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第5話『俺の家より居心地が良いじゃないか』

「お、お前……マジで言ってるのか?」


 今、俺は同じ部屋にいる見知らぬ男に話しかけられている。


 柔らかいベッド、運ばれてくる美味い食事。無機質な外観さえ除けば、その環境は最高だった。

 だから俺は男に対して言ってやった。


「当たり前だろ! こんなふかふかなベッドに味がついた飯! 最高以外の言葉じゃ言い表せないだろ!」

「固くて寝心地の悪いベッドに質素な食事の間違いじゃないか?」


 俺の感想を全て否定してくる謎の男。

 俺よりは髭が伸びていないようだが、髪も髭も少し伸びてやせ細っているような体型。

 この男にとってはこの部屋の環境は最悪らしいが、俺にとっては最高といっても差し支えない環境だった。


 ただ、ある一点を除けば――だが。

 

「お前らうるさいぞ! 静かにしろ!」


 会話していると部屋の外にいる別の男から上から目線で怒鳴られた。

 俺が何をしたというのか。喋っただけで怒られるとは本当に理不尽極まりない。


 まあ、それもこの場所が原因だ。


 なにせここは――犯罪者を収監する牢獄なのだから。




 ◇ ◇ ◇




 時は一日前に遡る。


 三匹のラビッドボアを狩り、その死体を持って記憶の中にある近くの街に向かったのだ。


 ただ、歩いても歩いても街が見つからず、数日歩いてやっと見つけたのがとある大きな街だった。

 高い外壁に囲まれ、魔物対策がバッチリな強固そうな街である。


 しかし、長く歩いたために腹が減ってしまった。

 なので持っていたラビッドボアを食料にしてしまったのだ。


 手元に残ったのは一体のラビッドボアの頭部のみ。

 何のためにこの街までやってきたのだと今更になって後悔していた。


 魔物の素材を換金してもらいそのお金で新しい服を買うはずだったのに、これだけではほとんどお金にならないかもしれないのだ。

 しかし、ここまで来てしまった。だから頭部だけでも換金しようと街に入ることにしたのだ。



「――貴様ァ! 怪しいヤツめ!!」

「は?」



 街の入口。その場所にあった大きな門。

 街を守るように兵士っぽい人が立っていた。年齢は人間にすると二十代後半ほどだろうか。

 その兵士が俺が近づくなりいきなり槍を向けてきて、怒号を浴びせたのだ。


「いや、怪しいと言われても。魔物を売ってお金にしたいだけなんだが」

「何ィ!? 魔物だと!? そんな小さな部位がお金になるわけなかろう!」


 え、そうなの?

 やっぱり小さすぎた?


「ここに来る途中でお腹減ったから食べちゃったんだ。元々は三体持ってたんだぞ?」

「は……お前今、なんと言った? 魔物を……食べた、だと……?」


 兵士が信じられないものを見るような目で俺を見てくる。

 話が進まない。早く中に入れてくれよ。


「だからそうだって言ってるだろ」

「きっ、貴様ァ! やはり怪しいヤツ! 魔物を食べるなんて……お前は魔族か! 魔族なんだな!」

「魔族ってなんだよ」

「し、しらばっくれるな! おい! 誰か! 人を呼べ!」


 よくわからないが、こいつは話を全く聞かないやつらしい。

 ただ、誰かを呼んでくれるようだ。


 恐らく上司というやつだろう。こいつより話ができるやつだと良いのだが……。



「――怪しいヤツめ!!」



 数分後、そこに来たのは確かに上司だったらしい。

 しかしそいつは最初の兵士以上に話を聞かないやつだったのだ。


 こんなに話が通じないやつらが警備してる街の管理は大丈夫なのかとも心配したが、これ以上騒ぎを起こして組合にも行けずお金がもらえなくなると困る。だから俺は穏便に済ませよう静かにゆっくり話すように心がけた。


 しかし結局、どうやっても俺を怪しいやつだと言い張られた。

 そこで、俺は無理矢理にどこかへと連れて行かれたのだ。


 街の外壁に沿うようにして歩くと見えてきたのは無機質な建物。

 その中に入り、進んでいくと地下へと下り始めた。


 途中までは、さらに上のお偉いさんが出てきて、実はこのラビッドボアを買い取ってくれるのかな?

