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第11話:ネクロマンサーと悪魔


 御札を剥がす作業は、拍子抜けするほどアッサリ終わった。

 道中で魔獣に出くわすこともなく、妨害が仕掛けてあるわけでもなく。

 妖精を見つけてしまったライトが、職務放棄をしでかすなんて問題も、幸運にも起きなかった。

 ライトは七枚の御札を握り締めて、ホタルの顔を見上げる。


「罠を壊すのは終わりましたけど⋯⋯。たぶんこれ、また設置されそうですよね」

「そうだね。犯人を捜して、どうにかしなければ、転移事故がまた起きるかもしれない」

「⋯⋯これを仕掛けた犯人は、やっぱり悪魔なんでしょうか?」


 人間を呼び寄せる理由として、ライトが真っ先に思いつくのは、捕食だ。

 悪魔にとって、人間の魔力は美味である。魔界では狩りの必要性が低いと言うが、嗜好品として求められることはあるだろう。

 ただその場合、悪魔には使えないはずの神聖術が罠に組み込まれていたことが気がかりだ。

 人間の協力者がいるのか、あるいは犯人が悪魔を飼っている人間なのか──。

 ライトの仮説に、ホタルは首を横に振った。


「現状はまだ、情報が足りないね。

 ⋯⋯だが、戦闘になる可能性は大きいだろう。森にいる間は、警戒を怠らないでくれ」

「了解。それじゃあ、怪しいところに行ってみますか」


 ライトは偵察術を起動して、周囲の地形を脳裏に描く。

 御札を剥がしたお陰か、あの嫌な感覚は消えていた。


「この御札は、円周上に配置されていました。恐らくは魔法陣の外周です」


 ライトは脳内の地図を地面に木の枝で映していった。

 魔法陣は、儀式魔法で使われる技術だ。

 魔力を引き寄せたり弾き飛ばしたりする魔石や魔獣を、特定の形で配置することで、魔法を使うときの体内の魔力の流れを再現する。

 イメージとしては、うちわで扇いで風車を回すようなものだ。

 普通の魔法では、自分で息を吐いて風車を回すが、儀式魔法は準備の手間が多い代わりに威力や持久力が高い。


「魔法陣の中心から、御札に向かって魔力が流れてきてるのを感じます。

 この感覚は、たぶんですけど、魔術師からの稼働命令ですね」

「つまり、この円の真ん中に犯人がいるというわけか」


 ホタルがライトの書いた地図を見つめる。

 ライトは偵察術を停止して、立ち上がった。


「どうしますか、ホタルさん?」

「勿論、敵は叩き潰す。次元移動でキミを案内できないと、妖精のいるところへ連れていくって約束も果たせないからね」


 ホタルは穏やかに微笑んだ。

 ライトを魔界へ連れてきたときに交わした約束だ。

 色々とあって、ライトの頭からは抜けていたが、彼女はちゃんと覚えてくれていたらしい。

 ライトも嬉しそうに微笑んで、ホタルへ大きく頷いた。


「それじゃあ、行きましょう!」

「ああ。共に行こう、ライト」


 二人は森を歩き出す。

 魔法陣はちょうど、ミューワルの林を囲むように作られており、十数分で中央へと着くだろう。

 進むほど周囲の木々が萎び、枯れ落ちた葉が足元でカサリと音を立てていた。


「ここが、魔法陣の中心部です」


 ライトは目の前を指差した。

 そこには、一軒の小屋が建っている。

 木製の粗末な小屋だ。木こりの休憩所だとでも言うかのような見た目だが、内部から魔力の渦巻きを感じる。

 ホタルは小屋の入口から少し離れた位置に立ち、飛翔術で浮かせた手袋で、コンコンと扉をノックした。


「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」

