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 数日後、僕とエミーリア様との婚約は解消された。


 両親からその事を伝えられ、手紙を渡された。その手紙は僕への登城命令だ。

 まあ、この手紙は謝罪に伺いたい、という僕の意向を殿下が汲んでくれたものであろう。

 殿下にはまず謝罪をし、その後王女殿下へ謝罪が可能かを確認しようと思っている。

 

 僕は殿下へ万年筆とインクを、万が一謝罪できた時のために、両親から助言を受け王女殿下へは普段使いできるバレッタを持ち、現在王宮のガゼボでお茶を飲んでいた。



「だから言っただろう? お前は疎すぎる、と」

「返す言葉もありません」



 僕とエミーリア嬢との婚約は、破棄でなく解消になった。

 公爵も彼女が僕と婚約破棄したがっているとは思わなかったらしく、秘密裏に公爵からは僕に謝罪がなされ、僕の両親も公爵家とは縁を切ることはないと約束した。

 今後は今までのように、我が商会を利用してくれるとのことだ。国外にいる親戚の繋がりも紹介してくれるのも変わらずという。

 

 公爵から聞いた話によると、陛下から婚約解消を認められた後、彼女は何故か「婚約解消しない」と公爵家で大騒ぎになったそうだ。

 自分から言い出したのに何故?と思わず尋ねてしまったが、エミーリア嬢は婚約破棄を告げれば、僕が縋ってくれるのではないかと期待したらしい。

 

 元々()()()()()()()僕の態度には不満は無かったそうだ。……だが、彼女はそれだけでは足りなかったという。

 

 彼女は僕に愛して欲しかったらしい。

 両親のような、愛し愛される家族になりたい、そう考えた彼女は、僕に愛を求めたのである。

 だが、僕から彼女に対する愛情が感じられずやきもきしていたそうだ。

 

 そんな時、僕と初めてのお出かけでついワガママを言ってしまった。そんな時に僕が謝罪の言葉と新たに渡された万年筆を見て、私は愛されているのかもしれない、と感じていたらしい。


 それが収拾つかなくなった結果、今回の婚約破棄騒動だ。

 

 エミーリア嬢の婚約破棄騒動は我が家の一室で起きた事、殿下がヴィリー殿に他言無用、と言った事で幸い広まっていない。

 それもあり、彼女が落ち着くまでこのまま屋敷で療養させようとしていたのだが、そんな公爵に待ったをかけたのが、公爵の姉でありエミーリア嬢の叔母様だった。彼女は隣国に嫁いでいるが、公爵の元では同じ事を繰り返す可能性を加味して、彼女に広い世界を見るようにと留学させるよう説得したのだ。


 現在エミーリア嬢は隣国に向かっている。

 

 ヴィリー殿は、彼女の話だけを鵜呑みにしてしまった自分を悔いて、嫡男を辞退したそうだ。自分から志願して今は領地で辣腕を振るっているらしい。

 以前謝罪に来た時、「弟の補佐をする予定だ」と晴れやかな顔で言っていた。嫡男という重圧から解放された彼は、あの時の自分を視野が狭くなっていたと恥じていた。


 僕は二人に対して罰を望んでいるわけではないので、「分かりました」と言ってお仕舞いだ。流石に両親には謝罪として幾らか渡されてはいるが。


 

「お前も寛大だな」

「彼女だけが悪いわけではありませんから。婚約者の義務だけを果たして、彼女の心に寄り添おうとしなかったのは僕の罪だと思いましたので」


 

 それに彼らは貴族として最後の一線を越えることは無かったと彼女達の周囲が証言している。再度立ち上がる機会があってもいいだろう。

 

 

「まあお前達は会話が足りなかったのだろうな」

 


 殿下は紅茶に口をつける。そして暫くするとニヤリと僕に笑いかけた。



「だが、これでお前の婚約は無くなってしまった……むしろこれからはお前が大変になるのではないか? お前はあの天下のバルツァー商会の跡取りだ。婚約の申し込みも来ているのだろうな。しかも大量に」

「……」 

「ふむ、黙るのか。それは肯定だな」



 そう、殿下の言う通りだ。あの後、エミーリア嬢との婚約が解消された事をどこから知ったのか……婚約解消の翌日から大量の釣書が我が家に届いている。貴族の情報収集力には驚かされるばかりだ。

 思わず苦虫を噛み潰したような表情になってしまったのを見た殿下は、肩を竦めた。



「なんだ、その、大変だな」

「……面白がっていますよね、殿下」



 神妙な面持ちで労ってくれているが、彼が面白がっている事なんて手に取るように理解できる。

 じーっと目を細くして殿下を見続ければ、その視線に耐えきれなくなった彼は両手を挙げて降参の姿を見せた。



「済まなかった、ノルベルト」

「いえ、私も殿下側であれば、面白がっていると思いますので」

「そう言うとは思ったが……まあいい。お前は釣書を見たのか?」



 僕はそう言われて遠い目をする。実は登城する前に少し釣書を見てきたのだが、上は四十代の未亡人、下は一歳までの令嬢の釣書があるのだ。赤ん坊の肖像画を見たときには、思わず二度見をしてしまった。

