第10話『大型犬の喜びは人一倍大きい』
鳥の優しい泣き声が響き渡る森の中、二人の男女が背の低い切り株に座っていた。
『ククリナイフを武器に使う時はな、より相手に肉薄するため、そして前に腕を伸ばしやすいようにできるだけ体勢を低くするんだ』
二本の武器を手に持ちながら、ルドルフはやる気があるのかないのかわからない少女に向けて語りかけた。
『おっさん、それで強くなれるのか?』
会った当初からずっとおっさん呼びする彼女は、三人の教え子の中でも飛び抜けて凶暴だった。
彼女は素手が一番力を抑えず全力で戦えた。その凶暴さを少しでも抑えるための策。それがこのククリナイフだった。
彼女の獣のような戦闘スタイルから、刃渡りが長い武器は合わない。合うとすれば短剣だったが、殺傷性もできるだけ失いたくなかった。
そのために一般的な短剣よりも少し長く、かつ殺傷性も高いこのナイフを選んだのだ。
『ああ、お前に合った戦闘スタイルだ、使ってみろ。前よりも攻撃が届きやすくなるぞ』
『おっさんが言うなら、使ってやってもいい……』
そんな会話を交しながら、ルドルフは彼女に二本のククリナイフを手渡した。
◆ ◆ ◆
ルドルフは銀色の髪を持つ褐色の少女のことを思い出しながら、汗にまみれたククリナイフを地面にぶっ刺していた。
しかし、相手の攻撃は止まらない。
ルドルフから見て左から右へとクレディルの剣閃が光った。
しかし——、
「なに!?」
ルドルフが体勢を低くしていた結果か、前に転ぶようにして地面に手をついた。
その瞬間、速攻で土魔術を発動。クレディルの左足の下に小さな土柱を発生させ、横一閃の斬撃を斜め上に軌道をずらした。
ただ、歴戦の魔剣士は、驚かされたとは言えその程度では揺らがない。
振った両手剣の柄、右手だけを放し、体勢を崩しながらがら空きのルドルフの背中に中級の火魔術で火球を叩き込んだ。
轟音と共に火球が炸裂すると、同時にクレディルは後方へとジャンプ。煙が立ち込めるなか、ルドルフの状態を確認した。
ゆっくりと煙が晴れてゆく。
「——クレディル先生! 後ろ!」
「くぅっ!?」
観客席の生徒から助言。禁止はされていないが、それがなければ気づくことができなかった。
ただ、それでも一呼吸遅かった。
振り向きざまに剣を構えたが、ルドルフの回し蹴りが左脇腹に直撃。
クレディルの体が右方向へと吹っ飛んだ。
「ふっ、なかなかに痛いぞ。あの蹴りは」
つい先日、アリッサの『瞬脚』の加護にも対応したルドルフの回し蹴り。
実際に喰らったアリッサもルドルフの蹴りの凄まじさを知っていた。
吹っ飛んだクレディルは、痛みを堪えながら剣を地面に突き刺し、勢いを止めて受け身を取った。
ジンジンと痛む左脇腹を気にしながら、再び剣を構えた。
「いつの間にあそこに……」
クレディルは苦悶の表情を向けて目を細めた。
ルドルフは火球を喰らった瞬間、背中に防御魔術を展開していた。
そして体を縮めながら爆発と同時にその勢いのまま、わざとクレディルの後方へと先行してふっ飛ばされたのだ。
つまり、クレディルがジャンプして着地した時には既にその場所にはルドルフがいたのだ。
クレディルの予想では、上から叩きつけたので、地面に這いつくばるようにダメージを受けていると思っていた。
しかしルドルフはダメージすら受けず、爆発の勢いを使ってそのまま背後に移動していた。
クレディルはルドルフの追撃がないことに気づくと、すぐに治癒魔術を左脇腹へとかけた。
次に視線を動かした時には、ルドルフは落としていたククリナイフを拾い上げていた。
「まさか、落としてしまうとはな」
ククリナイフを右手に持ったルドルフがゆっくりとクレディルへ距離を詰めながらそう言った。
「体を動かすとやっぱり良いな。緊張がほぐれてきた」
観客の視線は今でも気になっている。しかし、戦闘前よりもルドルフの精神状態は回復していた。
元々、体を動かすことが好きな性格上、一度動かしてしまえばそちらに集中することができた。
この短いやりとりの間で、クレディルはルドルフのことを、起用な男だと感じていた。
恐らく魔力量も多いため、強い魔術だって使えるはずなのに、あくまで近接戦闘をして迫った。
