう。

 ライトは偵察術を展開し、ホタルとアルラウネの動きを観察する。

 アルラウネは不機嫌そうにホタルを睨んで、蔦をくねらせた。


「不審火の分際で、生意気ねぇ⋯⋯!

 私の蜜で消火してあげる!」


 アルラウネの蔦先が膨み、花が咲くように開く。戦闘用の噴出器官だ。

 消化液の花蜜が、弾丸となって勢いよく吐き出され、ホタルに迫る。

 ホタルは飛翔術を使ってひらりと宙に飛び上がり、容易く攻撃を避けた。

 床の上にアルラウネの蜜が広がり、甘い香りがむせ返りそうなほどに満ちた。


「うわ⋯⋯! この匂い、結構くるな⋯⋯!」


 ライトは腰のポーチからバンダナを取り出して、鼻と口を覆うように巻いた。

 アルラウネの花蜜には、人を惑わせる効果もある。

 ホタルの炎壁のお陰で、花蜜がライトの元まで流れてくることは無いが、香りは宙を伝って届く。


「──清浄なりし女神よ、我に加護を与えたまえ!」


 ライトは呪文を唱えて、バンダナに浄化の効果を付与しておく。

 正規の神官ではないライトでは、それほど強力な効果は無いが、何もしないよりはマシだ。

 炎の壁の向こうでは、宙に飛び上がっていたホタルが、新たな怪火を生み出している。

 彼女には幻惑の香りが聞かないようだ。やはり純粋な人間では無いのだろう。


「どうした? その蔦で捕らえないのか?」


 挑発するように、ホタルが笑った。

 アルラウネの基本戦術は、花蜜の香りによる敵の思考力低下と、複数の蔦による波状攻撃。

 しかし、このアルラウネは遠くから蜜玉を撃ち出すだけで、ホタルに触ろうとはしない。

 蔦が導火線となって、本体に炎が届いてしまわないように動いているのだ。

 魔獣と違って、頭が回る。だからこそ、ホタルの挑発が刺さる。


「お前は弱いな。所詮はちゃぷちゃぷと水遊びをしていただけのお子様か」

「な、なによぉ! 生意気なやつぅ!!

 アタシの蜜で溺れさせてやるぅぅうう!!」


 アルラウネが蔦を動かして、バスタブ状の捕獲袋を蔦で持ち上げる。

 バケツをひっくり返すかのように、頭上から蜜を降らせるつもりだ。


「そぉーれ、荒波ぃ!」


 アルラウネの蜜が、空中に浮いていたホタルの体へと降り注ぐ。

 生身の人間だったなら、消化液の効果で大打撃だっただろう。

 しかし、ホタルは口元の嘲笑を崩さずに、カンテラを頭の上へと掲げた。

 ホタルの魔力が花蜜の滝に纏わりついて、ぴたりと落下を制止する。

 飛翔術の応用だ。物を浮かせる力を使って、ホタルは巨大な蜜玉をアルラウネへと撃ち返した。

 ばしゃり、と蜜がアルラウネを頭から濡らして、バスタブが地上まで落ちた。


「その方法では、私に触れることは出来ないぞ」

「ぐ、ぅう⋯⋯! なによぉ、それぇ⋯⋯!

 これだから変異種は嫌いなのよ⋯⋯っ!」


 アルラウネが涙目でホタルを睨みつける。

 ホタルは笑みを浮かべたまま、静かに敵を見下ろしていた。

 青白い怪火がホタルの周囲で不気味に燃える。


「さあ、その蔦を伸ばしてこい。握手くらいならしてやるぞ。手袋と言わず、私の炎で──」


 ホタルの手袋がパチンと指を鳴らすジェスチャーを取り、青白い火の玉が一斉にアルラウネへと降り注ぐ。

 アルラウネは咄嗟に大きな葉で消化袋に蓋をした。

 が、怪火によって葉は真っ黒に焦げ落ちて、アルラウネの本体へ攻撃が貫通する。


「きゃああああ!」


 アルラウネの悲鳴が響く。

 彼女の体はブスブスと黒い煙を上げて、ところどころ焼け焦げていた。

 捕獲袋のバスタブにも大きな穴が空き、花蜜が無様に漏れ続けている。 

 ホタルは次の怪火を構えながら、降参を呼び掛けた。


「私のほうが格上だ。悪魔社会は実力主義。降伏し、二度とライトを襲わぬと誓え!」

「くっ⋯⋯! これは、認めるしか無いようねぇ⋯⋯!