「⋯⋯返事は無いみたいですね。魔法陣を稼働させるため、集中してるんでしょうか⋯⋯」

「扉を開けて、入ってみようか」


 ホタルがカンテラを掲げる。

 小さな怪火が飛ばされて、扉の鍵穴で爆発が起きた。

 完全にダンジョン扱いだ。ホタルにとってこの小屋は、自分達の邪魔をしてくる悪魔の拠点に他ならない。

 ⋯⋯魔界の住民にとっては、こういった我道の邁進は、とてもよくあることだった。


「闇の魔術が貼られているね⋯⋯。気をつけてくれ、ライト」

「はい。ホタルさんも気をつけてください。この小屋、罠の気配が多いです」


 ライトは魔法で光の球を作り出し、小屋の中を照らす。

 床の上には、地下へと続く石の階段があった。

 魔術師の気配は、この先だ。

 二人は罠のスイッチを避けながら、階段を降りた。

 ホタルは「どんな迷宮であっても正しい道順がわかる」と豪語していただけあって、ライトが警告を発するより先に罠の場所を見抜いていた。

 ⋯⋯これじゃあ、ボクの仕事は無いな。

 ライトは苦笑しながらも、偵察術での確認は続ける。

 スカウトとしての癖もあるが、もしかしたら、妖精さんがいるかもしれないし。


 二人が階段を降りていくと、紫色の光が道の先から見えた。

 魔法陣の中心地、魔術師の作った儀式場だ。

 四角い部屋の中心に、御札に描かれていたのと同じ紋様が刻まれている。

 紫色の光は、魔法陣を補強するための闇の魔石だ。


「──ベー、ベー、スー。ベー、ベー、スー。

 異境より飛来せし尊き御方よ⋯⋯」


 呪文を唱えながら、魔術師が魔法陣の中心で踊っている。

 若い女の魔術師だ。体格は小さく、どこか子供っぽくも見える。

 じゃらじゃらとしたチェーンや円盤の飾りが大量につけられた衣装は、どこの流派の儀式服だろう。

 少なくとも、ライトには見覚えがない。

 そんなの、どうでも良いことだろう。これからホタルと二人がかりで、有無を言わさずにとっちめるのだから。

 ライトは敵を見据えながら、腰の短剣へ手を伸ばす。

 くねくねと体を揺らして金属のチェーンを鳴らしていた魔術師と目が合った。


「あら? あらあら? お客さんなの!

 人間のお客さんがやってきてくれたの!」


 魔術師がキラキラと目を輝かせて、躍りを止める。

 彼女は聞いてもいないのに、べらべらと一方的に語り始めた。


「初めまして! リンゲルのお名前はリンゲルなの!

 お空の上にいる神様に会うため、伝説の聖獣を作ってるの!」


 ライトの頭に、あの迷惑なラミア親子の姿が浮かぶ。

 ⋯⋯多分このリンゲルは、あいつらと似たようなタイプの性格だ。

 ライトは苦い顔になりながら、ホタルを見上げた。


「ホタルさん。あれ、人間ですか?」

「⋯⋯いや。彼女の手の甲にある刺青、あれは悪魔の紋章だ。

 悪魔と何らか契約を結んで『魔人』に転化した存在だよ」


 昔は人間だっかもしれないが、今はもう別の種族だ。

 ホタルはそう冷静に語った。

 リンゲルは楽しげな顔で、改めてライトへと目を向ける。

 頭の先からジロジロと検分するように見つめ、あれれ?とリンゲルが首を傾げた。


「もしかして、あなた、男の子なの?

 女の子じゃなきゃ、聖獣の素材にはならないの!」

「⋯⋯素材? まさか、人間を集めてる理由って⋯⋯」

「理想のキュマイラを作るため、と考えてしまっても良さそうだね」


 ホタルがライトを背に隠すかのように、彼とリンゲルの間に移動する。

 ライトは溜め息を吐いた。

 聖獣などと、敬うような言い方をしながら、自作しようとはどういうことだ。

 ⋯⋯こいつ、故郷でやらかして追放されたから、仕方なく魔界にやってきた犯罪者とかなんじゃないのか?

