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第3話『イカれたクソガキのくせに』

 ――あれから八年が経過した。



 おおよそ十三歳になったアリッサ達。

 この年齢になると、実力が認められれば誰でも入学できるという王都の学校があるらしい。


 そこでは将来、冒険者やその他様々な職業に就くため、体術や武器を使った授業に魔術の授業の他、一般知識を学べる座学もあるとのことだ。

 彼女達は孤児院でその学校の情報を聞き、これからの未来のために入学するとのことだった。



 つまり、この日。


 彼女達は俺の手から離れることになった。


 アリッサもリタもマオも皆身長が大きくはなったが、まだ俺のお腹から胸辺りの身長。

 年齢を考えてもこれからもっと身長が伸びて行くことだろう。


 少し寂しくはなるが、それぞれ冒険者になりたいという夢があるのだ。

 俺はその為の訓練をしただけ。


 八年という時間はあっという間だった。

 エルフ族にしてみれば、相当に短い時間だ。


 ただ、普通の人間は長く感じるだろう。

 彼女達も恐らく長い訓練だったと思っているだろうが、終わってみればあっという間で短かったとも感じているかもしれない。



「ヒゲルフ! じゃあ、これで最後だねっ」



 金色の綺麗な髪を胸まで伸ばし、凛々しく、そして美少女に成長していたアリッサ。

 ハキハキとしていて、まさに聡明な剣士として相応しい出で立ちである。と言っても十三歳には変わらないが。


 そして、この八年の間に『瞬脚』『反力』の他に『変重』という加護も得ていたことがわかった。

 三つの加護を持つだなんて、もう勇者級である。というか勇者超えしていてもおかしくない。


 ちなみに『変重』とは、触れた物質に重さを付与できる加護らしい。とんでもない加護である。

 しかも直接触れなくても間接的に触れさえすればその加護は効果を発揮するので恐ろしいことこの上ない。


 俺との剣の立ち合いをした時も真っ直ぐに打ち合っていては『変重』により俺の剣だけを重くされて剣が振れなくなるのだ。

 だから剣戟を交わすのは一瞬に留めるしかなかった。鍔迫り合いをしてはいけないのだ。一瞬であれば、加護の効果は発揮することはなかった。


 しかし普通にヤバいのが、自分の剣を重くしてくることだ。

 剣を振り下ろした瞬間、もしくは相手に当たる瞬間に剣を重くすることで何倍にも威力が増すのだ。彼女にさせてはいけないのは真っ向勝負。


 真っ向から打ち合うと簡単に武器を破壊されてしまう。今までに何度武器をダメにされてきたかわからない。

 だから、彼女との立ち合いは基本的には木を削って作った木剣で行っている。


 そして『反力』の加護が彼女にヤバい影響を与えた。

 攻撃を受けて痛みを感じることが快感になってしまったのか、俺との打ち合いでも「もっと打って!」「痛気持ち良い!」と笑いながら息を荒くしていた。

 若干十三歳で変な性癖に目覚めたのではないかと心配している。




「……私がいない間に女作ったら殺すからね」



 そして、ピンクブロンドの髪を肩まで伸ばしたボブカットの美少女。

 魔術師を目指しているリタである。


 八年間彼女と一緒に過ごす中で、なぜか性格はどんどんひん曲がっていった。

 俺とリタの間にはもちろん何も無い。そもそも子供相手にそんな気は起きないが、独占欲が出てきたのかいつの間にかヤンデレと化していた。


 俺に殺すなんて言葉を使うのはマオだけだと思っていたが、今ではリタも普通に使っている。

 マオよりも俺はいつかリタに殺されてしまうのではないかと思っているくらいだ。


 リタとの訓練は本当に大変だった。

 なぜなら魔術の攻撃範囲が広すぎるからだ。


 あれから雷魔術以外にも複数の魔術を使えるようになったリタ。

 魔術師との戦いでは、魔術を発動する前に速攻で近づいて仕留めるのが最善策。


 しかしリタは魔術の発動スピードが速すぎる上に自分が立っている場所以外を魔術で破壊し地面を陥没させたりもする。彼女がいる場所へ近づくには陥没した地面を駆けるかジャンプして空中から向かうしかなかった。

