第12話『おっさんの年齢』
翌日、俺は転入予定のクラスへと初めての登校となった。
制服は既に昨日から着てはいた。ただ、教室に出向いて勉強をするなど、本当にいつ以来だろうかと懐かしさすら忘れていた。
「——では、ルドルフ・エーヒゲル。入ってきなさい」
扉の奥からそんな言葉が聞こえると、声に従い中に入った。
教室に入るとまず目に入ったのは、複数の生徒達と一人の教師。
中はある程度の広さで、五段ほどに並んだ横並びの机に生徒達が座っていた。
一方、教師の前には大きな黒板が置いてあり、教壇が一つだけ置かれてあった。
俺は前に進み、教師の前までやってくると、そこにいたのは先日戦ったクレディルだった。
治癒魔法をかけられているはずなのに、数日経過してもなぜか全身包帯姿だった。
転入試験の時、一瞬だけ見えたが、恐らくは俺がクレディルを斬りつける直前にマオが渾身の蹴りを彼に喰らわせたのだ。
無防備だったクレディル。あの一撃は相当に堪えただろう。
「簡単に自己紹介頼む」
少し同情はするが、俺だって過去にマオに何度もやられた経験はある。
やられた回数なら俺の方が多いのだ。
「ああ。ルドルフ・エーヒゲルだ。色々あって、この学院に入ることになった。年齢はまあ、見ての通りおっさんだ。場違いではあると思うが、これからよろしく頼む」
こんな挨拶をしたのも久しぶりだ。
挨拶がこれで合っているかもわからなかった。
「おっさんじゃねーか。あんなのが今ここに入ってきて何すんだよ」
「まさか、今から冒険者を目指すとか? ありえね〜」
「エルフ……エルフなのか? でもエルフって確かずっと若くて綺麗だったような?」
「きゃはっ。これから楽しくなりそう」
ただ、俺が挨拶をすると、生徒の一部から嘲笑が聞こえてきたのは確かだった。
自分で言ったが、その通りにおっさんということが、笑いの種になったのだろう。
それに加え、先日の転入試験を見ていなかった生徒がほとんどなのか、俺のことは初めて見たという雰囲気を感じた。
しかし、そんな時だった。
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
生徒達の悲鳴の直前、何者かが自分の座っている机に拳を叩きつけ、爆散するように破壊したのだ。
その轟音と衝撃により、生徒達は悲鳴を上げて恐怖した。
「だまれ。おっさん、話してる」
マオだった。
彼女にも飯を取られること以外に怒りというものがあるらしい。
多分、俺のことを思ってこんなことをしてくれたのだ。少しだけ嬉しく思う。
そして、そのマオの隣の席に座っていたのはリタとアリッサ。
リタは防御魔術を展開しており、リタから右側にいた生徒達は被害を受けなかった。
さらにはいつの間にか治癒魔術を机に向かって使っており、破壊された机はすぐに修復されていった。
俺はアリッサ達と同じクラスに配属された。
彼女達に言われて転入したんだ、俺だってできれば最初から知り合いがいた方が良い。
「——とにかくだ。このルドルフが転入することになった。この学院に年齢は関係ない。強さを誇示したければ、その強さを示せ」
クレディルが今起きた悲惨な状況にも動揺せず、頭を掻きながら冷静にそう話した。
「では、ルドルフはそこに座ってくれ」
クレディルの視線の先、一つ空いている席があった。
俺はその場所へと歩いて着席した。
「ちょっと先生! ヒゲルフは私の隣って言いましたよね!!」
「リタ。お前の席の隣は空いてないだろう。無茶言うな」
「マオ、アリッサ。邪魔! どっちか別の席へ行って!」
「何を言う。リタ、お前こそ別の席へ行った方が良いだろう。ヒゲルフの隣は私だ」
リタが俺と隣の席が良かったようで、クレディルに怒っていた。
しかし、席というのは予め決まった場所に座ることになっているようだった。
「お前。どけ」
「ひぃぃぃぃ」
俺が座った右隣の眼鏡の男子生徒の前に突然リタが現れた。
そして、男子生徒を見下ろしながら、席を交換しろと威圧した。
その男子生徒とは、俺と同質のエドモンドである。
彼とはこれから仲良くしたい。だからマオに席を譲らせることはしたくないのだ。
「マオ。やめなさい。この席はエドモンドの席だろう」
「無理。私、おっさんの隣」
正直、こうなったマオの意見を変えるには相当難しい。
それに足り得る交換条件を提示しないと彼女の意見は不動なのだ。
「ん〜〜。じゃあ今度一緒に狩りに行くか? 久しぶりだけどな」
「狩り!?」
「ああ。昔はよく一緒にやっていただろ」
「行く! 狩り行く!」
「なら、リタの隣に戻りなさい」
「無理」
「なんでだよ!」
途中まで明らかに交渉が成功していたのに、こいつときたら……。
「おい……聞いたか。今昔はよく一緒に……って言ったぞ」
「ああ。もしかしてあのおっさん。狂狼と知り合いなのか……?」
「いや、それよりもゲキメツとサイキョウとも知り合いっぽいぞ」
俺達のやりとりを見ていた他の生徒達が徐々に気づきはじめたようだった。
ただ、それを知らないということは、アリッサ達も俺達の昔の関係は話していなかったということだろう。
「マオ。今度美味しいご飯も連れていくから、とりあえず今は勘弁してくれ」
「ご飯ッッ!!」
「ああ、ご飯だ。美味しいステーキだ。この街にはうまい飯屋がたくさんあるだろうしな」