 ライトがそう考えている一方で、リンゲルは頭上へと声を掛ける。


「エンバーちゃーん! あの男の子を『おかたづけ』してー!」

 

 リンゲルの呼び掛けと同時に、頭上の闇が揺らめく。

 闇はその形を歪ませて、何十本という人間の腕を象った。

 大量の手が、ホタルとライトに襲い掛かる。


「── Brulu!」


 ホタルが怪火を作り出し、炎の壁で闇を払った。

 流石はホタルさん、とライトが感心する暇も無く、次の攻撃がやってくる。

 頭上、側面、背後──。

 にょろにょろと自在に伸ばされた腕が、二人を掴もうと飛び回った。


「ライト、術者の位置を特定できるかい⋯⋯!?」

「ええと⋯⋯、敵は、あの闇そのものみたいです! スライムみたいな不定形の魔物かと!」


 ライトは偵察術を使って、敵の情報を解析していく。

 見たことも聞いたことも無い魔力の反応だ。

 巨大なのに曖昧で、まるで探知を撹乱させる術式が働いているような違和感。

 なんとなく、この正体は、知っているもののような気もするが⋯⋯、どうにも言葉が見つからない。


「闇が本体なら、光で払うか⋯⋯! ライト、目を閉じていてくれ⋯⋯!」


 ホタルのカンテラを持った手袋が、闇の中へと飛翔する。

 ライトは目を閉じて、顔を腕で覆った。


「── Lumturo!」


 呪文と同時に、閃光が弾ける。

 きゃあ、とリンゲルの悲鳴が聞こえた。

 真っ白な光で満たされた部屋の中から闇が掻き消えた。

 二人の頭上で重く淀んでいた魔力が霧散し、そして、──ライトの足元で渦巻く。

 光によって生まれた影に避難したのだ。

 敵はライトの足元から、腕を伸ばして彼を捕らえた。


「うわっ、こっち来た!」


 ライトは即座に、腰のポーチを開けて光の魔石を取り出した。

 焦りながらも動作は確かで、流れるように綺麗な反撃。

 魔石が足元の闇へと投げつけられて、簡易魔術の光が広がる。

 しかし、闇の手はこの程度なら何とも無いとでも言いたげに、ライトの身体へと巻きついた。


「ライト!」


 ホタルの声が、静かな儀式場に響く。

 ライトの影に潜んだ敵が、どろりと表面を波立たせながら、ライトの足元の床を食らった。

 闇の中に、ライトの体が落ちていく。

 まるで沼へと沈んでいくように、無数の手がライトの足を掴んで離さず、暗い世界へ導いていく。


「ホタルさん──!」


 無我夢中で伸ばした腕の指先に、ホタルの手袋が飛んできた。

 ライトは彼女の手袋を握って、穴への落下を耐えようとする。

 ライトの体は胸の辺りまで闇に呑まれて、黒い手のひらにぐいぐいと頭を押されている。


「早く、エンバーちゃんに食べられちゃえなの」


 リンゲルの苛立った声がして、何かの骨が飛んできた。

 あれは、獅子の頭蓋骨だ。リンゲルの魔法で宙を飛び、ライトの腕を噛み千切ろうと迫ってくる。


「させるか!」


 ホタルが怪火で骨を撃ち落とす。

 リンゲルは頬を膨らませながら、衣装のチェーンをシャラシャラと鳴らして、更なる骨を喚び出した。


「湖にいたあの餓者髑髏も、キミの仕業か⋯⋯!」

「湖? 湖に、何かいたの?