しかも小技のようなテクニックで自分の攻撃を躱したことからも、ルドルフを器用な人間だと認識したのだ。
「……本当に殺す気でやらないといけないようだな」
「さっきも死ねと言ってたが!?」
最初の剣閃を繰り出す瞬間、ククリナイフを落とすルドルフを見て、クレディルは殺れると思ったのだ。
だからその気持ちがいつの間にか出てしまっていた。もちろん学院長の言葉がなければ、こんな言葉は出てはいないが。
「すまない。自分の力を発揮できそうなのは久しぶりでな」
「それは良いんだが……」
そう会話しているうちに治癒魔術をかけ終わり、左脇腹の痛みから解放される。
すると、次の瞬間にはクレディルは左手に緑の光を纏った魔術を溜め、数秒後、右手に持った剣の刃へとそれを纏わせた。
魔術を剣に纏わせる事による『魔術剣』。
クレディルのジョブである魔剣士の真骨頂は、剣術と魔術の相乗効果による多彩な攻撃だ。
スタイルは違うが、多彩な攻撃という部分では、クレディルとルドルフは似ていた。
「そこに立っていて良いのか?」
「ん?」
まだ二人には距離があった。
しかしクレディルはその場で剣を振るった。
普通の人には視えないほど素早い剣閃だった。
「うお!?」
いつの間にか振るわれていたクレディルの剣。そこから風の斬撃が飛び、ルドルフを襲った。
「それを躱すか」
ルドルフは間一髪で横っ飛びして斬撃を躱した。
それに構わずクレディルは茶髪の髪を揺らしながら次々と剣を振るい、風の斬撃をルドルフにお見舞いした。
「うわっ!? こっち!? あぶなっ!?」
しかし、ルドルフは間一髪ながらも正確に斬撃を躱していた。
そうしているうちにルドルフは走り出し、前傾姿勢に。無風の風を切るように自分自身が一つの刃となり、今度は落とさないようにしっかりとククリナイフを握っていた。
「ストーンウォール!」
斬撃の最中、クレディルは左手をかざし、ルドルフの勢いを止めるために前に石壁を出現させる。
しかしルドルフはククリナイフを石壁に叩きつけると一瞬のうちに崩壊、貫いた。
「何っ!?」
「行くぞ! クレディル!」
石壁を破壊したまま、ルドルフは一気に方向転換。クレディルへと一直線に迫った。
「そこは私の射程範囲!」
今度は必ず当たるよう、低い位置で風の斬撃を放ったクレディル。
その斬撃はちょうどルドルフの低い姿勢——その中心辺りが狙われ、横幅も広い斬撃だったために通常なら躱せるはずもなかった。
ただ、ルドルフはそれも織り込み済み。
躱すという選択肢は最初からなかった。なぜならそれは、力で解決するから。
「ふんっ!」
前傾姿勢のままルドルフは前に魔力を纏ったククリナイフを突き出す。
風の斬撃が両断され、背後の演習場の壁の防御結界が揺れた。
「まさかっ!?」
斬撃を断ち切られるとは思わなかったクレディルが瞠目。
ただ、まだルドルフとは距離があった。
今度は左手で黄色い魔力を溜め、腕を振るように放出。
「サンダーウィップ!」
蛇のような太い雷撃が、一直線に迫るルドルフの横から凪いだ。
風の斬撃とは違い、そのまま触れてしまうと高確率で帯電し、体が硬直してしまう。
風と雷では大きく魔術の性質が違った。
雷を斬ることなど、簡単にできる代物ではないのだ。
「あーあ。その程度の雷魔術なんて、私が何度やってきたことか」
観客席にいる雷魔術に長けたリタが両腕を組みながら呟いた。
その発言通り、ルドルフに動きがあった。
「サンダーウィップ」
「何ィ!?」
ククリナイフを持っていない左手。
右側から迫る雷撃に合わせるように腕をクロスし、クレディルと同じ魔術を発動——小さな動作だけでサンダーウィップを相殺、打ち消した。
ルドルフが迫る勢いが止まらない。
距離が近すぎて、クレディルが大魔術を使うと自らもダメージを受けてしまう場合があった。
それ故にクレディルの選択肢は限られていた。
真正面からルドルフのククリナイフごと断ち切ることだ。
「——それは悪手だぞ、先生」
アリッサが呟いた。
二本のククリナイフを与えた少女。
彼女が持つ恐ろしい加護のお陰で、強力な太刀を真正面から受けるなどという蛮行は昔から辞めていた。
