第11話『寮生活は波乱の始まり』
「ルドルフ殿はこれから、こちらの部屋でお過ごしください」
入学が決まり、最初に案内されたのは男子寮の部屋だった。
俺がこの学院にいる間、寝泊まりすることになる場所だ。
部屋の扉の前で学校の女性職員がつらつらと早口で寮のルールを説明してくれる。
要約すると、自分のことは全部自分でやれということだった。
自主性を重んじてくれる学院ということだろう。
一通り説明を受けるとそのまま解放され今日は自由となった。
「——失礼する」
俺は一言言ってからそのまま扉を開けた。
「うわぁ!?」
すると中には一人の少年がいた。
黒髪で眼鏡をかけた細身で貧弱そうな少年がベッドの上で怖がるようにして身を引いた。
「今日からこの部屋で世話になるルドルフ・エーヒゲルだ。これからよろしく」
「は……はい。僕はエドモンド・カイリーク、です……あ、あと……ドアはノックしてから開けてもらえると……」
枕を抱いたまま、エドモンドが挨拶を返してくれた。
そうか。ノックが必要なのか。そういう当たり前のこととは縁遠すぎて忘れてしまっていた。
「すまん。次から気をつける」
俺はエドモンドに謝罪をしてから、とりあえず部屋の構造を確かめるために足を進めた。
部屋は元々俺が住んでいた家と比べて同じくらいのサイズに思えた。
俺の家は元々ある程度の広さを考えて設計した。だから、アリッサ達が寝泊まりしに来た時もまあ余裕はあったのだ。
寝るときだけは余裕はなかったのだが。
ベッドに机、クローゼットに鏡までついている。
そしてアリッサ達の部屋でも見たシャワー室まであるようだ。
凄い……。まさか俺がこんな綺麗な場所に住むことができるなんてな。
「————」
一通り部屋を回ったあと、得にすることがなくなった。
授業は明日からであり、今日は部屋に案内されるだけで終わりだった。
「エドモンド……悪いが、学院の中を案内——」
「ヒィ!?」
そんなに恐いのだろうか。
ただ、どこか視線が俺ではない方向に向いているような気がする。
「学院を案内してほしいのだが、どうだろうか?」
「あ、案内ですか……?」
「ああ、何か問題はあるか?」
「いいえ……ない、です……」
恐がっていたエドモンドも、なんとかベッドから立ち上がってくれた。
そうして俺は、部屋を出て学院を案内されることになった。
◇ ◇ ◇
「——ここが、食堂です。せっかくですから、食べて行きますか? ちょうどお昼ですし」
「そうだな。そうしよう——お前も良いか? ——マオ」
「…………グァウ!」
「ヒィ!?」
ああ、そういうことか。
「エドモンド……お前、マオを怖がっていたんだな。大丈夫だ、安心しろ。こいつはそんなに恐くない」
寮部屋に案内される時から、マオはずっと俺の足に絡みつくようにして行動を共にしていた。
それは部屋の中に入ってからも同じで、男子寮なのにマオがいる事自体おかしいが、そういえば、歩いている途中でも視線を集めていると思っていたのだ。
もしかして、あの女性職員も早く切り上げたくて早口で説明していた?