 湖はリンゲルのゴミ捨て場なの。

 聖獣作りで出ちゃったゴミは、全部あそこに捨てさせてるから、魔獣が住み着くのは困るなの」


 リンゲルは、獅子の頭蓋骨を撫でながら言う。


「その男の子も、湖に捨てるの。⋯⋯でも、お姉さんはきっと、ちょうど良いの。

 きっと、さっきのあの子より、もっと完璧な聖獣になるの!」


 リンゲルが骸骨を投げつける。

 本当に彼女は、倫理の欠片も無い魔術師だ。

 ホタルは怪火を燃え上がらせて、襲い来る骨を撃ち落とした。

 激しさを増したリンゲルの攻撃に、ライトを庇う余裕が少しずつ削れる。

 ライトの体を掴んでいた黒い手が、ついに口元にも絡みつき、一気に闇へと引きずり込んだ。


「ライト! ライト!」


 ホタルは闇に向かって叫んだ。

 ライトを飲み込んだそれは、床の中へと染み込むように消えていき、後には何も残らなかった。

 リンゲルがくすくすと笑う。


「さあ、これで、邪魔なゴミはおかたづけしたの。

 次はその、聖獣らしくない足をおかたづけするの──」


 獅子の頭蓋骨がホタルに迫る。

 ホタルはひらりと宙に飛び上がって攻撃をかわし、リンゲルの元へと急降下した。

 浮かんだ骨をブーツの底で踏み砕きながら、彼女の目の前へ着地する。

 ホタルは手袋で握ったカンテラを、容赦なくリンゲルの脳天に叩きつけた。

 魔力で作られた防御壁に鋼鉄がぶつかる音がして、ホタルの攻撃が防がれる。


 ⋯⋯なかなかの強度だ。


 ホタルはカンテラを引き戻し、己の膝を敵の腹部に叩き込んだ。

 絵面が少し可哀想だが、弱者に同情してばかりでは、この魔界では生き抜いていけない。

 ホタルはリンゲルが操っている頭蓋骨に飛翔術を掛け、獅子の牙で彼女を咥えた。


「な、なんでなの⋯⋯! リンゲルのオモチャが、なんで勝手に動いてるの⋯⋯!」

「⋯⋯ポルターガイストは、初めてかい?

 あんなに大量の骨を生み出しておいて、随分と恵まれたお嬢さんだね」


 ホタルは冷やかな瞳でリンゲルを見つめる。

 恐らくは、彼女と契約している悪魔によって、ずっと守られていたのだろう。

 湖の餓者髑髏となっていた被害者の怨みは、リンゲルの元には届かなかったのだ。


「悪いけど、私は彼のところへ急がないといけないんだ。

 キミはそこでゆっくりと、魂の迎えを待つと良い」


 ホタルは三角帽子を被り直して、儀式場の奧へと歩き始めた。

 リンゲルが悲鳴を上げていたが、ホタルにはどうでもいいことだった。


 儀式場の奧へと続く通路を進むと、キュマイラの「材料」を保管していたらしい区画が広がっていた。

 檻に入れられた魔界の獅子と、大鷲。どちらも閉鎖的な環境のストレスで弱っている。

 中には魔力枯渇を起こしている魔獣もいるようだ。


「⋯⋯後でノクタリオに連絡して、保護してもらうか」


 ノクタリオはああ見えて、魔獣の扱いにも詳しい。悪いようにはならないだろう。

 ホタルは更に奧へと進んだ。

 人間用と思わしき、少しサイズの小さな檻には、何もいない。


「合成済みのキュマイラもいないな⋯⋯」


 ホタルのカンテラが暗い通路を青白く照らす。

 港町で襲ってきた個体のように、逃げ出したのか。

 それとも、「完成品」は別の場所で閉じ込めているのか。

 ホタルは鍵のかかった扉を爆破しながら考えた。


「⋯⋯リンゲルは、理想のキュマイラを作ろうとしていた。

 だとすると、ここにいる個体は港町のものと同じく、火に耐性があるかもしれない」


 港町の戦いでは、全力の爆炎をぶつけても倒しきることは出来なかった。

 もしもの時は、ライトを連れて次元移動の魔法を使うべきだろう。

 人間を誘き寄せる魔法陣も壊し終えたから、もう二度と、事故は起きない筈だ。


 ホタルは宙に浮く手袋の形を握り拳へと変えながら、足早に通路を進んでいった。

 ライトの魂は、ここよりもっと深い場所。地下の儀式場より更に下にある部屋にいるようだ。

 迷うようにふらふらと移動している魂の気配に、ホタルは歩く速度を早めた。

 霊体化して床をすり抜けられれば良いのだが、この地下施設には悪霊対策が施されているらしく、透過は不可能だった。


「⋯⋯帰り道は、そちらじゃないよ。それとも、私を探してるのかな?」


 ホタルは口元に笑みを浮かべて、地下室の階段を降りていく。


「一緒に帰ろう、ライト。ここはキミに、相応しくない」


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