クレディルの剣戟がどれくらいの強さかはまだわからない。それ故に刃渡りの短いククリナイフで受けるには心許ない。
そこでルドルフが行ったこと、それは受け流しだった。
「どらぁッ!!」
教師になってから、クレディルは丁寧な言葉づかいを心掛けていた。
しかし今、窮地に陥ったことから、冒険者時代のぶっきらぼうな言葉遣いが蘇っていた。
クレディルとルドルフの刃が交わる。
ただ、ルドルフはクレディルの剣の刃を擦らせ、軌道を少し上にずらす。
最初から受けようと思っていなければ、少し刃を滑らせるだけでそれほど力は要らずに軌道をずらせるのだ。
ルドルフの頭の上をクレディルの剣閃が掠める。
今度はクレディルの体が、がら空きになった。
「クッ……」
呻くクレディルにルドルフはとどめを刺そうとククリナイフを上から下に振り下ろそうとした。
しかし、そんな時だった。
横に見えた演習場の入口。
そこから黒い影が突如舞い込み、とんでもないスピードで演習場の中心を駆けたのだ。
「グァウッッ!!」
「ぐはぁっ!?」
ルドルフの刃は空振り。
獣のような咆哮が聞こえたかと思えば、目の前にいたはずのクレディルが消えており、いつの間にか演習場の壁に激突。
防御結界が破壊され、壁に穴が空いていた。
「え?」
ルドルフは理由もわからず、白目を剥いて倒れたクレディルを見つめた。
「おっさんッ!!」
「うわっ!?」
次の瞬間、ルドルフは大型犬に襲われた。
前から覆い被さられ、強い力で土の地面へと背中をつけることになった。
大型犬の重さに呻くルドルフだったが、首元に何かぬめりを感じた。
「ん゙、ん゙……おっさん……おっさん……!」
大型犬がルドルフの首元を一心不乱に舌を出して舐め回し、ベロベロにしていく。
「な、なんだ!?」
揺れる銀髪に褐色肌。
あまり変わらない声質に懐かしい呼び名。
「お、お前……マオ、か……?」
ルドルフは気づく。
五年前に別れた教え子のうちの最後の一人、マオ。
あの頃とは違い、アリッサ達同様に一回り大きく成長したマオは、五年振りの再会に喜び、ルドルフをこれでもかと舐め回した。
昔と比べて成長した体は、硬くも柔らかい部分も持っていて、アリッサ達とは違い下着すらつけていないようにも思えたが……。
「ちょ!? お前……! 首はもう良いから!」
「ん……あぁ……」
ルドルフが必死になって両手でマオの肩を掴んで突き放すと、やっとのことで顔が見えた。
金色の相貌に銀髪。少女だったマオも少し大人の顔に成長しており、面影が残っていた。
ただ、性格はずっと変わらなかったように思えて——、
「ちょっとマオ! 近づき過ぎ!」
「そ、そうだぞ! ……どこから来たのだ!」
リタとアリッサがルドルフとマオの絡み合う姿を見て、観客席から大声を出す。
クレディルがふっ飛ばされた状況も相まって、観客達はざわめいていた。
「あいつらか……今はどうでもいい」
「マオ……!?」
マオは二人の声を無視し、五年振りのルドルフを堪能しようと再び首元に迫った。
「——そ、そこまで!」
何についてそこまでと言ったのかわからないが、審判を務めてくれていた女性が手を挙げて模擬戦の終了を告げた。
「ん、おっさん。なんかしてたのか?」
「あ、あぁ……転入試験をだな……」
「おっさん、この学院に来るのか?」
「もし、これで合格だと言われれば、な」
まだルドルフの上からどく様子がないマオ。そのままの状態で会話を続けた。
その間に医療班の学院関係者が担架を持って走ってきて、クレディルが倒れた場所へと駆け寄っていった。
「え……え……てことは、一緒に暮らせるのか?」
「寮は別だから一緒は無理だな」
「おっさん! おっさん! 一緒!!」
「お前……本当にわかってるのか……?」
マオは勝手に一緒に暮らせると勘違いをしたまま嬉しさを滲ませ、ルドルフの上で喜びを爆発させた。
遠く、観客席から飛び降りてきたアリッサとリタが見えた。
少し怒った様子で、二人に駆け寄ってゆく。
ルドルフの転入試験が終了した。
その後、告げられた結果は、合格——この学院でほぼ一人だけ、見た目がそぐわない生徒がこの日、誕生した。