 いいわ、あなたの言うことを聞いてあげる」


 アルラウネが両手を上げて、降参を示す。 ホタルはカンテラを下ろして、花蜜まみれの床を空中から見下ろした。


「これは、ライトには危険すぎるな⋯⋯」


 ホタルは飛翔術を花蜜へと掛け、アルラウネのバスタブの中へと注いでいく。

 床の上は数秒で元の綺麗さを取り戻した。

 ホタルは床に着地して、ライトを守っていた炎の壁を解く。


「終わったよ、ライト。私の勝ちだ」

「⋯⋯トドメは刺さなかったんですね。

 魔界だとそれが普通なんですか?」

「普通かどうかは知らないが、ノクタリオから仕掛けは壊すなと言われている。

 だから命は奪わなかった」


 ホタルが穏やかに微笑む。

 リオが言っていた通り、彼女は迷宮アドバイザーの仕事に真摯だ。


「何はともあれ、これで仕事が進みましたね。

 大穴を越えさせるギミックと、アルラウネの棲む落とし穴。

 ここの情報をまとめたら、今日の仕事はおしまいです」


 ライトはアルラウネのほうを向く。

 ホタルの攻撃で、人型をしている本体には焦げ跡がいくつも出来ている。

 花蜜の香りは、戦闘が終わったことで幻惑の効果が薄められ、ほのかに匂う程度になっていた。

 ライトはバンダナを外して、ポーチへと仕舞う。


「さて、ライト。迷宮アドバイザーとして、君はこの罠をどう考える?」

「そうですね⋯⋯。妖精さんがいないのは凄く残念でしたけど、悪くは無いと思います」


 暗闇の魔法を張った落とし穴は、深さや罠の有無がわからなくなる。

 これ自体はよくある仕掛けだ。

 ライトがやったように、意外と浅かった底を歩いて対岸へ渡る、という攻略法があるのも悪くない。

 もしも、飛翔術や橋造りが必須になるなら、今後も似たような罠があると判断されて、技術不足の冒険者は撤退してしまう。

 攻略に特定のスキルが必要だという噂が広まれば、挑戦者の数は減ってしまうだろう。


「そこのアルラウネは──」

「シルビアよ。アタシのことはシルビアって呼んで、美味しそうな迷宮アドバイザーさん♡」

「急に割り込むな。考えてたことが頭から飛ぶだろ」


 ライトは迷惑そうに顔をしかめた。

 シングルタスクの脳内が、何を言おうとしてたか忘れそうになる。

 シルビアは捕獲袋の縁に寄りかかりながら、悪魔らしく微笑んでいた。


「アタシには敬語は使わないのねぇ⋯⋯。

 そういう躾でもしてあるのぉ?」

「さあな。人間は悪魔が嫌いだから、敬意が無いだけなんじゃないか?」

「うふふ。だとしたら、凄く興味が唆られるわね。

 悪魔の誘惑にどこまで我慢し続けられるか⋯⋯」


 くすくすと笑いながら、シルビアが呟く。

 ホタルは溜め息を吐いた。人間喰らいの悪魔はこれだから、とでも言いたげな表情だ。

 脳内の整理が終わったライトが、シルビアに話しかけ直す。


「それで、シルビア。お前はこの階層をうろついて、どこかの穴の下で獲物を待っているのか?」

「ええ、そうよぉ。この階層には落とし穴が五ヶ所あって、順番にローテーションしてるのぉ」

「お前が留守にしている寝床に、他の魔獣がいることは?」

「無いわねぇ。ノクタリオ様のご意向で、悪魔や魔獣はほとんど配置されて無いわ」

「なるほどな⋯⋯」


 ライトは溜め息を吐いた。

 罠も魔獣も宝箱も、何もかもが少ない構造。

 冗長な通路は、迷路と言うには分岐路が無さすぎて、マッピングのしがいも無い。

 初心者向けとして活用するには良いかもしれないが、そうなるとシルビアが邪魔だ。

 ハニーポット・アルラウネは、氷属性の攻撃で動きを鈍らせなければ戦いづらい。

 消化液を兼ねている花蜜で武器が破損しようものなら、攻略を諦めて帰るしかない。

 しかし、ここまでの道のりで得られた宝物が無いので、冒険は完全に無駄足だ。初心者にこれは厳しすぎる。

 

「ホタルさん。この迷宮に必要なものは、魔獣です。

 序盤の通路に魔獣を増やせば、冒険者は牙や毛皮が手に入りますし、引くか進むかの駆け引きも生まれます。

 欲を出して進み過ぎれば、強力なアルラウネで叩かれる。

 そのほうが冒険者たちへのウケは良くなると思います」

「なるほど。そういうものなのか」

「強力なアルラウネだなんて、照れるわぁ♡ 後で一緒に、あまぁい果実酒でも飲まなぁい?」

「⋯⋯⋯⋯」


 シルビアの言葉をライトは無視した。

 だって、この悪魔、妖精じゃないし。

 仲の良い妖精を紹介してくれそうな感じもしないし。

 ホタルもシルビアのことを無視して、上空を見上げた。


「ノクタリオ! 本日の調査はこれで終わりだ! 私たちを外に出してくれ!」

「⋯⋯わかりましたわ。貴女がたの次元移動を許可します。

 どうぞ、お好きにお帰りになって」


 虚空からノクタリオの声がする。

 ホタルはライトの前に手袋を差し出して、柔らかく微笑んだ。


「さあ、行くよ、ライト。私の手を離さないで」

「はい、ホタルさん! 今度こそ、妖精さんたちのところに案内してください!」


 ライトはホタルのそばに駆け寄って、白い手袋を握り締めた。

 ホタルがカンテラを高く掲げて、次元移動の魔法を紡ぐ。

 青白い炎が二人を包んで、迷宮の中から消え失せた。


「⋯⋯あーあ。すっごく美味しそうな人間さんだったのにぃ⋯⋯」


 シルビアが残念そうに呟く。

 花蜜で満たされた捕獲袋の中で、彼女は己の膝を抱えた。


「あの青白い不知火、いつか絶対に消し去って、人間さんを奪ってやるわぁ⋯⋯!」


 悪魔の社会は、実力主義。

 ホタルへの下克上が成されれば、実力によって結ばれた今日の約束は無に還る。

 シルビアは落とし穴の底に根を張って、迷宮の魔力を吸収しながら、眠りに就いた。


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