 とも思っていたのだが、全くそうではなかったと直前になって気付いた。


 俺はそのままわけもわからず牢屋に入れられたのだ。


「――なんだなんだぁ? 新入りかぁ?」

「黙れ! 今日からこいつがお前の同僚だ。騒ぎは起こすなよ」

「へいへい」


 俺が連れていかれた牢屋には、先に中年の男が居座っていた。

 

 彼は髪も髭も少し伸びており、いかにも怪しい風貌だった。

 この場所に収監されているということは、何か犯罪を犯したのだろう。


「おい新人、お前何やらかしたんだぁ?」


 ニヤリと気持ち悪い笑みを見せた男が話しかけたきた。


「俺は何もしていない。ただ、服を買いたかっただけだ」 

「ははっ。何を言ってるんだ。その風貌で何もしてないはずがないだろ。お前みたいなヤツが幼女を誘拐して酷いことするんだよなぁ」


 勝手な妄想を押し付けないで欲しい。

 確かに昔幼女に訓練をつけたことはあったが、酷いことはしていない。


 ……うーん、あれ?

 でも、酷い訓練はしたかもしれないな。

 こいつの言うことは意外と的を得ているかもしれないと一瞬思ってしまった。


「俺の何がおかしいんだ。少し髪と髭が長いだけじゃないか。確かに服はもうボロボロだが……」

「それにお前、ちょっと臭いんだよ。何日も風呂に入ってないだろ?」

「道に迷ったからな。数日入っていない」

「数日どころじゃない臭いなんだが……」


 確かに迷っていたので風呂に入っていないが、それまでは水浴びはしていた。

 ただ、五年前のヘレンさんの言葉を思い出す。石鹸で体を洗った方が良いと。

 しかし、あれからも石鹸は手に入れていない。水浴びだけでは臭い匂いは溜まる一方のようだった。


「しょうがねぇだろ。俺だって石鹸くらい欲しかったよ!」

「だからお前、石鹸を盗んだのか……」

「盗んでねぇ!」


 こいつ、俺を犯罪者と決めつけやがって。

 冤罪だというのに、話にならない。




 ◇ ◇ ◇




 それから一日が経過した。


「お前……慣れるの早くねぇ?」


 同室の男がバクバクと美味そうに食事をする俺を見て驚いていた。


「こんな美味い飯どれくらい振りだ! クソ美味いぞ!」

「クソみたいな味はするが……お前、味覚がイカれてやがるのか」


 何をこの男は……。

 味がついてるだけで美味いじゃないか。これが不味いとは今までどんな贅沢をしてきたのだ。

 毎日このような飯が届けられる時点で凄いじゃないか。


 まあ、言いようによっては、居心地良い環境を提供することで脱獄の意思を弱めるといった戦略もあるかもしれない。

 ただ、俺は脱獄は考えていない。脱獄してしまったら本当の犯罪者になってしまうからな。

 いつか話がわかるやつと会話し、真正面から出してもらうのだ。


 というかこの牢屋の環境、かなり囚人に優しいのだ。

 食事も出るし、俺の家にはなかったシャワーも浴びれるし、ふかふかのベッドもある。

 ただ、男が言うには全然ふかふかではないらしい。俺の家の固いベッドに比べればどれだけ良いベッドか……。


「お前、浮浪者みたいだな」

「はぁ? 俺のどこが浮浪者なんだよ」


 俺が浮浪者なわけなかろうに。実際家はあるし、今まで一人でもちゃんと生活してきた。

 浮浪者とは、家がなく職もなく、そこら辺を歩いているやつことだろう。

 ……家はあるけど、職はないな。


「常識知らずなやつめ。まずお前の見た目からだよ! とんでもなく長い髪に長い髭、そしてギリギリ股を隠せているボロボロの服装! 俺の何倍もホームレスみてぇじゃねーか!」

「確かにお前より長いかもしれないが、これだけでホームレスとは何をおかしな!」

「浮浪者ってのはな、ちょうどお前みたいなやつのことを言うんだよ! 一度鏡でも見てみろ!」

「鏡……?」


 すると男が牢屋の壁の上の方を指を差した。

 その指を辿って視線を動かすと、なんとそこには小さな鏡があったのだ。


 鏡なんて何十年も見ていない気がする。今の俺はどんな顔をしているのだろう。

 そもそもなぜ牢屋に鏡があるのか意味不明だが、俺は久しぶりに自分の顔を見てみることにした。


 そうして鏡を覗き込んで見ると――、


「――は?」


 うそ、だろ……。これが俺……?


