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第2話「ガキの育て方なんてわかるわけもない」

「アリッサ、あの時の事を教えてくれ」


 アリッサをベッドに寝かし、体力が回復したところで、彼女から話を聞いてみた。

 今は体を起こし、食事ができる状態だ。


「ああしたほうが、つよくなれるってかんじたの」

「ラビットボアの攻撃を受けた方がってことか?」

「うん。ぶつかっていたかったけど、そのときからばーってからだにちからがでてきたの」

「そうか……それで、あの、空中に飛んでたのはどうやった?」

「あー、なんかそれもあそこにとべるってかんじた。ジャンプしたらいつのまにかうえにいた」

「…………まじか」


 恐らく少なくともアリッサには二つの加護がある。

 俺の知識では、通常加護は一人に対して一つまで。


 もし本当に二つの加護を持っているとすれば、とんでもないことだ。

 それだけで重宝される存在となれるだろう。


 アリッサの持つ加護の一つは攻撃を受けることによりパワーが増す加護――『反力』とでも言っておこう。

 そしてもう一つは瞬間移動、もしくは超速移動できる加護だ。でもアリッサはジャンプしたと言っていた。

 空間を移動したなんてことはことない。とんでもない速度でジャンプしたということになる。

 なら、『瞬脚』とでも言っておこう。


「わたし、つよくなれる?」

「ああ、お前は強くなる。――俺より何倍もな」

「やったー! さいつよのけんしになれるんだ!」


 最強になれるかはわからない。が、逸材であることには変わりないだろう。




 ◇ ◇ ◇




 そうして翌日。

 アリッサが倒れたことで延期にしたリタとマオの魔物討伐訓練を行うことにした。


「よし、リタ。行け」

「わかった」


 リタには魔術の適性があるらしい。

 最初のロープでは雷魔術を使った。彼女が一番最初に覚えたのが雷魔術だった。


 通常、魔術は火魔法や水魔術から覚えるのが通例だが、なぜかリタは雷魔術から覚えだした。

 この時点からリタはおかしかったのかもしれない。


 アリッサとも戦ったラビットボア。

 こいつはこの森の特に行けば大量にいる魔物だ。


 俺にとっては役不足だが、子供にとっては攻撃を受けてしまえばアリッサのように一撃で重傷を受けてしまう可能性のある魔物だ。


 ラビットボアは地面を蹴り上げ、土埃を巻き上げる。

 真っ直ぐリタに向かって突進してくる。

 このままいくとアリッサのように突進攻撃を受けてしまう。


「ん、なんだ……」


 突然、辺りが暗くなった。

 まだ昼間だというのに、なぜか太陽が遮られたかのように暗くなったのだ。


 リタから視線を外したくはなかったが気になったので空を見上げてみた。


「はぁっ!?」


 そこにあったのは雲だ。

 突如雲が俺たちの頭上にできていたのだ。しかも綿あめのように柔らかそうな白い雲ではない、黒雲で今にも雨や雷を降らすのではないかと思われる怪しい雲だった。


 おい、まさか――、


「サンダー」


 リタは右手を前にかざし、そのまま掌から魔術を放った。


 魔術とは体の内に流れる魔力を元にそれを体外に放出することによって、自分のイメージする物を生み出すことのできる奇跡だ。

 つまり、世界の法則を無理矢理に捻じ曲げ、実現させているのが魔術なのだ。


 元々そこにはなかったものを放出するのだ。

 それは大地や空、世界への反逆とも言える。


 リタの掌から線のような細い雷撃が放たれた。

 それは真っ直ぐにラビットボアへと向かい、直撃。


 雷撃が当たった事でラビットボアの神経に触れ、動きを一瞬止めた。

 しかし、それだけではラビットボアを仕留めきるのには不十分な威力だった。


「ハンマーボルト」

「はぁっ!?」


 ラビットボアに雷撃が当たった瞬間、リタは次の魔術を放ったのだ。

 それは、突如頭上に現れた黒雲から放たれた。


 リタは雲に向かって手をかざしており、人一人分くらいの幅の広さの雷撃がラビットボアの頭上から振り落とされた。

 先ほどのサンダーとは違い、極太の雷撃だ。


 それを受けたラビットボアは、焼き豚になったかのように黒焦げになった。


「ライトニングスピア」

「――は?」


 それだけでは終わらなかった。

 黒雲に手をかざしたままのリタ。その黒雲から今度は複数の槍のようになった雷撃がラビットボアへと降り注いだのだ。


 意味がわからない。

 魔術は通常、同時に二つ以上のものを放つことができない。


 世界の法則を変える奇跡を扱う魔術には制限があるのだ。

 しかしリタは同時とまではいかなくてもほぼノータイムで連続的に魔術を放っていた。


 リタはアリッサより一歳年下だ。つまり四歳。

 四歳でこんなことができるのか? しかもこんな魔法のやり方、俺が教えた記憶がないんだが……。


 連続の雷撃が降り注ぎ、ついには黒焦げになっていたラビットボアの体全てが黒い塵となって空に消えていった。


「…………」


 恐ろしい子!


 アリッサだけではなく、リタにも加護が宿っているというのだろうか。

 いつの間にかリタの体は白い靄に包まれており、加護を感じさせる何かが発動していることを感じた。

 どうなってるんだよ。お前らただの孤児だろ……?