「で、でも……っ」
「マオ、威嚇するな。俺の飯少しあげるから」
「メシ!?」
「ああ、飯だ」
「メシ! メシ! メシ!」
「な、恐くないだろ?」
マオはご飯が大好きだ。余っていたらすぐに人の物すら食べようとするので、躾けるのが大変だった。
あれから五年だ。今は大丈夫だろうか、少し心配ではある。
「なぜルドルフさんが恐がっていないのか、不思議なくらいです。ほら、他の生徒達だって……」
食堂にいたのは俺達だけではない。
もちろんこの学院にいる生徒が多数集まっているのだ。
そしてこの食堂は男子寮と女子寮の中間にある場所。
男子も女子も食堂に集まっていた。
「狂狼がいるわ……あの男、誰なのかしら?」
「一応学生服だけど、明らかに年齢がおかしい……おっさんじゃないか」
「エルフ……? 初めてみた」
「少し離れてご飯を食べるぞ」
ちらほらと、マオと俺に関することを呟かれていた。
俺は既に学生服に着替えていた。正直似合っていないと思われる。
学生服は若い時にしか似合わないように思えるが、この学院でのルールなのでしょうがない。
「マオ、お前狂狼なんて呼ばれてるのか?」
「んあ? しらん」
「そうか、しらんか」
マオに聞くだけ無駄だったようだ。
「ほら、エドモンド。試しにマオの頭を撫でてみろ。撫でると結構喜ぶんだぞ」
「な、撫でるっ!? そんな自殺行為絶対にできません!」
「なんでだよ、ほら。マオに慣れる最初の一歩だぞ」
マオを克服せさようと俺はエドモンドの右腕を掴み、マオの頭へと移動させていった。
「グァウ!!」
「ぎゃああああああああああああ!? 手が! 僕の手があああああああ!!」
すると、マオが嫌だったのか、エドモンドの右手をガブリと噛んでしまったのだ。
あまりの痛さだったのか、エドモンドはこの世の終わりのような奇声を挙げ、食堂を恐怖の館へと変貌させた。
「マオ。やめなさい」
「グラゥ……!」
俺が一言そういうと、マオがエドモンドの手から口を離す。
ずっと昔より、話を聞き入れることができていた。そのことに俺は嬉しくなった。
「はは。エドモンド悪いな。治癒魔術かけるからそのままじっとしていてくれ」
「僕のッ! 僕のおおおおおおおおお!!」
エドモンドはまだ叫んでいた。
見た感じ、なかなかの量の血が流れ出ていた。そうとうな強さで噛みつかれたのだろう。
でもこのくらい、治癒魔術でなんてこともない。
俺はエドモンドの右手に自分の右手を近づけ、治癒魔術をかけてあげた。
すると、一瞬のうちにエドモンドの裂傷が塞がり、流れ出る血も止まってしまった。
「僕のおおおおおお!!」
「エドモンド、治癒が終わったぞ。もう痛くないはずだ」
「……え? あ…………本当だ…………」
目をぱちくりとさせながら、エドモンドは自分の右手を見つめていた。
それにしてもこいつ、大きな声を出せるんじゃないか。
「マオも悪い。誰でも触って良いわけじゃないんだな」
「おっさんだけ。他は殺す」
「ヒィっ」
「エドモンド。マオの冗談だ。同じ学院の生徒を殺すわけないだろう」
「殺す」
「こ、殺すって……!」
「エドモンド。だから冗談だ。マオの言葉はあまり真に受けるな」
マオと会話が通じないというのは初めて出会った時から変わっていないようだった。
なので、彼女の話は冗談くらいに思っておいたほうが良い。もちろん話を蔑ろにするわけではない。雰囲気で感じ取るのだ。
まあ、エドモンドもじきに慣れるだろう。
ぱっと周りを見渡してみると、エドモンドが奇声を発したせいか、さらにこちらに視線が集まってしまっていた。
申し訳ないことをした。皆が使う場所だというのにな。
その後、俺はエドモンドに食堂の使い方を説明され、メニューを注文することとなった。
ちなみに学生は無料だそうだ。
『カレーライス』というそうだ。独特なスパイスの匂いとドロドロとした糞のような見た目。
正直俺はこれが食べ物として大丈夫なのかと思ったくらいだった。
しかし、一口食べてみると、その見た目だけの感想は全て吹っ飛んだ。
「うまい! うまいぞこれは!!」
俺は次々とカレーライスを頬張り、コップに注がれていた水を喉に通す。
同じく隣ではマオがカレーライスを獣のように食べていた。
しかもちゃんとスプーンを使って食べていたところがグッドだった。食べる勢いだけは昔から変わっていないようだったが。
「ル、ルドルフさん、子供みたいに食べますね……」
「はは、俺が子供か。まあ年齢的には……とりあえず結構いってるんだがな」
俺の豪快な食べ方を見てエドモンドが気になったのかそう感想をくれた。