 そこに映し出されていた男――否、男とすらほとんどわからない人物。

 顔全体が毛に覆われ、まさに伝説の雪男と言われるイエティのようになっていたのだ。


 長い髪と蓄えすぎた髭は頬と口元を隠し、毛虫のような眉毛は目と額を隠していた。あるはずの白い肌はほとんど露出していなかったのだ。

 確かにこれでは男の言う通り、浮浪者に見えてもおかしくなかった。


 そういえば最近、妙に視界が狭いと思っていたのだ。

 これが理由だったのか……。


「――――」


 クソ、なんで俺は……。

 容姿さえ整えていればこんなことにはならず、恐らく門にいた兵士も笑顔で通してくれたことだろう。


 全てに無頓着すぎた自分が憎い……!


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「なんだっ!?」


 俺は自分に対して怒りが込み上げた。

 そして、それは鏡に映る自分に対する衝動となっていた。


 いつの間にか俺は鏡の中の自分を殴っていたのだ。

 ドガンと爆発音のような轟音が牢屋内に鳴り響き、鏡ごと壁を破壊へと導く。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」


 その瞬間、同室の男が女性のような悲鳴をあげていた。


 破壊した衝撃で舞い上がった土煙。

 それが晴れていくと見えたのは、思った以上に破壊されていなかった壁だ。


 鏡自体は粉々の破片となって床に散らばっている。

 結構強めに殴ったはずだったが、壁には小さな穴しかできず、その周囲には歪なヒビが入っていたのだ。


「む……」


 俺は違和感を感じ、壁に近づいてみた。

 すると、すぐに理解できた。


 これは魔術による防御結界。それがこの壁全体に張り巡らせてあったのだ。

 恐らく囚人が逃げ出さないようにするための強力な結界。

 壁に手を当てると、その防御結界の魔力の残滓がそこには残っていた。


「ふむふむ。なかなかに良い結界らしい」


 この結界を作った人物は相当な魔術の使い手らしい。

 今までは魔物が使う防御結界の魔術ならパンチ一発で、その後ろの肉体まで破壊できたが、ここまで耐えられたのは初めてだった。


 ただ気になることがあった。

 何重かに防御結界が編まれている……?


 魔術の残滓をよく確認すると、防御結界が一つだとは考えられなかった。

 三重……いや、五重か……? 複数の結界が積み重なっているように見えた。


 五人が別々に結界を重ねて張ったのだろうか。いや、それだとこんなに綺麗に重なるわけがない。

 うーん。となれば、まさか一人の魔術師が――、


「お、お前……なんてことを……」


 そう考えていた時、同室の男が壁を背にしてずり落ちていた。


 ああ、壁を壊すのは良くなかったよな。

 もしかすると壁を壊してしまった責任がこいつにも行くのかもしれない。

 そうだとしたら申し訳ない。


「きっ、貴様ァ!!!」

「む……」


 すると看守と思われる人物が俺の牢屋の前にやってきたのだ。

 そして俺が穴を開けてしまった壁を目撃してしまった。


 もう半分は犯罪者になることを覚悟していた。

 怒られるだろうなと思いながらも、俺は待つことしかできないのでベッドに戻り眠ることにした。


「クソっ、大変なことを……! ゲキメツ様をお呼びしなければ……!」


 看守は何かを呟きながらすぐに牢屋の前から外に出ていった。

 この結界を張った魔術師の名前だろうか。


「ふっ……ゲキメツってなんだよ」


 俺はベッドに横になりながらその名前に笑ってしまった。


 看守がいなくなってから、数分。

 何も考えずにいると、俺はすぐに眠りに落ちた。




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