 そう殿下に告げれば、「赤ん坊!……ぶっふぁ!……」と王族としての品位などかけらもなく、腹を抱えて笑い出してしまう。

 いや、確かに僕が殿下側だったら腹を抱えて笑ったかもしれないけど……。


 ひとしきり笑い終えたのか、殿下は笑い過ぎて目に溜まった涙を軽く拭う。



「いやー、大変だな。ノルベルトも」

「大変どころじゃありませんって。なんですか、赤ん坊って」

「お前の好みに育てろって事じゃないか?」

「そんな趣味はありませんが」



 そのやり取りにも笑いだす殿下。残念ながら面白過ぎて笑いが止まらないらしい。こちらの身にもなって欲しいものだ。



「そんなお前に良物件を紹介してやろうか?」

「女性を物件だなんて……カルラ様に告げ口しますよ?」

「それはやめてくれ」



 カルラ様と殿下は仲睦まじいが、言って終えば殿下がカルラ様の尻に敷かれている状態だ。母親天下が夫婦円満の秘訣だ、と言い張るのはあながち間違いでもないかもしれない。

 殿下は一瞬で真面目な表情に変わる。

 


「まあ、真剣な話をするとだな……今回の婚約は破談になってしまったが、その原因はお前とエミーリア嬢は根本的に相性が悪かったんだと思うぞ。お前は嫡男ということもあるだろうが、商会の仕事が好きだろう?仕事と趣味が同じような男だ。一方でエミーリア嬢は、言って終えば『私と仕事どっちが好きなの? 』と聞いて、私と言わせたい女性だ。普通であれば、政略結婚だからと割り切る事もできるのだろうが、彼女の両親は愛妻家であると社交界でも有名だからな。娘であるエミーリア嬢もそんな両親の背中を追っていたのだろうな。恋愛と仕事に関するそもそもの価値観が違っていた上、エミーリア嬢もお前もそこに気づかず話し合いが足りなかったのだと思う」



 殿下の話には非常に納得した。

 自分の頭の中は仕事の事で常に埋め尽くされている。エミーリア嬢の事もある意味では、仕事の一環として接していた節がある気がする。

 本当に申し訳ないな、と思う気持ちが表情に出ていたらしい。殿下は僕の肩を叩いて言った。


 

「……まあ、エミーリア嬢については心配するな。彼女の醜態については現在そこまで広がっていない。隣国の伝手もあるのだから、落ち着けば将来復帰も可能だろう。お前は次そうならないように、これからどうするべきかを考える必要がある。お前は嫡男だ。婚約解消になった事で、言い方は悪いが……選べる立場にいる。次婚約者を選ぶのなら、その根本的な部分が共有できるかどうかで考えればいい。もし相手方とすれ違ったとしても、すり合わせをしていけば問題ないはずだ」

「勉強になります」



 この話はきっと殿下の実体験も含まれているのだろう。非常に説得力のある話だった。

 そう言えば、以前殿下とカルラ様が何度か衝突していたのを覚えている。殿下曰く「喧嘩だ」と言っていたが、弟曰く最近は滅多に喧嘩などしないらしい。きっとお互いの価値観を擦り合わせて、妥協点を探してきたからこそ……今のように仲睦まじいのかもしれない。

 まあカルラ様が殿下を手の上で転がしているのかも知れないが。


 だが、殿下も相手を理解するための努力は続けているはずだ。それが如何に大事だったか、身に染みる。


 一人感慨に浸っていると、殿下がこほん、と咳をした。その音で僕は殿下に目を戻す。

 

 

「考え事をしておりました。申し訳ございません」

「いや、構わない。婚約解消したばかりなんだ。思うところも色々あるだろうしな……で、事はひとつ相談なんだが……」



 言葉を濁して僕の後ろをチラチラと何度も確認する殿下に困惑する。どうしたのか尋ねようと声を掛けようとしたとき――。


 

「お兄様」

「ああ、コリンナ。どうしたのだ?」

「あら、散歩ですわ。お兄様とノルベルト様がいらっしゃるのをお見かけして、声をかけましたの」



 殿下が遠い目をしている。心なしか王女殿下と喋っている言葉が棒読みであるのは、気のせいだろうか。

 

 

「王女殿下におかれましては……」


 

 すぐに礼を執る僕と「俺への態度と全く違う……」といじける殿下。それはそうでしょう。何度もお会いして遊んだ殿下と、二度目にお会いする王女殿下への態度が同じだったら不敬だろうに。

 

 