「ヒゲルフ、たおしたよ」

「お、おう……よくやった」


 ニヤリと怪しい笑みを浮かべながらこちらへと戻ってきたリタ。

 すると俺の目の前で立ち止まり、頭を下げたのだ。


「ん……なんだ?」

「なでなで。アリッサにしてた」


 そうか、昨日アリッサにしていたのを見て、自分もしてもらいたいと思ったのか。

 可愛いやつめ。


 俺はリタの頭に手を乗せ、なでなでしてあげた。


「…………まんぞく」


 満面の笑みを見せたリタ。

 今のリタは、本当にただ親の愛情を求めている可愛い子供のように見えた。

 けど、こいつもイカれている。恐らく、多重詠唱と雲を呼び寄せる加護を持っているはずだ。




 ◇ ◇ ◇




 そうして、最後はマオ。


 一番心配なのはこいつである。

 アリッサのように剣士を目指しているわけでもなく、リタのように魔法の適性があるわけでもない。

 けど、訓練を見ていても一番凶暴なのがマオなのだ。


「よし、行くんだマオ」

「ガルルゥッ」


 俺がそう言った途端、目の前にいたラビットボアに突進していったマオ。

 ラビットボアがマオに気づかない。アリッサの瞬脚ではないが、加護の力も使っていないのに速すぎる動きだった。


 ラビットボアがマオに気づいた時には時すでに遅し。鼻先の二本の牙を両手で掴まれており、マオはそのままラビットボアを持ち上げたのだ。


「ちょっ、お前!?」


 素手なのにとんでもない怪力である。

 明らかに体重はラビットボアの方が何倍も重い。なのに軽々とマオは持ち上げ、ラビットボアは四本の足を空中でじたばたさせていた。


「たべものになれ」


 そうつぶやいたマオ。勢いをつけて、空へとラビットボアをぶん投げた。

 空高く上がっていくラビットボア。空中では得意の脚は使えず、ただただ落下するしかなかった。


 マオはそれを真下で待ち構える。

 すると地面に落ちてくる前にマオはジャンプした。


「グァウッ!」


 なぜかマオはそのままラビットボアの首に下から噛みついたのだ。

 意味不明な攻撃だった。


 空に投げた意味もなければ、ジャンプして噛みついた意味もわからなかった。

 ただ、マオは獣のように首に噛みつき、とんでもない顎の力でラビットボアの首を噛みちぎった。


 血を撒き散らしながら同時に落下するラビットボアとマオ。

 すると空中で体勢を変え、マオはラビットボアの後ろ足の方へと回り込んだ。


 そのまま落下すると土の地面へとラビットボアを顔から叩きつけたのだ。

 ドガンと、とんでもない音が森に響き渡った。土煙が晴れると隕石が落ちたかの如く、地面にはクレーターができていた。


 ただ、地面に突き刺さったラビットボアはピクピクと痙攣しており、まだ生存していることが見て取れた。

 着地したマオはそのままラビットボアの両後ろ足を両手で掴む。


 そして、そのまま左右に股から引きちぎったのだ。

 グ、グロい……。


 俺は自分の股を抑えながら、ラビットボアに感情移入していた。


「たべものー!!」


 ラビットボアの討伐に成功したマオ。

 首を噛みちぎった時についた、血まみれの口のままラビットボアの後ろ足に噛みつこうとしていた。


「お前っ! バカ! 洗って焼いてから食べないと……!」


 ――体を壊す。

 特に魔物は体には良くないと言われている。調理してもそんなに美味しくないしな。


 だから焼いたり洗ったり、清潔にしてから調理して食べないと体を壊してしまう。最悪死に至ることだってあるのだ。

 俺はマオがラビットボアの生肉を食べるのを阻止しようと、彼女の場所まで駆け寄り、齧り付こうとする直前でなんとか彼女の手を押さえた。