 ただ、そうすると陥没した地面に魔術で何かを流し込まれ、空中では魔術の的にされた。

 ほとんど回避不可能だった。まあ、それでもまだ甘い部分があると言えばあるのだが……。


 そしてリタにも加護が授けられていた。それは『重唱』と呼んでいる加護。

 上限は不明だが、今では同時に五つの魔術を発動するまでに至っている。もしかするとこの先、さらに何重もの魔術を同時発動できるようになるかもしれないと感じている。


 追加して彼女の一番得意とする雷魔法に関係していたのが、雲を呼ぶという加護『呼雲』。

 何も無いところに雲を呼び出し、自分以外の場所からも雷撃を放つことができる。しかも最悪なのがその雲から雨さえも降らすことができることだ。

 雨はヤバい。雷撃の貫通力を高め、動きだって相当に鈍る。リタに勝つためにはその全てを同時に対策しなくてはいけないのだ。




「おっさん、匂い嗅がせろ……」


 この八年間一度もヒゲルフと呼んでくれなかったマオ。いや、そもそも俺の名前はルドルフなのだが。

 腰までの長い銀髪はまさに狼のようである。他の二人とは違い、陽に焼けやすい体質のせいか今の彼女は褐色肌になっており、普段から服で隠している部分だけ肌が白い。


 なんだかんだ俺の匂いが好きになったようで、名残り惜しいのか別れの時までこうして俺の匂いを嗅ごうとしてくる。

 そして、あの最初に泣かせた日以来、マオは抱き締められることに安心を覚えたのか、よく俺に抱きついてくるようにもなった。

 ただ、三人の中で一番暴力的な攻撃力を誇るのは彼女だ。


 彼女の素手での攻撃は全てが通常の武器以上の狂器となる。ただ、そうするとすぐに手が汚くなるのだ。だから俺は彼女に武器を渡すことにした。

 渡したのはククリナイフ。歪曲した刀身を持った短刀であり、それを両手に持たせることにした。

 ククリナイフは俺が持っていたある金属を削り、加工した特別製のもの。


 正直マオの攻撃力に耐えられる代物ではないが、ククリナイフを壊さないように使えと言っているので、それが彼女の強すぎる力を抑えることに一役買っている。


 マオの戦い方は独特だ。

 結局、八年前の時からそこまで変わらず、獣のように暴れまわる戦い方は一緒だ。

 体勢を低く保ち、見ようによっては四足歩行でもしているかのように錯覚する走り方。あの低い体勢で走れること自体おかしいが、加護なしでアリッサの瞬脚についていった時には腰を抜かしたものだ。


 ちなみにマオには絶対に持たせてはいけないような加護を授かっていた。

 本当に神様は何を考えているのだろうと思ったくらいだ。


 その加護とは『貫通』。

 つまり防御無視の加護である。特に魔法による防御シールドなんて意味を為さない。盾を持っていたとしてもそれを貫通、素通りして肉薄してくるものだから、防御方法がまずないのだ。


『貫通』の対策は必ずこちらからも攻撃を迎えること。マオのククリナイフを迎え入れ、受け流すように滑らせて体勢を崩させる。一度でも防御してしまうと終わりだ。そのまま肉をえぐられてしまうからな。


 そして、魔術を扱えない恩恵がここに現れたのか、というもう一つの加護を授かっていた。

 それが『狂魔』。

 この加護は、魔術を発動する直前の相手、その相手を直視することで魔力の流れを狂わせ魔術の発動を阻止する加護である。

 まあ、つまりだ。魔術師はマオに察知される前に魔術を発動しなければ、そこで終わりというわけだ。




 こうして八年、こいつらを育ててきて思う。

 俺はやべえ怪物達を作ってしまったのだと。


 自分より数倍の大きさを持つ魔物も大抵は瞬殺してしまう。訓練の終盤は彼女達の相手をできる魔物は森にはいなくなっていた。

 だからと言って遠出するわけにもいかない。連泊で彼女達を連れ出すと孤児院の人が心配するだろうからな。

 それ故に俺含む四人で戦闘訓練をした方が魔物と戦わせるよりも十分に成長を促すことができた。


 そして、確認されている限りではアリッサは加護三つ、リタとマオも二つ授かっている。

 通常一つしか授かれないとされている加護。それを全員が二つ以上授かっていた。


 神はこの三人に何をさせようと言うのか。


 ただ、俺は彼女たちに思うことはたった一つだけ。

 ずっと元気で健康でいてほしい。


 この先、もう会わないかもしれない。

 もう会いに来てくれないかもしれない。


 それでも良い。


 この歳になって家族とも思えるくらいの人ができたのだから。

 恐らく、彼女達もそう思っているくれているはず。


 ……思って、くれているよな?



「お前ら、元気でやれよ。俺が教えたこと忘れんなよ」



 ちょっと、寂しい。

 だからか、瞳に何かが溜まっていくのを感じた。



「ヒゲは適度に伸ばしておくんだぞ」

「女作らなかったら忘れないであげる」

「うんこは便器にしろってことだろ。ちゃんと覚えてる」


 他の二人はともかく、マオ。それは当たり前のことだ。

 他にもなんかこう……あるだろ。まあ、マオらしいといえばマオらしいが。


「じゃあ、行ってくる!」

「ばいばい」

「おっさん、毎日うんこしろよ」

「ああ、あぁ……」


 手を振って、三人が森を出ていく。


 ゆっくりと、ゆっくりと。

 走ればすぐに目の前からいなくなれるようなスピードを持ちながらも、ゆっくりと。



「「ヒゲルフ〜!!」」「おっさん」

「うわっ!?」



 涙で視界がぼやけている中、森の外へ出て行こうとしていたはずの三人が、俺の胸へと飛び込んできた。

 その勢いで後ろに転倒し、今は三人が俺の上に覆い被さった状態だ。



「ヒゲルフが一番泣き虫だね」

「やっぱり私がいないとダメみたいね」

「もっと匂い嗅いどくか?」



 こいつらは……本当に……。



 生意気で、常識知らずで、破壊することばかりで、イカれたクソガキのくせに――、


 ――とんでもなく優しい、最高の教え子だ。



「あり、がとう……」



 ただ、感謝だった。

 最初はこいつらが俺を頼ってやってきた。


 誰からも教われなかったことを教わることができて、多分感謝はしただろう。

 まあ、感謝の言葉をくれた記憶はないがな。


 でも、今は俺が感謝したい気持ちだった。


 冒険者にもなれず、つまらないクソみたいな人生を独りきりで過ごしていた俺に、光をくれた存在。


 本当に、ありがとう。



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