「……………わかった。ステーキ、必ずだぞ」
俺はホッとしながら、マオがリタの隣の席へ戻るのを見送った。
といっても俺は金を少しも持っていない。マオに奢ることなんてできはしないのだ。
金を稼ぐ方法を探さなければ。
そういえば、この学院って入るのにお金は必要ないのだろうか。
俺は何も払っていないのだが……。
「——よし。じゃあ授業を始めるぞ。教科書を開け」
ことが収まり、クレディルによる最初の授業が始まった。
目の前に置かれた書物——この国の歴史と思われる教科書の指定されたページを開く。
しばらく文字を読んでいなかったが、俺が知っている文字だったようで、ひとまず安心した。
「イータ。そのページを読んでくれるか」
「はい」
クレディルが俺の左隣りに座る大人しそうな茶髪の女子生徒を指名した。
イータと呼ばれた女子は真面目な声でそのページを読み上げていった。
「新赤暦667年。センシティル王国とファルガニス帝国、国境沿いのグラキア砦の戦い。飛竜兵五千率いる帝国に対し、地上から攻める王国兵は一万。数敵有利にも関わらず、上空からの攻撃に為す術がなかった王国兵の被害は甚大だった」
俺の知らない情報がほとんどだった。
センシティルというのはこの王国の名前だ。しかしファルガニスという帝国の名前は知らなかった。
さらに飛竜兵という言葉も初耳だ。名前からしてまさか竜に人が乗って戦っているのか? 俺がのんびり暮らしている間に外の世界はとんでもないことになっていたらしい。
それに——新赤暦ってなんだ?
「しかし、王国には天の恵みが舞い降りた。戦いの決定的打となったのは突如出現した雨雲である。その雨雲から大量に降り注いだ雨により飛竜兵は大きく機能を失い、地上へ降りざるを得なくなると、魔術と剣術に長けていた王国が一気に攻勢に出た」
ん、雨雲?
どこかで似たような話を聞いたことがあるな。
まさか、そんなことはない、よな……。
「結果、王国は勝利。グラキア砦を取り戻し領土を広げた」
「イータ、ありがとう」
そのページを読み上げたイータに対しクレディルがそう告げる。
この授業の趣旨はなんだろうと考えていたところ、その答えをすぐにくれた。
「今回覚えておいてほしいことは、天候によって戦況は著しく変化するということだ。グラキア砦の戦いは雨で戦況がガラッと変わった。天候は雨だけではない。風、嵐、雷、雪、砂嵐、昼、夜、気温の上下などいくらでもある。ただ魔術や剣術を覚えれば良いということではない。強くなりたければそういう状況も味方にできるように勉強し、うまく立ち回れ」
クレディルによる有り難そうな話が続く中、俺はどうしても気になっていたことがあった。
だからちょうどこのページを読み上げたイータに話しかけてみた。
「なあ、イータ」
「ひゃえっ!?」
話しかけただけなのに、素っ頓狂な声を上げた。
するとクレディルがこちらに睨みをきかせた。
「いきなりすまん。新赤暦ってここに書いてるだろ……? これ、前の年号っていうのはあるか?」
クレディルに怒られないよう小さい声で聞き直した。
「え……年号ですか? 新赤暦の前は旧赤歴ですけど……」
ちょっと待てよ。
信じられないことが起きているかもしれない。変な汗が出てきた。
「さらに悪いんだが、旧赤歴の前は?」
「ええと……ちょっとまってください。確か教科書にあったと思います。——新青暦、みたいですね」
「っ!?」
俺は顔を教室の天井へと向けた。
そして、一呼吸置いて、イータが見ていたページに記載されていた年表を眺めた。
旧赤歴は524年の後、新赤暦に変わり、現在は新赤暦675年。
そして俺が知っている新青暦は638年で旧赤歴に変わっていた。
俺は自分が生まれた年だけはちゃんと覚えている。
新青暦540年——それが俺が生まれた年だ。
「イ、イータ……。675+524+638-540。これ解いてもらえるか?」
「え? そのくらい簡単ですけど……」
勉強などしばらくしてこなかったため、複雑な数字の計算はすぐにはできなかった。
だからイータに任せることにした。
そして導き出された答え。それは——、
「ええと……1297、ですね」
俺は頭を抱えた。
数十年。いや、多く見積もっても百年ちょっとだと思っていた。
しかし俺は、とんでもなく長い間、一人で暮らしてきたようだった。
今の俺の年齢は、1297歳……ということになる。
エルフ族は確かに長命だ。だが、千年も生きるのだろうか。俺はそれすらも忘れてしまっていた。
「ルドルフ、どうした。気分でも悪いのか?」
「いや、何でもない」
俺の様子を心配したのかクレディルがそう言ってくる。
抱えていた頭から手を下ろした。
人間に比べると、俺はおっさんどころか、老人。その老人すら超えた酷い年齢だった。
少し前、五年振りに会ったアリッサ達に懐かしさを感じていたじゃないか。
それを考えると五年は俺にとっては長い月日だったとわかる。なのに、なぜ俺は気づかなかったのだ……。
まあ、でも良い。
俺が何歳であっても、今生きていることに変わりないのだ。
ただ、気になるのは千年前の常識と今の常識は通用しない可能性があるということだ。
俺はこの世界でやっていけるのだろうか。
そう思いながらクレディルの授業を受け続けた。