「マオ! このまま食べたらだめじゃないか! 口の血もちゃんと拭いて!」

「ッ!?」


 強引にマオからラビットボアの脚を奪い、大きな声で強めに怒った。

 ダメなことをした時はちゃんと怒らないといけないと思ったのだ。


「あ……あ……あぁ…………」


 マオは俺に怒られたことでショックを受けたのかそのままの状態で硬直していた。

 彼女は三人の中では一番イカれている。だからたまにはちゃんと叱ってやらないといけない。


 と、そう思っていたのだが――、


「あ……あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「マ、マオっ!?」


 彼女はその場で大粒の涙を流しながら大泣きしてしまったのだ。


 初めて見るマオの涙。俺は彼女を泣かせたかったわけではない。ただ、正しいこととそうではないことを理解してほしかっただけ。

 でも彼女はまだ幼い子供だった。


 ずっと独り身だった俺にガキの育て方なんて分かるわけもない。

 正解なんてものはわからない。


 でも、マオの涙を見て、俺は申し訳なく思ってしまった。


「マオ……悪い。言い過ぎた。俺がちゃんと生肉は食べたらだめだって教えなかったからだな。俺が悪い。悪かったから……泣くのは、やめてくれ……っ」


 俺は今、何歳になったのかわからない。

 ただ、おっさんであり、隠居したと思っているくらいには歳を重ねてきたつもりだ。


 そんなおっさんのくせに、くせに……。


 なぜか俺も涙を流していた。


「はは……これじゃあどっちが子供か、わからないな……はは……」

「あー! ヒゲルフがマオをなかせた!」

「なかせたー! わるいやつだ! あれ、ヒゲルフもないてる……」


 俺はその場に立ち尽くして大泣きしているマオを抱き寄せた。


 マオはこんなにも突拍子もない性格だ。

 孤児院でも、そうではなかった場所でも、なかなか理解されず苦労したことだろう。


 俺には遠い昔、親がいた。


 もう、親の温もりなんて忘れた。覚えているわけもないくらい遠い昔のことだから。

 でも、これだけは覚えている。


 人が泣いた時は、こうして抱き締めてあげれば良いのだと。

 

「ごめん……ごめんなマオ。キツく言い過ぎた。これからはちゃんと戦い以外の知識もたくさん教えていくから、許してくれ……っ」

「うぅっ……ヒゲ、ルフ……っ」

「アリッサまで……なんで……ない、て……っ」


 子供は純粋だ。

 他人の感情にも敏感で影響を受けやすい。


 だからマオや俺の涙を見て、アリッサもリタも泣いてしまったのだろう。


 俺はアリッサとリタも同時に抱き寄せた。

 多分、痛かっただろう。それくらい強く抱き締めたから。


 まだ、俺の腰丈くらいの身長の彼女達。

 彼女達の目線に合わせるようしゃがみ込んで、全身で抱き締め直した。



 はは……俺が隠居するのには、まだ早かったかな。



 今日、アリッサ達は孤児院へと帰らなかった。

 連絡方法はないので、無断外泊ということになる。孤児院のシスターは心配していないだろうか。


 でも、こいつらは今日、帰りたくないと言った。

 だから今、狭いベッドの上で三人くっついて寝ている。


 いつも以上に俺にくっついていてきて、とても寝づらいし暑苦しい。


 でも……生意気でも、クソガキでも、理解できない力を持っていたとしても。

 ちゃんとこいつらにも、涙を流すくらいしっかりとした心があったのだ。


 短い間だけの訓練になったとしても良い。

 その間だけでも俺はこの三人をもっと大事にしようと心に決めた。






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