こんな料理を食べたのは初めてなんだ。昔いたエルフ族の里だって、こんなに味がついた料理はなかった。どちらかと言えば薄い味の料理が中心だったからな。
エドモンドはゆっくりと綺麗に食事をしており、俺達とは正反対の食べ方だった。
「——ちょっと、いるならいるって言いなさいよ!」
「そうだぞ。私達にも声をかけるべきだ」
食事をとっていると、そこには二人の女子生徒が料理が乗っているトレーを持ちながらやってきた。
リタとアリッサだった。
「えっ……えっ……『雷滅』に『瞬剣』まで……?」
エドモンドが二人のことをそう呼ぶと、リタとアリッサはそのままエドモンドの両隣に座った。
「さ、三狂よっ……三狂が揃ったわ……!」
「まさか……ありえない……今日は何か起こるぞ」
「天変地異の前触れかもしれない……!」
なにやら周囲から不穏な言葉も聞こえてきたが、人が揃うだけで天変地異など起こるわけがないのだ。
「ル、ルルルルルルル、ルドルフさん! これは、どういう!?」
「ああ、二人とは知り合いなんだ」
「し、知り合いっ!?」
マオだけではなく、リタとアリッサまで揃った食堂のテーブル。
一人だけ場違いだと思っているのか、エドモンドは尋常ではないほどの汗を顔から垂れ流していた。
今日は血から汗まで大量に流しているが、大変なことである。
「ヒゲルフ…………その、制服似合うじゃないか」
「ああ、アリッサも似合ってるぞ」
恐らく似合っているというのは嘘だと思うが、俺はアリッサの言葉を受け入れた。
アリッサもリタも今日は制服姿。しっかりと綺麗に着こなしている一方、マオはかなり適当に着ていた。
彼女らしいといえばそうなのだが、中に着ているシャツのボタンもほとんど閉めず、大きな胸はボンっと露出しているし、これで良いのだろうか……。
「ヒゲルフ、私は?」
「ああ、リタも似合ってるぞ」
「ふふん……っ」
リタは満足そうに笑顔を見せた。
二人は俺達とは別のメニューを頼んでいた。『トンカツ』というらしい。何かの肉を揚げたものにソースがかけられており隣には野菜が添えられ、ライスも別に用意されていた。
「おっはん。わひゃひの、せいふふ」
二人が制服が似合っているか聞いたからか、マオもカレーを頬張りながら同じことを聞いてきた。
「お前はちゃんと制服着ないとだめだろ。ほら……」
俺は彼女のシャツのボタンを締め、上着を整えてあげた。
元々服に無頓着な俺がやることではないが、なんとなくやってしまった。
「あー! マオズルい!」
「そ、そうだぞ! マオだけ!」
すると俺に制服を正されたことが羨ましかったのか、リタとアリッサが立ち上がる。
「ヒゲルフ! 直して!」
「私のも頼む!」
「えっ、えええええええ!?」
なぜか自らシャツのボタンを外し、胸元が露わになる。
それを見ていたエドモンドは、鼻を押さえながら悶絶していた。
「お前らは自分でできるだろ。自分でできることは自分でやれ」
「マオだって自分でできる!」
「マオ、できるのか?」
「ん、しらん」
「マオ〜〜〜!!」
リタの反論はマオの適当な返しによって、さらに激昂することになってしまった。
懐かしい。こいつらがよく喧嘩していたこと。
特にマオに対して怒っていたことが多かったっけ。
「ヒゲルフ……直さないとこのままどんどんボタンが外れていってしまうぞ……こんな私の姿を他の生徒に見られても良いのか……?」
「お前は何を言ってるんだ?」
アリッサの性癖は危ない方向に歪んでいた。
痛みを嬉しいと思うのまではまだ良かったが、その気質が他の所まで向いてしまうととんでもないことになる。
「もう! アリッサはだめでしょ! これでも王国騎士なんだから!」
「な、何をする! 私はヒゲルフに!」
ただ、リタはさすがにやりすぎだと思ったのか、アリッサの蛮行を止める。
それにしても王国騎士か……。
リタも確か王国魔術師団と関係があったな。
うーん。やっぱりこいつらって結構凄いのか?
確かに昔のあの時はとんでもない強さにはなっていたと思うけど、他の場所で通用するかまでは正直わからなかった。でも、通用しているのだろうか。
「ぶっ、ぶはっ!?」
「うわ、なんだこいつ!?」
色が強めの二人のやり取りにエドモンドが我慢ができなくなったようで、鼻血を吹き出し大事な眼鏡を真っ赤な血で汚した。
「はは、俺と同室の子だ。仲良くしてやってくれ」
「はぁ……? なんで私達がこいつと仲良くしなきゃならないわけ?」
「まあ、気が向いたらで良い」
新たな友人、新たな生活。
今日、ここから学園生活がスタートした。