「ノルベルト様、私が勝手に声をお掛けしただけですから、お兄様と同じように接していただいても構いませんわ」

「いや、しかし……」

「それでもお願いしたいのです。私の我儘に付き合っていただけませんこと?」

「ノルベルト……付き合ってやってくれ。今は公式の場ではないからな」


 

 殿下のため息混じりの言葉に、「それでしたら」と了承する。いつの間にかテーブルには王女殿下用の椅子も用意されており、ティーセットの準備が始まっていた。

 

 

「ノルベルト様、周囲は落ち着かれましたか?」

「はい、お陰様で。それよりも王女殿下。この度は、大変申し訳ございませんでした」

 


 立ち上がって謝罪を述べれば、王女殿下は目を丸くしてこちらを見ている。何故謝罪されているのか分からない、と言う顔だ。



「商談の場でこのような失態を見せてしまい、大変申し訳ございませんでした」



 ちなみにあの後僕は両親にしこたま怒られた。商談相手に甘えるとは何事だ!と。向こうが押し入ってきたのは問題だが、非礼は今回の場合ヴィリー殿とエミーリア嬢の二人だ。商談が終わるまで待たせておけばよかった、との事だった。

 それで何か言われれば、私たちがどうにかすると言われた時は、とても嬉しかったが。

 

 

「いえ、気にしないでくださいませ。事を起こしたのは、あちらの二人であって貴方ではありませんもの。ノルベルト様だって巻き込まれた被害者ではありませんか」



 「しかし」と声を出そうとしたところで、王女殿下の有無を言わせぬ笑みに少し怯んでしまう。王女殿下は幼い頃は病弱だったらしいが、それがまるで嘘であるかのような気品に圧倒されてしまっていた。

 

 

「ノルベルト、その件は本当に気にしなくて良いぞ。本人が今回の件については、よ――」

「……お兄様?」



 笑顔の圧が強い。そんな彼女に睨まれたらしい殿下は、ため息をついて肩を竦めていた。



「問題ありませんわ。特に商談の内容はとても勉強になりましたわ」

「そ、そうですか……寛大なお心、ありがとうございます」

 


 僕はホッと胸を撫で下ろす。第一段階は突破した。あとはお詫びの品を渡すだけだ。

 そう思って預けていた贈り物を二人に渡そうと、侍女を呼んで持ってくるように指示を入れようとしたところ――。

 


「で、先ほどの話に戻って、ひとつ相談なんだが……」

 


 その相談とは王女殿下がテーブルへと着く前に話そうとしていた事だろう。視線を殿下に送り、続きを促した。



「お前の婚約者にうってつけの、良い物件があるのだが……」


 

 前言撤回。理解していなかったようだ。しかも妹である王女殿下が目の前にいるのにもかかわらず……。

 そう思って僕は嗜めようとしたのだが、その前に王女殿下が話し出した。

 

 

「ちょっと、お兄様。売り込みは私が致しますわ! ああ、それと後で女性のことを物件と言ったことも、義姉様に伝えておきますね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」



 兄の威厳が全く感じられない会話に、呆けてしまう。

 そんな中、王女殿下は品のあるカーテシーで僕の前に現れた。


 そして……。


 

「ノルベルト様、私を婚約者にして頂けませんか? 私は領地経営でも商会運営でも何でもこなしますわ!」



 次は僕がポカンと口を開ける番だった。


 ……話を聞くと、王女殿下は臣籍降嫁する事が分かっていたので、将来の結婚相手を支える事ができるようにと様々な事を勉強してきたらしい。

 幸い、本を読む事は好きだったので、侍女に本を選んでもらいながら様々な知識を得ているという殿下のお墨付きもある。

 特に力を入れたのが商会運営であり、現在規模は小さいながらも毎年黒字で順調な経営を行なっているそうだ。彼女が起こした商会で、商会長に指示を出して運営しているとの事。僕もよく知っていて、今の時点で取引のある商会だった。

 特に商会運営は彼女も楽しかったらしく、今一番力を入れているところらしい。


 話を聞いて、将来の婿のために様々な勉学を履修してきた事は理解したのだが、何故婚約解消になった僕なのか、それは理解できなかった。



「ですが、何故私なのでしょう。王女殿下でしたら、より取り見取りだと思いますが……」

 


 そう僕が尋ねると、王女殿下は俯いてしまった。思い直してくれたのだろうか……正直僕以上に良い男はいるだろうし、こんな傷がついている男など態々婿に迎える必要がないのではないか、と思う。

 目の端で殿下が頭を抱えている姿を捉えた。殿下もやはり僕ではない方がいいと思っているに違いない。

 殿下から王女殿下を説得してもらうように、僕が声をかけようとしたその時。


 

「私、以前からノルベルト様の事を敬愛しておりますの」



 僕はこの言葉で今までに無いほどの衝撃を受けたのだった。



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